第八話「入学式」
校門をくぐると、まず目に入ったのは広い校庭だった。
外から見ても大きな学校だとは思っていたけど、中に入るとさらに広く感じる。
正面には大きな校舎。その周囲にもいくつか建物があり、少し離れたところには寮らしき建物も見える。他にも普通の校舎とは明らかに造りが違う建物があった。
あれは実技の授業とかで使うんだろうか。
…………これから、ここで生活するのか。
そう思うと、急に実感が湧いてきた。
周りには俺と同じ新入生らしき子供たちが大勢いる。
もちろん人族もいる。でも、それだけじゃない。
角が生えている奴。背中に翼がある奴。俺よりずっと身体の小さい奴。逆に、同じ年頃とは思えないくらい大きな奴までいる。
この世界にいろんな種族がいること自体は知っていた。でも、今までは本で読んだり、街でたまに見かけたりする程度だった。
これだけ色んな種族が一か所に集まっているのを見るのは初めてだ。
…………すげえな。
なんか、学校っていうより異種族交流会みたいだ。
「シャウト、まずは受付よ」
「あ、うん」
母さんに言われ、俺たちは受付へ向かった。
そこには既に多くの新入生とその家族が並んでいる。
俺の前にいる奴には翼がある。その前は人族。さらにその前には、俺の腰くらいまでしか身長がない奴がいる。
…………学校に来ただけなのに、見てるだけで面白い。
しばらく待って俺たちの番になると、受付の人が手元の資料を確認した。
「お名前をお願いします」
「シャウト・ロータスです」
「シャウト・ロータスさんですね。確認しました」
受付の人は俺の荷物を受け取った。
「お荷物はこちらでお預かりします。寮のお部屋については、入学式の間に決定されますので、式が終わりましたら案内に従ってください」
「分かりました」
寮は基本的に何人かで共同生活をするらしい。
…………誰と同じ部屋になるんだろう。
変な奴じゃなきゃいいけど。
いや。
向こうからしたら俺が変な奴の可能性もあるのか。
受付を終えると、いよいよ父さんと母さんともここで別れることになった。
「シャウト、頑張ってね」
「うん」
「何かあったら先生を頼るんだぞ。一人でどうにかしようとするなよ」
「分かってるって」
父さんは昔から、こういう時だけ妙に心配性だ。
まあ、俺も不安がないと言えば嘘になる。
今までずっと家族と暮らしてきたんだ。今日から突然、知らない奴らと一緒に生活することになる。
前世を含めても、こんな環境は初めてだ。
でも――それ以上に楽しみだった。
魔術を学べる。剣術も学べる。そして、この世界のことをもっと知ることができる。
五歳の時に初めて魔術を使ってから、ずっと気になっていたこともある。
俺が出した、火とも呼べないあの変な光。
あれが何だったのかも、この学校なら分かるかもしれない。
「じゃあ、行ってくる」
俺は父さんと母さんに手を振り、新入生たちの列へ向かった。
そして――入学式が始まった。
…………長い。
いや、長いって。
さっきまでのワクワクを返してくれ。
前世でもこういう式は苦手だったけど、異世界に来てもそこは変わらないらしい。
偉そうな人の話を聞いて、また別の偉そうな人の話を聞いて。
もちろん大事な話なんだろうけど、六歳の子供たちにこれ全部聞かせる必要ある?
周りを見ると、既に集中力が切れている奴もいる。
…………うん。
俺だけじゃない。
そんな中、壇上に一人の生徒が上がった。
それまでとは少し空気が変わる。
身体が大きい。
というか、かなりゴツい。
…………学生?
一瞬、本気で先生かと思った。
「生徒会長のアルマ・ガルドだ」
近くにいた誰かが小さく呟いた。
あれが生徒会長か。
アルマ・ガルド。
学生とは思えないほど体格がよく、立っているだけでも妙な迫力がある。
…………生徒会長って、もっとこう、頭良さそうな細身の人がやるもんじゃないの?
