第七十三話「死闘」
「殺してやる!!」
俺は天月人へ飛びかかろうとした。
その時だった。
「――待て」
聞き覚えのある声とともに、何者かが俺の前へ降り立った。
大きな翼。
白い髪。
二メートルほどある巨体に、高級そうなローブ。
見間違えるはずがない。
土の天賢――オジエだ。
「シャウト・ロータス。これは、どういう状況だ」
「どうもこうも……!」
俺は叫んだ。
「俺以外、全員殺されたんですよ!!」
「…………そうか」
オジエは一瞬だけ目を伏せた。
その視線が、黒く変色したクリスとラントへ向けられる。
次に天月人を見ると、その表情が険しくなった。
「我は、奴の力を見誤ったようだ」
「……だったら、手伝ってください」
俺は天月人へ向き直った。
「まだ魔力は残ってる。オジエ様が加われば、二人で戦える!」
疲れてはいる。
傷もある。
それでも、魔力はまだ残っている。
戦えないわけじゃない。
オジエが加われば、勝てるかもしれない。
「俺はまだ戦えます! 二人なら――」
「駄目だ」
オジエは即座に否定した。
「なぜですか!?」
「奴の力が、あまりにも未知数だからだ」
「……未知数?」
「これだけの魔術を受けながら、奴はまだ動いている。どれほど消耗しているのか、他にどのような力を隠しているのかも分からん」
オジエが天月人を睨む。
天月人も動かず、こちらの様子を窺っていた。
「我が一人加わったところで、勝てる保証はない」
「でも、やってみなければ分からないでしょう!」
「ああ。勝てる可能性はある」
「だったら!」
「だが、負ける可能性も同じようにある」
オジエの声は冷静だった。
「奴は既に、お前以外の五人を殺している。その能力も、魔力量も、再生の限界も分からぬ。何一つ分からぬ相手に、怒りだけで挑むわけにはいかん」
「俺は怒りだけで戦おうとしてるんじゃない!」
そう叫びながらも、自分の言葉が嘘だと分かっていた。
もう何も考えられない。
ただ、みんなを殺した天月人を殺したかった。
「今ここで退けば、あいつを逃がすことになるんですよ!」
「それでもだ」
オジエは言い切った。
「勝算のない戦いを続ければ、お前まで死ぬ」
「それでも俺は――!」
「お前が死ねば、誰が仲間の仇を討つ」
「……っ!」
言葉に詰まった。
『逃がすと思うか?』
天月人の腕が、黒い刃へ変わる。
「来るぞ!」
天月人が地面を蹴った。
速い。
俺は残っている魔力を練り上げる。
「《サンダーボルト》!」
轟雷が天月人へ落ちる。
天月人はこちらへ突進しながら、片手を雷へ向けた。
『《マジックレジスト》!』
雷撃が霧散する。
だが、その一瞬だけ天月人の速度が落ちた。
オジエは即座に俺の腕を掴んだ。
「今のうちに退くぞ」
「待ってください! 俺はまだ戦える!」
「戦えるかどうかの問題ではない」
オジエの力は強く、腕を振りほどけない。
「今は、勝つための情報が足りぬ。ここで命を捨てることに意味はない」
「離してください!」
俺は必死に抵抗した。
「みんなの仇を取らないといけないんだ!」
「ならば、生きろ」
「……!」
「生きて、奴を倒す方法を探せ」
オジエは俺の体を抱え上げると、大きな翼を広げた。
そのまま地面を蹴り、空へ舞い上がる。
「待ってくれ! オジエ様!」
地面が急速に遠ざかっていく。
「まだ魔力は残ってる! 俺はまだ戦える!」
「分かっている」
「だったら戻ってください!」
「戻らん」
オジエは前を向いたまま答えた。
「今ここで戦わぬのは、お前に力が残っていないからではない」
オジエが僅かに振り返り、地上の天月人を見る。
「奴の力を、我々が何も知らぬからだ」
『逃がすか!!』
天月人の背中から黒い翼が広がった。
地面を蹴り、俺達を追って飛び上がってくる。
「オジエ様! 後ろ!」
「分かっている」
オジエは飛びながら片手を天月人へ向けた。
「《エアバースト》」
凄まじい風が炸裂する。
『ぐっ――!?』
天月人が遥か後方へ吹き飛ばされた。
だが、倒したわけじゃない。
少し距離を稼いだだけだ。
オジエもそれを分かっているのか、攻撃の結果を確かめることなく飛行速度を上げた。
「くそっ……!」
俺には、まだ魔力が残っている。
オジエだって、ほとんど戦っていない。
それでも、二人で勝てる保証はない。
今まで何度攻撃しても、天月人は立ち上がった。
斬っても、燃やしても、雷を落としても、再生した。
魔術を無効化し、体を自在に変形させ、一撃で人間を殺す《闇》を流し込む。
あいつが他に何を隠しているのか、俺達には分からない。
それでも――。
「みんな……」
納得なんてできなかった。
天月人が遠ざかっていく。
黒くなったクリスとラントが。
エクスカリバーの街が。
みんなを残した場所が、どんどん小さくなっていく。
何もできなかった。
誰も守れなかった。
俺だけが生き残った。
そうして俺は、オジエに抱えられたまま――。
エクスカリバーを離れた。




