第六十八話「対峙」
夢を見た。
黒い夢。
辺り一面、何も見えない。
どこを見ても、ただ黒い。
「……黒い、夢か」
この感覚。
確か、四年前にもあったな。
『やあ』
「……やっぱり話しかけてきた」
『久しぶりだね』
「ああ、久しぶりだな」
『どう? 最近は?』
「どうもこうもない。忙しい」
『そうなの?』
相変わらず、姿は見えない。
声だけが、この真っ黒な空間に響いている。
『私は復活できて、やっと復讐できるから嬉しくて仕方ないよ』
「……やっぱり」
その言葉で確信した。
「闇は、お前だったのか」
『そうだよ』
あっさりと認めた。
「なら、俺達はお前を倒す」
『やってみなよ。できないと思うけど』
「……どういうことだ?」
『教えるわけないじゃん。今から私のこと殺そうとしてる相手に』
「くそ……!」
『私は君達を倒して、必ず天賢に復讐する』
さっきまでの軽い口調とは違う。
その声には、はっきりとした憎しみが込められていた。
『私は母様と父様と幸せに暮らしたかっただけなのに』
「……」
『天賢と国民は私を迫害した。そんな私を必死に守ってくれた母様と父様の仇を取るんだ』
「そうか……」
俺は少し考える。
こいつの話と、俺が聞いた歴史。
そこには、少し違いがある。
「俺の聞いてる歴史だと、お前は父さんと母さんに迫害されていたことを知らせず、逃がされたと聞いた」
『……何を言ってるの?』
声色が変わった。
『私は父様にも母様にも話してた』
「……え?」
『二人とも、何とかしてやるって、ずっと私の味方でいてくれた。クーデターが起きた時だって、私の命を一番に優先してくれた』
「……そうなのか」
やっぱり違う。
俺の知る歴史と、こいつの記憶。
明らかに食い違っている。
『逃がしてくれた母様の言葉を胸に、私は放浪した』
淡々と、声が続く。
『人々から隠れて……それから――』
一瞬、言葉が途切れた。
『眠ったところから、記憶がないの』
「……記憶がない?」
『うん。次に目が覚めた時、私は精神体になって世界を見ていた』
「精神体……?」
『何にも干渉できない。ただ、世界を見ることしかできなかった。でも、人の声は聞こえてたよ』
「……」
『そんな中で、《光の恩寵》を持つ人が生まれた時だけ、その人に干渉できることに気付いたの』
「光の恩寵が……?」
『そう。でも、今まで誰も反応してくれなかった』
『だから、君に返事をされた時は驚いたよ。しかも君だけじゃない。君の周りにいる人達にも、なぜか私の声が届いたんだ』
そう。
こいつの声を聞いたのは、俺だけじゃない。
コルド達も、夢の中でこいつと話していた。
『今まで誰にも反応してもらえなかったのに、君達には私の声が届いた』
「……そういうことだったのか」
『だから、利用しようと思ったの。私の復讐のために』
「利用……?」
『何千年も世界を見てる間に、天賢達の話も聞いてたからね。どうやら《光》が現れると、《闇》も現れるみたいじゃん』
「……それで?」
『転移魔法陣は光魔術でしょ? なら、使われ続ければいずれ《闇》は肥大化する』
「まさか……」
『そう。だから君達を転移魔法陣に向かわせたの』
「……!」
『転移魔法陣を使わせて《闇》を大きくする。そして、私はその《闇》に憑依する』
「闇に……憑依?」
『私の精神体は、《闇》に憑依できるからね』
そういうことだったのか。
こいつが俺達の夢に現れ、転移魔法陣へ向かわせようとしていた理由。
全部、自分が復活するためだった。
『まあ、あの時は乗っ取ろうとしてもできなかったんだけどね』
「できなかった?」
『うん。まだ足りなかったみたい』
「……」
『でも今は違う』
声が、少し楽しそうに弾んだ。
『やっと復活できた』
「……そういうことか」
『何千年も待ってよかったよ』
心の底から嬉しそうな声だった。
『これでやっと、私をこんな目に遭わせた奴らに復讐できる』
「……」
復讐。
こいつは、ずっとそう言っている。
でも、一つだけ。
どうしても確かめなければならないことがある。
「お前はアーサーと、火の天賢ガウェインを殺したんだぞ」
『……は?』
「闇がアーサーを取り込み、その後、ガウェインも殺した。俺はそう聞いてる」
『私はそんなことしてない』
「いや、したんだ」
『してない!』
突然、声が響き渡った。
今までとは明らかに違う。
『父様を私が殺すなんてありえない!』
「でも、お前はずっと世界を見てたんだろ?」
『……何?』
「精神体になってから何千年も世界を見て、人の声も聞こえてた。天賢達の話だって聞いてたんだろ?」
『……』
「だったら、お前は聞いてたんじゃないのか? 自分が闇になって、アーサーとガウェインを殺したって話を」
少しの沈黙。
そして――。
『そんな話、聞いたことない!』
「……!」
『私は父様を殺してない!』
その声が、黒い空間に響き渡る。
『嘘をつくな!』
その瞬間――。
俺の意識は、黒い世界から引き剥がされた。
そこで、夢は終わった。
目が覚めた。
「……っ、頭痛ぇ」
頭がズキズキする。
俺は頭を押さえながら、さっきの夢を思い返した。
あいつは多分、本当に知らないんだ。
精神体になってから人の声を聞けたと言っていたが、それに気付いたのはかなり後だったのかもしれない。
だから、自分がアーサーとガウェインを殺したことも知らない。
……いや。
それよりも気になることがある。
復活したのに、なんで俺達に干渉したんだ?
