第七十話「シャウトvs天月人」
俺は天月人と剣を交えている。
――カキン!
――キィン!
何度も甲高い音が鳴り響く。
「くっ……!」
こいつ、人型になってから明らかに速くなっている。
さっきまでの巨体とは違い、一つ一つの動きに無駄がない。
天月人の刃を受け流し、続けて振るわれた一撃を避ける。
俺も剣を振り返すが、天月人は黒い刃で受け止めた。
『やはり、恩寵持ちは格が違うな』
「そりゃどうも!」
天月人が振り下ろした刃を横へ受け流す。
体勢が崩れた。
今だ!
俺は一気に懐へ入り込む。
「おらぁ!」
胴へ剣を叩き込んだ。
『ぐっ――!』
天月人の体が勢いよく吹き飛ぶ。
そのまま後方の家へ突っ込み、建物が崩れ落ちた。
だが――。
『先ほどよりは痛くない!』
「もう来るのかよ!」
天月人が瓦礫の中から飛び出し、そのまま俺へ向かってくる。
速い!
「援護する!」
上空からコルドの声が聞こえた。
「待て!」
俺は天月人の攻撃を受け止めながら叫ぶ。
「《マジックレジスト》で消されたら、お前の魔力がもったいない!」
さっき、コルドの《ソニックカッター》を消した時、天月人は魔術へ手を向けていた。
おそらく、《マジックレジスト》は自動で発動するものではない。
飛んでくる魔術を認識し、意識を向ける必要がある。
それでも、正面から魔術を撃てば消される可能性が高い。
「無理はするな! 奴が反応できない時を狙う!」
コルドは上空を旋回しながら、天月人の隙を窺う。
『それはさせんよ』
「なっ!?」
俺と剣を交えたまま、天月人が片方の腕をコルドへ向けた。
腕が蠢き、その形を変えていく。
指先が一つにまとまり、まるで銃口のような形になった。
次の瞬間、黒い《闇》が放たれる。
「くっ……!」
コルドが翼を大きく動かした。
黒い一撃が、そのすぐ横を通過していく。
ギリギリで避けた。
『やるじゃないか』
天月人は俺と剣を交えながら、上空のコルドを見る。
『邪魔をするなら、何度でも撃つぞ』
「俺に集中しろ!」
俺は天月人へ剣を振り抜いた。
『ぐっ!』
今度は、さっきよりも強く踏み込んだ。
天月人の体が凄まじい勢いで吹き飛び、地面を何度も跳ねる。
だが、その時だった。
――メキ……。
「……っ」
嫌な音がした。
俺は手元の剣を見る。
「まずいな……」
刀身に、小さな亀裂が入っている。
このまま全力で攻撃を続ければ、確実に壊れる。
今の俺の力に、この剣が耐えられなくなっている。
それには、一年前から気付いていた。
この四年間の旅でも、剣が壊れそうになったことは何度かあった。
それでも、今までの敵なら何とかなった。
力を抑えて戦っても問題なかったからだ。
だが――こいつは違う。
俺は立ち上がる天月人を睨む。
明らかに、今まで戦ってきた敵の中で一番強い。
攻撃しても再生する。
魔術を正面から放てば、《マジックレジスト》で無効化される。
その上、近距離戦でも俺とまともに剣を交えられる。
「……チートってのは、こういう奴のことだな」
俺は一旦、天月人から距離を取った。
『おっと、早速逃げ腰か?』
天月人が笑う。
だが、その言葉に乗せられる必要はない。
「お前、俺の得意な戦い方に合わせるって言ったよな?」
『そうだ。それで負けたら悔しいだろう?』
「残念だったな」
俺は剣を構えたまま、天月人を睨む。
「俺は剣だけが全てじゃない!」
『何?』
その瞬間。
「《サンダーボルト》!」
轟雷が落ちた。
『――ッ!?』
天月人の全身を、凄まじい雷撃が駆け巡る。
『うわああああああ!!!』
今までとは明らかに違う叫び声が響いた。
距離を取った時から、気付かれないように魔術を展開していた。
天月人が反応した時には、既に雷が落ちた後だった。
やはり《マジックレジスト》は、認識できていない魔術までは無効化できない。
それに、今の天月人は人型になったことで、全身を硬くしている。
まるで、全身に《マジックアーマー》を纏っているような状態だ。
《マジックアーマー》は、魔術に弱い。
その状態で《サンダーボルト》をまともに受けた。
その痛みは、今までの比ではないはずだ。
やがて雷撃が収まる。
「……」
天月人は立っていた。
だが、様子がおかしい。
「……なんだ?」
悪寒がした。
何かが変わった。
次の瞬間――。
「っ!?」
天月人が一気に距離を詰めてきた。
速い!
