第六十四話「オブリビオン」
「クリス、お前……恩寵持ちだったのか……」
「そうだ! 俺は恩寵持ちだ!」
胸を張って答えるクリス。
だが、それでもまだ疑問は残る。
「だとしても、なぜ俺達を探していた?」
「本に書いてあったんだ。同じ恩寵を持つ者は必ず同じ世代に生まれて、その恩寵持ちが死ぬまで、次の恩寵持ちは現れないってな」
「つまり?」
「この世界のどこかに、俺と同じような恩寵持ちがいると思ったんだ」
「それだけで俺達を?」
「いや。それだけなら、俺もここまでは来ない」
クリスは首を横に振った。
「転移魔法陣の件で、俺には何か特別なものがあるのかもしれないと思ったんだ」
「学者になる過程で、そのことについても調べた。でも、何も分からなかった……」
そりゃそうだ。
転移魔法陣が黒くなる現象は、世界が隠したかった光魔術に関係することだ。
そんなものが簡単に一般人へ知られていたら、天賢達もお手上げだろう。
「だから俺はこう思った!」
クリスが俺達を見る。
「同じ恩寵持ちなら、何か分かるんじゃないかってな!」
……知力の恩寵はすごいな。
そんなところまで考えつくのか。
普通なら、そこまで思わないだろ。
まあ……転生者なら、そう考えるかもしれないが。
すると、クリスが真剣な表情で俺を見る。
「シャウト。俺をお前達のパーティに入れてくれないか?」
「……」
こいつがいることに、特にデメリットはない。
それどころか、《知力の恩寵》を持ち、黒くなった転移魔法陣を使える。
謎の解明に近付いた気すらする。
「入れるのはいい。ただ、その前に聞かなきゃいけない人がいる」
「パーティに入るのに聞かなきゃいけない人?」
クリスが首を傾げる。
「冒険者ギルドの受付か?」
「違う」
俺は首を横に振った。
「俺達は今、天賢様の配下として動いている」
「え!?」
クリスが目を見開く。
「そうなのか!? 天賢様って会えるものなのか!? いつか会ってみたいとは思ってたんだ!」
「会って、お前を入れるかどうか聞かなきゃいけない」
「なるほど。なら俺も連れてってくれ!」
「でも今日はもう遅い。明日だ」
「分かった!」
話はそこで終わった。
俺達四人はクリスの部屋を出る。
その後、ナージャとは別れ、俺とギレウス、コルドの三人で自分達の部屋へ戻った。
部屋に入ると、すぐにコルドが口を開いた。
「あいつ、信用できるのか?」
「俺も怪しいと思う」
ギレウスも続く。
二人とも、かなり警戒しているらしい。
俺は少し考える。
俺は信用できると思う。
でなければ、わざわざ日本語を使う必要なんてない。
自分が転生者だと分かるようなことを、わざわざ俺に見せる理由もない。
「あいつは信用できる。オジエ様も、そう言ってくれるはずだ」
「シャウトがそう言うなら、信じるけど……」
ギレウスはまだ少し不安そうだった。
すると、コルドが淡々と言った。
「怪しい動きをすれば、俺が殺す」
「物騒だな……」
思わずそう返した。
そして、その日はそのまま眠りについた。
翌朝。
宿の外で合流した俺達は、さっそくオジエ様に会いに行くことにした。
「それで、どこにいるんだ? 天賢様は?」
クリスが辺りを見回しながら聞いてくる。
「こんなところで言えるわけないだろ。一旦、裏に行くぞ」
俺達は宿を離れ、人通りの少ない街の路地へ向かった。
周囲に人がいないことを確認して、俺はみんなの方を向く。
「よし、みんな手を出してくれ」
「なんで手を出すんだ?」
クリスが不思議そうな顔をする。
「俺の手をナージャとクリスが握って、クリスはコルドと、ギレウスはナージャと手を繋いでくれ」
「なんだよ! 何するのか教えてくれよ!」
「まあ、いいから」
ギレウスがそう言うと、クリスは納得していない様子ながらも俺の手を握った。
全員が繋がったことを確認する。
俺は目を瞑った。
頭の中に思い浮かべるのは、オジエ様がいた洞窟の前。
あの場所を、はっきりと思い描く。
すると、俺達の周囲に光が溢れ始めた。
「なんだこれ!? 光ってるぞ!?」
クリスの驚いた声が聞こえる。
そして次の瞬間。
俺達は洞窟の前に立っていた。
「おい!? なんだよこれ!?」
クリスが目を見開き、辺りを何度も見回す。
「転移魔術だ」