完全に偏見だけど。
アルマの近くには、何人か上級生らしき生徒が立っていた。
その中に、一人だけ妙に目を引く女子生徒がいる。
少し長く、尖った耳。
見た目は人族に近いけど、完全な人族ではなさそうだ。
後から知ったが、彼女の名前は――リリス・カルワーネ。
エルフと人族の血を引いているらしい。
この時の俺は、ただ「珍しい耳だな」くらいにしか思っていなかった。
まさか数年後、彼女にあんな形で叩きのめされることになるなんて、知る由もない。
生徒会長の話も終わり、入学式はそのまま進んでいく。
…………あとどれくらいだ?
そんなことを考えていた時だった。
「ねえ」
隣から小さな声が聞こえた。
…………ん?
横を見る。
赤い髪。そして頭には、二本の角。
そういえば、入学式が始まってからずっと隣に座っていたな。
「僕?」
「うん!」
当然、会った覚えはない。
「さっきから気になってたんだけど、君、すごい魔力の匂いするね!」
「…………魔力の匂い?」
何それ。
魔力って匂うの?
普通に話しかけてきたけど、俺には全然分からないぞ。
「すごく濃いっていうか……なんか変わってる!」
「変わってるって……」
初対面の奴にいきなり変な匂い扱いされた。
隣のこいつは悪びれる様子もなく、ニッと笑った。
「僕、ギレウス! ギレウス・オーガ!」
いきなり自己紹介まで始まった。
まあ、いいか。
「俺はシャウト。シャウト・ロータス」
「シャウトか! よろしく!」
そう言って笑っていたギレウスの表情が、突然止まった。
「…………ロータス?」
「ん?」
「今、ロータスって言った?」
「言ったけど」
ギレウスが俺の顔をじっと見る。
なんだ?
「もしかして……シャート・ロータスって知ってる?」
「知ってるも何も、父さんだけど」
「ええっ!?」
今度は何だよ。
「君、シャートさんの息子なの!?」
「そうだけど……父さんを知ってるの?」
「知ってるよ!」
ギレウスの表情が一気に明るくなった。
話を聞くと、ギレウスは以前、父さんに助けてもらったことがあるらしい。
…………父さん。
お前、何してんだ。
いや、人助けだからいいことなんだけど。
家では普通に過ごしてるから忘れそうになるけど、父さんって元冒険者なんだよな。
しかもギレウスは、エクスカリバー王国の出身ではないらしい。
「じゃあ、外国から来たのか?」
「うん!」
話を聞いていると、人族の間では魔族が多く暮らしている地域をまとめて「魔大陸」と呼ぶこともあるらしい。
…………大陸って言ってるけど、海を渡ったわけじゃないんだな。
普通に国境を越えて来たらしい。
まあ、前世でも呼び名と実際の地理が一致してないことなんてあったし、そんなもんか。
それにしても、外国に住んでる子供が知ってるって。
父さん、冒険者時代どこまで行ってたんだよ。
「そういえばシャウト!」
「ん?」
「生体魔力ってどれくらいあるの?」
急に話変わったな。
まあ、こいつが最初に話しかけてきた理由も、俺の魔力が気になったからだったか。
入学試験で測ったやつだ。
別に隠すようなことでもない。
「千だったけど」
「千!?」
ギレウスの声が、会場に響いた。
…………あ。
一瞬で周囲が静かになった気がした。
何人もの新入生がこっちを見ている。
やめろ。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
壇上にいたアルマまでこちらを見た。
「そこの新入生! 式の最中だぞ!」
「す、すみません!」
俺は反射的に頭を下げる。
ギレウスも慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
…………入学初日から何やってんだ、俺。
まだ授業すら始まってないぞ。
隣を見ると、ギレウスは怒られたというのに、まだ俺の方を見ながら目を輝かせている。
…………こいつ、絶対また話しかけてくるな。
この時はまだ知らなかった。
この騒がしい鬼人族の少年が――俺にとって、この世界で初めての友達になることを。
こうして俺の学校生活は、なんとも締まらない形で始まったのだった。




