第六十一話「世界の真実」
「これが、本当の歴史だ」
オルディン王の話が終わった。
なるほど……。
光の天賢、光魔術、そして闇。
情報が多すぎる。
一つずつ整理しないと、頭が追いつかない。
まずは――光魔術。
遥か昔には当たり前のように存在していた、第六の魔術。
そして、それを極めた光の天賢、アーサー。
話を聞く限り、世界が闇に覆われた時、アーサーは光魔術を使って闇を倒そうとした。
だが、倒すどころか闇は肥大化していった。
……光魔術。
恐らく、これが原因で闇……? を発生させた?
いや、まだ分からない。
ただ、何かしら関係している可能性はありそうだ。
それと、もう一つ。
光の恩寵。
今回の話には、その名前が一度も出てこなかった。
光魔術については語られた。
光の天賢についても。
なのに、光の恩寵については何もない。
ここにも、何かしらの因果関係があるのかもしれない。
そして――闇。
これも、よく分からない。
突然世界を覆った、正体不明の存在。
光魔術を使っても倒せず、それどころか肥大化し、最後にはアーサーとガウェインを取り込んだ。
一体、あれは何だったんだ?
天賢に聞くのも手なのかもしれない。
あの時代を実際に生きていた本人達だ。
オルディン王より詳しいことを知っている可能性は高い。
だけど――。
ローランに聞くのは駄目だろう。
恐らく、殺される可能性が一番高い。
それに、俺が光の恩寵を持っているという情報が、一番最初にローランの耳へ入ることになる。
それは避けたい。
ならば――。
土の天賢か……。
それとも、それ以外の天賢か……。
「質問はあるか」
考え込んでいた俺は、その言葉に顔を上げた。
オルディン王が俺達を見ている。
「我も長くない。ここで全てを答えておく」
「それでは父上、いくつか質問をさせてください」
コルドが口を開いた。
「問うてみよ」
「まず、これだけでは転移魔法陣の謎には直結していないことです」
コルドは一度俺を見てから、再びオルディン王へ視線を戻す。
「なぜ、光の恩寵を持ち、恐らく光魔術を使えるシャウトが転移魔法陣を使うと、魔法陣が使えなくなるのか。それがよく分かりません」
「それは我にも分からん」
オルディン王は少し考え、言葉を続ける。
「だが、仮説とはなるが……二つの恩寵。これが関係し、膨大な情報量に魔法陣が耐えられないのかもしれん」
二つの恩寵……。
筋力の恩寵と、光の恩寵。
「もしくは、古代に発生した闇の影響か。我にも詳しくは分からん」
「そうですか……父上でも分かりませんか」
コルドは少し考えた後、頷いた。
「分かりました。そのことについては、我々で調べることにします」
「そうか……」
オルディン王は静かにコルドを見つめた。
その表情が、少しだけ柔らかくなる。
「恐らく、我もお前と話すのはこれで最後だ」
「……」
「大きくなったな、コルド」
コルドが僅かに俯く。
そしてオルディン王は、今度は俺達を見た。
「コルドの友よ。コルドを頼んだ」
「はい……」
コルドの声が震えていた。
俯いた顔から、一筋の涙が落ちる。
それでもコルドはすぐに涙を拭い、顔を上げた。
そして、父親を真っ直ぐに見つめる。
「父上、ありがとうございました」
俺達も、それに続いた。
「ありがとうございました」
その言葉を聞いたオルディン王は、ゆっくりと手を上げた。
パチン!
指を鳴らす音が響く。
その瞬間――。
周囲の音が一気に耳へ入ってきた。
さっきまで不自然なほど静かだった謁見の間に、鎧が僅かに擦れる音や、人の息遣いが戻ってくる。
すると、王の隣に立っていたロトラが僅かに身を寄せた。
「デュランダル王」
騎士達には聞こえないほどの小さな声だ。
「先程、光魔術という単語が聞こえたような気がしたのですが……」
「忘れろ」
オルディン王は、それだけを告げた。
ロトラは一瞬黙り、
「承知いたしました」
と頭を下げた。
そしてオルディン王が、謁見の間全体へ声を響かせる。
「それでは、謁見を終了する!」
その言葉に、ロトラが不思議そうな表情を浮かべた。
「彼らは何も聞いておりませんが?」
……ん?
