第五十五話「迷宮探索」
迷宮は基本的に、地下三階層まで存在する。
大きな迷宮になると五階層まであるらしいが、俺達が入った《魔石の迷宮》は三階層。
そして中に入って、まず思ったことは――。
「綺麗だな……」
周囲には、水晶のような魔石が至る所に生えていた。
大きなものもあれば、小さなものもある。
赤、青、緑、黄、紫。
様々な色の魔石が淡い光を放ち、日光の届かない迷宮の中を照らしている。
……これ、どういう条件で生えてるんだ?
迷宮の中には日光なんて届かない。
それなのに、魔石はこうして光っている。
もしかすると、この原理を学校や王宮なんかにも応用して使っているのかもしれない。
だったら、もっと普通の家にも普及してくれ。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと思った。
これを壊して持って帰ればいいんじゃないか?
依頼は魔石の回収だ。
だったら、ここにある魔石を持って帰ればいい。
俺は剣を抜き、魔力を纏わせる。
《魔纏剣》。
そのまま近くに生えていた魔石を――。
ガキンッ!
斬った。
「シャウト!?」
「何やってるんだ!?」
いきなり魔石を斬った俺を見て、みんなが驚く。
「いや、試しに切ってみた」
「試しにって……」
切り落としたのは、手のひらくらいの大きさの魔石。
俺は地面に落ちたそれを拾い上げる。
「ん?」
さっきまで光っていたはずの魔石から、光が失われていた。
完全に消えている。
「なるほど……」
「何がなるほどなんだ?」
「道中にある魔石をいくら採っても駄目みたいだ」
俺は拾った魔石を三人に見せる。
「切り離したら光が消えた。何か理由があるんだろうな」
どういう仕組みなのかまでは分からない。
少なくとも、壁や地面に生えている魔石を片っ端から切り取れば依頼達成、とはいかないようだ。
俺達はそのまま迷宮の奥へ進んでいく。
そしてしばらくすると――。
「いるな」
前方に何かが動いている。
数は三体。
大きな蜘蛛のような魔物だ。
《ラビリンススパイダー》。
C級の魔物で、基本的に迷宮に出現するらしい。
……名前からして明らかにそうだな。
「よし!」
ギレウスが前に出る。
そして両手を構えた。
「《インフェル――》」
「待て待て待て!」
俺は慌てて止める。
「え?」
「こんな狭いところで火なんて使うな!」
「なんで?」
「なんでって……」
あー。
分からないのか。
すると、コルドが横から口を挟んだ。
「狭い場所で火魔術を使えば、有害な煙が発生して、それを多く吸い込んでしまう可能性がある」
「恐らく、それだろう?」
「まあ、概ね合ってる」
こんな閉鎖された迷宮の中で《インフェルノ》なんて大規模な火魔術を使えば、煙が充満する可能性がある。
そんなものを吸い続けながら戦うなんて危険すぎる。
「…………」
ギレウスがムッとした顔をする。
こいつ、本当に火魔術が好きだな。
使えないのが嫌なんだろう。
「今回は雷メインと短剣で頑張ってくれ」
「……分かった」
ギレウスは渋々頷き、短剣を抜いた。
さて、とりあえず目の前の敵を倒そう。
相手は一体じゃない。三体だ。
なら、まずは動きを止めるのが先決だな。
それに――。
早速ギレウスに見せ場をあげてやろう。
こいつも活躍したいみたいだからな。
「ギレウス。《ショックウェーブ》で三体を麻痺させてくれ」
「分かった!」
さっきまで不満そうだった顔が、一瞬で明るくなった。
分かりやすい奴だ。
「痺れてる間に、俺の《魔纏剣》とコルドの《ソニックカッター》で足を斬る。いいか、コルド?」
そう聞くと、コルドは少し難しい顔をした。
「《ソニックカッター》の範囲はかなり広い。お前がわざわざやらなくても、俺だけで足の切断はできる」
「そうなのか?」
「ああ。だからお前は、動けなくなったラビリンススパイダーの急所を狙え。恐らく頭だ」
なるほど。
「足さえ斬れば、糸を使って攻撃することもないだろう」
「分かった。それでいこう」
――と。
俺達がそんな確認をしている間、当然ながら相手が待ってくれるはずもない。
三体のラビリンススパイダーが一斉に動いた。
「来るぞ!」
口元から白い糸が勢いよく放たれる。
俺はすぐに前へ出た。
みんなに当たらないよう、飛んでくる糸を剣で斬り落としていく。
コルドは翼を広げ、上へ飛んで糸を回避していた。
そして、攻撃が途切れた瞬間。
「今だ!」
ギレウスが両手を前へ向ける。
「《ショックウェーブ》!」
バヂィッ!
