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第七十四話「戦いの果て」

オジエに抱えられたまま、俺はエクスカリバーから遠ざかっていた。


下を見れば、さっきまでいた街がどんどん小さくなっていく。


あそこに、みんながいる。


ギレウス。


コルド。


ナージャ。


ラント。


クリス。


ついさっきまで、全員が俺の隣にいた。


ギレウスが戦っていた。


コルドが空を飛んでいた。


ナージャが俺の隣にいた。


ラントも、クリスもいた。


それなのに、今は俺しかいない。


『私も……』


ナージャの最後の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


あの続きを、俺はもう聞けない。


みんなの遺体を連れて帰ることすらできなかった。


「……ごめん」


誰に謝っているのか、自分でも分からなかった。


「ごめん……」


なんで俺だけ生きているんだ。


俺もあそこで、みんなと一緒に死んだ方がよかったんじゃないか。


そんなことまで考えてしまう。


その時、俺を抱えているオジエの体が淡く光り始めた。


「……この光」


見覚えがある。


「オジエ様、まさか――」


次の瞬間、景色が切り替わった。


「…………」


そこは、デュランダル王国の近くにある洞窟だった。


オジエの住処だ。


「今のは……転移魔術ですよね?」


「ああ」


「でも、使いたくないんじゃ……」


「奴に追いつかれる方が危険だ。今は確実に距離を取る必要があった」


「…………」


俺は洞窟の外へ目を向けた。


ここからでは、エクスカリバーは見えない。


天月人も。


置いてきたみんなの姿も。


本当に、逃げてきてしまった。


それから、数時間が経った。


俺は洞窟の中に座ったまま、ほとんど動けずにいた。


体には、まだ戦えるだけの魔力が残っている。


それなのに、何かをする気にはなれなかった。


目を閉じれば、みんなが殺された時の光景が浮かんでくる。


どれだけ考えても、俺が生き残ったという事実だけは変わらない。


「……少しは落ち着いたか?」


「はい……大丈夫です」


大丈夫なわけがない。


それでも、そう答えるしかなかった。


オジエは俺の向かいに腰を下ろした。


「何があった」


俺は、天月人との戦いについて話した。


何度攻撃しても再生したこと。


魔術を無効化する力を持っていたこと。


体を自在に変形させたこと。


そして、黒い刃で貫かれた者は、体内へ《闇》を流し込まれて死んだこと。


ギレウスから始まり、コルド、ナージャ、クリス、ラント。


全員が殺されたことを伝えた。


「……そうか」


話を聞き終えたオジエは、強く拳を握った。


「我は、奴の力を見誤った」


「…………」


「復活したばかりならば、まだ完全な力は取り戻しておらぬ。お前達だけでも対処できる可能性はある。そう考えていた」


オジエの判断は、間違っていた。


天月人は、俺達六人が力を合わせても敵わないほど強かった。


「我も同行するべきだった」


「オジエ様がいたら、勝てたんですか?」


「分からん」


オジエは迷わず答えた。


「我が加わったところで、奴の能力を把握できていなければ、同じ結末を迎えていた可能性はある」


「…………」


「だからこそ、あの場では退くしかなかった。お前に魔力が残っていたとしても、勝算のない戦いを続ければ、命を失うだけだ」


理屈は分かる。


あの時、戦い続けても俺まで殺されていた可能性は高い。


それでも、感情が納得してくれない。


「……これから、どうするつもりだ」


オジエが尋ねてきた。


「もう……どうでもいいです」


本当に、そう思った。


何をしたって、みんなは戻ってこない。


「仇は討たなくてよいのか?」


「討ちたいですよ」


俺は拳を握り締めた。


「あいつを殺したい。みんなを殺した天月人を、この手で倒したいです」


今でも、あいつが憎い。


この世で最も憎い。


「でも、仇を討ったところで……」


喉が詰まる。


「みんなは帰ってこないじゃないですか……」


ギレウスと、またくだらない話をしたい。


コルドと一緒に旅をしたい。


クリスとは、もっと色々な話をしてみたかった。


ラントとも、もっと話したかった。


そして――ナージャに会いたい。


最後まで聞けなかった、あの言葉の続きを聞きたい。


もう一度、声を聞きたい。


もう一度、隣にいてほしい。


「……会いたい」


涙が頬を伝った。


「みんなに……もう一度、会いたいです……」


オジエは何も言わなかった。


俺の言葉を聞き、しばらく黙っていた。


やがて、静かに口を開く。


「ならば、その結末を変えられると言ったら――お前は信じるか?」


