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第五十六話「胸の高鳴り」

迷宮の外へ出る。


久しぶりに浴びる外の光に、思わず目を細めた。


「やっと出た……」


その時だった。


ゴゴゴゴゴ……。


背後から低い音が響く。


「ん?」


振り返ると、さっきまで開いていた《魔石の迷宮》の入口が、ゆっくりと閉じ始めていた。


「閉じてる……」


迷宮は、中に人や魔物がいる間は入口が開いている。


だが、中に誰もいなくなり、さらに最深部の魔物が倒されると、こうして入口もなくなるらしい。


完全に閉じてしまえば、そこに迷宮があったことすら分からなくなる。


ただ、これで《魔石の迷宮》そのものが消滅したわけじゃない。


時間が経てば、また同じ場所に出現することもあるらしい。


「…………」


俺達は迷宮の入口が完全に閉じるまで、その様子を眺めていた。


そして――。


「疲れた……」


一気に力が抜けた。


迷宮に入ってから、何度戦っただろう。


最後にはあんな巨大なラビリンスリザードまで出てきた。


さすがに今日はもう動きたくない。


「今日はここで休もう」


「賛成……」


ナージャが即答した。


見るからに疲れている。


迷宮の中でも一番魔力を使っていたからな。


「明日の昼に出発しても遅くはないだろ」


「そうだな」


コルドも頷く。


ギレウスも反対する様子はない。


今日はここで野宿だ。


そして――夜。


パチパチと薪の燃える音がする。


今日の夕食は、この辺りにいた《ラビット》。


F級の魔物……というか、ほとんど動物みたいなものだ。


それを倒して、火で焼いて食べている。


「…………」


一口。


もぐもぐと噛む。


「普通だな」


不味くはない。


かといって、めちゃくちゃ美味いわけでもない。


本当に普通だ。


空腹だから十分食べられるけど。


俺がラビットの肉を食べていると、隣にいたギレウスが突然口を開いた。


「……俺、迷宮には向いてないんだな」


「ん?」


ギレウスは焚き火を見つめていた。


昼間の戦闘を気にしているのか。


ラビリンスゴーレムには雷魔術が効かなかった。


ラビリンスリザードにも雷魔術は通用せず、火魔術も迷宮の中では使いづらかった。


得意な魔術をほとんど封じられた状態だったからな。


「そんなことないだろ。雷魔術があるんだから、練習すればいいのさ」


「……うん」


ギレウスは少し黙ったあと、手に持っていた肉を見つめながら言った。


「俺はさ、シャウトのお父さんみたいな火魔術を使う冒険者になりたいんだ」


「父さんか……」


ギレウスが父さんに憧れていることは前から知っている。


「でも父さんはダイヤモンドランクの冒険者だぞ」


「うん」


「魔術も上級だと思う」


「…………」


ギレウスが俺を見る。


「そうなの!?」


「え?」


「ていうか、ダイヤモンド!?」


「使えないとそこまでなれないだろ」


「凄いな!」


ギレウスは目を輝かせていた。


「上級かぁ……」


ギレウスは焚き火を見ながら呟いた。


父さんも母さんも元ダイヤモンドランクの冒険者だ。


二人が凄い冒険者なのは、俺もよく分かっている。


俺も二人のことは尊敬している。


その少し離れた場所では、ナージャがすでに眠っている。


相当疲れていたんだろう。


迷宮ではずっと魔術を使い続けていたからな。


コルドはというと――。


「……まだ飛んでるな」


上空を飛びながら、周囲の様子を確認している。


危険な魔物がいれば教えてくれることになっているが、今のところ特に何もないようだ。


しばらくすると、コルドがゆっくりと降りてきた。


「周囲に危険な魔物はいない」


「ありがとう」


これなら安心して眠れそうだ。


「明日はサランバに戻って、まず報酬を受け取ろう」


「ああ」


