第五十二話「プリズマ」
翌日。
俺は父さんと母さんに別れの挨拶を済ませ、荷物を持って玄関へ向かった。昨日、約二年ぶりに帰ってきたばかりだというのに、もう出発だ。
父さんも母さんも心配そうにしていたけど、最後には笑って送り出してくれた。
「それじゃあ、行ってくる」
「ああ。気をつけてな」
「無理だけはしないでね」
「分かってる」
二人にそう答え、玄関へ向かう。
「シャウト様」
そこにはベルトが立っていた。
「お気をつけて」
「ああ。行ってくるよ、ベルト」
家を出る。
そして――俺はいま、アレフ王立魔導学校の門をくぐっている。
向かうのは男子寮だ。昨日の話では、ギレウスとコルドも転移魔法陣の調査に参加することになっている。とりあえず二人と合流してから、これからどうするか決めるつもりだ。
男子寮の方へ歩いていくと、ちょうど二人の姿を見つけた。
「お?」
「シャウトじゃないか」
ギレウスとコルドだ。
二人とも寮から出てきたところらしく、旅に使う荷物を抱えている。
「もしかして、お前達も今日出発するつもりだったのか?」
「うん!」
「ああ」
やっぱりか。
思考が同じだな。
「俺も今日出発するつもりだった」
「なら、ちょうどいいね!」
俺達三人はそのまま合流し、学校の門へ向かって歩き始める。
すると、
「おーい!」
女子寮の方から声が聞こえた。
振り返ると、一人の少女がこちらへ走ってくる。
ナージャだ。
長い青髪を揺らしながら走ってきたナージャは、俺達の前で足を止めた。
「良かった。まだいた」
「ナージャも今日出発するのか?」
「うん。そのつもり」
これで昨日、調査を選んだ四人が揃った。
俺達はそのまま四人で学校の門へ向かって歩き始める。
少し歩いたところで、ナージャがこちらを見る。
「あのさ」
「ん?」
「私、今から冒険者ギルドで人を集めて、旅に出なきゃいけないんだけど……私、人を集めるの苦手でさ」
ナージャは少し言いづらそうに視線を逸らす。
「もし良かったらでいいんだけど……君達と同行してもいいかな?」
「いいぞ」
俺は軽く了承した。
同じ転移魔法陣を調査するんだ。一緒に行動することに何の問題もない。
「俺は大丈夫だよ!」
「俺も構わない」
ギレウスとコルドも問題ないらしい。
するとナージャの表情が一気に明るくなった。
「ありがとう!」
「…………」
可愛い。
すごく可愛い。
ずっと見ていたい。
そんな笑顔だ。
「じゃあ、一緒に行こう」
「うん!」
こうしてナージャも俺達と同行することになった。
「そういえば、一緒に旅するなら、お互いに何ができるのか知っておいた方がいいよね」
「確かに」
「じゃあ、改めまして!」
ナージャは少し楽しそうに胸を張った。
「私の名前はナージャ・カルア。種族は人族。得意魔術は水! 水魔術は上級、土魔術と治癒魔術は中級、他は全部初級で使えるわ! よろしくね!」
それに釣られるように、俺も自己紹介する。
「俺の名前はシャウト・ロータス。種族は人族。得意なのは剣術と雷魔術。雷は上級、水と治癒は中級、それ以外は初級だ」
「俺の名前は! ギレウス・オーガ! 種族は鬼人族! 得意な魔術は火! 雷と治癒も中級まで使えるよ! 他は使えない!」
相変わらず元気だな。
最後にコルド。
「俺の名前はコルド・デュランダル。種族は天翔族。得意な魔術は風。風と治癒は上級、火と雷が中級、他は全て初級だ」
こうして改めて聞いてみると、かなり色々な魔術を使える四人が揃ったな。
そして、ナージャが俺達と同行するなら、新しいパーティを組むことになる。
「じゃあ、パーティの名前も決めないとな」
「前のパーティ名は何だったの?」
「《プラズマ》」
「プラズマ?」
「俺とラント、ギレウス、コルドの四人で活動してた時の名前だ」
ナージャは少し考えてから笑った。
「良いじゃない! それでも!」
「そう言われると嬉しいけどな。《プラズマ》は一度解散してるから。新たな門出ってこともあるし、新しく決める方がいいと思う」
約二年間名乗ってきた名前だから、もちろん思い入れはある。
だからこそ、新しく始めるなら別の名前がいい。
「なるほど。じゃあ、新しい名前を考えないとね」
「ああ。ちなみに、ナージャの前のパーティはどんな名前だったんだ?」
「私がリーダーだったから、私の魔術をそのままパーティ名にされたわ」
「なるほど、ブリザードか」
安直だが、まあいいだろう。
それなら――。
「《ブリザード》と《プラズマ》を合わせたような名前……《プリズマ》とかどうだ?」
「《プリズマ》?」
「そう。《プラズマ》と《ブリザード》を合わせて、《プリズマ》」
ナージャは少し考えるように首を傾げた後、
「プリズマ、いいと思う」
そう言って、にこっと笑った。
「安直だね」
「うっ……」
いい笑顔でこっちを見ながら言ってくる。
その笑顔は俺に効く!
