第六十二話「天賢の配下」
「……ん?」
目を開ける。
最初に見えたのは、ナージャの顔だった。
「……え?」
なんで、ナージャがいるんだ?
というか……。
俺、寝てる?
頭の後ろに柔らかい感触がある。
どうやら、ナージャに膝枕をされているらしい。
「シャウト……?」
ナージャが俺の顔を覗き込む。
その目は真っ赤になっていた。
俺が目を開けていることに気付いた瞬間、ナージャの目から涙が溢れた。
「起きた……良かった……本当に良かった……」
「ナージャ……?」
泣いてる。
俺が起きたことで、さらに泣いてる。
……なんか、申し訳ないな。
いや、待て。
なんで俺はこんなところで寝てるんだ?
確か俺は……。
土の天賢様に、光の恩寵について聞こうとして――。
胸を貫かれた。
そして。
死んだ。
「……え?」
俺は勢いよく自分の胸を見る。
何もない。
服には穴が開いている。
血の跡もある。
なのに、胸には傷一つ残っていない。
どういうことだ?
俺は確かに死んだはずだ。
あれで生きているはずがない。
「話を聞こう」
その声に、俺は顔を上げた。
少し離れたところに、土の天賢様が座っている。
「お前の処遇は、その後だ」
「……?」
処遇?
何の話だ?
そもそも、なんで俺は生きてる?
俺が混乱していると、ナージャ達が俺が意識を失った後のことを教えてくれた。
俺が倒れた直後。
《ストーンランス》が消え、俺の身体はその場に崩れ落ちたらしい。
「シャウト!!」
ナージャが真っ先に俺へ駆け寄った。
ギレウスもすぐにその後を追った。
「シャウト! シャウト!!」
ナージャが何度呼びかけても、俺から返事はなかった。
そんな中、コルドが天賢様へ向き直った。
「彼は自身に宿す二つの恩寵について質問をしたかっただけです! 話の途中で殺さないでください!」
その瞬間、天賢様から殺気が放たれた。
だが、それはすぐに消えた。
「自身に宿す、二つの恩寵だと?」
「初めて聞く。話せ」
「それは後です! まずは助けてください!」
「……良かろう」
天賢様は俺の傍まで歩み寄った。
そして――。
「《ソウルヒーリング》」
天導級治癒魔術。
その魔術によって、俺は生き返ったらしい。
……なるほど。
だから俺は生きてるのか。
父さんが一度死んだ時、母さんが使った魔術。
まさか俺まで、その魔術で生き返ることになるとは……。
俺はゆっくりと身体を起こした。
「生き返らせていただき、ありがとうございます」
「礼は良い。お前の身体について教えろ」
「……はい」
俺は自分に宿る二つの恩寵について説明した。
まず、光の恩寵。
俺は太陽だけではなく、あらゆる光から魔力を回復することができる。
そして、光魔術を使うことができる。
もう一つは、筋力の恩寵。
普通の人族よりも、遥かに強い力を持っている。
俺が一通り説明し終えると、天賢様はしばらく黙っていた。
「……殺したことを謝ろう。すまん」
「いえ、大丈夫です」
……まあ、一回殺されたけど。
生き返ったし。
大丈夫……なのか?
「我はこの数千年の間、光の恩寵を持つ者には何度か遭遇している」
「何度も?」
「ああ。だが、二つの恩寵を持つ者は初めて見た」
やっぱり、俺以外にも光の恩寵を持つ人はいたのか。
「光の恩寵を持つ者が現れれば、すぐに分かる」
「どうしてですか?」
「転移魔法陣だ」
「……!」
「光の恩寵を持つ者が転移魔法陣を使用すると、その魔法陣は黒く変色し、使用できなくなる」
やっぱり。
あれは俺が原因だったのか。
「過去にも同じことが?」
「ああ。この現象が起きた時代には、必ず光の恩寵を持つ者がいた」
なるほど……。
だから以前、天賢様は転移魔法陣が使えなくなった原因に心当たりがあるような反応をしていたのか。
それで俺に恩寵について聞いた。
今までバラバラだった謎が、一つの線で繋がっていく。
「お前、光魔術を使ったことはあるか」
「……一度だけあります」
「いつだ」
「初めて火魔術を使おうとした時です。火魔術を使ったつもりだったんですけど、その時に出たのが……恐らく光魔術でした」
「それ以降は?」
「使ってません。その時も、本当に一瞬だけです」
天賢様は少し考え込んだ。
「なるほど。よく気付かれなかったな」
「気付かれなかった?」
「いつお前が光魔術を使ったかは知らんが、《エクスカリバー》が光ったのを誰も確認していなかったということか」
エクスカリバー?
