第五十三話「調査開始」
遺跡に入った俺達は、まず一番奥にある転移魔法陣の部屋へ向かった。
この遺跡には他にもいくつか部屋があるが、まず調べるべきは転移魔法陣だ。
遺跡の奥へ進み、階段を降りていく。その先にある部屋へ入ると、そこには黒くなった転移魔法陣があった。
「さて……どうしたものか」
俺は顎の下に手を当て、転移魔法陣を見つめる。
黒くなっていること以外は、以前ここを訪れた時と大きく変わっているようには見えない。
どうやって調べればいいんだ?
そう考えていると、ナージャが転移魔法陣の近くにしゃがみ込み、手で触れていた。
「……試しに魔力を込めてみるのはどうだ?」
俺がそう提案すると、コルドがすぐに反応した。
「危険じゃないか?」
「かもしれない。でも調査のためだ。危険を承知でここにいる」
「…………」
コルドは黙った。
危険なのは俺だって分かっている。でも、何もしなければ何も分からない。
「ナージャ、試しに魔力を流してみてくれ」
「分かった」
俺は目に魔力を込める。
ナージャが右手に魔力を集中させ、そのまま転移魔法陣へと流し込んだ。
「…………」
魔力が地面へ流れていく。
だが、なんというか霧散している。
転移魔法陣に注がれている感じじゃない。むしろ、転移魔法陣を避けるように周囲へ散っていっている。
しばらくして、ナージャが手を離した。
「ダメね。反応しないわ」
「ダメか……」
俺は黒くなった転移魔法陣を見つめ、その場にしゃがみ込む。そして無言で転移魔法陣に手を置いた。
俺も試しに魔力を流してみよう。
そう思い、手から魔力を流した。
その瞬間だった。
バチバチッ――!
「!!!???」
バチッ!
黒紫色の稲妻が、一気に部屋中へ広がった。
「おい!」
「っ!?」
コルドの大きな声に驚き、俺は慌てて転移魔法陣から手を離した。
すると、黒紫色の稲妻は消えていく。
「な、なんだ今の……」
そう呟いた直後、遠くから何かが聞こえてきた。
足音だ。
しかも、こっちへ走ってきている。
まずい。
さっきの音を聞かれたのか?
足音はどんどん大きくなり、やがて部屋の入口から黒い鎧を身につけた男が飛び込んできた。
「何事だ!?」
入口にいた騎士だ。
鎧の男は部屋の中を見回す。だが、すでに稲妻は消えている。
特に異常がないことを確認すると、俺達へ視線を向けた。
「説明しろ」
「…………」
どうする。
正直に話すべきか?
そう考えていると、コルドが一歩前に出た。
「すまない。我は少々虫が嫌いでな。少しばかり魔力を込めたショックを放ってしまった。もう大丈夫だ」
「…………」
虫?
「そうか。ならいい」
鎧の男はそれ以上追及することなく、そのまま部屋を出ていった。
遠ざかっていく足音を聞きながら、俺はしばらく黙っていた。
やがて足音が完全に聞こえなくなったところで、コルドを見る。
「ありがとう……助かった……」
「礼はいい」
コルドはすぐに俺へ詰め寄った。
「今のはなんだ。説明しろ」
「いや、俺も分からない。ただ魔力を流しただけだ」
本当にそれだけだ。
ナージャと同じように、転移魔法陣へ魔力を流した。
それなのに。
「ナージャの時は何も起きなかった……けど、シャウトの時はこの有り様……」
コルドが黒くなった転移魔法陣を見つめ、少し考え込む。
そして、何かに気づいたように俺を見る。
「そういえば、帰ってくる時。俺達が転移魔法陣から降りた時、似たような現象が起きたのを覚えてるか?」
「ああ……」
言われてみれば。
「あの時も、似たような黒紫の稲妻だったな」
俺達がアレフに帰ってきた直後。
転移魔法陣が再び黒くなった時、確かに黒紫色の稲妻が走っていた。
さっきの現象と似ている。
コルドは俺を見ながら言った。
「もしかすると、この転移魔法陣が黒くなる原因……お前じゃないのか?」
「は?」
そんな事あってたまるか。
…………。
いや。
でも。
ナージャが魔力を流しても何も起きなかった。
俺が魔力を流した瞬間、黒紫色の稲妻が発生した。そして、アレフに帰ってきた時にも同じような現象が起きている。
「…………」
俺が黙り込んでいると、コルドが口を開いた。
「まだ確定ではない。仮定の話だ。そんなに落ち込むな」
「そうだよ!」
ギレウスがいつもの調子で声を上げる。
「シャウトは悪い事はしてない! だから大丈夫だよ!」
「……そうだな」
少しだけ気が晴れた。
だが、コルドの話はまだ終わっていなかった。
「それに、最初に転移事故が起きた時も、お前が初めて転移魔法陣を使った時だ。無関係とは言えないだろう」
「……確かにそうだな」
全くの無関係ではないだろう。
俺が初めて転移魔法陣を使った時に、あの転移事故は起きた。そして今回、俺が魔力を流した時だけ黒紫色の稲妻が発生した。
でも、一体何がそうさせているのか理解ができない。
俺の魔力に何かあるのか?
