第六話「俺の才能」
暖かくなる少し前。
俺は父さんと母さんに連れられ、王立学校へやって来ていた。
「でっか……」
目の前には、歴史を感じさせる大きな建物がいくつも並んでいる。敷地もかなり広く、門から見える範囲だけでも、俺が今まで見てきたどの建物より立派だった。
ここが、春から俺の通う学校。
……になるかもしれない場所だ。
そう。
まだ決まったわけではない。
今日は入学試験を受けに来た。
王立学校は誰でも無条件で入れるわけではなく、いくつかの条件を満たす必要があるらしい。
「シャウト、緊張してる?」
母さんが俺の顔を覗き込む。
「ちょっとだけ」
嘘だ。
あんまり緊張してない。
文字も読める。
計算もできる。
それに父さんと母さんからは、昔から何度も賢いと言われてきた。
しかも最近、母さんから「才能がある」とまで言われた。
…………。
まあ、大丈夫だろ。
たぶん。
俺は父さんと母さんに挟まれながら校内へ入った。
中には俺と同じくらいの年齢の子供と、その親らしき人たちが大勢いる。
人族らしい子供もいれば、明らかに人族ではない子供もいた。
耳の形が違う子。
身体の大きさが俺たちとはまるで違う子。
遠目ではよく分からないが、他にも色々いる。
この学校は種族に関係なく、条件さえ満たせば入学できるらしい。
なんというか。
改めて異世界なんだな。
ちょっとワクワクする。
受付を済ませると、最初に文字や簡単な計算などの試験が行われた。
これは特に問題なかった。
というか。
簡単だ。
当然といえば当然だ。
俺には前世の記憶がある。
こっちの文字を覚える必要こそあったが、計算の考え方まで一から覚える必要はない。
人生二周目。
こういうところでは圧倒的に有利だな。
そして、いくつかの確認を終えた後。
俺は父さんと母さんと一緒に、別の部屋へ案内された。
部屋の中には、見たことのない器具が置かれている。
「それでは、次に魔力を測定します」
担当の人がそう言った。
来た。
魔力測定!
こういうの待ってた!
異世界ものなら定番だろう。
触った瞬間に測定器が壊れたり。
あり得ない数値が出て周りが騒然としたり。
そして実は俺には、とんでもない魔力が……。
ぐへへ。
「シャウト」
「な、なに?」
父さんが俺を見る。
「また変なこと考えてるだろ」
「考えてないよ!」
なんで分かった。
担当の人が少し笑ってから、説明を始めた。
「まず測定するのは、生体魔力です」
「せいたいまりょく?」
初めて聞く言葉だ。
「生体魔力とは、生まれた時から身体に備わっている魔力のことです。生命を維持するためにも使われている、とても大切な魔力ですね」
へえ。
家にあった初心者向けの本には、そんな言葉は載っていなかった。
「魔術を使ったら減るの?」
「普通に魔術を使っているだけなら、生体魔力まで簡単に使い切ってしまうことはありません。身体の方で、生命の維持に必要な分を守っていると考えてください」
なるほど。
俺が今まで知っていた「魔力」より、少し専門的な話らしい。
やっぱり学校に来ると、家の本だけでは分からなかったことが出てくるな。
「人族の場合、生体魔力は百ほどが一般的です。少ない方なら五十ほど。非常に多い方なら、二百ほどになることもあります」
百が普通。
二百ならかなり多い。
覚えやすいな。
「この学校では、生体魔力が百五十以上あることも入学条件の一つになっています」
「百五十って珍しいの?」
「人族全体で見れば多い方ですが、このアレフでは百五十ほどの子供は意外と珍しくありませんよ」
へえ。
三番目に栄えている街というだけあって、優秀な人が集まりやすいのだろうか。
まあ、理由は分からないけど。
「では、こちらに触れてください」
俺は言われた通り、測定器に手を触れた。
しばらく待つ。
担当の人が表示された結果を見る。
「…………」
止まった。
ん?
もう一度見る。
それから俺を見る。
また数字を見る。
「どうしたの?」
「……千?」
「せん?」
千。
さっき普通の人族は百くらいって言ってなかったか?
つまり。
十倍?
「…………」
来た。
これは来た。
異世界転生。
前世の記憶。
そして一般人の十倍の生体魔力。
「ぐへへ……」
「シャウト」
「笑ってないよ!」
「まだ何も言ってないぞ」
しまった。
担当の人は少し驚きながらも、すぐに説明を続けた。
「人族で生体魔力が千というのは、極めて珍しい数値です。ただし、千という数字そのものが、すべての種族にとって異常というわけではありません」
「そうなの?」
「はい。生体魔力の基準は種族によって大きく異なります。中には、千ほどあっても特別珍しくない種族もいます」
なんだ。
世界全体で見れば、千だから最強というわけではないのか。
…………ちょっと残念。
「ですが、シャウト君は人族です。この数値なら、筋力の恩寵を持っている可能性が非常に高いですね」
「おんちょう?」
また知らない言葉だ。
「恩寵とは、ごく一部の者に現れる特殊な性質です。一般的な書物では、あまり扱われないものですね」
なるほど。
だから今まで知らなかったのか。
「筋力の恩寵を持つ者は、同じ種族の一般的な者と比べて、およそ十倍の筋力を持つとされています」
「十倍!?」
俺は自分の手を見る。
十倍。
人族の普通の人間と比べて、俺の筋力はおよそ十倍。
「また、筋力の恩寵を持つ者は、それに伴って生体魔力も同じ種族の基準より大きくなることが知られています。シャウト君の数値も、それなら説明できます」
そういうことか。
俺は二歳の頃から、身体が妙に軽いと思っていた。
庭を走り回っても、なかなか疲れない。
当時は太陽の光で魔力が回復しているからだと思っていたが。
あれ。
魔力だけじゃなかったのか。
というか。
普通の人族の十倍の筋力。
前世では剣道をやっていた。
この学校では剣術も習う。
十倍の力に、前世の経験。
…………。
これ。
結構すごいのでは?
