第六十話「王への謁見」
大きな扉が開く。
その先に広がっていたのは、昨日見た王宮のどの部屋よりも広い空間だった。
「…………」
俺は思わず天井を見上げる。
高い。
その中央には、水晶のようなものがいくつも円環を成し、ゆっくりと回転している。
シャンデリア……?
そんな感じだ。
俺達はロトラさんに続いて、ゆっくりと謁見の間を歩いていく。
左右に目を向ければ、大きな壁掛けやデュランダル王国のものらしき旗、高級そうな壺なんかが端に飾られている。
どれも見るからに高そうだ。
そして――。
謁見の間の一番奥。
数段の階段があり、その左右には騎士が一段ごとに立っている。
左右合わせて六人。
そして、その中央。
大きな玉座に、一人の男が座っていた。
「…………」
大きな翼。
白い髪。
緑色の瞳。
身長は立ち上がれば二メートルくらいありそうだ。
身に纏っているのは、高級そうな淡い緑色のローブ。
これが……国王か。
そんなことを考えながら観察していると、ロトラさんが階段を上り、国王の横に立った。
その瞬間。
左右に並んでいた騎士達が、一斉に姿勢を正す。
それに合わせるように、コルドが片膝をついて頭を下げた。
俺達も慌ててそれに合わせる。
そして――。
「我の名はオルディン・デュランダル」
大きな声が、謁見の間全体に響き渡った。
「デュランダル王国が国王である」
オルディン王が俺達を見渡す。
「して、我に何の用だ。コルド、頭を上げよ」
「はっ」
コルドが頭を上げる。
「お久しぶりです、父上。帰ってまいりました」
「うむ」
「帰ってきた理由は、父上もお気付きでしょう。転移魔法陣の謎についての調査で、お聞きしたいことがございます」
「ほう」
オルディン王がコルドを見る。
「我が答えられるものは答えてやろう」
だが、その視線がコルドから外れた。
俺達の方へ向く。
いや――。
俺だ。
「だが先に説明しろ、コルド」
空気が変わった気がした。
「お前の友の中にいる、その禍々しい魔力を放つ男は誰だ」
「…………!」
「我は気に食わんぞ」
俺か。
「すみません。申し遅れました」
俺は頭を下げる。
「シャウト・ロータスと申します」
するとコルドが口を開いた。
「父上。彼は《筋力の恩寵》を持っております」
「なるほど」
オルディン王が俺を見る。
「《筋力の恩寵》か。珍しいな。恩寵持ちとは」
そして、何でもないことのように続けた。
「数千年ぶりだ」
……ん?
今、数千年ぶりと言ったか?
ということは、昔には恩寵持ちがいたということなのだろうか。
聞きたい。
ものすごく聞きたいが……。
まあ、今はコルドに任せよう。
「まあ良い。コルド、聞きたいことを申せ」
「はい」
コルドが一度息を整える。
「父上につかぬことをお聞きしますが――」
そして。
「光魔術について――」
パチン。
オルディン王が指を鳴らした。
「…………?」
静かだ。
あまりにも静かすぎる。
さっきまで感じていた騎士達の気配すら、まるで消えてしまったように感じる。
次の瞬間。
ゾワッ――。
「……っ!」
なんだ!?
凄まじい覇気が、オルディン王から放たれた。
足が震える。
隣を見ると、ギレウスとナージャも同じように体を強張らせていた。
だが――。
コルドだけは震えていない。
オルディン王が、ゆっくりと口を開いた。
「今は周りの者には声が聞こえておらん」
「…………」
「コルド」
緑色の瞳が、真っ直ぐコルドを捉える。
「貴様、どこでその名前を知った」
「夢で」
「夢だと?」
オルディン王の眉が動く。
「どういうことだ」
「光魔術について、王に質問しろという……神のお告げのようなものです」
神って。
大きく出たな、コルドのやつ。
オルディン王はしばらく黙った後、口を開いた。
「我は知らぬ」
「そうですか」
コルドは表情を変えない。
「それは、ローラン様の名に誓えますか」
「…………!」
再び。
オルディン王から凄まじい覇気が放たれた。
さっきより強い。
「なぜ、その名を……」
「土の天賢様から教えて頂きました」
「土の天賢様に会ったのか!?」
初めて、オルディン王の表情が大きく変わった。
驚いている。
「我も会ったことは無いのにな……」
オルディン王はしばらくコルドを見つめる。
そして、ふっと息を吐いた。
「ローラン様か……」
その声から、先ほどまでの刺すような圧が僅かに薄れる。
「お前には頭が上がらん」
「…………」
「賢いが素行が悪い。故にアレフまで行かせたが……ここまでの男になるとはな」
オルディン王は玉座に座ったまま、コルドを見つめた。
「良かろう。教えてやろう」
「……!」
「だが、我も知らないことが多い。それは許せ」
「はっ!」
そしてオルディン王は、静かに口を開いた。
「光魔術」
その言葉が、静寂に包まれた謁見の間に響く。
「それは古の時代に伝わる――六つ目の魔術だ」
「…………」
本当に、あった。
夢のあいつが言っていたことは本当だった。
光魔術は存在する。
ただ、消されただけ。
あいつが言っていた通りだ。
オルディン王は話を続ける。
「かつて、人々は光魔術を使えていた。だが、ある戦いを機に光魔術は禁忌とされた」
「ある戦い……」
「そして、後世に残してはならないものとなったのだ」
オルディン王の声が低くなる。
「この事実を知っているのは、各国の王と天賢様のみ。我ら王族は、光魔術を根絶やしにするよう天賢様から言われている」
「…………」
「初代天賢様からそう言われている」
そこで、コルドが口を開いた。
「一つ、お聞きしたいのですが」
「なんだ」
「天賢様は、何代目なのでしょうか」
確かに。
俺もそれは気になる。
「石碑に刻まれている方々が初代天賢様だ」
「ですが……土の天賢様は、ご自身を三代目と仰られていましたが」
「それは嘘だ」
「……嘘?」
俺は思わず顔を上げそうになった。
なんでそんな嘘を?