それとも、他に何か原因があるのか?
考えても答えは出てこない。
すると、コルドが口を開いた。
「とりあえず他の部屋も調べよう。お前のそれは後回しだ」
「……分かった」
俺達は転移魔法陣の部屋を出て、それぞれ他の部屋を調べることにした。
俺が入った部屋には、壁一面に壁画が描かれていた。
「これは……」
最初にここへ来た時は、壁画までちゃんと調べていなかった。
改めて見てみると、そこには子供らしき人物と、女性のような人物が描かれている。
その隣にも何かが描かれていたようだが、そこだけ不自然に消えていた。
「これ見てよ」
ナージャの声が聞こえ、俺はそちらを見る。
ナージャが指差していたのは、ちょうど壁画が消えている部分だった。
「なんだこれ?」
ナージャは削られた部分を確認する。
「これ、中級土魔術の《サンド》でここだけ削られてる」
「《サンド》で?」
自然に崩れたわけじゃないのか。
誰かが意図的に、ここだけを消した?
「他の部屋も見てくる」
俺はその部屋を出て、別の部屋へ向かった。
そこには先に調べていたギレウスがいた。
「…………」
ギレウスは壁の前で、体を左右にくねくねと動かしている。
何これー?
とでも言いたげな動きだ。
こいつ、調査に行きたいとか言ってなんも考えてないな……。
おおよそ冒険者気分を楽しみたいだけだろう。
「ギレウス」
「ん?」
「何か分かったか?」
するとギレウスは、元気よく答えた。
「全然分かんない!」
「…………」
そうはっきり言われた……。
「はぁ……」
ため息をつくと同時に、俺も壁画を見る。
そこには五人の天賢様が描かれていた。
何かと戦っているようだが、戦っている相手だけが不自然に消えている。
こっちもか。
ナージャが見つけた壁画と同じように、意図的に削られたような跡がある。
ということは……。
俺はそのまま踵を返した。
「?」
後ろにいるギレウスの頭には、疑問符しか浮かんでいなさそうだった。
もう一つの部屋へ向かう。
中に入ると、コルドが壁を見上げていた。
俺が入ってきたことに気づき、コルドがこちらを見る。
「シャウト。この壁画、この異様にでかいのはなんだ?」
「ん?」
俺もコルドの隣に立ち、壁画を見上げる。
そこには異様に大きな何か。
そして、その近くに四人の人物が描かれている。
「こっちの四人は翼があるから、おそらく過去の天賢様だ」
「なるほど」
俺はさらに壁画を見ていく。
「……あれ?」
「どうかしたか?」
「この壁画だけ綺麗なままだ」
削られた部分がない。
他の二つとは違って、この壁画だけは全体が残っている。
「どういうことだ?」
「他の壁画は意図的に壊された形跡があるんだ」
「なるほど……」
コルドは再び壁を見上げる。
「知られたくない歴史……そういうものがあるのかもしれない……」
「…………」
知られたくない歴史。
もし本当にそうだとしたら、一体誰が、何のために壁画を消したんだろうか。
「そういえば、他の部屋にも壁画があった」
「どんなものだ?」
俺はさっき見てきた壁画の内容をコルドに説明する。
「入口から入って右の部屋には、子供……と、女性みたいな人が描かれてた。その隣は削られてて、何が描かれてたのか分からない」
「なるほど」
「反対側の部屋には、五人の天賢様が何かと戦ってる壁画があった。そっちも戦ってる相手だけが削られてた」
「……待て」
コルドが俺の言葉を止めた。
「どうした?」
「妙だな」
コルドは目の前の壁を見上げる。
「この部屋には天賢様が四人。だが、今お前は反対側の部屋には五人の天賢様が描かれていると言ったな?」
「……確かにそうだ」
言われてみれば変だ。
こっちには四人。
あっちには五人。
同じ遺跡に描かれているのに、天賢様の人数が違う。
「後世に伝えるために描かれた壁画だ。書き忘れはないだろう」
コルドは少し考え込み、言葉を続ける。
「ならば、意図的なのだろう」
「意図的……」
「もう一度、ギレウスがいる部屋を見に行こう」
「ああ」
俺とコルドは部屋を出た。
