第六十三話「転生者」
俺達は今、冒険者ギルドでこれからのことを話し合おうとしていた。
……のだが。
なんだか、周りが騒がしい。
いや、原因は分かっている。
コルドだ。
この国の第三王子が、普通に冒険者ギルドの中にいる。
そりゃあ、騒がしくもなる。
周囲からは何度も視線が飛んできているし、小声で何かを話している冒険者も多い。
そんな状況に気付いたのか、コルドが立ち上がった。
「我はお前達と同じ、一冒険者だ。気にしなくていい」
ギルド内にコルドの声が響く。
「いや、それで気にならなくなったら今も気にしてないんだよ……」
近くにいた冒険者が呟いた。
……ごもっとも。
まあ、これ以上どうしようもない。
「気にせず話そう」
コルドはそう言って、再び椅子に座った。
その時だった。
バンッ!!
勢いよく冒険者ギルドの扉が開いた。
何事かと、その場にいた全員が一斉に扉へ目を向ける。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
見たところ、年齢は俺と同じくらいだろうか。
青年はギルド内を見回すと、大きな声を上げた。
「プリズマというパーティはいるか!」
……俺達のことだ。
俺は椅子から立ち上がった。
「何か用か?」
青年がこちらを見る。
そして、そのまま真っ直ぐ俺達のところまで歩いてきた。
「お前達が、エメラルドランクの《魔石の迷宮》の依頼を、たった四人で、しかも二人は子供で達成した奴らか?」
「ああ、そうだ。間違いない」
すると青年は目を見開いた。
「こりゃたまげた! すげぇなお前達!」
……なんなんだ、こいつ。
「なんで俺達のことを知っている?」
「俺はお前達を探していた」
「俺達を? なぜだ?」
青年は俺達を順番に見た。
「この中に《筋力の恩寵》を持ってる奴はいるか?」
……。
「俺だ」
俺が答えると、青年は納得したように頷いた。
「やっぱりいた! じゃなきゃクリアなんてできるはずがない」
「なんで言い切れる?」
「当たり前だ。あの依頼は、大人のエメラルドランクが三人くらいいないときつい」
青年は俺達を指差す。
「なのに、お前達はプラチナ。しかも、当時は子供が二人いた。なら考えつくことは一つだ。恩寵を持った奴がいる」
……こいつ、頭いいな。
同じ人族なのに、妙に……。
いや、なんだ?
何か引っかかる。
「で? 俺達に何の用だ」
「場所を変えたい。俺が借りてる宿の部屋まで来てくれ」
そう言うと、青年はさっさとギルドの出口へ向かって歩き始めた。
俺達は顔を見合わせる。
怪しい。
ものすごく怪しい。
だが、俺達をわざわざ探していた理由は気になる。
結局、俺達は青年についていくことにした。
宿に着いた俺達は、ついでに自分達の部屋も借りた。
ナージャだけ別室。
俺とギレウス、コルドの三人は同じ部屋だ。
荷物を置いた後、俺達は青年が借りている部屋へ集まった。
そして、話し合いが始まった。
「まずは自己紹介だ! 俺の名前はユークリス・ノース!」
それに合わせるように、俺達も順番に名前を名乗った。
全員の自己紹介が終わったところで、俺はさっそく本題に入る。
「それで、なんで俺達を探していたんだ?」
「っと、まずその前に聞いてもらいたいものがある」
「なんだ?」
ユークリスは一度息を吸った。
そして――。
「異世界最高!!!」
「……?」
突然、聞き覚えのある言葉が耳に飛び込んできた。
俺の身体が固まった。
「俺が何を言ったか分かるか? まあ、分からないよな」
……いや。
分かる。
俺にしか分からない。
なぜなら、これは俺が前世で聞いていた言語。
十五年ぶりに聞いた、懐かしい言語。
そう。
こいつは今、日本語を喋ったのだ。
ナージャ、ギレウス、コルドの三人は、何を言っているのか分からないという顔をしている。
だが、俺だけは違った。
恐らく、青ざめたような顔をしていたと思う。
そんな俺の反応を見たユークリスの表情が変わる。
「もしかして、お前……俺の言葉分かったのか?」
俺は日本語で返した。
「『異世界最高』。そう言っただろ」
「……!」
ユークリスの目が大きく見開かれる。
「こりゃたまげた! お前、転生者なのか!?」
「俺だってびっくりしたさ。生まれて十五年、その言葉を話す人なんて一人もいなかったからな」
まさか。
俺以外にもいたのか。
この世界に転生した人間が。
俺とユークリスが日本語で話している間、三人はずっと俺達を見ていた。
そして、ついにナージャが口を挟む。
「何を話してるの? 私達にも分かるように話してよ」
「あ……悪い」
俺はユークリスを見る。
「ここからは、こっちの言葉で喋ろう」
「分かった」
さて……。
三人にはどう説明したものか。
転生者だということを今ここで話すのも難しい。
結局、俺は転生については伏せ、昔覚えた言語だということにした。
「俺はそんな言葉、聞いたことがないぞ」
コルドが不思議そうに言う。
「たまたま聞いたことがないだけだよ」
俺は白を切った。
……苦しいか?