「我は聞いたのだ。お前は口を出すな」
「失礼いたしました。申し訳ございません」
ロトラが深く頭を下げる。
周囲の騎士達も、僅かにざわついていた。
そうか。
俺達の声は周りには聞こえていないと言っていた。
でも、それだけじゃなかったのか。
俺達の動きも見えていなかったんだ。
だからロトラ達からすれば、俺達は何も話さないまま立っていただけに見えていた。
そして――。
「コルド」
オルディン王が呼び止める。
コルドが振り返った。
「元気に生きるんだぞ」
「……はい」
それが、オルディン王からコルドへ送られた最後の言葉だった。
こうして――。
俺達の謁見は終わった。
謁見を終えた俺達は、客室へ戻ってきていた。
さて。
これからのことを決めなければならない。
俺達は椅子に座り、しばらく考え込んでいた。
そんな中、最初に口を開いたのはコルドだった。
「まずは、オジエ様を探したい」
土の天賢、オジエ。
確かに、さっき俺も同じことを考えていた。
「オジエ様に、光の恩寵について――」
「殺されるぞ!?」
ギレウスが身を乗り出した。
そりゃそうだ。
オルディン王からも、光の恩寵について天賢に知られれば殺される可能性があると言われたばかりだ。
だが、コルドは落ち着いていた。
「父上は、二つの恩寵を持つ者など見たことがないと言っていた。ならば、天賢様達もシャウトが二つの恩寵を持っていることまでは知らないかもしれない」
「でもよ……」
「それに、相手がオジエ様なら、万が一戦いになったとしても、殺されないように善戦することくらいはできるはずだ」
……天賢相手に、か。
正直、あの人と戦うなんて考えたくもないけどな。
「だが、問題がある」
コルドが腕を組む。
「どこにいるかも分からない天賢を、どうやって見つけるというのだ」
「……確かにそうだ」
ギレウスの言葉を最後に、部屋が静かになった。
オジエ様に会う。
方針としては悪くない。
だが、居場所が分からなければどうしようもない。
「ローラン様の居場所なら、父上は恐らく知っている」
コルドが呟いた。
「ローラン様からオジエ様の居場所を聞き出すことはできるだろう。だが……」
その先は言われなくても分かる。
ローランに俺達のことを知られる。
最悪の場合、殺される。
……どうしたものか。
しばらく考えていたコルドが、椅子から立ち上がった。
「父上に、連絡が取れないか聞いてくる」
そう言い残し、コルドは部屋を出ていった。
俺達はそのまま、コルドの帰りを待つことになった。
だが――。
一時間。
二時間。
数時間が経っても、コルドは戻ってこなかった。
「……遅いな」
ギレウスが呟く。
「ああ……」
何かあったのか?