「転移魔術!? すごいな! 魔法陣もないのに移動するなんて!」
……まあ、そういう反応になるよな。
俺だってこいつの立場なら、同じような反応をするだろう。
そんなことを思いつつ、俺達は洞窟へと歩みを進める。
すると、遠くからオジエ様が姿を現した。
「なんだ、お前達か」
オジエ様はこちらへ歩いてくると、すぐにクリスへ視線を向けた。
「そいつは誰だ? 禍々しい魔力を放っているぞ」
……こいつもか。
俺も初めて会った時、似たようなこと言われたよな。
「オジエ様。こいつは《知力の恩寵》を持っているようです」
「知力の恩寵……」
オジエ様はクリスをじっと見る。
「それだけでは、シャウトと似た魔力は出さん。そいつ、何か持っているのだろう」
……さすがオジエ様。
天賢の名前は伊達じゃない。
だが、隣にいたクリスは別のところに引っかかったらしい。
「オジエ?」
クリスが首を傾げる。
そして、オジエ様をまじまじと見た。
「お前達、何言ってんだ? このじじいが天賢? 名前が違うじゃねぇか!」
次の瞬間。
凄まじい覇気が俺達に襲いかかった。
「うっ……!」
やめてくれえええ!
俺達まで巻き込まれてる!
足が震える!
そんな中、コルドがなんとか口を開いた。
「おい! 失礼だぞ! 天賢様だ! 伝えられている名前は武器の名だ!」
「あ、ああ……もう分かった……」
さっきまで威勢の良かったクリスの顔が引きつっている。
「この覇気……ただ者じゃない……。お前達の言葉は本当だ……」
クリスは震えながら自分の身体を見る。
「少しちびっちまった……」
……汚い。
でも、まあ仕方ない。
俺だって足が生まれたての小鹿みたいになってる。
クリスはなんとか姿勢を正した。
「失礼な言動、お許しください……」
「構わん」
オジエ様はあっさりと答える。
そして、俺達を見る。
「何の用だ」
「この者が、俺達と共に行動したいと言っております」
「なるほど」
オジエ様は一度クリスを見る。
「そうするといい」
「……」
あっさり了承してくれた。
……俺の時は殺してきたのに。
「それだけか?」
「ええ……それだけです……」
「ならば行け。長居は良くない」
「はい……」
俺達はオジエ様に頭を下げ、洞窟の外へ向かった。
そして俺は、再び転移魔術を使った。
先ほどの路地に戻ってくる。
俺はすぐに辺りを確認した。
……誰もいない。
大丈夫だ。
それにしても、あっさりしすぎて逆に驚いている自分がいた。
どうやら、それはみんなも同じらしい。
そんな中、クリスだけは目を輝かせていた。
「おいおい……あれが天賢……すげぇ……」
……なんか感心してる。
さっき覇気を浴びて、ちびったとか言ってた奴とは思えないな。
「それで、俺はパーティに入っていいのか?」
「ああ。大丈夫だ」
「よし来た! 冒険者ギルドに行くぞ!」
クリスは勢いよく歩き出した。
……こいつ、元気だな。
俺達はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
受付に着き、クリスを新しくパーティに加えたいことを伝える。
「それでは、登録板をお願いします」
俺達は全員、自分の登録板を受付へ差し出した。
受付の人はそれを確認すると、俺達に尋ねる。
「パーティ名はそのままにいたしますか?」
「変えます!」
クリスが即答した。
「おい! 勝手に決めるな!」
コルドがすかさず突っ込む。
「いや、変えた方がいい」
俺がそう言うと、クリスが得意げな顔をした。
「ほらな!」
コルドが少し不機嫌そうな顔になる。
……まあ、勝手に決められたらそうなるよな。
「それで、名前はどうするんだ?」
「名前か……」
俺は考える。
俺達は古代の歴史を知った。
かつて存在した光魔術。
光によって肥大化する闇。
そして、歴史から忘れ去られたもの。
さらに今、転生者であり《知力の恩寵》を持つクリスという重要な人物が仲間に加わった。
光。
闇。
忘れられたもの。
忘却……。
「オブリビオン……」
ふと、その言葉が口から出た。
「オブリビオン?」
クリスが反応する。
「ああ」
「なかなかかっこいい名前じゃねぇか!」
悪くない。
今の俺達には、妙に合っている気がする。
「これでいいか……?」
俺がみんなを見ると、それぞれ頷いた。