「……え?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「結末を……変える?」


「ああ」


「どうやって?」


「過去へ戻る」


「…………」


冗談を言っているようには見えない。


オジエは真っ直ぐに俺を見ていた。


「過去転移魔術というものが存在する」


「過去転移……」


「光魔術の一つだ。通常の転移魔術を、時間に対して応用したものと考えればよい」


「そんなことができるんですか?」


「条件はある」


オジエは説明を続ける。


「通常の転移魔術では、自らが一度訪れた場所を思い浮かべる。過去転移も同じだ。遡れるのは、自らが生きたことのある時間に限られる」


「じゃあ、俺が生まれる前には戻れない?」


「ああ。自らが存在していなかった時間を、転移先として認識することはできん」


「未来は?」


「未来への転移も不可能だ」


「どうしてですか?」


「まだ存在していない時間だからだ」


オジエは僅かに間を置いた。


「未来は、現在の選択によって変わる。我は、この世には無数の未来が存在すると考えている」


「無数の未来……」


「お前達が出会う未来もあれば、出会わぬ未来もある。お前と我が出会う未来もあれば、出会わぬまま終わる未来もあるだろう」


今、この瞬間にも。


俺が過去へ戻る未来と、ここに残る未来が存在する。


そういうことなのか。


「過去へ戻れば……みんなを助けられるんですか?」


「可能性は生まれる」


「可能性……」


「お前は未来を知った状態で、もう一度同じ時間を生きることになる。本来なら仲間が死ぬはずだった場所で、死なせずに済むかもしれん」


「じゃあ――!」


「だが、必ず救えるとは限らぬ」


オジエの言葉が、俺の僅かな希望を止めた。


「お前が過去で違う行動を取れば、それ以降の出来事も変わる。今回とは別の危険が生まれる可能性もある」


「…………」


「一つの死を避けても、その先で別の死が待っているかもしれん。運命が再び同じ結末へ収束する可能性もある」


過去へ戻れば、全てをやり直せる。


そんな単純な話ではない。


俺が選択を変えれば、周りの人達の行動も変わる。


今より良い未来になる保証はない。


「それでも、今とは違う結末に辿り着ける可能性はある」


「……本当に?」


「ああ」


オジエは頷いた。


「そして我は、既に誰かが過去を変えたことによって、今の未来が生まれたのではないかと考えている」


「誰かって……誰ですか?」


「別の未来にいた我だ」


「オジエ様が?」


「ああ」


オジエは、信じられないことを口にした。


「無数に存在する未来の中には、今と同じような結末を迎えた未来もあったはずだ。そこで生き残った我が過去へ戻り、歴史を変えようとしたのではないかと考えている」


「どこまで戻ったんですか?」


「アーサーが生きていた時代だ」


「アーサーの時代……」


光の天賢、アーサー。


何千年も前に生きていた人物だ。


だが、オジエならば戻れる。


デュランダル王との謁見で、俺は既に聞かされていた。


目の前にいるオジエは、土の天賢の力を継承した三代目などではない。


アーサー達と共に戦った、初代の土の天賢本人だ。


秘術によって自らの時間を止め、何千年もの時を生き続けている。


「そういえば……」


一つ、気になっていたことがある。


「オジエ様は、どうして最初に会った時、自分を三代目だと言ったんですか?」


「その方が、話が早いと思ったからだ」


「それだけですか?」


「ああ」


オジエは悪びれる様子もなく答えた。


「初代の土の天賢が何千年も生き続けているなどと話せば、当然、理由を説明せねばならん。初対面のお前達が、すぐに信じたとも思えぬ」


「だから、三代目だと?」


「その方が余計な説明をせずに済む。あの時のお前達に、我の素性を詳しく話す必要もないと判断した」


「…………」


確かに、当時の俺達へ本当のことを話しても、簡単には信じられなかっただろう。


だからといって、堂々と嘘をついていたことには思うところがある。


「随分と適当ですね……」


「必要のない説明を省いただけだ」


「それを普通は、嘘をついたって言うんですよ」


「そうとも言うな」


全く反省していない。


だが、今はそれを問い詰めている場合ではない。


オジエは、何千年も前から生きている。


だから、過去転移でアーサーの時代へ戻ることができる。


「別の未来にいた我は、アーサーの時代へ戻り、この結末を変えるために何かをした。その結果、今の未来へ繋がったのではないかと考えている」


「何をしたんですか?」


「分からん」


「オジエ様自身のことなのに?」


「別の未来にいた我の記憶は、今の我にはない。ゆえに、全て仮説に過ぎぬ」


それでも、そう考える理由があるらしい。


「本来、一つの体に二つの恩寵が宿ることはない」


「……俺とクリス」