ギレウスのいる部屋へ向かおうとすると、ちょうど右側の部屋からナージャが出てくる。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
「少し気になることがあってな。ギレウスのいる部屋をもう一度見に行く」
「じゃあ、私も行く」
ナージャとも合流し、三人でギレウスのいる部屋へ向かった。
部屋に入ると、ギレウスはまだ中にいた。
「ギレウス、もう一度ここを調べるぞ」
「うん!」
俺は改めて壁画を見る。
「…………」
よく見ると、五人の天賢様はそれぞれ魔術を使って戦っている。
火、水、風、雷、土。
火は燃え盛るように。
水は弾けるように。
風は斬り裂くように。
雷はひび割れるように。
土は岩のような物を飛ばすように。
それぞれが、削られて消えた場所へ向けて攻撃を放っている。
「火、水、風、雷、土……五人とも違う魔術を使ってるな。火は燃え盛るように、水は弾けるように、風は斬るように、雷はひび割れるように、土は岩みたいな物を飛ばして……全部、消された場所に向かって攻撃してる」
「…………」
あれ?
三人が目を丸くして俺を見ている。
「なんだ?」
コルドが怪訝な顔をする。
「お前には何が見えているんだ?」
「……は?」
何言ってるんだ?
するとギレウスまで不思議そうに首を傾げた。
「シャウト、さっきから独り言多いよ?」
「独り言?」
「うん!」
今度はナージャが口を開く。
「私が《サンド》で壊れてるって言ったら、急に他の部屋に行ったよね」
「…………?」
????
俺の中に疑問符が展開される。
どういう事だ?
何が起きている?
コルドが壁へ視線を向け、それから俺を見る。
「お前……もしかして、壁画が見えるのか?」
「は?」
何を言ってるんだ。
「お前達には見えてないのか?」
「何もないよ」
ギレウスが壁を見ながら答える。
「ただ壊れた箇所があるだけだよ」
「…………」
じゃあ……。
さっきギレウスが壁の前でくねくねしていたのは、壁画を見ていたわけじゃなかったのか?
「どういう事だ……」
俺には見えている。
確かに見えている。
五人の天賢様が、それぞれ違う魔術を使って何かと戦っている。
なのに、三人には何も見えていない?
転移魔法陣に触れたからか?
さっきの黒紫の稲妻。
あれの影響か?
「いや……」
違う。
最初にこの遺跡へ来た時も、ちらっと見た時には壁画が見えていた。
なら、あの稲妻は関係ない。
「なんだ……?」
考えても、答えが出てこない。
「分からない……」
俺がそう呟くと、コルドはしばらく俺を見た後、ため息交じりに口を開いた。
「お前には謎がつきまといすぎてるな」
「…………」
「禍々しい魔力というのは、間違いではないみたいだ。だが、それで人となりを判断するべきではないということは、俺はもう分かっている」
「コルド……」
以前のコルドなら、こんなことは言わなかっただろう。
「お前にも分からないのなら、もう少し上の立場の人間に聞くのが良いのかもしれないな」
「上の立場?」
一体、誰に聞くんだ?
「誰に聞くんだ?」
そう聞くと、コルドは迷うことなく答えた。
「我が父。デュランダル王国が王、オルディン・デュランダル」
「国王……」
確かに。
一国の王なら、俺達が知らないことを知っている可能性はある。
この壁画について。
転移魔法陣について。
そして、俺に起きている不可解な現象について。
全ての答えが分からなくてもいい。
何か一つ。
歴史の欠片でもいい。
知っているかもしれない。
「……分かった。壁画については俺がメモしておく」
国王様に直接見せられるように、俺に見えている壁画の内容をできるだけ詳しく残しておいた方がいい。
右の部屋。
左の部屋。
そして、正面の部屋。
それぞれに何が描かれていたのか。削られている場所も含めて、忘れないように書き留めていく。
「よし」
これで大丈夫だろう。
俺はメモをしまい、三人を見る。
「国王様に会いに行こう」
「そうだな」
コルドが頷く。
こうして俺達は、壁画と俺に起きている不可解な現象について何か知っているかもしれない国王、オルディン・デュランダルに話を聞くため、デュランダル王国へ向かうことになった。