雷が広範囲へ一気に広がった。
三体のラビリンススパイダーを同時に雷撃が襲う。
「ギギッ……!」
脚が痙攣し、三体の動きが止まった。
やっぱりこういう時は《ショックウェーブ》が便利だな。
「コルド!」
「ああ」
コルドが片手を向ける。
「《ソニックカッター》」
風の刃が放たれた。
しかも、ただ広範囲に放っているわけじゃない。
三体のラビリンススパイダーの脚だけを狙っている。
次の瞬間――。
ザシュッ!
三体の脚がまとめて切断された。
「すげえな……」
あれだけ広範囲の魔術を、ここまで正確に操れるのか。
さすがコルドだ。
ラビリンススパイダーは完全に身動きが取れなくなっている。
俺はそのうちの一体へ駆け寄った。
狙うのは頭。
《魔纏剣》を振り上げる。
「ふっ!」
そのまま顔に向かって剣を振り下ろした。
刃が深く食い込み、ラビリンススパイダーの動きが止まる。
「一体!」
剣を引き抜き、残りへ向かおうとする。
だが、その時には――。
「終わったぞ」
「え?」
残り二体もすでに倒れていた。
コルドが仕留めたらしい。
「ありがとう」
「ああ」
こうして、迷宮に入って最初の戦闘は終わった。
相手はC級だ。
今の俺達が苦戦するほどの相手じゃない。
これがずっと続けばいいんだけどな。
「ん?」
倒したラビリンススパイダーの体に変化が起きる。
体が徐々に崩れ、砂のようになって地面へ消えていった。
そして、その跡には――。
「魔石……?」
小さな魔石が残されていた。
拾い上げてみる。
「これか」
依頼には、倒した魔物の数によって報酬が変わると書かれていた。
どうやら、こいつを回収して持って帰ればいいらしい。
三体分を確認してみるが、大きさはまちまちだ。
とはいえ、どれもかなり小さい。
ほとんどが人差し指の第一関節くらいしかない。
「小さいな」
「この迷宮では、魔石が大きければ大きいほど、それを持つ魔物も強くなるらしい」
コルドが説明してくれた。
「ってことは、手のひらサイズの大きな魔石なんかは高く売れそうだな」
「ああ」
なるほど。
だったら、強い魔物を倒せば、その分だけ大きな魔石が手に入る可能性があるってことか。
俺達は回収した魔石をしまい、そのまま先へ進む。
今の相手はC級。
魔力の消費も少ない。
これならまだ余裕はある。
しばらく歩いていると――。
「ん?」
通路の横に、一つの部屋があることに気づいた。
「なんだろう」
俺はそのまま中を覗こうとする。
「待て」
コルドに止められた。
「罠があったらどうする?」
「あ……」
確かに。
無警戒すぎた。
ここは迷宮なんだ。
何があるか分からない。
コルドは部屋の方を見ながら、しばらく何かを確かめる。
「……だが、特に危険そうな魔力の匂いはない」
「何もないのか?」
「小さな魔力の集まりのようなものは感じる。ただ、危険なものではないと思う」
「何か分かる?」
「いや。そこまでは分からない」
なら、入って確かめるしかないか。
俺達は周囲を警戒しながら、ゆっくりと部屋の中へ入った。
そして――。
「あれって……」
部屋の奥に置かれていたのは、宝箱だった。
……めちゃくちゃ宝箱だな。
俺達は警戒を緩めず近づいていく。
罠が仕掛けられている可能性もある。
俺は慎重に手を伸ばし、ゆっくりと蓋を開けた。
「…………」
何も起こらない。
「大丈夫そうだな」
中を覗き込む。
そこには――。
「ポーションだ!」
緑色の液体が入った瓶が三つ。
緑のポーションだ。
「三個もある!」
これは嬉しい!