「金額次第ではあるけど、そのままアレスに向かってもいいと思う。そこから魔大陸に行こう」


目的地はデュランダル王国。


まだまだ先は長い。


「そうだな」


コルドも同意する。


明日の予定も決まった。


「じゃあ、寝るか」


俺達も休むことにした。


そして翌日。


昼頃。


十分に休んだ俺達は、サランバへ戻る準備を始めた。


行きは大変だった。


サランバから《魔石の迷宮》までは、歩いて一週間。


魔力車を使わなかったのは、《魔石の迷宮》の場所が記録されていなかったからだ。


だが、帰りは違う。


サランバなら、すでに魔力車に記録されている。


俺は魔力車を展開し、目的地をサランバに設定した。


「これなら帰りは楽だな」


「行きも使えればよかったのにね」


ギレウスが苦笑する。


「場所が分からなかったんだから仕方ないだろ」


俺達は魔力車に乗り込み、サランバへ向けて出発した。


それから数日。


途中で何度か野宿を挟みながら、魔力車でサランバを目指した。


幸い、道中で危険な魔物に襲われることもなく、旅は順調そのものだった。


そして――。


辺りがすっかり暗くなった頃。


「着いた……」


ようやくサランバへ戻ってきた。


行きは一週間も歩いた道のりだ。


それを考えると、やっぱり魔力車は便利だな。


まず向かうのは冒険者ギルド。


俺達は四人でギルドの中へ入り、そのまま受付へ向かった。


今回の依頼で手に入れた戦利品を渡す。


大量の魔石。


その中には、迷宮の最深部で手に入れた巨大な魔石もある。


受付の人が目を見開いた。


「これ……全部、《魔石の迷宮》で?」


「はい」


「最深部まで行かれたんですか?」


「行きました」


受付の人が俺達四人を順番に見る。


驚くのも無理はない。


推奨人数五人のところを、俺達は四人で挑み、エメラルドランクの迷宮を踏破したんだ。


しかも俺とナージャに至っては、見た目も声もまだ完全に子供だ。


そりゃ驚くよな。


俺達は受注板と登録板も受付へ出した。


受付の人がそれを確認している。


すると――。


「ん?」


見覚えのある光が目に入った。


「これ……」


登録板に文字が浮かんでいる。


――昇格。


俺の登録板だけじゃない。


ギレウス。


コルド。


三人とも同じだ。


「おお……!」


ついに来たか。


かなり難易度の高い迷宮を踏破した。


それに、ここまで俺達がこなしてきた依頼の数もある。


その積み重ねで、ようやくここまで来たんだ。


ただ――。


「…………」


ナージャの登録板だけは光っていなかった。


昇格の文字もない。


前のパーティでどれだけ依頼をこなしていたか。


その辺りも関係しているんだろう。


「まあ、仕方ないわね」


ナージャ本人は特に気にしていないようだった。


一方――。


「やった! やったよ、シャウト!」


ギレウスはめちゃくちゃ喜んでいる。


「分かった分かった」


「エメラルドだよ!?」


「まだ昇格してないだろ」


とはいえ、俺も嬉しい。


まずは依頼の報酬だ。


受付から渡されたのは――。


金貨五枚。


そして、大銀貨五枚。


「…………」


日本円にすると。


約五百五十万円。


「とんでもない金額だな……」


これだけあれば、当分の間は金に困らない。


旅費にもかなり余裕ができる。


これならデュランダル王国までの旅も続けられそうだ。


そして次は――登録板。


受付の人から、正式に昇格するか確認された。


もちろん答えは決まっている。


俺達三人とも、二つ返事で了承した。


現在持っているプラチナランクのバッヂを受付へ返却する。


受付の人はそれを受け取ると、一度ギルドの奥へ入っていった。


「エメラルドかぁ……!」


ギレウスが嬉しそうに呟く。


「随分上まで来たな」


コルドもどこか嬉しそうだ。


俺も同じだ。


