第五十四話「初めての迷宮」
デュランダル王国。
それは、エクスカリバー王国の西側に位置する王国だ。
俺達がこれから向かうには、まず中央都市エクスカリバーを抜け、西都市アレスへ向かう。
そこから魔大陸を進み、天翔山脈を登った先にあるのがデュランダル王国だ。
他の国は地上に作られていることが多いが、デュランダル王国は天翔山脈の上全体が国の領土になっているらしい。
というか……。
天翔山脈、多すぎないか?
そう思ったのだが、どうやら《天翔山脈》という一つの山脈があるわけではなく、天翔族が多く住んでいる山脈は全てそう呼ばれているらしい。
デュランダル王国には、中央都市以外に大きな都市はない。
端の方には小さな集落や街もあるらしいが、都市の名を冠するほどの規模ではなく、その分、国の中心部はものすごく豪華なのだそうだ。
貴族も多く住んでいるらしい。
そして、天翔山脈に登るためのインフラもかなり整っている。
入国するためにわざわざ自力で山を登る必要はなく、麓からは魔力車のような乗り物を使って山脈を登れるそうだ。
とはいえ――。
「遠いな……」
俺は魔力車に揺られながら呟いた。
俺達は現在、中央都市エクスカリバーへ向かっている。
遺跡を調査してから、すでに二週間ほどが経っていた。
今乗っているのは、旅に出る時に俺達が買った魔力車だ。
「これはすごく便利な乗り物ね。初めて乗ったわ」
ナージャが興味深そうに魔力車を眺めている。
「だろ?」
便利なのは間違いない。
ただ、これを使って移動したとしても、デュランダル王国までは半年ほどかかるらしい。
そして何より――金が足りない。
今持っている金だけで半年間旅を続けるのは厳しい。
だから、まずは中央都市エクスカリバーを目指しながら金を稼ぐ。
そこから西都市アレスへ向かい、最終的にデュランダル王国を目指すことにした。
急ぐ旅でもない。
気長に行こう。
それにしても。
俺は隣にいるナージャを見る。
今は昼だから、いつもの綺麗な青い髪だ。
……最初に見た時は、本当にびっくりしたな。
あれはアレフを出発した日の夜。
俺達はアレフからそれほど離れていない小さな集落で一泊することにした。
そして夜、ナージャを見た俺達は――。
「ナージャ!?」
「えっ!?」
「どうした!?」
三人揃って声を上げた。
「え? なに?」
本人だけがキョトンとしている。
「髪!」
俺はナージャの髪を指差した。
「髪が黒くなってる!」
昼間まで青かったはずの長い髪が、完全に黒く変わっていた。
「え?」
ナージャは自分の髪を手に取る。
「ああ、これ?」
「これ? じゃないだろ!」
まさか転移魔法陣の影響か?
そんな考えまで一瞬頭をよぎった。
だが、ナージャは俺達とは対照的に落ち着いていた。
「私、夜になると髪が黒くなるの」
「……夜になると?」
「うん」
「なんで?」
「分からない」
分からないんだ……。
「お母さんもお婆ちゃんも同じなの。夜になると髪が黒くなるよ」
「じゃあ、家系の特徴なのか?」
コルドが聞く。
「多分。でも弟はずっと普通の黒髪だよ」
「女の人に出やすいとか?」
「どうなんだろう。私も詳しくは分からない」
ナージャは自分の黒髪を触りながら首を傾げる。
「何か体に変化があったりはしないの?」
ギレウスが聞いた。
「特にないよ。髪の色が変わるだけ」
「そうなんだ……」
「初めて見る人には、いつも驚かれるけどね」
そりゃ驚くよ。
昼は青髪だった人が、夜になったら突然黒髪になっているんだから。
そんな日があった。
ちなみに俺としては、黒髪のナージャもめちゃくちゃ綺麗だったので、全然ありだと思った。
というか。
最高。
……と、心の中で思っていた。
それからさらに旅を続ける。
アレフを出る前には、《世界地図》と《エクスカリバー王国の地図》も買っておいた。
これから長旅をする以上、地図なしで進むわけにはいかない。
そしてしばらく魔力車を走らせていると、進行方向に小さな街が見えてきた。
「ん?」
俺はエクスカリバー王国の地図を広げる。
現在地と道を確認して――。
「サランバって街みたいだな」
大きな街ではない。
だが、小さいながらも冒険者ギルドはあるらしい。
「ちょうどいいんじゃないか?」
コルドが言う。
「ああ」
俺達には金が必要だ。
だったら、ここで依頼を受けて少し稼いでいこう。
俺達はサランバへ入り、そのまま小さな冒険者ギルドへ向かった。
街の物価は南都市グランドとそれほど変わらない。
多分、普通の都市や街なら大体これくらいなんだろう。
冒険者ギルドへ入ると、俺達は早速依頼板を確認した。
せっかくなら、少し報酬の高い依頼がいい。
今の俺達なら、プラチナランクより一つ上のエメラルドランクの依頼まで受けられる。
……ん?
