第五十七話「決意」
そして俺達は、大幅な資金を手に入れた。
《魔石の迷宮》の報酬。
それに加えて、エメラルドランクになったことで宿代までほとんど掛からなくなった。
しばらくは依頼をこなして金を稼ぐ必要もない。
なら――。
「このままデュランダル王国まで向かおう」
そういうことになった。
俺達はサランバを出発し、西へ進んでいった。
途中、中央都市エクスカリバーにも到着した。
ただ、俺達は特に寄り道をすることもなく、そのまま西の門を目指した。
今思えば、少しくらい見て回ってもよかったかもしれない。
まあ、目的地はまだまだ先だ。
俺達はそのまま中央都市エクスカリバーを抜け、西都市アレスへ向かった。
そしてアレスも抜け――。
魔大陸。
ここまで来た。
あとは、この大陸を進んでいけばデュランダル王国に着く。
そう思っていた、その時だった。
「そういえば」
不意にコルドが口を開いた。
「デュランダル王国まで半年だと伝えたのは、俺だったか?」
「そうだろ?」
三ヶ月前。
遺跡から出た俺達は、これからの旅について確認していた時だ。
「そういえば、デュランダルってどれくらい掛かるんだ?」
俺がコルドに聞く。
「約半年ほどだ」
「それなら早く着くね!」
ギレウスが嬉しそうに言った。
「それでも半年は長いわよ」
ナージャがそう返す。
「僕達の二年に比べたら短いさ!」
「それはそうだけど……」
「半年か……頑張ろう」
「ああ」
「うん!」
「そうね」
全員が同意した。
そして現在――。
当たり前だ。
俺達は知らない。
デュランダル王国までどれくらい掛かるのかなんて、コルドから聞かなければ分かるはずもない。
「…………」
コルドが黙った。
「どうした?」
「……完全に忘れていた」
「何を?」
「俺達が、移動のほとんどを翼で飛んできたということを」
「…………」
「…………」
俺達は揃って黙った。
「もしかして……半年じゃ着かないのか?」
俺が聞くと、コルドは頷いた。
「ああ」
「…………」
嫌な予感がする。
「ここ、魔大陸まで来るのに三ヶ月くらい掛かったよな?」
「ああ」
「まだ天翔山脈は?」
「かなり先だ。ここからでは見えてすらいない」
俺は遠くを見る。
何も見えない。
山脈らしきものすらない。
「……どれくらい掛かると思う?」
俺が聞くと、コルドは少し考えた。
「まず港町へ向かい、そこから船に乗る」
「船?」
「ああ。海を渡った後も魔大陸をかなり進まなければならない。その先に、デュランダル王国領の天翔山脈の麓がある」
「…………」
まだ船にも乗るのか。
しかも、そのあともかなり進む。
コルドは続ける。
「俺達も海を渡る時は船を使った。だが、それ以外の移動はほとんど翼で飛んできたからな。途中で休憩を挟みながら、それでもアレフまで半年ほど掛かった」
「そうなると……」
俺達は飛べない。
少なくとも、コルド達のように翼で長距離を移動することはできない。
「三年から……四年くらいか?」
「恐らく、それくらいは掛かると思う」
「…………」
「…………」
「…………」
四年。
さすがに驚いた。
半年のつもりだった旅が、一気に数年単位になった。
だが、少し考えて冷静になる。
隣を見ると、ギレウスも同じような顔をしていた。
そうだ。
俺とギレウスは、二年前にも聞いている。
エクスカリバー王国まで戻るなら、それくらい掛かると。
つまり、よく考えればおかしな話じゃない。
忘れていただけだ。
「ちょ、ちょっと待って! 四年!?」
ナージャが目を見開いた。
「嘘でしょ!?」
「いや、本当だ」
コルドが答える。
「そんな……」
ナージャの表情が曇った。
「四年……帰ってくるのも含めたら、八年……」
その声は、さっきまでとは違って小さかった。
「八年も……家族に会えない……」
悲しいよな。
家族のことが大好きだと、そう言っていた夜のことは今でも忘れていない。
というより――忘れられない。
あの夜、自分の気持ちに気づいたんだから。
ナージャはしばらく俯いていた。
だが、やがて顔を上げる。
その表情には、迷いがなかった。
「……でも、私行くよ」
「ナージャ?」
「シャウトの体に何が起きてるのか気になるし、転移魔法陣のことも気になるから」
そう言って、ナージャは前を向いた。
「だから、私もデュランダル王国まで行く」
「……ありがとう」
俺は素直に礼を言った。
八年。
行って、帰ってくるだけでもそれだけ掛かるかもしれない。
それでもナージャは、一緒に行くと言ってくれた。
本当に、ありがとう。
その決意のもと、俺達は魔大陸を進み始めた。
そして、二年後。
俺達はあることを耳にした。
それは船で海を渡り、反対側の魔大陸を旅していた時のことだ。
その日、俺達は立ち寄った街で、久しぶりに仕事の依頼を探すため冒険者ギルドを訪れていた。
「ん?」
ギルドに入ると、何やら冒険者達が騒いでいる。
何かあったのか?