「ああ。《筋力》と《光》を持つお前。そして《知力》に加え、もう一つの恩寵を持つユークリス・ノース」


同じ時代に、二つの恩寵を持つ人間が二人も現れた。


確かに、ただの偶然とは思えない。


「過去で行われた何らかの干渉が、本来生まれるはずのなかった変化を引き起こした。その変化の一つが、お前達なのかもしれん」


「俺達が……歴史を変えた結果?」


「あるいは、これから過去へ戻るお前が生み出す結果かもしれぬ」


「俺が?」


「原因が先にあり、結果が後に生まれるとは限らん。時間へ干渉する以上、我々の常識だけでは説明できぬことも起こり得る」


全てを理解することはできなかった。


別の未来にいたオジエ。


これから過去へ戻るかもしれない俺。


どちらの行動が、今の世界を作ったのか。


あるいは、その両方なのか。


オジエ自身にも分からない。


ただ、一つだけ分かったことがある。


「俺が過去へ戻れば……」


「ああ」


オジエが俺を見る。


「ギレウスも、コルドも、ナージャも、ラントも、ユークリス・ノースも」


一人ずつ名前を聞くたび、胸が締め付けられる。


「お前の仲間を救える可能性がある」


「……っ!」


みんなを救える。


その言葉だけが、頭の中に残った。


「それでも、お前は過去へ戻るか?」


「……俺は……」


すぐには答えられなかった。


過去へ戻れば、みんなに会える。


助けられるかもしれない。


でも、また同じ光景を見ることになるかもしれない。


俺の行動によって、今より酷い未来を作ってしまう可能性だってある。


「少し……考えさせてください」


「それはできん」


「……え?」


「決めるなら、今だ」


オジエの表情が険しくなる。


「天月人は既に復活した。奴が次に何をするか分からん。今この瞬間にも、新たな犠牲者が出ている可能性がある」


「…………」


「時間をかければ、それだけ手遅れになる。過去へ戻るのであれば、早い方がよい」


そんな。


今、決めろというのか。


「お前が決められぬのならば――我が過去へ戻る」


「オジエ様が?」


「ああ」


オジエは拳を握った。


「我には責任がある。天月人の力を見誤り、お前達だけで向かわせた」


「それは……」


「初めから我も同行していれば、結果は違っていたかもしれん」


オジエがいれば、本当に全員を救えたのかは分からない。


それでも、何かが変わっていた可能性はある。


「これは、お前だけが背負うべきものではない」


オジエは俺から目を逸らさなかった。


「お前が過去へ戻らぬのならば、我が戻る。そして、この未来で起きたことをアーサーに伝える」


「アーサーに……」


「ああ。天月人が復活し、お前達が戦い、仲間を失ったことをな」


「それで、未来が変わるんですか?」


「分からん。アーサーが何を選ぶのかも、その行動がどのような未来を生むのかもな」


成功する保証なんてない。


それでも、何もせずにこの未来を受け入れるよりはいい。


オジエは、そう考えている。


「顔を上げろ、シャウト・ロータス」


強い声だった。


俺は俯いていた顔を上げる。


「仲間を失ったことを悔やみ、泣き続けても、この未来にいる限り死者は戻らん」


「…………」


「だが、お前にはまだ選択肢が残されている」


オジエの声が洞窟に響く。


「過去へ戻り、もう一度この結末へ抗うのか。それとも、全てを我に託して、この未来に残るのか」


どちらを選んでも、未来が変わる保証はない。


また同じ絶望を味わうかもしれない。


「選べ、シャウト・ロータス」


オジエが真っ直ぐに俺を見る。


「お前は、どうしたい」


その言葉が、胸の奥まで響いた。


「俺は……みんなに会いたいです」


声が震える。


「また一緒に冒険したい。くだらないことで笑って、色々な場所へ行って……」


ナージャの顔が浮かぶ。


最後まで聞けなかった、あの言葉。


「ナージャが何を言おうとしたのか……その続きを聞きたいです」


世界を救いたかったわけじゃない。


英雄になりたかったわけでもない。


ただ、自分の体に何が起きているのか知りたかった。


どうして自分が、他の人とは違う力を持っているのか。


その答えを探していただけだった。


「俺は、ただ知りたかっただけなんです」


遺跡を調べ、《光の恩寵》を知った。


世界の歴史を追い、《闇》の存在へ辿り着いた。


そして、天月人は復活した。


「俺達が何もしなければ、こんなことにはならなかったんじゃないかって……そう考えてしまいます」


「《闇》は、お前達が旅を始めるより遥か以前から蓄積されていた」


「でも、光魔術を使えば、その分だけ《闇》も増えるんですよね?」


「ああ。だが、それと、お前達が復活の全ての原因であることは別だ」


オジエは俺を見た。


「お前達の行動が復活の要因になった可能性はある。しかし、何が決定的なきっかけだったのかは、まだ分かっておらん」