ブロンズから始まった冒険者ランク。


シルバー。


ゴールド。


プラチナ。


そして――。


しばらく三人で話していると、受付の人が戻ってきた。


その手には登録板と、新しいバッヂがある。


「おお……」


登録板を受け取る。


そこに記されていたランクは――。


《エメラルド》。


そして、新しく渡されたバッヂ。


淡い緑色をした、綺麗なバッヂだ。


俺はしばらく眺めたあと、いつものようにネックレスへ取り付ける。


これで俺もエメラルドランクの冒険者か。


隣を見ると、ギレウスが自分のバッヂを目の前に掲げていた。


「…………!」


目が輝いている。


本当に嬉しいんだな。


すると受付の人が、俺達の登録板を指差した。


「エメラルドランクからは、登録板の裏側に特別な印が刻まれます」


「印?」


俺は登録板を裏返す。


そこには今までなかった印が刻まれていた。


『∑』


「なんだ、これ?」


「エメラルドランク以上の冒険者であることを示す印です。訪れた町や都市で申請し、宿泊施設でその印を提示すれば、宿泊料金が無料になります」


「……無料?」


思わず聞き返した。


「はい。また、パーティを組んでいる場合は、リーダーの登録板にこの印があれば、パーティメンバー全員が同じ待遇を受けられます」


「え!?」


ギレウスが勢いよく反応した。


「じゃあ、シャウトが見せれば私達も無料になるってこと?」


ナージャが聞く。


「はい。ただし、冒険者ギルドに正式に登録されているパーティに限ります」


「正式に?」


そういえば、《プリズマ》という名前は俺達で勝手に決めただけだ。


冒険者ギルドにはまだ申請していない。


「皆さんは、まだパーティ登録をされていませんよね?」


「はい」


「でしたら、この機会に登録されますか?」


「します!」


「しよう!」


ギレウスと俺の返事がほとんど重なった。


断る理由なんてない。


ナージャとコルドも頷いている。


「では、こちらにパーティ名をご記入ください」


受付の人から用紙を渡される。


俺はそこに迷うことなく書き込んだ。


《プリズマ》


「こちらでよろしいですか?」


「はい」


「では、登録板にもパーティ名を記載してまいります。少々お待ちください」


受付の人は俺達の登録板を受け取ると、再びギルドの奥へ入っていった。


「これで宿代が無料になるのか……」


ギレウスが嬉しそうに言う。


「四人分だから、かなり大きいな」


これからデュランダル王国まで長い旅が続く。


当然、その間には何度も町や都市に泊まることになる。


その宿代が丸々浮くとなれば、旅に必要な金はかなり減る。


「今回の報酬もあるし、かなり余裕ができたわね」


「ああ」


ナージャの言う通りだ。


金貨五枚と大銀貨五枚。


その上、これからは宿代まで気にしなくていい。


しばらくして、受付の人が戻ってきた。


「お待たせしました。パーティ登録も完了しました」


返された登録板には、新しく俺達のパーティ名が記載されていた。


《プリズマ》


これで俺達は、冒険者ギルドにも正式に認められたパーティになったわけだ。


「それと、パーティ登録について一つ注意事項があります」


受付の人が少し真剣な表情になる。


「今後、加入するメンバーが増えたり、逆にメンバーが抜けたり、パーティそのものを解散する場合は、必ず冒険者ギルドで手続きを済ませてください」


「分かりました」


「特に、先ほど説明した宿泊料金の免除は、ギルドに登録されているパーティメンバーにのみ適用されます。登録されていない方をパーティメンバーとして宿泊させるなどの違反が発覚した場合、冒険者資格は剥奪となります」


「剥奪……」


思っていたより重いな。


「はい。さらに、一年間は冒険者資格を再取得することができません。一年後に再取得した場合も、以前のランクには戻らず、一番下のランクからやり直していただくことになります」