俺がいいなら、それでいいらしい。
受付の人が改めて確認する。
「それでは、パーティ名は《オブリビオン》でよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
受付の人は登録板を持ち、奥へと向かった。
しばらくして戻ってくる。
「登録にあたり、一点だけ注意事項がございます」
「なんですか?」
「ユークリスさんは現在、ゴールドランクとなっております。そのため、パーティで受注する依頼はプラチナランクまででお願いいたします」
「あー……」
クリスが申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すまねぇな。俺のランクが低いから……」
「気にするな」
今はそれでいい。
クリスが仲間になったことの方が重要だ。
「それでは、こちらが登録板になります」
受付の人から登録板を受け取る。
そこには、今までとは違うパーティ名が刻まれていた。
《オブリビオン》
俺達の新しいパーティ名が、そこには刻まれていた。
「よし! これで晴れて俺達は仲間だ!」
クリスが嬉しそうに声を上げた。
……なんか言い方が胡散臭いな。
そう思っていると、コルドが口を開く。
「仲間というのは、長い時間を共にし、互いの信頼関係を築き上げることも大事だ」
……良いこと言うじゃん、コルドの奴。
するとクリスは、特に気を悪くした様子もなく笑った。
「これから俺は、もっと信頼してもらえるように頑張るぜ! 疑われてるのは仕方ない!」
……この明るい性格は見習うべきだな。
「さて! どうする? シャウト」
「どうしようか……」
俺は少し考える。
「とりあえず、俺は中央都市エクスカリバーに向かうのがいいと思う」
「なんでだ?」
クリスが聞いてくる。
俺はコルドを見る。
「本当の歴史のこと、教えてもいいと思うか?」
「ああ。仲間になったのだ。こちらも信頼の証として教えるべきだろう」
「そりゃそうだよな」
俺も同じ意見だ。
「よし、場所を変えるぞ。ここは人が多すぎる」
俺達は再び、先ほどの路地へと向かった。
周囲に人がいないことを確認すると、クリスが俺を見る。
「それでよ。本当の歴史ってのはなんだ?」
俺は、これまで知ったことをクリスに話した。
光の天賢アーサーが、かつて闇と戦ったこと。
月光族のグウィネヴィアが殺されたこと。
天翔族と月光族の間に生まれた天月人が迫害されていたこと。
そして、天賢達が闇に勝利したこと。
その後、この世界から光魔術が抹消されたこと。
俺が知っている、そのすべてを。
話を聞き終えたクリスは、少しの間黙り込んでいた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「そんな話、どこの図書館にもなかったぜ……」
クリスは顎に手を当てる。
「でも……信憑性は高そうだな」
あっさり納得してくれてありがたい。
さすが《知力の恩寵》の持ち主というべきなのか。
「俺もそれを知ってたら、まずエクスカリバー王国に行ってみるだろうな」
「なら話は早い」
俺は頷く。
「エクスカリバーに行こう」
そう言うと、ナージャが少し遠慮がちに口を開いた。
「エクスカリバーに行くなら……その前にアレフに寄ってほしい」
「アレフに?」
「うん」
ナージャは小さく頷く。
「家族に会いたい」
「……」
確かに。
本来なら、行きに四年、帰りに四年。
合計八年も家族に会えないはずだったんだ。
それを考えれば、今こうして簡単に帰れるようになったんだ。
会いに行く時間くらいあっていい。
「分かった。まずアレフに行ってからにしよう」
俺はギレウスとコルドを見る。
「俺達も顔合わせしたいしな」
二人も頷いた。
「そしたら、まずはアレフに行こう!」
俺達は再び手を繋ぐ。
俺は目を閉じ、アレフを思い浮かべようとした。
……ん?
ていうか俺、アレフの人通りが少ない場所なんて知らなくないか?
下手な場所に出たら、大騒ぎになる。
でも、行けそうな場所は……。
……一か八かだ!
俺は頭の中に、王立魔導学校の門の前を思い浮かべた。
次の瞬間。
俺達の身体が光に包まれる。
そして――。
光が消えた時。
俺達は、アレフ王立魔導学校の門の前に立っていた。




