第七十一話「ギレウスvs天月人」
【ギレウス・オーガ視点】
俺は杖を構え、天月人の前に立った。
正直、怖い。
目の前にいるのは、今まで戦ってきた魔物とは比べものにならない存在だ。
攻撃しても再生する。
魔術を消す。
そして、あのシャウトの剣を壊した。
まるで英雄譚に出てくる、世界を滅ぼす化け物だ。
まさか俺が、こんな奴と戦う日が来るなんて。
里にいた頃は、思いもしなかった。
俺は、里長を守る団長の息子として生まれた。
六歳の頃、子供扱いされることが嫌で、一人で森へ入ったことがある。
そこで魔物に襲われた俺を助けてくれたのが、シャウトの父さんだった。
強くて、格好良くて。
あの日から、俺は冒険者に憧れた。
いつか自分も、あの人のようになりたいと思った。
だが、俺の父さんは許してくれなかった。
冒険者になるなんていう甘い夢は捨て、自分の跡を継いで団長になれ。
何度もそう言われた。
生まれた場所だけで、自分の人生を決められるのが嫌だった。
俺は何度も抵抗した。
その度に、現実を見ろと言われた。
そして俺は、王立学校へ通わされることになった。
そこで出会ったのが――。
シャウト・ロータス。
俺の親友だ。
しかも、俺を助けてくれた冒険者の息子だった。
それを知った時は、嬉しくて仕方がなかった。
同じ寮部屋で暮らし、一緒に学校へ行った。
休みの日には遊び、喧嘩もした。
何度も一緒に魔術を練習した。
シャウトは、どんどん強くなっていった。
魔術だけなら、俺だって負けていない。
だが、剣では一度も勝てなかった。
そんな俺が今、剣を失ったシャウトの代わりに前へ立っている。
できるか?
一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎった。
いや。
やるんだ。
俺はもう、里にいた頃の俺じゃない。
父さんに勝ち、自分の力で冒険者になることを認めさせた。
シャウトや、みんなと旅をして、何度も危険を乗り越えてきた。
俺だって、あの頃より強くなっている。
少しだけ後ろを見る。
シャウトがいる。
コルドも。
ナージャも。
クリスも。
そして、ラントもいる。
俺一人で戦うわけじゃない。
それに、今まで何度も助けてもらった。
今度は、俺がみんなを守る番だ。
俺は腰に下げた短剣へ意識を向けた。
使える魔術は、火と雷。
それだけだ。
だが、その二つだけでも、戦い方はいくらでもある。
「《エレクトリ》」
短剣へ細い雷が走る。
次の瞬間、短剣が鞘から抜け、宙へ浮かび上がった。
《エレクトリ》。
中級雷魔術。
雷が金属を引き寄せる性質を利用し、自在に操る魔術だ。
《ウィンド》よりも細かく操作できる。
《グラビティ》よりも素早く動かせる。
この短剣で、天月人の意識を逸らす。
その隙に、火魔術を叩き込む。
「やってやる」
俺は杖を強く握り締めた。
【シャウト・ロータス視点】
ここからは、ギレウスが前衛だ。
俺は後ろへ下がり、その援護に回る。
本当に大丈夫なのか。
一瞬だけ、不安がよぎった。
今までの戦闘では、基本的に俺が敵の正面に立ってきた。
ギレウスも前衛だったが、中心になって戦っていたのは俺だ。
その役目を、いきなりギレウスが引き受ける。
だが、今は信じるしかない。
いや。
信じるべきなんだ。
ギレウスだって、ずっと俺達と一緒に戦ってきた。
いつまでも、俺が守らなければならない相手じゃない。
ギレウスが腰から短剣を抜く。
「……ん?」
短剣が宙に浮かび上がった。
風魔術ではない。
あいつは風魔術を使えない。
だったら――。
「あれは……《エレクトリ》か!」
中級雷魔術。
俺も使えるが、ギレウスが覚えていたことは知らなかった。
宙に浮かせた短剣で天月人の注意を引き、その隙に杖から別の魔術を放つつもりなのか。
「考えてるじゃないか……!」
いつまでも、あいつが弱いわけじゃない。
ギレウスは父親である団長に勝った。
今のあいつは、間違いなく強者だ。
ギレウスが声を上げる。
「行くぞ! シャウト!」
「おうよ!」
次の瞬間、宙に浮いていた短剣が天月人へ飛んでいく。
天月人は鞭にしていた腕を刃へ変え、迫ってきた短剣を弾いた。
――カキン!