というか普通に来てたけど、ナージャってランクいくつだ?
全く聞くのを忘れていた。
「ナージャの冒険者ランクってどれくらいなんだ?」
「私はプラチナだよ」
「おお、同じか」
それなら問題ない。
四人全員がプラチナランクだ。
そのままエメラルドランクの依頼を探していると、一つの依頼が目に入った。
内容は、近くにある《魔石の迷宮》で魔石を回収するというもの。
回収した魔石の量に加え、道中で遭遇した魔物の階級によって報酬が変動するらしい。
迷宮の奥へ進むほど多くの魔石を回収できる可能性が高いようだが、最深部まで辿り着くこと自体が依頼の条件ではない。
そして最低保証だけでも――。
「金貨五枚……」
俺は思わず依頼板を二度見した。
「すっげえ!」
最低でも金貨五枚。
旅の資金としてはかなり大きい。
ただし、当然ながらそれだけ危険な依頼でもある。
迷宮内には最低でもC級。
主にB級の魔物が出現するらしい。
そして推奨人数は五人。
俺達は四人だ。
一人足りない。
「どうする?」
俺は三人を見る。
「俺は問題ない」
コルドはすぐに答えた。
「僕も行けるよ!」
ギレウスも自信満々だ。
「私は……ちょっと不安かも」
ナージャだけは少し心配そうだった。
まあ、そうだよな。
五人推奨の依頼に四人で挑むんだ。
不安になるのは当然だ。
ただ、俺達の役割はしっかり分かれている。
前衛は俺とギレウス。
後衛はコルドとナージャ。
ギレウスの火力は高いし、コルドは風魔術だけじゃなく治癒魔術も使える。
ナージャも水魔術に加えて《ストーンウォール》で防御を補える。
俺達三人はこれまで冒険者として戦ってきた経験もある。
一人足りないからといって、絶対に無理というわけではない。
「無理だと思ったらすぐに引き返そう。魔石を集めるために、命を懸けてまで奥へ進む必要はない」
「……うん」
ナージャが頷く。
「それなら、私も行く」
決まりだな。
俺達は依頼を持って受付へ向かった。
受付の人に依頼を渡すと、俺達四人を確認する。
「こちらはエメラルドランクの依頼となります。また、五名推奨の依頼になっております」
「はい」
「拝見したところ、四名までしかお姿が見られません。そのため、危険な依頼になる可能性があります」
受付の人が真剣な表情で続ける。
「冒険者ギルドは、依頼中の皆様の命の保証はしておりません」
そして改めて聞かれた。
「それでも受注しますか?」
「はい」
俺は迷わず答えた。
「かしこまりました。それでは、こちらをお持ちください」
受付の人から一枚の受注板を渡される。
俺はそれを受け取り、三人と一緒に冒険者ギルドを出た。
そのまま迷宮へ向かう前に、街の出店で必要な物を揃えることにする。
まずはポーションだ。
並べられているポーションと値段を確認する。
青のポーションが大銅貨一枚。
緑のポーションが大銅貨五枚。
そして赤のポーションが銀貨一枚。
「……赤は買えないな」
さすがに一個で銀貨一枚は高い。
「青をそれぞれ五個ずつ買おうか」
俺がそう言うと、ナージャが少し困ったような顔をした。
「私、そんなにお金持ってない……」
「ああ、大丈夫。俺達のこの袋のお金使っていいから」
俺はパーティの資金を入れている袋を見せる。
「いいの?」
「もちろん! パーティのお金だからね!」
ギレウスが元気よく答えた。
「ありがとう」
青のポーションを一人五個。
四人で合計二十個。
「これでお願いします」
銀貨二枚を支払う。
「毎度あり!」
俺達は二十個の青いポーションを受け取り、迷宮へ向かう準備を整えた。
そしてサランバを出発してから、一週間ほど北上した。
目的地は、森の奥地にある《魔石の迷宮》。
そして――。
「ここか」
「ここだね」
「ここね」
「ここだな」
ほとんど同時に声が出た。
目の前にあるのが、今回の依頼の目的地。
《魔石の迷宮》だ。
ここまで何事もなく来られたわけではない。
森へ入って数日が経った頃、俺達は一体の魔物と遭遇した。
その名は――《ギガントビートル》。
「でっか……」
体高は三メートルくらいか?
