第五十九話「夢」
黒い。
何もない。
どこを見ても、ただ真っ黒な空間が広がっている。
「ああ……久しぶりの夢だ」
この感じ。
間違いない。
「これ、あれか? 四年前に見た夢の続きか?」
『ねえ』
ほら。
また話しかけてきた。
「なんだよ」
『久しぶりだね』
「別に来なくていいよ」
『ひどいなー』
相変わらずだな、こいつ。
姿は見えない。
ただ声だけが、この真っ黒な空間に響いている。
「この前は、俺だけに言ってたわけじゃなかったみたいじゃないか」
『ん?』
「俺とあいつらでは、全く違うことを教えてただろ。なんなんだよ、お前は」
コルド。
ギレウス。
ラント。
あいつらも、夢の中でこいつと話していた。
しかも、それぞれ違うことを教えられていた。
『聞いちゃったのか。なら仕方ないか』
「何が仕方ないんだよ」
『光の恩寵について、君に教えてあげよう』
「……なんだそれ」
確かに、みんなが言っていた。
コルドとギレウスとラント。
三人とも、夢の中で聞いた言葉。
光の恩寵。
「それはなんなんだ?」
『君が持ってる物さ』
「は?」
何言ってんだ、こいつ。
「俺のは《筋力の恩寵》だぜ?」
『あー、そうだよ?』
「じゃあ違うじゃねえか」
『でも君は、この世界ではまだ確認されていない二つの恩寵持ちなんだ』
「…………」
二つ?
「なぜそんなことが言える。確証はあるのか?」
『あるよ。ていうか、君も薄々感じてるんじゃないの?』
「なんのことだ……」
『とぼけないでよ』
声は楽しそうに続ける。
『例えば、夜寝て朝になると魔力が回復していたり』
「それはあった。でも、それだけじゃなんの確証にもならない」
『この前の迷宮だって、君だけ全然魔力減ってなかったじゃないか』
「それは……俺の成長魔力が増えただけだろ」
『違うね』
「なぜ言い切れる」
『恩寵持ちだからさ』
「…………」
『もう信じてくれないから言うけど、君って火魔術使ってないよね』
「ああ、そうだ」
使っていない。
というより――。
『君は火魔術を使えないんだ。人族なのにね』
「……どういうことだ?」
『光の恩寵の影響さ。私にも使えない理由は分かんないけど、普通なら使える。でも君は使えない。恩寵以外ありえないだろ』
「…………」
確かに。
俺は火魔術を使えない。
他の魔術は使えるのに、火魔術だけは使えない。
『しかも君は、初めて魔術を使った時――』
「あれは……」
『火魔術じゃない』
「は?」
『正確に言うと、あれは光魔術だ』
「何言ってんだ、お前」
光魔術?
そんなもの――。
「この世には光魔術なんてない」
『違う。あるんだよ』
声がはっきりと答える。
『消されただけ』
「……なぜ消す必要がある」
『それは私も分からない』
「分からないのかよ!」
肝心なところで!
『つまり、君は光魔術を使えるんだ』
「…………」
『そしてもう一つ。君は周りから発せられるあらゆる光から魔力を生成できる』
「あらゆる光?」
『魔力で生成された過程があるものなら、何でも』
「……なら俺の魔力は無限じゃないか」
それが本当なら、周りに光がある限り魔力を作り続けられることになる。
『そう簡単じゃないよ。吸収までに時間が掛かるんだ。すぐには回復しない。込められた魔力が多ければ多いほどね』
「…………」
『現に、君は何度か経験している』
「経験?」
『入学前の測定の時』
「……待て。どういうことだ!?」
『ほら、覚えてない? 君の成長魔力が五百から五百二、五百四って上がってたのを』
覚えている。
忘れるわけがない。
何度測っても数字が変わって、結局正確な数値が測れなかった。
『あれ、実は君の魔力が増えてたんだ。あの測定器から発した光で』
「でも、それだと成長魔力になるんじゃないのか?」
あの時、先生は言っていた。
最初に測る成長魔力は、生体魔力の半分になると。
『正確には、そのまま生体魔力も違う』
「は?」
『君の生体魔力は一万だよ』
「何言ってんだ、お前」
一万?