というか、あいつももしかすると、さっきまで寝てたのか?
そんなことを考えていると、コルドが口を開いた。
「……また俺達は傍観者だったな」
「ああ」
ギレウスも頷く。
やっぱり二人も同じ夢を見ていたのか。
「何言ってんだ、お前ら? 朝から」
「……え?」
クリスだった。
俺はクリスを見る。
「もしかして、同じ夢を見てないのか?」
「あ? 夢?」
クリスは何を言っているんだと言わんばかりの顔をする。
「何も見てないぞ?」
「……は?」
クリスには干渉していない?
どういうことだ?
わけが分からない。
「俺だって分からねぇさ。起きたら皆、同じ夢を見てるって言ってんだ」
「……」
すると、コルドが口を開いた。
「おそらく、お前の二つ目の恩寵が何かしらの作用で阻害しているのだろう」
「二つ目の恩寵が?」
「ああ。シャウト達と同じ条件にいるにもかかわらず、お前だけが夢を見ていない。ならば、可能性はある」
クリスは少し考え込んだ。
「あぁ、確かに。それは可能性としてあるかもな」
まだ、クリスの二つ目の恩寵が何なのかは分かっていない。
ただ、今回のことも何か関係しているのかもしれない。
とりあえず俺達は、さっき見た夢の内容をクリスに説明することにした。
「なるほどな。その《闇》が天月人なのか」
夢の内容を一通り聞き終えたクリスが、納得したように頷いた。
「そうなるな」
あいつ自身の記憶には抜け落ちている部分がある。
それでも、ここまで分かったことを繋げれば、あの《闇》と天月人が同一の存在だと考えていいだろう。
そして、そいつは復活した。
「俺達は今から、あいつと戦う」
俺がそう言うと、クリスは頷いた。
「そうだな。頑張ろう」
俺達は決戦に向けて準備を始めた。
必要な物を揃え、装備を確認する。
準備を終えた俺達はナージャと宿で合流し、そのまま学校へ向かった。
校門の前では、ラントが待っていた。
「ラント、おはよう」
「おはよう」
これで六人。
全員揃った。
そこで、俺は念のためラントにも聞いてみることにした。
「ラント、昨日の夜、変な夢見なかった?」
「夢?」
ラントは首を傾げる。
「ううん。特に何も見てないよ」
「……そっか」
ラントも見ていない。
クリスだけじゃなかった。
以前はラントにもあいつの声が届いていたはずなのに、今回は夢を見ていない。
となると……。
俺の近くにいた。
そして、俺と何かしら関係がある。
その両方を満たした人にしか、今回は夢を見せられなかったということか?
……ほんと、どういう原理なんだ?
考えても答えは出そうにない。
今は、それよりもやるべきことがある。
俺はみんなの方を向いた。
「みんな、各々準備はいいか?」
「ああ!」
「大丈夫!」
「いつでもいけるぞ!」
それぞれが、大きな声で答える。
俺は一度、全員の顔を見渡した。
そして――。
「じゃあ行くぞ!」
俺達は互いに手を繋ぐ。
ラントは初めてだからか、よく分からないまま俺達に合わせて手を繋いでいた。
「これでいいの?」
「ああ。そのままで大丈夫」
目指すは、エクスカリバー。
昨日のこともある。
人の多い場所に転移するわけにはいかない。
俺はエクスカリバーで見つけておいた、人がいなさそうな路地を頭の中に思い浮かべる。
「行くぞ」
転移魔術を発動する。
俺達の体が光を纏った。
「な、なにこれ!?」
初めて見る光景に、ラントが驚いて声を上げる。
そして次の瞬間――。
景色が切り替わった。
「……着いた」
俺達が立っていたのは、思い浮かべていた路地だった。
無事、エクスカリバーへ転移できた。
だが――。
すぐに違和感を覚えた。
「……暗い」
朝のはずだ。
それなのに、空が暗い。
「これが……」
《闇》が復活し、その場所にいる時に起こる現象の一つなのか。
「……よし」
今は考えている場合じゃない。
俺達は広場へ向かった。
路地を抜け、街の中を走る。
その道中――。
「……っ」
死体が転がっていた。
一人や二人じゃない。
大人。
子供。
そこら中に、人が倒れている。
そして、その全員が黒くなっていた。
「……くそ」
早く止めないと。
これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。
俺達は足を止めることなく、広場へ向かう。
そして――。
広場に着くと、そいつはいた。
「……あれが」
三メートルほどはあるだろうか。
巨大な体。
その全身には、粘性のある黒い何かが纏わりついている。
人の姿をしているようにも見える。
だが、とても人間とは思えない。
そいつがゆっくりとこちらを向いた。
『ああ……お前達か』
「……!」
低く、不気味な声。
夢で聞いていた声とは少し違う。
似てはいる。
だが、今聞こえてくる声は、まるで悪魔のように禍々しく変わっていた。
それでも分かる。
こいつだ。
『来たんだな。わらわを殺しに』
「そうだ!」
俺はそいつを睨みつける。
「お前を止めて、俺達は世界を救う!」
『勇者にでもなるつもりか!』
空気が震えるほどの声が広場に響く。
『お前達に邪魔はさせん!』
全身を覆う黒い何かが蠢く。
『必ず、わらわは復讐する!』
ついに――。
俺達と《闇》の戦いが始まろうとしていた。