いや。
かなりすごいのでは?
「ぐへへ……」
「シャウト?」
母さんが不思議そうに俺を見る。
「なんでもないよ!」
危ない危ない。
まだ試験中だ。
「続いて、成長魔力を測定します」
「成長魔力?」
「はい。成長魔力は、生まれた時から存在するものではありません。初めて魔術を使用した時に形成される魔力です」
初めて魔術を使った時。
俺は少し前に母さんと練習した時のことを思い出した。
火を出そうとして。
火にならなかった。
あの謎の明かり。
あれ以来、魔術は使っていない。
「最初に形成される成長魔力は、その人の生体魔力のおよそ半分です。その後、身体の成長や、魔力を扱う経験を重ねることで少しずつ成長していきます」
「じゃあ僕は?」
「生体魔力が千ですから、最初は五百ほどですね」
なるほど。
家で読んだ本に書かれていた「成長や訓練によって扱える魔力が増えていく」という話。
あれは、この成長魔力のことだったのか。
「生体魔力が多い人ほど、成長魔力も伸びやすい傾向があります。ただ、詳しい仕組みはまだ分かっていません」
「分かってないの?」
「はい。それに、生体魔力が多くても、成長魔力が伸びにくい種族も確認されています。何かが成長を妨げていると考えられていますが、その理由もまだ分かっていません」
魔術がこれだけ当たり前に存在する世界でも、分からないことは結構あるんだな。
「最近、初めて魔術を使いましたか?」
「うん」
「それから練習は?」
「してない」
「それなら、まだ五百に近いはずです。測ってみましょう」
再び測定器に触れる。
しばらくして結果が出た。
「五百ですね」
ぴったり。
生体魔力千の半分。
「測定は確認のため二度行います。もう一度お願いします」
「うん」
俺はもう一度触れる。
結果は。
「…………五百二?」
担当の人が首を傾げた。
「増えた?」
「いえ。普通は、これほど短い時間で数値が変化することはありません」
担当の人は測定器を確認する。
「誤差でしょうか……」
まあ、五百が五百二だ。
たった二しか違わない。
機械だって多少はズレるだろう。
「念のため、もう一度だけ測定してもいいですか?」
「うん」
本来は二回らしいが、特別に三回目。
俺は再び測定器へ触れた。
「…………」
担当の人が黙る。
「今度はいくつ?」
「五百四です」
五百。
五百二。
五百四。
「また増えたね」
「……そうですね」
担当の人は測定器をじっと確認している。
「四程度であれば、五百という数値から見ればごく僅かです。測定誤差の範囲とも考えられます。ただ、二ずつ増えているというのは……」
何やら気にしている。
でも。
「すごいの?」
「いえ、四増えただけですから、それ自体は大した差ではありません」
だよな。
五百に対して四。
一パーセントにも満たない。
「器具についてはこちらで確認しておきます。記録上は五百としておきましょう。生体魔力が千で、魔術を初めて使ってからほとんど時間も経っていないのなら、その数値が最も自然です」
「はーい」
正直、俺はほとんど気にしていなかった。
五百が五百四になったところで、誤差みたいなものだ。
それよりも。
筋力十倍。
恩寵。
俺の頭の中はそっちでいっぱいだった。
だから、この時の俺は。
五百。
五百二。
五百四。
その奇妙な測定結果を、ほとんど気にも留めなかった。
その後も、いくつかの試験を受けた。
そして。
「シャウト・ロータス君。合格です」
「よし!」
王立学校への入学が決まった。
まあ。
文字と計算は前世の知識のおかげで問題なし。
生体魔力も入学条件の百五十に対して千。
さらに筋力の恩寵まであるらしい。
ここまで揃って落ちたら、逆に何が必要なんだという話だ。
「シャウト! よかったね!」
母さんが嬉しそうに俺の頭を撫でる。
「うん!」
「よくやったな」
父さんも俺の頭に手を置いた。
「ありがとう、父さん!」
二人とも喜んでくれている。
だが。
「…………」
父さんだけ、少し様子がおかしい。
笑ってはいる。
合格を喜んでもいる。
でも、何か考えているような。
「父さん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや……」
父さんは少し黙った。
「恩寵のことが、ちょっと気になってな」
「父さん、恩寵のこと知ってるの?」
「……多少はな」
お。
父さんは元冒険者だ。
もしかしたら、冒険者だった頃に恩寵を持つ人間と会ったことがあるのかもしれない。
「どんなものなの?」
「それは学校でもいずれ習うだろう」
「教えてくれないの?」
「父さんが知っていることが、全部正しいとも限らないからな」
そう言って、父さんはもう一度俺の頭を撫でた。
「悪いことじゃない。それより今日は、学校に受かったことを喜んでおけ」
「うん!」
まあいいか。
これから学校に通うんだ。
分からないことは、そこで勉強すればいい。
魔術。
恩寵。
生体魔力。
成長魔力。
まだ知らないことはたくさんある。
そして。
俺は自分の手を見る。
人族の一般的な人間のおよそ十倍の筋力。
前世で身につけた剣道。
これから学校で習う剣術。
…………。
十倍の力で剣を振って。
そこに前世の経験まで加わる。
もしかして俺。
剣なら無双できるんじゃないか?
「ぐへへ……」
春から始まる学校生活。
これはかなり楽しみになってきた。
幼年期終了!
次回少年期!基礎魔術編スタートです!