まあ、今はこれで通すしかない。
「まあまあ、そんなのはどうでもよくて、俺は別のことでここまで来た」
ユークリスが話を戻した。
「別のこと?」
ギレウスが問いかける。
「ああ。お前達、転移魔法陣が黒くなる現象、知っているよな?」
「……ああ」
俺達は顔を見合わせた。
もちろん知っている。
だが、その原因が俺だということまでユークリスに話すつもりはない。
「それがどうしたんだ?」
「ああ」
ユークリスは頷いた。
「俺は転移魔法陣を使えないんだ」
「……は?」
どういうことだ?
「転移魔法陣は誰でも使えるはずだ。なぜ使えない?」
ユークリスはその質問にはすぐ答えず、話を続けた。
「俺は過去に二度、転移魔法陣を使えたことがある」
「二度?」
「ああ」
そして、ユークリスは言った。
「黒くなった時にだ」
「……え?」
黒くなった転移魔法陣は、普通なら使えなくなる。
なのに、こいつは――。
それを使える。
ユークリスは、そのまま話を続けた。
「俺は四年前と二年前に、転移魔法陣を使った」
四年前と二年前……?
「どっちも転移魔法陣が黒くなっていた時期だ」
……時期が重なる。
「一度目はこうだ。たまたま誰もいなかったから、試しに乗ってみただけだ。黒くなってる魔法陣が広場にあったからな」
「広場にあった……?」
俺は引っかかった。
「ユークリスは、どこの出身だ?」
「クリスでいい」
「ああ、分かった」
「俺はジュワユース王国出身だ」
ジュワユース王国。
なるほど。
「それで、黒くなった転移魔法陣に乗ったらどうなったんだ?」
「紫と黒が混じったような電撃が出た。その直後には、俺は別の場所に転移してた」
紫と黒が混じったような電撃……。
「どこに転移したんだ?」
「幸い、転移したのはジュワユース王国の南の都市だった」
「なるほど。帰れたのか?」
すると、クリスは嫌そうな顔をした。
「それがよ~、光を取り戻しやがって帰れないんだよ」
「……光を取り戻した?」
「ああ。転移した後、魔法陣が元に戻って使えるようになったんだ」
なるほど。
「それが最初か?」
「ああ、そうだ。最初だ」
四年前。
転移魔法陣が黒くなり、その後、一度復活した時期。
俺達が転移魔法陣の復活を知ったのも、恐らくこの頃だ。
あの時、俺達はグランドにいた。
……懐かしいな。
「で、俺は帰れないし、持ち金も金貨一枚なんて大金持ってないし、どうしようかってその辺にあったベンチで考え込んでたんだ」
確かに、転移魔法陣を使うには金貨一枚が必要だ。
普通に考えれば、とんでもない大金だ。
「そしたら一時間くらいか? 正確には分からんが、また転移魔法陣が使えなくなったらしいんだ」
「また黒くなったのか?」
「ああ」
クリスは頷いた。
「俺は急いで広場に戻った。そしたら案の定、黒くなってた」
……。
「帰れると思って乗ろうとしたんだけどよ、危ないって騎士に止められた」
「そりゃ止められるだろ」
「俺は黒い状態なら帰れるんだって言ったんだぞ? でも、まともに聞いてもらえなかった」
まあ、普通はそうなるよな。
誰も使えないはずの黒い転移魔法陣を、自分だけは使える。
そんなことをいきなり言われても、信じてもらえるはずがない。
「そこで悟ったんだ」
クリスの表情が少し真剣になる。
「このままじゃ、ずっとまともに調べることすらできないってな」
「それで?」
「それ相応の地位さえあれば、黒くなった転移魔法陣を調べさせてもらえると思った」
なるほど。
だから――。
「そこからは都市の図書館で勉強を始めた」
「勉強?」
「ああ。そして二年後、俺はジュワユースでは有名な学者にまで成長した」
「……二年?」
思わず聞き返してしまった。
「そうだ。二年だ」
……。
二年で有名な学者?