街で買えば一個につき大銅貨五枚。
それが三個も入っている。
「やったね!」
ナージャも嬉しそうに笑う。
ギレウスとコルドも喜んでいた。
なんだか前世のゲームみたいだ。
魔物を倒して、迷宮を進んで、宝箱を開ける。
この世界にゲームなんてものはないが、まさにRPGの王道だな。
「三つってことは、多分この部屋の近くに魔物が湧くのかもね」
ナージャが言う。
「近くに?」
「だって、さっき魔物を倒した場所からほんの少し歩いたところにこの部屋があったでしょ?」
「確かに」
だとすれば、この先にも同じような部屋があるのかもしれない。
中身次第では、迷宮の中である程度ポーションを補充できる。
戦利品によっては、魔力切れを起こす心配も減りそうだ。
俺達は緑のポーションを回収し、部屋を出た。
そして、そのまま先を急ぐ。
その後も何度か魔物と遭遇した。
《ラビリンススパイダー》。
《ラビリンスサーペント》。
《ラビリンススコーピオン》。
どれも迷宮に生息する魔物らしい。
……名前に全部ラビリンスって付いてるな。
魔物を倒し、魔石を回収しながら先へ進む。
途中で見つけた部屋にも、いくつか宝箱があった。
中身は緑のポーション。
小さな杖。
そして――。
「何これ?」
ナージャが一枚の薄い板を手に取った。
「なんか、冒険者ギルドの受注板に似てるわね」
俺も横から覗き込む。
形も材質もよく似ている。
「多分、同じだろうな」
俺達はそれも回収し、部屋を出た。
さらに迷宮の奥へと進んでいく。
しばらく歩いていると、通路の先に下へと続く階段が見えてきた。
「階段か」
近づいてみると、階段は螺旋状になっていて、地下へと続いている。
ここから第二層に行く感じか。
俺は階段の前で立ち止まり、三人を見る。
「みんな、準備はいい?」
「大丈夫だ」
「僕も大丈夫!」
「私も大丈夫」
全員問題なさそうだ。
「よし」
俺達は螺旋階段を降りていく。
そして――。
第二層。
階段を降りきったところで、コルドが周囲を見渡した。
「魔力が濃くなったな」
「うん。さっきより濃いね」
「確かに」
ギレウスとナージャも同じような反応をしている。
……やっぱり俺にはよく分からん。
魔力の匂いっていう感覚が、いまだに分かりづらいんだよな。
ナージャの良い匂いはするけど。
魔力の匂いは分からない。
俺達は警戒しながら第二層を歩いていく。
そして少し進んだところで――。
「魔物だ」
通路の奥に、大きな影が見えた。
さっきまでとは違う。
茶色い岩のようなもので全身を構成した、三メートルほどの巨体。
《ラビリンスゴーレム》。
B級の魔物だ。
数は一体。
ただ、一体だから楽というわけではない。
こいつは雷魔術が完全に効かない。
つまり、俺とギレウスにとってはかなり相性が悪い。
もちろん他の属性も使えるが、水ならナージャの方が圧倒的に上手い。
土魔術だってそうだ。
となると――。
「俺が前に出る。攻撃を引き受けてる間に、ナージャは土か水、氷で攻撃してくれ!」
今回の主力はナージャになりそうだ。
「分かった!」
「いくぞ!」
その声と同時に、俺は地面を蹴った。
一気に距離を詰める。
ラビリンスゴーレムが俺に気づき、巨大な腕を振りかぶった。
来る!
俺は剣を構える。
直後、巨大な拳が振り下ろされた。
ガァンッ!!
「ぐっ……!」
剣で受け止める。
重い!
とんでもない力だ。
俺じゃなかったら、簡単に吹き飛ばされそうだな。
そんなことを考えた次の瞬間。
「あ」
もう片方の拳が迫っていた。
ドゴォンッ!!
「がっ……!」
まともに食らった。
俺の体が宙を飛び、そのまま迷宮の壁へ激突する。
ドンッ!