俺はすぐに剣を構える。
来る!
そう思った瞬間。
「なっ!?」
違う。
フェイントだ!
黒い刃が、俺の防御をすり抜けるように軌道を変える。
まずい!
当たる!
「《ウィンド》!」
咄嗟に風魔術を放つ。
自分の体を風で押し飛ばし、強引に距離を取った。
黒い刃が、俺の目の前を通過する。
「危なっ……!」
だが、休む暇すらない。
天月人がすぐに迫ってくる。
「こいつ……!」
さっきまでとは動きが違う。
攻撃の速度も。
動きの鋭さも。
明らかに上がっている。
こいつ、本気になったのか?
振り下ろされる刃をかわす。
横薙ぎの一撃を剣で受け流す。
次の攻撃を避け、そのまま懐へ踏み込む。
「おらぁ!!」
俺の一撃が天月人を捉えた。
その体が再び吹き飛んでいく。
「はぁ……はぁ……」
さすがに息が上がってきた。
天月人が突っ込んだ家を見る。
追撃だ!
「《サンダーボルト》!」
轟雷が建物へ落ちる。
凄まじい雷撃が、瓦礫ごと周囲を包み込んだ。
だが――。
「……いない!?」
当たっていない。
《サンダーボルト》を放った時には、もうそこにはいなかった。
「っ!」
前を見る。
既に天月人がこちらへ突進してきている。
速すぎる!
それに――喋らない。
さっきまで、あれだけ叫び、俺達を煽っていたのに。
今は何も言わない。
ただ無言で、俺へ殺意を向けている。
「……」
俺も天月人から目を離さない。
すると、天月人が一度距離を取った。
「……?」
何をするつもりだ?
次の瞬間、その体が変形し始めた。
「なっ……!」
肩の辺りから《闇》が盛り上がる。
そして――腕が生えた。
二本だった腕が、四本になる。
さらに、その全ての腕が変形していく。
四本全てが、黒い刃になった。
「マジかよ……」
天月人が地面を蹴る。
四本の刃を構え、一気に俺へ突っ込んできた。
「まずい!」
俺でも受けきれない!
そう思った瞬間だった。
「《エアバースト》!」
「っ!?」
凄まじい突風が天月人を直撃した。
天月人の体が一瞬で吹き飛ぶ。
そのまま凄まじい勢いで遠ざかり――。
「……見えなくなった」
どれだけ飛ばしたんだよ。
俺は後ろを振り返る。
杖を構えていたのは、ラントだった。
「ありがとう! 助かった!」
「うん!」
天月人は、すぐには戻ってこない。
今なら少しだけ時間がある。
「みんな! 今のうちだ!」
俺達は急いで集まった。
呼吸を整え、装備を確認する。
次にあいつが戻ってきた時、同じように戦えるとは限らない。
俺は剣に入った亀裂を見る。
やはり、さっきよりも広がっている。
あと何度、全力で振れる?