「……分かっています」


《闇》は長い年月をかけて蓄積されていた。


俺達が、その全てを生み出したわけじゃない。


それでも、俺達が使った光魔術も《闇》を増やしていた。そのことが、天月人の復活に関わったのかもしれない。


分からないからといって、自分達は無関係だったと思うこともできなかった。


「だったら……何が起きたのかを知って、今度こそ止めたいです」


そう思う。


それでも――。


「……怖いです」


大切な人達が、次々と死んでいった。


あんな光景を、もう一度見ることになるかもしれない。


「過去に戻っても、またみんなを救えなかったらって考えると……怖いです」


今にも逃げ出したい。


何もかもオジエに任せて、考えることをやめたい。


「でも……」


目を閉じれば、みんなの顔が浮かぶ。


最後に浮かぶのは、ナージャだ。


『私も……』


あの言葉の続きを聞きたい。


もう一度、みんなと会いたい。


「……まだ、決心がつきません」


俺がそう言うと、オジエは静かに答えた。


「お前がどちらを選ぼうと、我は責めぬ」


「オジエ様……」


「過去へ行くもよし。我に全てを託すもよし。お前自身が決めろ」


オジエは俺の答えを急かさなかった。


「過去を変えれば、その先で誰が生き、誰が死ぬのかも変わる。お前の選択によって、過去にいる我が死ぬ可能性もあるだろう」


「……!」


「それでも、我はお前を恨まぬ」


オジエの声に迷いはなかった。


「我のことなど考えるな。お前が望む未来を選べ」


俺が望む未来。


そんなもの、考えるまでもない。


みんなが生きている未来だ。


また一緒に笑える未来だ。


「……オジエ様」


「なんだ」


「もし俺が過去へ戻るなら、どこまで戻れるんですか?」


オジエは少し考えた後、答えた。


「遡る時間が長いほど、必要となる魔力も増える。お前の魔力量であれば、十年前後は可能だろう」


「十年……」


十年前なら、俺が学校へ入学した頃だ。


だが、そこまで戻る必要はない。


どこまで戻れば、みんなを救える可能性が最も高い?


俺は、これまでの旅を思い返した。


学校へ入学し、ギレウスと出会った。


転移事故に巻き込まれ、ギレウス、コルド、ラントと旅をした。


故郷へ戻った後、今度はナージャ達と旅に出た。


そして、俺が十三歳だった頃。


壊れていた転移魔法陣が修復され、二度目にあの魔法陣を通った時。


「あの時だ……」


「決まったか?」


「はい」


あの時点なら、全員が生きている。


転移魔法陣も使える。


そして何より――。


「俺が十三歳の時まで戻ります」


「理由を聞こう」


「あの時なら、すぐにジュワユース王国へ向かえる」


そこには、既に学者となったクリスがいる。


「クリスに会います」


「ユークリス・ノースか」


「はい。俺一人で考えるより、あいつの《知力の恩寵》を頼った方がいい」


俺は未来で何が起きるのかを知っている。


クリスには、その情報を正しく整理するための知力がある。


学者として調査できる立場もある。


「今回、俺達がクリスと出会った時には、もう時間が経ちすぎていました」


天月人の復活が迫ってから、ようやくクリスと出会った。


もっと早く出会っていれば。


もっと長い時間をかけて調査できていれば。


違う答えに辿り着けていたかもしれない。


「だから今度は、早くクリスに会います」


「未来の出来事を話すつもりか?」


「はい」


「信じてもらえると思うか?」


「すぐには無理だと思います」


未来から来た。


この先、天月人が復活する。


そして、みんなが殺される。


そんな話を、簡単に信じられるはずがない。


「それでも、俺は未来の出来事を知っています。これから起きることを当てていけば、少しずつ信用してもらえるかもしれません」


「未来を知るお前が行動すれば、出来事そのものが変わる可能性もあるぞ」


「分かっています」


俺が過去へ戻った瞬間から、全てが同じように進むとは限らない。


それでも、何も知らない状態よりは動ける。


「正しい選択なのかは分かりません。また失敗するかもしれない」


怖さは消えていない。


でも、さっきまでとは違う。


俺はもう、過去へ戻った後のことを考えている。


オジエも、それに気づいたのだろう。


俺をしばらく見つめた後、静かに口を開いた。


「もう、答えは出ているようだな」


「……はい」


また同じ結末になるかもしれない。


今度こそ、何もかも失うかもしれない。


それでも。


もう一度みんなに会える可能性があるのなら。


今度こそ、みんなを救える可能性があるのなら。


俺は――。


「俺は、過去に戻ります」


今度は迷わず、そう答えた。

復活編終了です!


次回過去編!

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