「ぐっ……!」
背中から壁にめり込む。
痛え……。
「シャウト!」
ギレウスがすぐに駆け寄ってきた。
「《ヒーリング》!」
治癒魔術の光が俺の体を包む。
「俺にはこれくらいしかできないから、頑張ってくれ!」
「ああ。言われなくてもそのつもりだ」
痛みが和らいでいく。
俺は壁から体を起こし、もう一度剣を握った。
今度は食らわない。
再びラビリンスゴーレムへ向かって走り出す。
その間にも戦闘は続いていた。
「《ストーム》!」
コルドが上級風魔術を発動する。
強烈な風が通路を吹き抜け、ラビリンスゴーレムの巨体を正面から押さえつけていた。
さすがに吹き飛ばすまではいかない。
だが、前へ進ませないだけなら十分だ。
そしてナージャは――。
「…………」
何かに集中するように目を閉じていた。
やがて、その目を開く。
「《アイスフィールド》!」
瞬間。
冷気が一気に広がった。
地面が凍る。
壁が凍る。
そして、ラビリンスゴーレムの巨体まで。
「おお……!」
上級魔術。
辺り一帯を凍りつかせる氷の魔術だ。
ラビリンスゴーレムは全身を氷に覆われ、完全に動きを止めている。
「今だ、シャウト!」
コルドの声が響く。
「胸だ! 胸を横断しろ!」
「ああ!」
俺は剣に魔力を纏わせる。
《魔纏剣》。
凍りついたラビリンスゴーレムへ一気に接近し、その胸へ向かって剣を振り抜いた。
「はあああっ!」
ザンッ!!
刃が胸を横断する。
凍結した岩の体に亀裂が走り、そのまま上下に分かれた。
ズズンッ!
真っ二つになったラビリンスゴーレムの体が地面へ倒れる。
「…………」
動かない。
やがて、その体が徐々に崩れ始めた。
第一層の魔物達と同じように、砂のようになって消えていく。
そして、その跡に残っていたのは――。
「おっ」
魔石だ。
さっきまで回収していたものより、少し大きい。
俺はそれを拾い上げた。
「やっぱり、さっきの奴らより大きいな」
C級の魔物から出た魔石より明らかに大きい。
やはり、魔物が強くなるほど魔石も大きくなるようだ。
俺は魔石を荷物にしまい、三人を見る。
「これからは、あのゴーレムも出てくるってことだよな」
「ああ。第二層まで来たんだ。さっきまでと同じ魔物だけとは考えない方がいいだろう」
コルドの言葉に、ギレウスとナージャも頷いた。
とはいえ、一度戦ったことで対処法は分かった。
雷が効かないのは厄介だが、倒せない相手じゃない。
俺達はさらに先へ進む。
すると、少し進んだ先にまた部屋があった。
中へ入り、周囲を警戒しながら宝箱を開ける。
「今度は……」
中に入っていたのはローブだった。
取り出して広げてみる。
「結構でかいな」
身長百七十センチくらいの人間なら、ちょうどよさそうな大きさだ。
俺にはまだ大きすぎる。
となると――。
「コルド、着るか?」
「いや」
コルドはローブを確認してから首を横に振った。
「恐らくこれは、《マジックアーマー》のような効果があるんだろう。わざわざ魔力を纏わなくても、物理的な攻撃ならある程度守ってくれるはずだ」
「じゃあ、結構いい物なんじゃないか?」
「ああ。だが、俺は前衛ではない。俺が使うのには向かないだろう」
「なるほど」
だったら無理に今使う必要もないか。
「じゃあ、とりあえず荷物にしまっておくか」
俺はローブを畳んで荷物の中へ入れた。
そのまま部屋を出て、俺達はさらに迷宮を進んでいく。
その後も探索は順調だった。
魔物を倒し、魔石を回収し、時々見つけた部屋で宝箱を開ける。
そして現在――。
俺達は第三層まで来ていた。
第三層に入ってからは、《ラビリンスゴーレム》が主に出現するようになった。
最初こそ苦戦したが、対処法はもう分かっている。
俺やギレウスが攻撃を引き受け、コルドが動きを抑え、ナージャの水や氷の魔術を中心に攻撃する。
そのため、二体目以降はそこまで苦戦することもなかった。
ただ――。
「ナージャ、大丈夫?」
「うん。まだ大丈夫」
やっぱり、かなり魔力を使ってるよな。
ゴーレムに対して一番有効な攻撃ができるのはナージャだ。
必然的に、戦闘の度にナージャの魔力消費が大きくなる。
迷宮内で手に入れた緑のポーションも、ほとんどナージャが使っている。
残りも少ない。
……大丈夫か?