妙だな。
やっぱり、こいつ頭が良すぎないか?
最初に俺達が《筋力の恩寵》を持っていると見抜いた時もそうだ。
情報だけで、かなり正確に答えへ辿り着いていた。
「でだ」
クリスは話を続ける。
「学者の地位を使って、黒い魔法陣に乗った」
「乗ることを許可されたのか?」
「ああ。調査ってことで許可をもらった」
「それで?」
「前と同じだった」
クリスは笑った。
「黒い魔法陣に乗った瞬間、俺は転移した。そして、中央都市ジュワユースに帰ってきた」
「なるほど……」
二年前。
恐らく、これが俺達が転移魔法陣が直ったことを知った時期だ。
四年前と二年前。
クリスが黒い転移魔法陣を使った時期と、俺達が関わった時期が重なっている。
偶然とは思えない。
「それからは?」
俺が尋ねると、クリスは首を横に振った。
「それからだよ」
「何が?」
「転移魔法陣が黒くならなくなった」
「……」
「俺はずっと待ってたんだ。また黒くなるのをな」
クリスは椅子の背もたれに身体を預ける。
「でも、それ以降、一度も黒くならなかった」
四年前。
そして二年前。
クリスは二度、黒くなった転移魔法陣を使った。
そして、その後は一度も使えていない。
俺には、その理由が分かる。
黒くなる原因が――俺だからだ。
「俺も冒険者になれば何か情報が手に入るかと思って始めたんだよ。ゴールドだけどな」
そう言って、クリスは苦笑いした。
学者だけじゃなく、冒険者にまでなったのか。
「そしたら、面白い話をしてる奴らがいてな。転移魔法陣が直ったから、この街に来たエメラルドランクの冒険者らしいんだが」
クリスは身を乗り出した。
「子供二人、大人二人で《魔石の迷宮》をクリアしたヤバいパーティがいたってよ」
……俺達だ。
「俺はそこでピンときた!」
クリスが俺達を指差す。
「このパーティに何かあるってな!」
「それだけで俺達を?」
「ああ!」
即答だった。
「そこからは簡単よ! プラチナランクのパーティに同行させてもらって、分け前を貰って金貨一枚を貯めて、ここまで来た!」
なるほど。
転移魔法陣を使うための金を、冒険者として稼いだのか。
だが、一つ疑問が残る。
「なんで俺達がここにいると分かった?」
「分かったわけじゃない」
「……は?」
「ただの勘だ」
……。
勘?
「そんなのでよく当たるな……」
こいつ、運良すぎるだろ。
「まあ、運が良かっただけさ。一番近いデュランダル王国から行こうと思っただけだ」
クリスはあっさりと答えた。
「ジュワユースは、デュランダルから西に行ったところだからな」
なるほど。
俺達がここにいると確信して来たわけじゃない。
単純に、一番近い国から探し始めただけ。
それで一発目で俺達を引き当てたのか。
本当に運がいいな、こいつ。
「いきさつは分かった」
俺は一度、ここまでの話を頭の中で整理する。
その上で、ずっと気になっていたことを聞いた。
「というかクリス、お前ちょくちょく思ってたけど……頭良すぎないか?」
《魔石の迷宮》を攻略した俺達の情報だけで、《筋力の恩寵》を持つ人間がいると推測した。
わずか二年で有名な学者にまでなった。
転移魔法陣について調べるために必要な地位まで、自分で手に入れている。
どう考えても、普通じゃない。
するとクリスは待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。
そして、胸を張る。
「何を隠そう俺は!」
一拍置いて。
「《知力の恩寵》を持っている!」
そう。
クリスは転生者でありながら、俺と同じ恩寵持ちだったのだ。