「《エクスカリバー》と光魔術に、何か関係があるんですか?」
「《エクスカリバー》は、この世界のどこであろうと光魔術に反応する」
「どこで使っても?」
「ああ。僅かでも光魔術が使われれば、《エクスカリバー》は光る」
そんなものが……。
「そして、光った《エクスカリバー》からは一時的に魔力の糸が伸びる」
「魔力の糸?」
「光魔術が使われた場所へ向かって伸びる糸だ。それを辿れば、光魔術を使った者の居場所を特定できる」
「……」
そんな仕組みだったのか。
「恐らく、お前が見つからなかったのは、使ったのが一瞬だったこと。そして、その時に誰も《エクスカリバー》を見ていなかった。それだけだ」
天賢様は俺を見る。
「運が良かったな」
……本当に運が良かったらしい。
「もし、その時に見つかっていたら……?」
「殺していた」
即答だった。
「我々は《エクスカリバー》の反応を確認すれば、光魔術を使った者を殺しに行く。それだけだ」
……なるほど。
だから、この世界には光魔術を使う者がいない。
光魔術を使う。
《エクスカリバー》が光る。
魔力の糸を辿られ、居場所を特定される。
そして、天賢に殺される。
数千年もの間、それを繰り返してきたのか。
天賢様は、俺をじっと見た。
「お前の意見を聞こう」
「はい?」
「お前は、我と敵対するつもりはないか?」
「そんなことするつもりなんて微塵もないです」
「ありえません!」
ナージャもすぐに答えた。
天賢様は俺達の顔を順番に見る。
「そうか」
そして、俺に視線を戻した。
「ならば、お前は我の下につけ」
「……へ?」
下につく?
つまり……この人の部下になれってことか?
「つまり、どういうことですか?」
「お前には何か特別なものがあるのかもしれん」
天賢様は俺を見ながら続ける。
「二つの恩寵など、明らかに異常だ。通常、人間が二つの恩寵をその身に宿せば死ぬ」
「……死ぬ?」
「身体が、その膨大な情報量に耐えられないからだ」
……。
でも、俺は生きている。
二つの恩寵を持ったまま、今まで普通に生きてきた。
「ならば、利用させてもらう」
「利用……?」
「我々にも、調べていることがある」
調べていること?
天賢様達が?
それは気になる。
「お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「まずは、お前が我の下につくかどうかだ」
天賢様は俺を真っ直ぐに見る。
「その返答次第だ」
俺は迷わなかった。
「あなたの下につきます」
そして、みんなを見る。
「みんなも、いいよな?」
「シャウトが生きられるなら、それがいい」
ナージャが答えた。
ギレウスも頷く。
コルドも同意した。
「良かろう」
天賢様は静かに頷いた。
「ならば、何でも質問するが良い。我が答えてやろう」
何でも、か。
聞きたいことなら、山ほどある。
なら、まずはさっき気になったことから聞こう。
「まず、天賢様は何をお調べになられているのでしょうか?」
「教えるのは良いが、その前に言葉遣いを変えろ」
「……言葉遣い?」
「ああ。今日から我とお前は仲間だ。もう少し言葉を柔らかくしても良い」
……まあ、そうなるよな。
「では、天賢様は何を探してるんですか?」
「闇だ」
「……闇?」
思わず聞き返す。
「それは、何ですか?」
「お前達はもう、本当の歴史を聞いたのだろう?」
「……!」
「オルディンが連絡をよこすなど、そうそうない」
やっぱり、そこまで分かっていたのか。
「はい。知ってます」
「ならば話は早い」
天賢様は続ける。
「光魔術の使用によって膨れ上がる闇。それの究明だ」
闇の究明……。
まさに、俺達も知りたかったことだ。
「闇というのは、どうやって発生するんですか?」
「光魔術の使用だ」
「……なるほど」
やっぱり、光魔術と闇には直接的な関係があるのか。
「光あるところに、闇現れし」
天賢様が静かにそう口にする。
「我々が最初に考えた対処法は、アーサーを殺し、この世界から光魔術を無くすこと。それが一つ目の方法だ」