「うわ……」


ギレウスが顔を引きつらせる。


エメラルドまで上がってきて、全部やり直し。


それは絶対に嫌だ。


「要するに、メンバーに変更があれば必ずギルドに申請すればいいんだな?」


コルドが確認する。


「はい。それさえ守っていただければ問題ありません」


「なら大丈夫だな」


俺も頷く。


メンバーが増えた時。


誰かが抜けた時。


そして、《プリズマ》を解散する時。


その時は冒険者ギルドで手続きをする。


忘れないようにしておこう。


「よし」


俺は登録板をしまう。


エメラルドへの昇格。


そして、《プリズマ》の正式なパーティ登録。


思わぬところで、旅の負担まで一気に軽くなった。


そんな感じで全ての手続きを終えた俺達は、冒険者ギルドを出た。


「さて……金も出来たことだし、まずはポーションを買い揃えよう」


今回の迷宮探索で、持っていたポーションは全部使い切ってしまった。


これから先も何があるか分からない。


金に余裕がある今のうちに、しっかり準備しておいた方がいいだろう。


俺達はポーションを扱っている店へ向かい、必要な分を買い揃えることにした。


青のポーションを二十個。


緑のポーションを八個。


そして――赤のポーションを四個。


「赤まで買うの?」


ナージャが並べられたポーションを見る。


「ああ。ただ、これは基本的には使わない」


赤のポーションは効果が高い。


だからこそ、普段から使うようなものじゃない。


「本当に危ない時のために取っておこう。緊急用だな」


「なるほどね」


「普段使うのは青でいいと思う。町とか集落に着いた時に、減ってたらその都度買い足す」


青なら比較的手に入りやすい。


旅をしながら補充するなら、これが一番いいだろう。


「じゃあ、緑は?」


ギレウスが聞いてくる。


「迷宮みたいに魔力の消費が多くなりそうな時だな。青だけじゃ足りなさそうな時に使おう」


今回の迷宮探索では、かなりの量の魔力を消費した。


ああいう長期戦では、強いポーションを残しておくことも重要だ。


「青は普段使い。緑は魔力の消費が多い時。赤は緊急用ってことか」


コルドがまとめる。


「そんな感じだな」


これなら無駄遣いも減らせるし、いざという時に強いポーションが残っていない、なんてことにもなりにくい。


旅はまだまだ長い。


これから魔大陸にも入ることを考えれば、備えすぎるくらいでちょうどいいだろう。


俺達は買ったポーションを荷物にしまい、店を出た。


外はもうすっかり暗くなっている。


「今日はもう宿に泊まって、出発は明日にしよう」


「そうだね」


ちょうどいい。


さっきエメラルドランクになったばかりだし、早速あの印を使ってみよう。


俺達は近くの宿へ向かった。


中へ入り、受付へ向かう。


「四人で泊まりたいんですけど」


俺は登録板を取り出し、受付の人に裏側を見せた。


そこに刻まれている『∑』の印。


受付の人はそれを確認すると、すぐに頷いた。


「確認しました。宿泊料金はいただきません」


「おお……!」


本当に無料だ。


しかも《プリズマ》は正式にパーティ登録を済ませている。


リーダーである俺が印を見せれば、ギレウス達も同じ待遇を受けられる。


早速登録しておいてよかった。


そのまま部屋へ案内されることになったのだが――。


「あ、私だけ別の部屋にしてもらえる?」


ナージャが受付の人にそう言った。


「別の部屋?」


「うん」


今までは一緒の部屋でも特に気にしていなかったのに。


まあ、俺達も十一歳だ。


そろそろそういうのを気にする時期なのかもしれない。


「分かった」


結局、ナージャだけ別の部屋を用意してもらうことになった。


もちろん、そっちの部屋も無料だった。


「じゃあ、また明日ね」


「ああ、おやすみ」


「おやすみ」


ナージャと別れ、俺とギレウス、コルドは三人で用意された部屋へ向かった。


部屋に入り、荷物を置く。


「…………」


俺は改めて部屋の中を見回した。


ベッドもある。


普通に泊まれる。


それなのに――。


「本当に無料で泊まれちまった……」


「凄いよね!」


ギレウスも興奮している。


「これからずっとだぞ?」


「宿がある町ならお金掛からないってことでしょ!?」


「そういうことだ!」


「おおお……!」


俺とギレウスは思わずはしゃいでしまう。


旅をしていれば、宿代は馬鹿にならない。


それがこれからはほとんど掛からなくなる。


エメラルドランク、最高じゃないか。


そんな俺達を見て、コルドはやれやれとでも言いたげな顔をしていた。


「お前達は……」


「なんだよ。嬉しいだろ?」


「嬉しくないとは言っていない」


そう言いながらも、コルドは呆れたようにため息をつく。


明日はここを出発して、次の目的地へ向かう。


今日はもうゆっくり休もう。


――そう思って眠りについたはずだった。


「…………」


夜。


ふと、目が覚めた。


特に物音がしたわけでもない。


怖い夢を見たわけでもない。


ただ、なんとなく目が覚めてしまった。


「……外の空気でも吸うか」


小さく呟いて、ゆっくりと身体を起こす。


隣を見る。


「…………」


ギレウスは口を開けたまま爆睡していた。


寝相も酷い。