このまま強い魔物が続いたら、少し厳しいかもしれない。
それに比べて――。
俺は自分の手を見る。
全然、魔力切れを感じない。
そういえば、成長魔力もかなり増えたからな。
ここまで魔力切れを気にすることもなかった。
そして、さらに第三層を進み続け――。
「……着いたか?」
俺達の前に、大きな門が現れた。
周囲に他の道はない。
ここが迷宮の最奥らしい。
「ここか……」
俺達は門の前で一度立ち止まった。
この先に何がいるか分からない。
さすがに、このまま入るのは危険だ。
「一回、回復しておこう」
全員でポーションを使い、消耗した魔力を回復させる。
ナージャは特に魔力を使っている。
俺自身はまだ余裕があったが、念のため青のポーションを一本飲んでおいた。
「ふぅ……」
これでいい。
俺は三人を見る。
全員、準備はできている。
「開けるぞ」
俺は巨大な門に手をかける。
力を込め、ゆっくりと押し開いた。
その先にあったのは、これまでとは比べものにならないほど広い部屋だった。
そして――。
「…………」
その最奥。
何かがいる。
でかい。
「なんだ……あれ……」
十メートルくらいあるんじゃないか?
巨大な魔物が一体。
こちらを見ている。
その姿は巨大なトカゲ。
いや。
翼のないドラゴンと言った方が近い。
《ラビリンスリザード》。
「デカすぎるだろ……」
これまで戦ってきた魔物とは、明らかに違う。
そして、そのさらに後ろには魔石が見える。
「なるほど……」
俺は剣を握る。
「こいつを倒して、後ろの魔石を回収するのか」
面白い……。
ラビリンスリザードから放たれる圧だけで、体が僅かに強張る。
ギレウスも。
コルドも。
ナージャも。
誰一人として、さっきまでのような余裕のある表情はしていない。
それでも、引くつもりはなかった。
俺達はその覇気に圧倒されながらも、一歩ずつ部屋の中へ足を踏み入れる。
そして、それぞれが戦闘態勢に入った。
すると、ラビリンスリザードがこちらに気づいた。
次の瞬間――。
「グオオオオオオオオオッ!!」
凄まじい雄叫びが響き渡る。
空気が震える。
広い部屋全体を揺らすような轟音に、思わず体が強張った。
「いくぞ!」
俺達は一斉に走り出す。
まずは俺がおとりだ。
ラビリンスリザードも地面を蹴った。
巨体からは想像できない速度で、こちらへ迫ってくる。
そして――。
「っ!」
巨大な尻尾が横薙ぎに振るわれた。
俺は剣を構える。
ガァンッ!!
「ぐっ……!」
受け止めた。
だが――。
「うおっ!?」
そのまま体ごと吹き飛ばされた。
ものすごい力だ。
ただ、部屋が広いおかげで壁にはぶつからない。
俺は空中で体勢を整え、そのままみんなの近くへ着地した。
「シャウト!」
「大丈夫だ!」
剣を握り直す。
強い。
かなり強い。
……久しぶりに、本気を出しても大丈夫そうだな。
今までは、自分の力をある程度制御しながら戦っていた。
もちろん、手加減していたってほどじゃない。
ただ、必要以上の力を出さないようにしていた。
でも、こいつ相手なら――。
「まずい!」
突然、コルドが大声を上げた。
「ブレスだ!」
ラビリンスリザードが大きく口を開いている。
その口の奥。
赤い光が見えた。
まずい!
「《ストーンウォール》!」
ナージャが両手を前へ突き出す。
直後。
俺達の前に、巨大な土の壁が出現した。
かなり分厚い。
俺達はすぐにその後ろへ隠れる。
そして――。
ゴオオオオオオオオオッ!!
