第六十九話「開戦」
「お前達、準備はいいか!」
「ああ!」
「大丈夫!」
「もちろん!」
「行けるぜ!」
「私も!」
全員の返事を聞き、俺は剣を構えた。
俺とギレウスが前衛。
コルドは翼を広げて上空へ上がり、ラント、ナージャ、クリスは後方に回る。
六人全員で戦うのは、これが初めてだった。
それでも、迷っている暇はない。
『かかってこい! 殺してやる!』
天月人の声が、崩れた広場に響く。
「まずは、こいつの力を確かめる!」
俺は地面を蹴った。
三メートルを超える巨体へ、一気に距離を詰める。
「はあっ!」
横薙ぎに剣を振るう。
刃は天月人の胴を捉え、そのまま黒い体を両断した。
「切れた!」
だが、手応えは軽すぎた。
切断面から黒い粘液のようなものが溢れ出し、二つに分かれた体を引き寄せていく。
数秒もしないうちに、天月人は元の姿へ戻っていた。
『この程度か?』
「……斬撃は通る。でも、致命傷にはならない」
「なら、雷はどうだ!」
ギレウスが杖を構える。
「《サンダーボルト》!」
轟雷が天月人へ落ちた。
『――ッ!』
巨体が硬直する。
黒い体を雷が駆け巡り、天月人の動きが一瞬だけ止まった。
「効いてる!」
「でも、止まるのは一瞬だ!」
俺が叫んだ直後、天月人の体が再び動き始める。
『痛い……』
低い声が漏れた。
次の瞬間、その声は絶叫へ変わる。
『痛いと言っているだろうがああああ!!』
天月人の腕が異様に伸びた。
黒い鞭のようになった腕が、ギレウスへ振り下ろされる。
「ギレウス!」
「《ウィンド》!」
ラントの風がギレウスを横へ押し飛ばす。
直後、黒い鞭が地面を叩き割った。
「助かった!」
「次が来るよ!」
上空のコルドが叫ぶ。
天月人は鞭を何本にも分け、俺達全員へ向けて振り上げた。
「散れ!」
全員が左右へ跳ぶ。
黒い鞭が地面を薙ぎ払い、石畳を砕きながら通り抜ける。
だが、攻撃の直後なら隙がある。
俺は再び踏み込んだ。
狙うのは首。
「はああっ!」
剣を振り抜く。
――カキン!
「なっ!?」
首へ届くはずだった一撃が弾かれた。
さっきまで柔らかかった黒い体が、その部分だけ金属のように硬くなっている。
「攻撃される場所だけ硬くできるのか……!」
俺は後ろへ跳び、距離を取る。
『お前の剣は、こんなものか』
「いいや」
剣へ魔力を流し込む。
刀身を覆うように、魔力が纏わりついた。
《魔纏剣》。
「さっきのは、お前の力を確かめるための一撃だ」
『なるほど』
天月人が笑う。
『ならば、見せてみろ』
俺は地面を蹴った。
今度も狙いは首。
天月人は同じように、その部分を硬化させる。
だが――。
「遅い!」
《魔纏剣》を纏った刃が、黒い首を斬り飛ばした。
頭部が宙を舞う。
「切れた!」
だが、俺は追撃を止めなかった。
地面へ落ちるはずだった頭部へ、黒い触手が何本も伸びる。
触手は頭部を絡め取り、そのまま胴へ引き戻した。
切断面が繋がる。
『驚いた……』
天月人は首を軽く傾けた。
『先ほどとは、比べものにならぬ斬撃だな』
「それでも、再生するなら意味がない」
「なら、まとめて消し飛ばす!」
コルドが上空から手を向けた。
「《ソニックカッター》!」
無数の風の刃が降り注ぐ。
黒い巨体は次々に切り裂かれ、四方へ飛び散った。
一瞬だけ、天月人の姿が消える。
「今度こそ……!」
「いや、まだだ!」
飛び散った黒い破片が蠢いている。
一つ、また一つと集まり始め、再び人の形を作っていく。
『何度も言っている!』
元の姿へ戻った天月人が叫ぶ。
『お前達では、わらわに勝てぬのだ!』
「それは、まだ分からない!」
ナージャが杖を構えた。
「《ストーンランス》!」
天月人の足元から、何本もの石槍が突き出す。
黒い体を貫き、巨体の動きを止めた。
『うぅ……』
「《サンダーボルト》!」
ギレウスの雷が続く。
雷撃を受けた天月人の体が大きく震え、黒い体から悲鳴が上がった。
『痛い……痛い!』
「効いてるなら、止まるまで撃つ!」
「待て、ギレウス!」
俺が止めるより早く、天月人の体が急激に縮み始めた。
三メートルを超えていた巨体が、黒い塊へ圧縮されていく。
「何をするつもりだ……?」
次の瞬間――。
《闇》が炸裂した。
「《ストーンウォール》!」
俺は咄嗟に土魔術を発動する。
巨大な石壁がせり上がり、ナージャも反対側へ壁を作った。
ラント、クリス、ギレウスはその後ろへ身を隠す。
上空のコルドは翼を動かし、飛来する《闇》を避けていた。
――ドゴォン!