布団はほとんど蹴飛ばされているし、さっきまで寝ていた場所からかなりずれている。


よくこれで起きないな。


その向こうではコルドも眠っている。


こっちは対照的だ。


寝相も悪くない。


静かに眠っている。


……さすが王族。


なんとなく納得してしまった。


俺は二人を起こさないよう、音を立てずにベッドから降りる。


ゆっくりとドアを開け、部屋の外へ。


そして、また音を立てないようにドアを閉めた。


そのまま宿の外へ出る。


夜の冷たい空気が肌に触れた。


「ふぅ……」


気持ちいい。


少しだけ歩こう。


そう思った、その時だった。


「…………」


人がいる。


見覚えのある後ろ姿。


「ナージャ……?」


少し離れた場所に、ナージャがいた。


一人で夜空を見上げている。


夜になると黒く変わる、長い髪。


その綺麗な黒髪が、夜風に揺れていた。


月明かりに照らされた横顔。


静かに夜空を見上げるその姿を、俺は何も言えずに見つめていた。


「…………」


綺麗だ。


前からナージャのことは綺麗だと思っていた。


だけど、今はなんだか違う。


目が離せない。


声を掛けようと思っても、なぜか言葉が出てこない。


ドクン。


「……?」


胸が鳴った。


ドクン、ドクン。


走ったわけでもないのに、心臓が早鐘を打っている。


俺は胸に手を当てながら、もう一度ナージャを見る。


風になびく黒髪。


夜空を見上げる横顔。


また、胸が鳴った。


「…………」


この感覚。


前世でも経験した。


何度も。


そう――恋だ。


俺は、ナージャに恋をしている。


その場に立ったままナージャを見ていると、向こうも俺に気づいた。


目が合う。


するとナージャは、ニコッと笑った。


「…………」


良い笑顔だ。


俺は平静を装いながら、ナージャの近くまで歩いていく。


「どうしたの? シャウト。こんな夜遅くに」


「それはこっちのセリフだよ。俺は目が覚めちゃって、少し外の空気に当たりに来ただけだよ」


「そう? 同じだね」


ナージャがまた笑う。


やめてくれ。


どうにかなってしまいそうだ。


さっき自分の気持ちに気づいたばかりだからか、今まで以上にナージャのことを意識してしまう。


動揺していることを悟られないように、俺は平然を装う。


そして――。


「ナージャはさ、好きな人とかいるのか?」


「…………」


はああああ!?


何を聞いているんだ俺は!?


バカなのか!?


アホなのか!?


死ぬのか!?


いきなりこんなこと聞いたら意味分からないだろ!


何を考えてるんだ俺は!


心の中で盛大に叫んでいると、ナージャは少し黙ったあと、静かに答えた。


「いないよ」


「……そ、そうか」


「あ! もちろん異性としてはね。家族とかは大好きだよ」


「…………」


いないのか。


その答えを聞いて、なんだか少し安心した。


「俺も家族が大好きだ」


「同じだね」


ナージャがまた笑った。


「…………」


本当に、良い笑顔だ。


「俺達、次に家族に会えるのいつになるんだろうな」


「そうだね……デュランダル王国って結構遠いからね」


「だよな」


まだ旅は始まったばかりだ。


これから西都市アレスへ向かい、そこから魔大陸を越えて、天翔山脈にあるデュランダル王国を目指す。


いつ帰ってこられるのかなんて、今の俺達には分からない。


「結構長い旅になりそうだな」


「うん。でも――」


ナージャはそう言って、俺の方を見る。


「みんな一緒だから、大丈夫だよ」


「……そうだな」


また胸が鳴った。


今までなら何とも思わなかったはずなのに。


自覚した途端これか。


……先が思いやられる。


でも、この感情には一旦蓋をしておこう。


特に戦闘中は。


ナージャを意識しすぎて判断が鈍ったりしたら、俺だけじゃなく、みんなを危険に晒すことになる。


今はまだ、これでいい。


少なくとも旅が終わるまでは――。


この気持ちは、俺の中だけにしまっておこう。


「よし! 私はそろそろ寝るね」


ナージャがそう言って立ち上がる。


「シャウトも遅いと明日に響くから、早く寝なよ!」


「分かってるよ」


「本当に?」


そう言いながら、ナージャは俺の鼻に指を当てて、軽くつついた。


「…………」


「じゃあ、おやすみ!」


「あ、ああ。おやすみ」


ナージャはそのまま宿へ戻っていく。


俺はその後ろ姿を見送りながら、しばらくその場で固まっていた。


「…………」


なんだ今の。


ただ鼻をつつかれただけだ。


それだけなのに。


そんな何気ない仕草まで、愛おしいと思ってしまった。


「……いかんいかん」


俺は軽く頭を振る。


明日も早いんだ。


こんなところでいつまでも突っ立ってないで、早く寝ないと。


俺もナージャの後を追うように宿へ戻り、自分の部屋へ入った。


ギレウスとコルドは相変わらず眠っている。


俺もベッドに潜り込み、目を閉じる。


色々あった一日だった。


迷宮を踏破して。


エメラルドランクに昇格して。


《プリズマ》が正式なパーティになって。


そして――自分の気持ちにも気づいた。


明日から、また旅が始まる。


俺はそのまま、眠りについた。

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