第六十七話「嵐の前」
翌朝。
俺達はジュワユース王国へ向かうため、出発の準備をしていた。
ここからは長い旅になるはずだ。
ただ、その前に一度デュランダルへ飛び、オジエ様に報告しておくつもりだった。
ジュワユース王国で起きた、原因不明の異変について。
俺と同じ部屋に泊まっていたコルド、ギレウス、クリスも準備を終える。
「じゃあ、行くか」
俺達四人で部屋を出ると、そこにはナージャがいた。
どうやら待っていたようだ。
「おはよう」
「おはよう、ナージャ」
全員揃ったところで、俺達はまずデュランダルへ向かうことにした。
宿を出て、人通りの少ない裏路地へ向かう。
周囲に誰もいないことを確認する。
「じゃあ、行くぞ」
俺達は互いに手を繋いだ。
頭の中に思い描くのは、デュランダル王国近郊にある、オジエ様の洞窟。
その光景を鮮明に思い浮かべながら、転移魔術を発動する。
次の瞬間、景色が切り替わった。
目の前には、見覚えのある洞窟の入口。
「着いたな」
俺達は、オジエ様のいる洞窟の前へと転移した。
そのまま洞窟の中へ入る。
奥へ進んでいくと、オジエ様が座っていた。
片手には飲み物を持っている。
「お前達か。どうした? 何かあったのか?」
この反応を見る限り、まだ知らないのだろう。
「昨日、エクスカリバーで聞いた話なのですが、ジュワユース王国で原因不明の黒い何かが都市を埋め尽くしたようです」
「……何?」
オジエ様の表情が変わった。
明らかに驚いている。
「もしかすると、それは……」
オジエ様が途中で言葉を止める。
「はい。俺達も《闇》だと思っています」
「……やはりか」
オジエ様は持っていた飲み物を置いた。
「闇が出現した。ならば、我も対抗しなければならない」
立ち上がろうとした、その時だった。
「オジエ様!」
ギレウスが声を上げる。
「ここは我々に任せてください!」
オジエ様の動きが止まった。
「……そうか。だが、お前達に何ができる?」
「シャウトとクリス。この二人がいれば、何かできると思います!」
オジエ様は俺とクリスを見る。
少しの間、俺達を見つめた後、静かに口を開いた。
「そうか。だが、お前達は弱い」
「……」
「死ぬぞ」
そうだ。
俺達は、天賢に比べれば圧倒的に弱い。
そして、その天賢達がやっとの思いで倒したのが《闇》だ。
そんなものを俺達だけで倒せるなんて、オジエ様は思っていないのだろう。
それでも、ギレウスは続ける。
「《光の恩寵》と、新たな恩寵。この二つを掛け合わせれば、何かできると思うんです!」
「そうか。ならば言ってみろ。何ができる?」
「……」
ギレウスの口が止まった。
当然だ。
何ができるのかなんて、俺達にもまだ分からない。
「……何かしら、俺達にもできるはずです」
俺はオジエ様を見る。
「そのために俺達が生まれたと言っても、過言ではないはずです」
俺とクリス。
同じ転生者でありながら、それぞれが二つの恩寵を持っている。
これに何の意味があるのかは、まだ分からない。
それでも――。
「まずは俺達が《闇》を何とかします。何もできなければ、その時はオジエ様達が助けてください」
「……」
オジエ様は少しの間、考え込んだ。
そして――。
「良かろう」
「……!」
「お前達の行く末を見届けよう」
了承してくれた。
ただ、最後に一つだけ警告された。
「だが、本当に危なくなったら逃げろ」
「分かりました」
俺達はジュワユース王国へ向かうことを伝え、オジエ様の洞窟を後にした。
そして転移魔術を使い、デュランダル王国へ向かう。
そこからジュワユース王国のある西側へ向かおうとした――その時だった。
聞き捨てならない言葉が、耳に入った。
いや。
それはもう、聞き間違いであってほしいほどの、最悪の言葉だった。
「アレフからエクスカリバーへ、黒い何かが進行している!」
「……え?」
俺の足が止まった。
頭が一瞬、真っ白になった。
アレフ。
父さん。
母さん。
ラント。
あいつらは――どうなった?
何も考えられず、その場で固まってしまう。
「シャウト!」
突然、ナージャが声を荒らげた。
「固まってないで! アレフに戻らないと!」
「……あ」
その声で我に返る。
「あ、ああ! そうだな!」
そうだ。
今は考えている場合じゃない。
まずはアレフに戻らないと。
ラントは無事なのか。
父さんと母さんは生きているのか。
それを、この目で確認しなければならない。
俺達はすぐに転移魔術を使った。
思い描くのは、アレフ王立魔導学校の門の前。
次の瞬間、景色が切り替わる。
「……着いた」
学校の前だ。
だが――。
「誰もいない……?」
辺りを見回す。
人の姿はない。
それだけじゃない。
学校にも、周囲の建物にも、特に被害らしいものは見当たらなかった。
「……なんでだ?」
黒い何かが現れたんじゃないのか?