だが、それで終わりじゃない。
弾き飛ばされた短剣が、空中で軌道を変える。
今度は天月人の背後へ回り込み、再び襲いかかった。
――カキン!
――キィン!
天月人が弾いても、短剣は何度でも向かっていく。
前から。
横から。
時には背後から。
天月人の意識が、短剣へ向いている。
その隙に、ギレウスが杖を構えた。
「《ヘルブレイズ》!」
激しい炎が放たれる。
短剣へ意識を向けていた天月人は、反応できなかった。
炎が直撃し、黒い体を包み込む。
「当たった!」
だが――。
燃えていた黒い体の一部が、表面から剥がれ落ちた。
剥がれた《闇》が炎を包み込み、そのまま地面へ落ちる。
焼かれた部分には、すぐに新しい《闇》が集まっていく。
「魔術を消したんじゃない……燃えてる部分を切り離したのか」
《マジックレジスト》とは違う。
魔術そのものを無効化したわけではない。
燃えている部分を捨て、再生したんだ。
それでも、ギレウスは攻撃を止めない。
短剣が再び天月人の背後へ回り込む。
天月人が振り返った瞬間、ギレウスがもう一度杖を向けた。
「《ヘルブレイズ》!」
二発目の炎が直撃する。
だが、天月人は再び燃えている部分を切り離した。
「くそっ……!」
攻撃は通っている。
それでも、決定打にならない。
ギレウスは魔術を切り替えた。
「《サンダーボルト》!」
その瞬間、空中を飛び回っていた短剣の動きが僅かに乱れた。
《エレクトリ》の操作と《サンダーボルト》。
同じ雷魔術でも、二つを同時に制御するのは難しい。
天月人は、その一瞬を見逃さなかった。
動きの鈍った短剣を弾き飛ばし、横へ跳ぶ。
直後、さっきまで天月人が立っていた場所へ雷が落ちた。
「避けた!?」
次の瞬間、天月人が地面を蹴った。
速い!
一直線に、ギレウスへ向かっている。
「危ない! 《ストーンウォール》!」
俺は即座に土魔術を発動した。
ギレウスの前に、巨大な石壁がせり上がる。
「助かった、シャウト!」
だが――。
――ドゴォン!!
「なっ!?」
天月人が《ストーンウォール》を正面から突き破った。
石壁が砕け、大量の破片が飛び散る。
「まずい!」
ギレウスは、まだ《エレクトリ》と《サンダーボルト》の制御を立て直せていない。
回避が間に合わない。
「《ウィンド》!」
ラントが風を放った。
ギレウスの体が横へ押し飛ばされる。
その直後、天月人の黒い刃が空を切った。
間一髪だった。
だが、風で飛ばされたギレウスは地面へ倒れ、すぐには立ち上がれない。
「《フロストバインド》!」
ナージャが杖を向ける。
冷気が天月人を包み込み、その黒い体を一瞬で凍らせていく。
「止まった!」
氷に閉じ込められた天月人の動きが止まる。
今のうちに、ギレウスを下がらせないと。
俺が走り出そうとした、その時だった。
――ピキッ。
氷に亀裂が入る。
「嘘……!」
――バキン!