俺達も話を聞いてみると――。
「デュランダル王国の転移魔法陣が復活したらしいぞ」
「なっ……それは本当か!?」
真っ先に反応したのはコルドだった。
珍しく身を乗り出して、話していた冒険者に聞き返している。
相手もその勢いに少し驚いていたが、どうやら本当らしい。
デュランダル王国の転移魔法陣が、再び使えるようになった。
「シャウト!」
ナージャが俺を見る。
「これで四年も掛からなくて済むね!」
満面の笑みだった。
可愛い。
……じゃなくて。
残念ながら、そう簡単な話じゃない。
「いや……多分、転移魔法陣は使わない方がいい」
「え?」
ここで話すような内容でもない。
俺達は一度冒険者ギルドを出て、近くの酒場へ向かった。
四人で席に着き、改めて話をする。
「さっき、転移魔法陣が復活したって言ってたよな」
「ああ」
「だけど、俺は使うべきじゃないと思う」
「なんで!?」
ナージャが声を上げた。
「使えば早く着くのに!?」
「まあ、落ち着け」
コルドがナージャをなだめる。
俺は続けた。
「今回、俺が転移魔法陣を使ったことで、世界中の転移魔法陣が使えなくなった可能性がある」
まだ確定したわけじゃない。
でも、その可能性がある以上、使うべきじゃない。
「もし俺がまた使って、それで転移魔法陣が使えなくなったら元も子もないだろ?」
「その通りだ」
コルドが頷く。
ナージャも少し考えたあと、
「……確かに、そうね」
と納得してくれた。
「俺もそれがいいと思う」
ギレウスも賛成してくれた。
「じゃあ、とりあえず確認だけしておこう」
「確認?」
「ああ。この近くに古代遺跡がないか調べて、転移魔法陣が本当に使えるようになってるのかだけ確認する」
それなら俺が転移魔法陣を使う必要もない。
俺達は近くに古代遺跡がないか調べることにした。
そして数日後。
俺達は古代遺跡の中にある、転移魔法陣の部屋へ来ていた。
「おお……」
光っている。
以前のように黒くなってはいない。
転移魔法陣は、確かに元の状態に戻っていた。
その時、コルドが口を開く。
「テストでナージャ、お前一度アレフに帰ってみろ」
「私?」
「ああ。俺が行き先を変えてやる」
「分かったわ」
この二年間で、コルドは転移魔法陣の行き先を組み替える方法を勉強していたらしい。
俺達にはさっぱり分からなかった。
天翔族の頭の良さには、本当に驚かされる。
しばらくコルドが転移魔法陣を調整し――。
「よし、できたぞ」
準備が整った。
転移魔法陣の上に乗るのはナージャだけだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ」
ナージャが転移魔法陣の上に立つ。
すると魔法陣が光り始めた。
次の瞬間――。
ナージャの姿が目の前から消えた。
「……成功したのか?」
「恐らくな」
あとはナージャが帰ってくるのを待つだけだ。
だが――。
数時間後。
「……長いな」
「ああ」
遅い。
確認するだけなら、もっと早く帰ってきてもいいはずだ。
何かあったんじゃないか?