「そもそも魔力を使ったこともなかった俺が、なんで消費されてんだよ。だとしたら俺は五千の成長魔力のはずだ」
『あれは測定器の設定で上限が千だったんだよ』
「上限?」
『君は人族。人族で千なんて出たことがない。だから測定器の上限が千だっただけ』
「じゃあ……なんで五百だったんだ?」
『それは私も神様じゃないから分からないけど』
「そこは分からないのかよ」
『でも、経験があるだろ? 君の友達を吹っ飛ばしたこととかさ』
「…………」
ある。
思い当たることはある。
「確かに。でも、それは《筋力の恩寵》の発動じゃないのか?」
『発動もあるけど、それだけじゃない』
「どういう意味だ?」
『そもそも君は、あの時下手したら殺していたんだ』
「……は?」
『真剣だったら、彼は死んでたよ』
「マジかよ……」
『そうさ。君は何もかも知らない』
「…………」
そうか。
そうだったのか。
確かに、納得がいく部分はある。
俺自身、今まで自分の体について分からないことが多すぎた。
まあ――。
転生者だしな。
『てんせいしゃ? なにそれ?』
「気にするな。独り言だ」
こいつ、そこは知らないのか。
「まあ、ともかく。お前の言うことは合ってるんだな?」
『そうだよ』
「そうか」
『信じてくれた?』
「お前のことは信じてない」
『別に敵でもないのに』
「夢にだけ出てきて怖いんだよ」
姿も見えない。
真っ黒な空間で声だけ聞こえる。
普通に怖い。
『だって私、精神体で体がないんだもん』
「だからこんな黒いのか?」
『うん』
「まあ、そんなことはどうでもいい」
『そんなことってひどいなー』
「俺には関係ない」
『関係はあるよ』
「知らん」
『まあ、そうなるよね』
なんなんだ、本当に。
「で、俺に伝えたいことでもあるのか?」
『謁見で、光魔術について聞くといいと思うよ』
「……どうして?」
『転移魔法陣にも関係してる。それの謎を探してるんだよね?』
「それと、俺の体の異常だ」
『それは光の恩寵の影響さ』
「……まあ、そういうことにしておく。そこは自分達で調べる」
『そうなんだ。頑張ってね』
「言われなくても頑張ってる」
『じゃあ、またね』
その声を最後に――。
俺は目を覚ました。
「…………」
見慣れない天井。
周りには豪華な家具が並んでいる。
一瞬、ここがどこなのか分からなかった。
「ああ……そうか」
デュランダル王国に来たんだった。
昨日、王宮の客室でそのまま寝たんだ。
「いてて……」
頭が痛い。
あいつのせいだ。
夢から覚めた時の、この頭痛。
久しぶりだな。
体を起こして周りを見ると、みんなも起き上がっていた。
すると、コルドが口を開いた。
「……見たか?」
「あぁ」
やっぱりか。
ギレウスも同じような反応をしている。
するとナージャが、困惑した様子で俺達を見る。
「なに? どういうこと!?」
「今回はみんな同じか?」
俺が聞くと、コルドが首を横に振った。
「違う。いや、正確に言うと、お前の声とその謎の女の声が聞こえていた」
「……え?」
俺とあいつの会話が?
ということは――。
転生者ってバレたか!?
一瞬焦ったが、コルドはそのまま話を続けた。
「ただ、何かよく分からないノイズのようなものが、お前とあいつの会話に一度だけあった。そこだけは、よく分からなかった」
「…………」
そこか。
恐らく俺が「転生者」と口にしたところ。
あそこだけ聞こえなかったのか。
「だが、俺達はあくまで傍観者だった。お前達の会話に入ることは出来なかった」
「なるほど……」
今回は、全員がそれぞれ違う夢を見たわけじゃない。
俺とあいつの会話を、コルド達が聞いていた。
そういうことか。
すると、コルドが少し考えてから口を開いた。
「つまり、謁見で俺が光魔術について聞く。土の天賢オジエ様の名前も出せば、何か教えてくれるかもしれん」
「お前達、今回の謁見では俺に任せてほしい」
「あぁ……任せる」
俺は頷いた。
ギレウスもそれに続いて頷く。
だが――。
「なんでそんなにみんな冷静なの!?」
ナージャが声を上げた。
「ちゃんと説明してよ!」
ああ、そうだった。
ナージャからすれば、いきなり変な夢を見せられた上に、俺達三人が当たり前のように話を進めている。
意味が分からなくて当然だ。
俺は以前、転移事故でアレフへ戻ってくる時にも似たような夢を見たこと。
そしてコルドやギレウス達も、同じ存在から夢の中で話しかけられたことをナージャに説明した。
「……そんなことがあったの?」
「ああ」
「全然知らなかった……」
ナージャは少し驚いていたが、事情を説明すると納得してくれた。
とりあえず、夢についての話はここまでだ。
俺達はベッドから起き、謁見に向けて身支度を済ませていく。
しばらくすると――。
扉が開いた。
そこに立っていたのはロトラさんだった。
「おはようございます、コルド様。そして、ご友人の皆様」
「おはよう」
俺達もそれぞれ挨拶を返す。
「もうじき謁見のお時間です。デュランダル国王がお待ちです。ご案内致します」
いよいよか。
俺達はロトラさんについて客室を出た。
長い廊下を歩き、王宮の中を進んでいく。
そして、やがて大きな扉の前に辿り着いた。
ここが謁見の間か。
「では皆様、くれぐれも無礼な発言はなさらないようお願い致します」
ロトラさんが俺達を見る。
「国王様は寛大なお方です。多少のことは見逃してくださいます。ですが、言葉遣いにはお気をつけください」
…………。
昨日、コルドにも同じようなことを言われたな。
「良い。今日は我が話す」
コルドが答える。
「我の友は基本的には話さん」
「左様でございますか。失礼致しました」
ロトラさんが一歩下がる。
そして、扉の両脇に立っていた騎士達が手を掛けた。
ゆっくりと――。
謁見の間へと続く大きな扉が開かれた。