二度か。
それとも、一度だけか。
しばらくして。
「……来た」
遠くに、黒い人影が見えた。
天月人だ。
だが、走ってくるわけではない。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
それでも、あいつから放たれる殺気は変わっていない。
むしろ、さっきより不気味に感じる。
俺は天月人を見ながら口を開いた。
「あいつ……さっきまでとは何かが違う」
「違う?」
ギレウスが聞き返す。
「ああ。攻撃を受けるたびに、感情の振れ幅が大きくなってる」
痛がり。
怒り。
笑い。
そして今は、何も話さず俺達を殺そうとしている。
「おそらく、《闇》が精神に影響してる」
「自我がなくなったってこと?」
ラントが尋ねる。
「いや。自我が消えたわけじゃない」
さっきのフェイント。
俺の動きを読んだ攻撃。
何も考えられない奴に、あんなことはできない。
「ただ、理性が薄れてる。残っているのは、俺達を殺そうとする意思だ」
「それなら、前以上に警戒しないとね」
ギレウスが杖を握り直す。
「そうだな」
天月人がこちらへ近づいてくる。
その体が再び変形した。
四本あった腕が元へ戻っていく。
そして今度は、剣ではない。
腕が細長く伸びる。
最初に使っていた鞭だ。
「遠距離攻撃に切り替えるつもりか……」
だったら――。
俺は全部切り裂く。
あいつの攻撃を斬りながら懐へ入り、目の前で《ストーンランス》を展開して貫く。
あの時、土の天賢に俺が殺された時のように。
「行くぞ!」
俺は地面を蹴った。
天月人へ向かって、一直線に踏み込む。
同時に、天月人が黒い鞭を薙ぎ払った。
「コルド!」
「分かっている!」
「《ソニックカッター》!」
風の刃が飛ぶ。
俺以外の皆へ襲いかかっていた鞭が、コルドの《ソニックカッター》によって切り裂かれた。
コルドの風の刃は、天月人の本体ではなく、広がった鞭を横から切断した。
天月人が気付いた時には、もう遅い。
これなら、俺は前だけを見られる。
「はあああああ!!」
俺へ迫る鞭を剣で斬る。
一本。
二本。
次々と切り刻みながら前へ進む。
切断された《闇》が地面へ落ちていく。
あと少し。
もう目の前だ。
「もらった!」
俺が天月人の懐へ入った、その時だった。
「……?」
天月人の顔が見えた。
笑っている。
さっきまで感情を失ったように見えていた天月人が、気味の悪い笑みを浮かべている。
最初から、これを狙っていたのか。
「――っ!」
次の瞬間。
天月人の胸から、鋭く尖った《闇》が飛び出した。
一直線に俺へ向かってくる。
「シャウト! 危ない!!」
後ろから、ナージャの声が聞こえた。
俺の体も、ギリギリで反応する。
「くっ!」
咄嗟に剣を構える。
――ガキィン!!
「ぐっ……!」
衝撃が剣を通して全身へ伝わる。
そして――。
――ピキッ。
剣に亀裂が走った。
「まずい!」
次の瞬間、俺の体は勢いよく吹き飛ばされた。
「ぐあっ!」
地面へ叩きつけられ、そのまま何度も転がる。
「シャウト!」
ナージャが駆け寄ってくる。
「《ヒーリング》!」
暖かい魔力が体を包む。
全身の痛みが、少しずつ引いていく。
「ありがとう……」
俺はゆっくりと体を起こした。
そして、手元の剣を見る。
「……」
駄目だ。
完全に壊れている。
亀裂が刀身全体へ広がり、もう戦闘で使える状態ではない。
「壊れたか……」
ずっと使ってきた剣だった。
だが、今は戦闘中だ。
感傷に浸っている暇はない。
俺は壊れた剣から、天月人へ視線を戻した。
「ここからは、俺も魔術主体で戦う」
そう言うと、ギレウスが俺の前へ出た。
「後は俺に任せて」
「ギレウス?」
ギレウスは杖を構え、天月人を真っ直ぐに見据える。
「シャウトは、俺の援護をしてくれ」
「……分かった」
俺は頷き、一歩後ろへ下がった。
そして今度は、ギレウスが前へ出る。
天月人が黒い鞭を揺らしながら、ギレウスへ向き直った。
ギレウスと天月人との戦いが始まった。