少し心配になり始めた、その時。
転移魔法陣が光り始めた。
「おっ」
光が強くなり――。
人影が現れる。
ナージャだ。
無事だった。
「ナージャ!」
良かった。
そう思った直後。
「ちょっとコルド!」
「……ん?」
ナージャが物凄い勢いでコルドに詰め寄った。
怒ってる。
めちゃくちゃ怒ってる。
「どうした?」
「どうしたじゃないわよ!」
話を聞いてみると、ナージャは確かにアレフへ到着したらしい。
ただ、こちらから転移先をアレフに変更しただけで、向こう側の転移魔法陣までは操作していなかった。
そのため、ナージャはアレフの遺跡に到着したあと、何も知らずにもう一度転移魔法陣に乗った。
そして戻った先は――誰もいない遺跡。
当然、俺達の姿もない。
そこでナージャはかなり焦ったらしい。
もう一度転移魔法陣に乗ってアレフへ戻り、遺跡の外へ出る。
そこから一人で広場まで向かい、自分のへそくりから金貨一枚を払い、俺達がいる場所を伝えて行き先を変更してもらい、ようやく戻ってきたというわけだ。
「私のお金返してよね!」
そりゃ怒るか。
「すまない。悪気はなかった」
コルドが素直に謝る。
「コルド」
俺も口を挟む。
「明日にでも一人で金貨一枚分の依頼をやってきな」
「ああ、そうする」
コルドは改めてナージャを見る。
「すまなかった、ナージャ」
「分かればいいのよ!」
ナージャは頬を膨らませている。
まだ怒ってるな。
……怒ってる姿も可愛いな。
そして次の日。
コルドは本当に一人で依頼をこなし、ナージャに金貨一枚を返した。
これで転移魔法陣が復活していることも確認できた。
だが、俺自身が使うわけにはいかない。
俺達は予定を変えることなく、デュランダル王国への旅を再開した。
それからさらに二年の月日が流れた。
長かった。
凄く、長かった。
強力な魔物と戦う日もあった。
依頼を受けて金を稼ぐこともあった。
何日も移動を続けることもあれば、町に長く滞在して、何も考えずに休んだり遊んだりする日もあった。
そんな日々を繰り返しているうちに、魔大陸へ入ってから四年という月日が流れていた。
そして、この四年間。
俺はずっと、彼女に想いを寄せていた。
ナージャ・カルア。
あの夜、自分の気持ちに気づいてから、それが変わることは一度もなかった。
もちろん、伝えてはいない。
伝えるべきではないと思っていたからだ。
俺達は遊びで旅をしているわけじゃない。
俺の体に何が起きているのか。
黒くなった転移魔法陣は何なのか。
その手掛かりを求めて、ここまで来た。
だから、この想いは胸の内にしまったまま。
気づけば、四年だ。
そして、変わったのは時間だけじゃない。
俺達自身も大きく変わった。
俺の身長は百七十五センチ。
十一歳の頃と比べれば、かなり伸びた。
ギレウスは百九十センチほど。
四年前からほとんど変わっていない。
ナージャは百六十センチ。
そしてコルドは、二メートルほどになっていた。
四年前とは違う。
もう、みんな大人だ。
そして、もっと変わったところもある。
戦闘面だ。
まず俺。
この四年間で、全ての魔術を上級まで使えるようになった。
治癒魔術も上級だ。
ただ、まだ俺は自分にしか使えない。
そして雷魔術に関しては――天導級。
剣術もかなり成長した。
《魔纏剣》と《マジックアーマー》。
この二つは、今では完璧に使いこなせる。
次にギレウス。
こいつの成長も凄い。
火魔術は天導級。
雷魔術と治癒魔術も上級まで成長している。
それと、武器が変わった。
今のギレウスが使っているのは杖だ。
以前は火魔術が使いづらい場所で短剣を使っていたが、本人曰く、短剣では何もできないと思ったらしい。
そして――コルド。
こいつは本当に凄い。
天翔族というのは凄まじい。
まず、全ての魔術が天導級。
その中でも得意な風魔術に関しては――天魔級にまで到達している。
ただ、接近戦なら俺には勝てない。
そこは相変わらずだ。
コルドは今でも遠距離からの魔術戦を得意としている。
そしてナージャ。
水魔術は天導級。
それ以外の魔術も全て上級まで成長している。
魔術だけで見れば、ほとんど俺と同じだ。
違うのは、剣術が使えないことくらいか。
ナージャもこの四年間で新しい杖を買った。
前から杖は持っていたが、今使っているものは新しいものだ。
そして俺はというと――。
「…………」
腰に差している剣を見る。
この剣。
実は、冒険者登録をした時に配布された剣を今でもずっと使っている。
ただ、最近は少し小さく感じるようになってきた。
俺自身の力も、昔より遥かに強くなっている。
だから最近は、かなり手加減して扱わないといけない。
というか、一度ヤバい音がしたことがある。
あの時は本気で焦った。
それ以来、剣そのものに負担を掛けすぎないよう、かなり手加減して使っている。
「そろそろ、良い剣が欲しいな……」
まあ、切れ味に関しては《魔纏剣》があるから、今のところ特に困ってはいない。
それでも、この剣をいつまでも使い続けるわけにはいかないだろう。
そして俺達は今、ついに念願のデュランダル王国の門の前にいる。
目の前にそびえる大きな門を見上げる。
「……長かったな」
思わず、そんな言葉が口から出た。
本当に長かった。
四年。
十一歳だった俺は、もう十五歳だ。
「俺の声も変わっちゃったしな」
声変わりだ。
四年前とは、声の高さも随分変わった。
「そうね」
ナージャが頷く。
「本当に長かったね」
「ああ」
「うん」
コルドとギレウスも同意する。
俺達は四年もの時間を掛けて、ようやくここまで来た。
デュランダル王国。
ついに、辿り着いた。
調査編終了!
次回!忘却編です!