凄まじい衝撃が石壁を叩く。
壁の向こうから、家が壊れる音が何度も響いた。
やがて攻撃が止む。
俺は石壁の端から外を見る。
「……マジかよ」
広場の周囲にあった家々が崩れ、瓦礫と化していた。
まともに受けていたら、無事では済まなかった。
『さっきから、何度も雷魔術を使いやがって……!』
天月人が黒い体を揺らしながら、俺達を睨む。
『痛いと言っているのが聞こえないのか!』
「聞こえてる!」
俺は剣を構え直す。
「でも、お前は俺達を殺そうとしている!」
『うるさい!』
黒い鞭が俺へ振るわれる。
「はあっ!」
《魔纏剣》で迎え撃つ。
鞭は斬れた。
だが、切り落とした《闇》は地面に落ちた直後から蠢き、本体へ戻っていく。
「斬っても、砕いても戻る……」
「でも、無限に再生できるわけじゃないはずだ」
ギレウスが杖を握り直す。
「攻撃を続ければ、いつかは限界が来る!」
天月人は、しばらく俺達を見ていた。
『お前達は……なぜ、わらわを殺そうとする』
「お前が復讐をやめないからだ」
『世界になど興味はない!』
「現に、お前は街を壊して、人を殺してるだろ!」
『うるさい!』
天月人の動きが止まった。
再び、黒い体が一箇所へ集まり始める。
「また炸裂させるつもりか!?」
全員が身構える。
だが、今度は違った。
巨体はそのまま小さくなっていく。
輪郭が定まり、粘液のようだった体が、人間に近い形へ変わった。
二メートルほどの人影。
黒い体は、先ほどまでより明らかに引き締まっている。
『まずはお前だ』
天月人が、俺へ顔を向ける。
『シャウト・ロータス』
「……来るぞ!」
「そんなことはさせん!」
コルドが即座に手を向けた。
「《ソニックカッター》!」
風の刃が天月人へ飛ぶ。
だが――。
天月人が片手をかざした瞬間、風の刃は途中で霧散した。
「なに!?」
「魔術が消えた……?」
『《マジックレジスト》だ』
天月人は、口元を歪める。
『魔術でわらわを倒せると思うな』
腕が黒い刃へ変化する。
そして、地面を蹴った。
人型になった天月人は、先ほどまでとは比べものにならない速さで俺へ迫ってくる。
「来い!」
俺も剣を構えた。
黒い刃と、俺の剣がぶつかり合う。
――カキン!
広場に、甲高い音が響き渡った。
「ぐっ……!」
重い。
それに――。
「硬いな……お前の腕」
『今の剣技は使わないのか?』
「……」
やっぱり気付いていたか。
だが――。
「お前のその腕に、魔力が込められてるのが見えるんだよ!」
俺は力を込め、天月人の剣を弾き返した。
天月人が後ろへ下がる。
さっき、目に魔力を込めてこいつの体を見た。
その時に分かった。
こいつの攻撃には、全て魔力が込められている。
あの鞭も。
今の剣も。
全て、魔力から形作られたものだ。
「それなら、無駄に魔力を使って《魔纏剣》で受ける必要はない」
俺は剣を構え直す。
『……戦闘経験は、やはり高いな』
「そりゃどうも」
天月人が再び、剣のように変化した腕を構える。
『お前は近距離戦が得意なのだろう?』
「……ああ」
『なら――』
天月人が腰を落とした。
『お前の得意に合わせて殺してやる!』
「望むところだ!」
俺も剣を構える。
天月人が地面を蹴った。
同時に、俺も踏み込む。
俺と天月人の近接戦が始まった。