横幅も二メートルほどある。
とにかく、でかい。
見た目は日本にいたカブトムシによく似ている。
ただし、大きさは比較にもならない。
森へ入ってからウルフやハイウルフ、トレントなんかとは何度も遭遇したが、どれもそこまで苦戦する相手ではなかった。
だが、こいつは違う。
おそらく階級はB。
この辺りの森の主みたいな立ち位置なのか?
詳しくは分からないが、明らかに今までの魔物とは違う。
全身を覆っているのは、黒く光る外殻。
そして、頭には立派な角。
「俺がやる!」
最初に飛び出したのはギレウスだった。
「《インフェルノ》!」
激しい炎がギガントビートルを包み込む。
上級火魔術。
ギレウスだって、昔とは比べものにならないくらい成長している。
それがまともに当たった。
しかも相手は虫。
火なら効く。
俺達の誰もが、そう思っていた。
だが――。
炎が消える。
「……え?」
ギレウスの声が漏れた。
ギガントビートルは、ほとんど無傷だった。
黒い外殻に僅かな傷がついている程度。
「嘘だろ……」
全員が驚いた。
あの外殻。
火魔術に対する耐性が高いのか。
そう気づいた時には、ギガントビートルが動いていた。
「ギレウス!」
巨大な体が一気に加速する。
速い!
あの巨体からは想像できない速度だ。
おそらく、突進する瞬間に風魔術を使って自分の体を加速させている。
アルマ先輩がやっていたような、魔術の応用と同じだろう。
ギレウスへ巨大な角が迫る。
俺は咄嗟に間へ飛び込んだ。
「くっ!」
剣と角がぶつかる。
重い!
足に力を込め、なんとか受け止める。
「うおおおおっ!」
そのまま剣を振り抜き、角を弾き返した。
ギガントビートルの体が僅かに逸れる。
「《ブリザードキャノン》!」
後方からナージャの声が響く。
放たれたのは、中級水魔術。
巨大な氷の塊がギガントビートルへ飛んでいく。
だが、ギガントビートルは僅かに攻撃を受けながらも、素早く横へ動いた。
「避けた!?」
そして再び俺へ向かってくる。
まずい。
まだ体勢を立て直せていない。
「《ウィンドゲイル》!」
コルドの魔術が直撃した。
猛烈な風に煽られ、ギガントビートルの巨体が吹き飛ばされる。
助かった。
俺はすぐに体勢を立て直す。
そして、《ウィンドゲイル》で吹き飛ばされたギガントビートルを追うように地面を踏み込んだ。
足に《ウィンド》を展開。
風の勢いを利用し、一気に遠くまで飛ぶ。
同時に剣へ魔力を纏わせる。
《魔纏剣》。
魔力を纏わせた状態の剣を、俺はそう呼んでいる。
別に正式な名前があるわけではないと思う。
「どりゃあああ!!!」
吹き飛ばされた直後だ。
まだ体勢は立て直せていない。
当たる!
そう思った。
だが、ギガントビートルの巨体が僅かに動いた。
「なっ!?」
避けられた。
次の瞬間、角が俺の体を捉えた。
「ぐっ!」
体が宙を舞う。
そのまま地面へ叩きつけられ、何度か転がった。
「シャウト!」
コルドの叫び声が聞こえる。
「っ……」
痛え……。
すぐにコルドが近くまで来る。
「《ヒーリング》」
治癒魔術の光が俺の体を包み込む。
「大丈夫か?」
「ああ……大丈夫だ」
俺は立ち上がり、剣を握り直した。
そして再び前衛へ戻る。
俺だって、《魔纏剣》だけを覚えたわけじゃない。
《マジックアーマー》の部分的な発動もできるようになった。
まだ少し荒いが、使えないレベルではない。
それでも今の一撃はかなり効いた。
「強いな……」
こいつを倒すには、かなりの連携が必要だ。
なら――。
「俺が囮になる!」
三人が俺を見る。
「俺がこいつの角を受け流す! その隙に《ライトニング》を叩き込む!」
ギガントビートルを見る。
「あいつも雷にまで耐性があるとは思えない。雷で動きが鈍ったところを、コルドの《ウィンドゲイル》で吹き飛ばしてくれ!」
「分かった」
「最後にナージャ! 吹き飛ばされたところを《ブリザードキャノン》で狙ってくれ!」
「分かった!」
「よし!」
俺は剣を握り直し、地面を強く踏み込んだ。
足に《ウィンド》を展開させ、一気に距離を詰める。
ギガントビートルも俺に気づき、巨大な角をこちらへ向けた。
「来い!」
次の瞬間、巨体が一気に加速する。
速い。
だが、さっき一度受けている。
剣と角がぶつかる。
ガキィンッ!