嫌な予感がする。
ローランに連絡を取ると言っていた。
まさか――。
ガチャ。
その時、扉が開いた。
「コルド!」
そこには、いつも通りのコルドが立っていた。
……良かった。
コルドは部屋に入り、俺達が座っている場所まで歩いてくると、空いていた椅子に腰を下ろした。
「待たせたな」
そして、口を開く。
「父上がローラン様と連絡を取ってくれた」
「本当か?」
「ああ。何の魔術かは分からない。だが、何かしらの秘術なのだろう」
そんな方法があるのか。
「それと、俺達のことについては、ローラン様がこの王国に来た時に話すということにしてくれた」
……つまり。
今の段階では、俺達のことはローランに伝わっていない。
それなら、まだ大丈夫だ。
「そして、もう一つ」
コルドが俺達を見る。
「幸運なことに、土の天賢様は今、デュランダル王国にある古代遺跡。その近くの洞窟にいるらしい」
「オジエ様が?」
「ああ。そこへ向かえば会えるとのことだ」
見つかった。
思っていたより、ずっと早く。
俺達の次の目的は決まった。
オジエに会う。
そして――話を聞く。
光の恩寵について。
光魔術について。
そして、あの闇について。
オジエが何を知っているのか確かめるんだ。
「そうと決まれば、ここに用はない。すぐに出よう」
コルドはロトラを呼び、俺達が出発することを伝えた。
その後、俺達は荷物をまとめ、城を後にした。
国の門まではロトラ達に送ってもらった。
門の前には騎士達の姿もある。
「コルド様、どうかお気をつけて」
「ああ」
コルドは短く答えると、デュランダル王国を振り返った。
そして俺達も、世話になったロトラや騎士達へ頭を下げる。
「ありがとうございました」
見送られながら、俺達は門を抜けた。
こうして俺達は、デュランダル王国を後にした。
次の目的地は――。
土の天賢、オジエがいるという洞窟だ。
しばらく歩いているうちに、日が暮れてきた。
目的の洞窟までの地図は、コルドが父上から貰ってきたらしい。
その地図を頼りに、俺達は歩き続ける。
そして、もうすぐ洞窟に着こうかという時だった。
「……ん?」
前方に、人影が見えた。
洞窟の前。
そこに、一人の男が立っている。
俺は目を凝らした。
前に会った時は洞窟の中だった。
辺りは暗く、その姿をはっきりと見ることはできなかった。
だが、今はあの時よりもよく見える。
白い髪。
茶色い瞳。
そして、見るからに高級そうなローブ。
間違いない。
土の天賢様だ。
俺達はそのまま歩き、天賢様の前までやって来た。
すると、天賢様が俺達を見回す。
「この前会った子供達か」
少し間を置き、俺達の姿を見て言い直した。
「いや、もう大人か」
……この前?
六年くらい前だぞ。
人間と時間の感覚が違いすぎる。
まあ、自分の時間を止めて生きているような人だ。
六年なんて、本当に「この前」くらいの感覚なのかもしれない。
「ローランから話は聞いている」
天賢様が続ける。
「我を探している者達が、ここへ向かうとな」
……ローランから。
どうやら、本当に話は通っているらしい。
「何の用だ」
空気が変わった。
全員が固唾を呑む。
ここからだ。
聞き方を間違えれば、どうなるか分からない。
それでも、聞かなければ何も始まらない。
俺は天賢様を真っ直ぐに見た。
そして、口を開く。
「光の恩寵について――」
その瞬間。
土の天賢様の姿が――消えた。
「――え?」
それだけしか声が出なかった。
何が起きた?
瞬きすらしていない。
視線だって逸らしていない。
なのに、目の前にいたはずの土の天賢様がいない。
次の瞬間。
天賢様の手刀が、ものすごい速度で俺に近づいた。
見えてる。
いや、実際には見えていない。
ただ、身体が反射的に動いていた。
気付いた時には、俺は胸に《マジックアーマー》を展開していた。
だが、それも意味がなかった。
天賢様の手が俺の胸に触れる、その瞬間。
「《ストーンランス》」
中級土魔術。
尖った岩を作り出す魔術だ。
《マジックアーマー》は魔術には弱い。
俺の胸を守っていた《マジックアーマー》はあっさりと貫かれ、そのまま尖った岩が俺の身体を貫通した。
「がっ……」
展開していなければ、もしかすると耐えられたかもしれない。
いや……天賢の攻撃なんて、誰も耐えられないか……。
身体から力が抜けていく。
視界が暗くなる。
何も見えなくなっていく中――。
最後に。
その言葉だけが、はっきりと聞こえた。
「忌々しい魔力……やはり、それがお前の本性か」
そして。
俺は死んだのだ。