「なぜ、そのような嘘を?」
コルドが聞く。
「お前達は、我ら天翔族の寿命が長くはあれど、いつかは死ぬことを知っているだろう」
「はい」
「天賢様は――己の時間を止めておられる」
「…………?」
どういうことだ?
理解が追いつかない。
時間を止める?
「これは古代天光翔族の秘術だ」
「…………」
天光翔族?
なんだそれ。
そういえば、土の天賢は言っていた。
不老でもなければ、不死でもない、と。
あれも嘘なのか?
実質不死みたいなもんじゃねえか。
あんなに強いやつ、勝てるわけがない。
倒すなんてもってのほかだ。
ていうか――。
天光翔族ってなんだ?
すると、コルドが口を開いた。
「秘術なのは分かりました。そして、天賢様にも話したくないことがあるのも分かりました。ですが……天光翔族というのは初めて聞きました」
「それは我らの先祖のようなものだ」
「先祖……?」
「名を変え、今は天翔族となっている。それだけだ」
「……分かりました」
コルドは一度頷く。
「では、なぜ天賢様は嘘を?」
「教える必要がないからだ」
「…………」
そういえば、土の天賢も言っていた。
教える必要がない、と。
「なるほど……分かりました」
コルドはそれ以上追及しなかった。
そして、手元に持っていたものを取り出す。
「では、こちらの壁画に見覚えはございますか?」
そう言ってコルドは、俺が描いた壁画の写しをオルディン王へ渡した。
オルディン王がそれを受け取る。
視線を落とし――。
「…………!」
その顔が一変した。
明らかに驚いている。
いや。
それだけじゃない。
恐れている?
「お前達……」
オルディン王が壁画の写しから顔を上げる。
「このような恐ろしいもの、どこで手に入れた」
「手に入れたのではございません」
コルドが答える。
「こちらのシャウト・ロータスが写しを作ったのです」
「写しだと?」
「はい。古代遺跡の壁画です。意図的に破壊されている部分があり、彼にはそこに壁画が見えておりました。それを写してもらったものです」
「…………」
オルディン王の表情がさらに険しくなった。
そして――。
「これは破棄しろ」
「……!」
「燃やせ。分かったか」
ゾワッ――!
とてつもない覇気が放たれる。
「……はっ」
さすがにコルドも了承した。
オルディン王は俺達を見つめる。
そして、何かに気付いたように目を細めた。
「お前……もしかして、光の恩寵について知っているのではないか?」
「……!」
まさか。
王の方から聞いてくるとは。
「はい」
俺は答えた。
その瞬間。
「…………!」
オルディン王が目を見開いた。
顔が青ざめていく。
「お前の友……実は《筋力の恩寵》ではなく、《光の恩寵》の持ち主なのか?」
「いえ」
コルドが答える。
「彼には、二つの恩寵が宿っております」
「なぬ!?」
オルディン王が声を上げた。
「そんなことが起こり得るのか!? 初耳だ……」
「…………」
しばらく俺を見つめた後、オルディン王の表情が変わった。
「だが……お前達」
その声は、先ほどまでとは違っていた。
「恐らく、殺されるだろう」
「…………は?」
今、なんて言った?
殺される?
「その恩寵の存在が天賢様の耳に入れば、この情報を教えた我とお前達……そして《光の恩寵》を知る者は消される」
「…………」
謁見の間が静まり返る。
コルドが口を開いた。
「では、我々は死にたくありません。ですので、父上には他言しないよう――」
「それは出来ない」
コルドの言葉を遮るように、オルディン王が答えた。
「……!」
「いくら息子の頼みだろうと、それは出来ん」
「父上……」
「だからこそ、教えられることは全て教える」
オルディン王は玉座に深く座り直した。
「天賢様が、この国にいらっしゃる前に」
「…………」
「いらっしゃれば、我は報告しなければならない。全てを」
「そんな……」
「そして――我は殺される」
その言葉には、迷いがなかった。
「我は老衰したということにされ、その後、次期国王が発表されるだろう」
「…………」
さっきまでとは違う。
オルディン王の声から、威圧するような響きが消えている。
「だから、もう教える」
オルディン王は俺達一人一人を見る。
そして、静かに告げた。
「お前達に――本当の歴史を」