凄まじい轟音。
ラビリンスリザードの口から放たれた獄炎が、《ストーンウォール》へ直撃した。
「っ……!」
暑い!
壁の後ろにいるのに、ものすごく暑い。
熱気だけで肌が焼けそうだ。
「くっ……!」
ナージャも苦しそうに壁を維持している。
すると――。
「《アイシクルメイル》!」
冷気が俺の体を包んだ。
「あ……」
一気に暑さが軽減する。
俺だけじゃない。
ギレウスも、コルドも同じだ。
《アイシクルメイル》。
耐熱性のある氷の冷気を体に纏わせる中級魔術。
ナージャが俺達全員に使ったらしい。
「ナージャ……」
顔を見る。
かなり疲れている。
魔力が枯渇しかけているのかもしれない。
やがて――。
轟音が止まった。
獄炎が消える。
「ナージャ!」
俺はポケットから緑のポーションを取り出した。
「これが最後の緑のポーションだ!」
「ありがとう!」
ナージャは受け取ると、すぐに蓋を開けて飲み干した。
そして《ストーンウォール》を解除する。
土の壁が崩れ、再びラビリンスリザードの姿が見えた。
俺は剣を構え、大声を上げる。
「短期決戦でいくぞ!」
「ああ!」
「うん!」
「分かった!」
三人の声が重なる。
さっきまで疲れていたはずなのに、全員の表情が一気に引き締まった。
俺は再び前へ出る。
来い。
さっきので尻尾の攻撃はもう分かった。
ラビリンスリザードが再び尻尾を振る。
俺は地面を蹴り、今度は紙一重で回避した。
続けて前足が振り下ろされる。
鋭い爪。
「っ!」
避けきれない――。
ドゴンッ!
その直前。
横から飛んできた岩が爪を弾いた。
「《ストーンキャノン》!」
ナージャだ。
「助かった!」
「そのまま行って!」
ありがたい。
俺はそのままラビリンスリザードへ接近する。
一方、ギレウスは少し後ろで悔しそうな顔をしていた。
雷魔術は使えない。
火魔術も、この場所では危険だ。
思うように攻撃へ参加できないことが、相当悔しいんだろう。
だが、何もしていないわけじゃない。
俺もコルドも無傷ではない。
「《ヒーリング》!」
その傷を、ギレウスが治してくれている。
今はそれだけでも十分ありがたい。
そして――。
「《ソニックカッター》!」
上空を飛ぶコルドが片手を振り抜いた。
風の刃がラビリンスリザードへ飛ぶ。
ザンッ!!
巨大な尻尾を横断した。
「グギャアアアアアッ!!」
大きな悲鳴。
切断された尻尾が地面へ落ちる。
「すげえな……!」
あの太さを一撃か。
俺はラビリンスリザードの尻尾を見る。
「……あれ?」
何かがおかしい。
さっき切ったよな?
そのはずなのに――。
尻尾が戻っている。
「再生してる……?」
切断された部分から、新しい尻尾が生えていた。
だが。
「ん?」
ラビリンスリザードを見る。
……小さくなってないか?
さっきより明らかに体が縮んでいる。
なるほど。
「そういうことか……!」
再生する度に、体が小さくなる。
俺は上空を飛んでいるコルドを見上げ、大きめの声で叫んだ。
「コルド! 尻尾を狙ってくれ!」
「ああ! 言われなくても分かっている!」
だよな。
こいつ、本当に物分かりがいい。
説明する必要がない。
ラビリンスリザードが再び尻尾を振るう。
俺はその攻撃を引きつける。
「今だ!」
上空からコルドが片手を振り抜く。
「《ソニックカッター》!」
ザンッ!!