天月人が氷を内側から破壊した。
砕けた氷が周囲へ飛び散る。
そして、天月人は倒れているギレウスへ顔を向けた。
『雷……』
低い声が漏れる。
『お前も……わらわを痛めつけた』
天月人の視線が、ギレウスだけを捉えている。
「ギレウス! 早く立て!」
ギレウスは片膝をつき、立ち上がろうとしていた。
だが、間に合わない。
コルドが上空から急降下する。
ラントとナージャも、再び杖を構える。
クリスもギレウスのもとへ走り出した。
俺も魔術を発動しようとする。
全員が動いた。
だが――天月人の方が速かった。
天月人の腕から、鋭い黒い刃が伸びる。
さっきまでよりも長い。
離れた場所にいるギレウスまで、一瞬で届くほどに。
「ギレウス!!」
黒い刃が、ギレウスの腹を貫いた。
「うわああああああああああああ!!!!」
ギレウスの絶叫が響き渡る。
「ギレウス!!」
ただ刺しただけじゃない。
ギレウスを貫いた黒い刃が、脈打っている。
刃を通して、《闇》がギレウスの体内へ流れ込んでいた。
天月人が、気味の悪い笑みを浮かべる。
そして、黒い刃を引き抜いた。
支えを失ったギレウスの体が、地面へ崩れ落ちる。
「待て……」
傷口から、黒いものが広がっていく。
服の下へ。
腹から胸へ。
腕へ。
足へ。
ギレウスの体が、内側から黒く染まっていく。
「待てよ……!」
知っている。
俺は、この姿を知っている。
ここへ来るまでに、嫌というほど見てきた。
道に倒れていた人達。
大人も。
子供も。
全員、同じように体を黒く染められ、死んでいた。
「やめろ……!」
違う。
ギレウスは違う。
さっきまで、普通に喋っていた。
「行くぞ! シャウト!」
そう言ったばかりじゃないか。
俺だって「おうよ!」って答えた。
まだ戦い始めたばかりだ。
これからだろ。
「やめろおおおおおおおおおおおお!!」
俺はギレウスへ駆け寄ろうとする。
だが、黒く染まる速度が速すぎる。
腕が。
足が。
顔が。
次々と黒くなっていく。
ギレウスの絶叫が途切れた。
そのまま、動かなくなった。
「……ギレウス?」
返事がない。
「おい……」
俺はギレウスのそばへ駆け寄る。
「ギレウス」
呼びかけても、何も返ってこない。
いつものように笑わない。
俺の名前を呼ばない。
地面に横たわる姿は、ここへ来るまでに見た死体と同じだった。
「……嘘だろ」
分かりたくない。
それでも、分かってしまった。
ギレウスは死んだ。
王立学校で出会って。
同じ寮部屋で暮らして。
一緒に学校へ通って。
遊んで、喧嘩して、魔術を練習した。
冒険者になってからは、何年も一緒に旅をした。
そのギレウスが、もういない。
さっきまで、すぐそこにいたのに。
俺の名前を呼んでいたのに。
こんな一瞬で。
「……俺のせいだ」
俺の剣が壊れたからだ。
俺が前衛を続けられなくなったから、ギレウスが前へ出た。
もっと早く、新しい剣へ替えていれば。
自分の力に耐えられる武器を用意していれば。
俺が前で戦い続けられたかもしれない。
ギレウスは死ななかったかもしれない。
リリス先輩に負けた時、心に誓ったはずだった。
もう慢心しないと。
それなのに、俺はまた自分の判断を誤った。
「……くそっ」
自分の甘さが憎い。
自分の判断が許せない。
それでも――。
ギレウスの体を貫いたのは、俺じゃない。
俺は顔を上げた。
天月人が、こちらを見ている。
こいつだ。
こいつが、ギレウスを殺した。
俺の親友を。
ずっと一緒に旅をしてきた、あいつを。
「……許さない」
頭の中から、他のことが消えていく。
世界を救うとか。
《闇》を止めるとか。
そんなことは、もうどうでもよかった。
今はただ、こいつが憎い。
ギレウスを殺したこいつを、この手で殺したい。
「絶対に……許さない」
こいつだけは。
絶対に。
俺が殺す。