「っ!」
重い!
まともに受け止めるな。
受け流せ!
剣の角度を変え、突進の勢いを利用して角を横へ逸らす。
ギガントビートルの巨体が俺のすぐ横を通過した。
今だ!
俺はすぐさま片手を向ける。
「《ライトニング》!」
バヂィッ――!!
眩い雷光が一直線に走った。
ギガントビートルも魔術の発動を察知したのか、避けようと体を動かす。
だが、遅い。
雷撃が黒い外殻へ直撃した。
バヂバヂバヂッ!!
凄まじい音とともに、ギガントビートルの巨体が大きく跳ねる。
黒い外殻の上を無数の雷が駆け巡り、その一部が焼け焦げた。
火魔術にはあれほどの耐性を見せた外殻。
だが、雷は違う。
雷撃は外殻だけで止まらず、その内側まで駆け抜けている。
六本の脚がガクンと崩れ、ギガントビートルの動きが止まった。
効いてる!
《インフェルノ》でもかすり傷程度だったこいつに、《ライトニング》は明らかに効いている。
「今だ!」
「《ウィンドゲイル》!」
コルドが即座に魔術を放つ。
猛烈な風がギガントビートルを正面から捉えた。
雷撃でまともに動けない巨体が地面から浮き、そのまま一気に吹き飛ばされる。
そして、その先ではすでにナージャが構えていた。
「《ブリザードキャノン》!」
巨大な氷塊が勢いよく放たれる。
《ライトニング》で動きを止められ、《ウィンドゲイル》で体勢まで完全に崩されている。
避けられるはずがない。
ドゴォンッ!!
直撃した。
氷塊が黒い外殻を打ち砕く。
さらに《ライトニング》で損傷していた部分から氷が食い込み、体の至る所に穴が開いた。
そして――。
ズンッ――。
ギガントビートルの巨体が地面へ倒れた。
「…………」
動かない。
「ふぅ……」
ようやく倒した。
久しぶりの強敵だった。
俺達は全員、疲労を隠せなかった。
ただ一人。
「むぅ……」
ギレウスが頬を膨らませている。
「どうした?」
「僕、何もできなかった!」
ああ。
最初の《インフェルノ》が効かなかったからな。
「僕だって雷魔術使えるし! シャウトじゃなくても良かったじゃん!」
すると、コルドが呆れたように答えた。
「お前のは《ショックウェーブ》だろ」
「そうだけど!」
「シャウトに当たる可能性がある。《ライトニング》なら一直線に飛ぶから、その心配がないんだよ」
「でもさぁ〜!」
「でもじゃない」
「僕も戦いたかったのに!」
ギレウスとコルドが、そんなことを言い合っている。
何もできなかったのが、相当悔しかったらしい。
「ふぅ……疲れた」
俺はその場に腰を下ろした。
「お疲れ様」
そんな二人を横目に、ナージャが俺のところへ近づいてくる。
その手には、青のポーションが握られていた。
「はい」
「ありがとう」
俺は受け取る。
「ナージャも飲んでおきなよ」
「私はまだ大丈夫」
「それならいいけど」
そう言って、俺は青のポーションを飲む。
「ふぅ……」
少し楽になった。
にしても、強かった。
でも、負けるほどではない。
俺達でも戦える。
四人でしっかり連携すれば、B級の魔物だって倒せる。
そして現在。
あれから何度か魔物とは遭遇したものの、ギガントビートルほどの強敵と出会うことはなく、俺達は無事にここまで辿り着いた。
目の前には、《魔石の迷宮》への入口がある。
「みんな、準備はいいか?」
俺が振り返る。
「もちろん!」
ギレウスが真っ先に答えた。
「ああ、大丈夫だ」
コルドも頷く。
最後にナージャを見る。
「怖いけど……みんなとなら大丈夫な気がする」
それぞれが意思を示してくれた。
「よし」
俺は迷宮の入口へ向き直る。
「入るぞ」
そして――。
俺達は、初めての迷宮探索を開始した。