あんな騒ぎになっていたのに、目の前の景色はいつもと何も変わらない。
……いや。
今はそんなことより、ラントだ。
「行くぞ!」
俺達は学校の中へ走った。
今は授業中の時間だ。
だが、そんなこと知ったことか。
ラントの教室は変わっていないはずだ。
廊下を走り、そのまま教室へ向かう。
見覚えのある扉が見えた。
勢いよく扉を開ける。
「ラント!」
俺の声が教室中に響いた。
一斉に全員がこちらを向く。
「……え?」
ラントがいる。
他の生徒達もいる。
先生もいる。
みんな無事だ。
焦っていたのは、俺達だけだった。
「あなた達! 何をしているのです!」
先生の怒鳴り声が響く。
「今は授業中です!」
「す、すみません……」
一体、何が起きている?
アレフに《闇》が出たんじゃないのか?
どういうことだ。
頭が追いつかない。
周りを見ると、みんなも同じような顔をしていた。
すると、先生が俺達の様子を見て口を開く。
「その顔を見るに、何かあったのでしょう。ですが、今は授業中です。終わるまで寮で待っていなさい!」
「……分かりました」
俺達は大人しく教室を出る。
最後にラントを見ると、困惑した表情を浮かべていた。
当然だ。
いきなり授業中に俺達が飛び込んできて、名前を叫んだんだから。
その隣で、ギレウスは安心したような顔をしていた。
ラントが無事だったからだろう。
だが――。
なぜだ?
なぜ、何も起きていない?
その理由を探るため、俺達は転移魔法陣のある広場へ向かってみることにした。
そして、広場へ着いた瞬間。
原因はすぐに分かった。
「……黒い」
転移魔法陣が黒くなっていた。
おそらく、黒い何かは一度ここへ来て、そのままエクスカリバーへ向かったのだろう。
でも――。
「何のために……?」
なぜ、一度アレフに?
最初からエクスカリバーへ向かえばよかったんじゃないのか?
何か目的があってここへ来た?
それとも、ただ間違えただけなのか?
考えても分からない。
俺が黙り込んでいると、コルドが口を開いた。
「仮定の話だが、最初からエクスカリバーへ向かうことが目的だった。しかし、何かしらの理由でアレフへ来てしまった。だから、すぐにエクスカリバーへ向かった……そう考えるのが自然ではないか?」
「……俺もそう思う」
ギレウスが頷く。
「私も」
ナージャも同意する。
クリスも異論はないようだった。
やっぱり、目的地はエクスカリバーなのか?
だとすれば――。
エクスカリバーに何がある?
「……」
一つだけ、思い当たるものがある。
あの城にあったもの。
光魔術を使えば反応する、アーサーの武器。
国宝――《エクスカリバー》。
……杖か?
《エクスカリバー》が危険だ。
今の時点で分かるのは、それだけだ。
すぐにでもエクスカリバーへ戻るべきなのかもしれない。
だけど、その前にラントにも話しておきたい。
できることなら、ラントにも協力してもらいたい。
「ギレウス」
「なんだ?」
「ラントにも協力してもらおうよ」
そう聞くと、ギレウスは少し考えた後、真剣な表情で俺を見た。
「……良いと思う」
ラントは、かつて俺達と一緒に旅をした仲間だ。
一緒に戦った経験もある。
連携だってできる。
ラントが加われば、俺、ナージャ、ギレウス、コルド、クリス、ラント。
六人パーティになる。
これから何と戦うことになるのかは分からない。
それでも、人が多い方が勝てる算段はつけやすい。
「じゃあ、授業が終わったらラントに話そう」
俺達は学校が終わる時間まで、近くの酒場で時間を潰すことにした。
そして、学校が終わる時間になった。
俺達はラントと合流し、まず今まで俺達が知った《本当の歴史》について話した。
光の天賢アーサーのこと。
光魔術が歴史から消されたこと。
そして、かつて天賢達が戦った《闇》のこと。
その《闇》が、今まさに復活した可能性が高いことも伝えた。
「だから、ラントにも一緒に戦ってほしい」
俺がそう言うと、ラントはしばらく黙って俺達を見つめた。
そして、真剣な眼差しで頷く。
「……分かった」
その一言に、俺は少し安心した。
ここ数年、ラントは学業に専念していたらしい。
その間に雷魔術は天導級、風魔術は上級まで扱えるようになっているという。
心強い。
ラントが加われば、俺達は六人になる。
「じゃあ、今日はもう学校終わりだし、また明日にしよう」
そう言って、俺達はラントと別れた。
「俺達も今日は宿を取ろう」
家には帰らない。
帰るのは、全てが終わってからだ。
俺はそう決めた。
――だが。
この時の俺は、まだ何も知らなかった。
まさか、あんなことになるなんて。
忘却編終了です!
次回復活編!