アーサーを殺す。
そして、光魔術そのものを世界から消す。
それが、天賢達の選んだ方法。
「この数千年、闇は発生していない」
「過去にはあったのですか?」
「転移魔法陣が黒くなることはあった」
もし光魔術を使っても、闇を抑える方法があるのなら。
光魔術を使う者を殺す必要だって無くなるはずだ。
だからこそ、今も闇について調べ続けているのか。
でも――。
知らないなら、探せばいい。
まだ見つかっていないのなら、これから見つければいいんだ。
「では、その方法を俺達が見つけます」
俺は天賢様を真っ直ぐに見て、そう言った。
「お前には、それができると言い切れるのか?」
「……」
できるか。
そう聞かれたら、答えは決まっている。
分からない。
数千年もの間、天賢様達ですら見つけられなかった方法だ。
俺達なら絶対に見つけられるなんて、そんなことは言えない。
でも、やってみないと分からない。
やらずに後悔するより、やって後悔する。
そういう言葉があるからな。
「できるかどうかは分かりません。ですが、全力は尽くします」
俺はそう答えた。
「天賢様の下についた以上、俺達にできることは何でもやります」
「そうか」
天賢様は静かに頷いた。
「お前の覚悟は分かった」
そして、少し間を置いてから続ける。
「我は、お前の恩寵のことを他の天賢に言うつもりはない」
「……!」
それはありがたい。
少なくとも、天賢様から他の天賢に俺のことが伝わる心配はないということだ。
「だが、ローランはいずれ知ることになるだろう」
「ローラン様が……」
「ああ。オルディンから聞くことになるだろう」
そうか。
オルディン王は、ローランがデュランダル王国に来た時に俺達のことを話すと言っていた。
なら、ローランに知られるのは避けられない。
「ローランにだけは気をつけろ」
天賢様は俺を真っ直ぐに見た。
「我と一緒にいる時は助けてやろう」
「……ありがとうございます」
ローラン。
やっぱり、あの人だけは警戒しておいた方が良さそうだ。
「それと、お前達が光魔術を使うことを許可する」
「……え?」
思わず聞き返した。
光魔術を使っていい?
さっきまで、光魔術を使った者は殺すとまで言っていたのに。
「だが、使って良いのは転移魔術だけだ。戦闘で使うことは許さん」
「ありがとうございます」
許可してもらえるのはありがたい。
……そう言われても、俺自身、光魔術なんてまともに使ったことがないから、使い方が分からないんだけどな。
「転移魔術は、転移魔法陣と似たような魔術だ」
「転移魔法陣と?」
「ああ。だが、転移魔術の方が便利だ。魔法陣を設置する必要がない。そして、闇の発生率も低い」
なるほど。
だから転移魔法陣は今の時代にも残っているのか。
光魔術に関係するものなのに完全に消されず、各地に残されている理由がようやく分かった。
「我も光魔術は使える」
「天賢様も?」
「ああ。だが、我は使いたくない」
まあ、闇について調べている本人だ。
使いたくないのも当然か。
「使い方は自分で感覚を掴め」
「……はい」
やっぱり教えてはくれないのか。
まあ、使っていいと許可をもらえただけでも十分か。
「似たようなものを挙げるとするならば、お前が持っている魔力車に近い」
「魔力車ですか?」
「ああ。行ったことのある場所ならば、どこへでも行ける」
「……どこへでも?」
それは確かに便利だ。
魔力車も一度行った場所を記憶して、そこまで自動で移動することができる。
転移魔術も、それと似たような感覚なのか。
ただ、魔力車と違って移動する時間すら必要ない。
行ったことのある場所へ一瞬で移動できる。
それなら確かに、転移魔法陣よりも遥かに便利だ。
「だが、使う時は注意しろ」
「注意?」
「なるべく人がいない場所へ転移するようにするんだ」
「……なるほど」
確かに、突然人前に現れたら騒ぎになる。
ましてや、今では失われた光魔術だ。
人目につかない場所で使った方がいいだろう。
こうして――。
俺は、土の天賢オジエの正式な配下となった。