風の刃がラビリンスリザードの尻尾を横断し、再び巨大な尻尾が地面へ落ちた。
「グオオオオッ!!」
そして再生。
また体が小さくなる。
もう一度。
さらにもう一度。
何度も尻尾を切断していく。
その度にラビリンスリザードは再生し、体を小さくしていった。
十メートル近くあった巨体が――。
やがて三メートルほどまで縮む。
「……止まった?」
切断された尻尾を見る。
今度は再生しない。
しかも。
さっきまでのような激しい動きもない。
明らかに弱っている。
攻撃の勢いも落ちた。
「いける!」
俺は地面を蹴った。
一気に距離を詰める。
ラビリンスリザードがこちらを見る。
だが、もう遅い。
剣に魔力を纏わせる。
《魔纏剣》。
「終わりだ!」
ラビリンスリザードの首へ向かって剣を振り抜く。
ザンッ!!
首が落ちた。
巨体がゆっくりと傾く。
そして――。
ズズンッ!!
地面へ倒れた。
「…………」
動かない。
「勝った……」
俺は息を吐いた。
周囲を見る。
みんな、その場に座り込んでいた。
ナージャも。
コルドも。
ギレウスも。
全員、かなり疲れている。
どうやら俺以外は、魔力が枯渇寸前だったらしい。
「勝ったぞ!」
俺が声を上げる。
すると三人は座り込んだまま、それぞれ片手を上げた。
「おお!」
「やった……!」
「ああ……!」
ガッツポーズ。
思わず笑ってしまう。
残っている青のポーションは三個。
「良かった……ちょうど三個ある」
俺はまだ動ける。
魔力も残っている。
なら、俺が飲む必要はない。
一本ずつ三人へ渡した。
ナージャ。
コルド。
そしてギレウス。
「ほら」
「ありがとう!」
ギレウスは青のポーションを受け取ると、嬉しそうに笑った。
そういえば――。
迷宮踏破。
冒険者をやっているなら、夢の一つでもあるんだろうな。
俺はそんなギレウスを見ながら、少し笑った。
しばらくその場で休憩する。
激しい戦闘だった。
俺はまだ余裕があるとはいえ、みんなは魔力が枯渇寸前まで追い込まれていた。
そして、気づけば――。
「あれ?」
さっきまで倒れていたラビリンスリザードの姿がなくなっていた。
完全に消えている。
代わりに部屋の中央に残されていたのは、一つの魔石。
「でか……」
今まで回収してきたものとは比べものにならない。
バスケットボールくらいの大きさがある。
俺は近づき、両手で持ち上げてみる。
「重たいな、これ……」
持って帰れないほどじゃない。
ただ、これを抱えたまま迷宮を戻るのは面倒だ。
「《グラビティ》」
「ん?」
突然、魔石が俺の手から離れた。
そのままふわりと宙に浮かぶ。
コルドが魔石に触れながら浮かせていた。
「おお、便利だな」
「これなら問題ないだろう」
「助かる」
その横で、ナージャがコルドをじっと見ていた。
「…………」
なんか、すごいものを見るような目をしている。
そういえば、ナージャはコルドの混合魔術を見るのは初めてなのか。
俺達はそのまま部屋のさらに奥へ向かった。
そこには少しだけ上へと続く階段がある。
階段を登ってみると――。
「……おお」
そこにあったのは、四つの魔石だった。
しかも全部、ラビリンスリザードから出てきたものと同じくらい大きい。
「一、二、三、四……」
全部で四個。
なるほどな。
恐らく、これが依頼に書かれていた最低保証分に相当するんだろう。
ラビリンスリザードから手に入れた一個と合わせれば、巨大な魔石は五個になる。
「コルド、いけるか?」
「ああ」
コルドが魔石へ手を向ける。
「《グラビティ》」
四つの魔石がゆっくりと浮かび上がった。
これなら持ち運ぶ必要もない。
俺は改めて周囲を見る。
もう魔物はいない。
最奥まで到達し、ラビリンスリザードも倒した。
そして、魔石も手に入れた。
「……踏破したんだな」
《魔石の迷宮》。
俺達は、この迷宮を踏破した。
帰り道は驚くほど静かだった。
来る時にあれだけ遭遇した魔物も、一体も出てこない。
戦闘になることもなく、俺達は来た道をそのまま戻っていく。
第三層。
第二層。
第一層。
そして――。
久しぶりに外の光が見えた。
「出た……!」
俺達は《魔石の迷宮》の外へ出たのだった。