安直と言われたことより、その笑顔の方がよっぽど効いている。
「そういえば、リーダーはどうする?」
ナージャに聞かれ、俺達は顔を見合わせた。
「そうだな。新しくなったことだし、変えるのもありだな。ナージャは前のパーティでリーダーだったんだよな?」
何気なくそう言った瞬間、ナージャの表情が曇った。
「私は……二人も戦死させちゃったから、リーダーには向いてないと思う……」
「…………」
しまった。
昨日聞いたばかりじゃないか。
悪いことを思い出させてしまった。
「い、いや! 別にナージャのせいって言いたかったわけじゃなくて!」
「そうだよ! ナージャが悪いわけじゃないよ!」
「そうだ。生きて帰ることすら難しい状況だったんだ。自分を責める必要はない」
俺だけじゃなく、ギレウスとコルドまで少し慌てている。
するとコルドが突然、俺を見る。
「シャウト!」
「な、なんだ?」
「お前がやれ!」
「……は?」
「リーダーだ。お前がやれ」
いきなり任命された。
まあ、誰かがやらなきゃいけないなら仕方ないか。
「……分かった。じゃあ俺がやる」
こうして、俺が《プリズマ》のリーダーになった。
「それと、これからの目的も決めておこう」
「目的?」
「ああ。転移魔法陣を調査することは決まってるけど、具体的にどう動くかは何も決めてないだろ?」
先生からも、どこから調査を始めるかは俺達に任せると言われている。
「そうだね。何も決めずに古代遺跡を回り続けても仕方ないもんね」
「まずは各地の古代遺跡を回って、転移魔法陣がどうなってるのか調べる。それで、使えなくなった原因に繋がりそうなものを探す。それでいいか?」
「うん!」
「異論はない」
「私もそれでいいと思う」
それに、俺には気になっていることがある。
あの女の声だ。
転移魔法陣から発せられる光が、模様を黒くしている。
あいつは確かにそう言った。
どうしてそんなことを知っていたのか。
そもそも、あいつは何者なのか。
まだ何も分かっていない。
だからこそ、調べてみたい。
「じゃあ、最初はどこに行く?」
「うーん……」
ナージャが少し考える。
「古代遺跡なら、最初に転移魔法陣を使った古代遺跡に行くのがいいんじゃないかな?」
「最初に使ったところか」
確かに。
「それなら、ここからだと多分、俺達が使ったところが近いと思う」
俺がそう言うと、ギレウスとコルドも頷いた。
「じゃあ、そこに向かおうか」
《プリズマ》最初の目的地は、約二年前、俺達が冒険者実習で訪れた古代遺跡に決まった。
古代遺跡へ向かう道中、ナージャに旅や戦闘について確認しておく。
「そういえば、ナージャの戦闘スタイルは?」
「私は後衛かな。基本的には援護主体で、みんなが危なそうな時は《ストーンウォール》で壁を作って守るよ」
「なるほど」
土魔術も中級まで使えるって言ってたな。
「あと、水分補給係も担当してたよ」
「それは俺もやってたよ!」
俺は少し元気に答えた。
すると、隣にいたコルドが呆れたように口を挟む。
「お前、何をそんなに元気に答えてるんだ。俺だって水は使えるぞ」
「……あ」
そうだった。
「そうなのね」
ナージャからは普通の返しが返ってきた。
「…………」
なんかちょっと恥ずかしい。
「なら、戦闘自体は大丈夫そうだね。俺とギレウスが前衛で、コルドとナージャが後衛ってことで、これからやっていこう!」
「うん!」
他にも野宿をすることになっても大丈夫か、旅をする上で嫌なことはないか聞いてみたが、特にないらしい。
これなら問題なさそうだな。
そんな話をしながら歩き続け、俺達は街の外れまでやって来た。
目の前には森が広がっている。
「この先だったよな」
森へ入ろうとした、その時。
「ん?」
首元に妙な感覚があった。
昨日、先生から渡された笛が小刻みに震えている。
「俺のも震えてるよ!」
「俺もだ」
「私のも」
全員の笛が震えている。
先生が言っていた通りだ。
近くに古代遺跡がある。
俺は首から笛を外し、口元へ持っていく。
ピーッ。
音が響くと、それまで震えていた笛がぴたりと止まった。
前にここへ来た時は先生が引率してくれていたが、今回はいない。
俺は目に魔力を集中させる。
すると、笛から森の奥へ向かって伸びる細い糸のようなものが見えた。
「……これか」
先生が言っていた魔力の糸だ。
「こっちだな」
俺がそう言うと、ナージャが少し不思議そうにこちらを見る。
「シャウト、匂いじゃなくて糸を見てるの?」
「ああ。匂いはよく分からない」
「僕は分かるよ!」
ギレウスが笛を手にしながら言う。
コルドとナージャも分かるようだ。
……俺だけか。
どうも俺は、魔力の匂いを探るのが苦手らしい。
まあ、糸が見えるなら問題ない。
俺達は魔力の糸を頼りに森へ入った。
しばらく森の道を進んでいると、見覚えのある二つの人影が見えてきた。
黒い鎧を身につけた二人の騎士。
約二年前、冒険者実習でここを訪れた時にも、この二人が古代遺跡を守っていた。
「騎士……?」
初めてここを訪れたナージャだけが、不思議そうに二人を見る。
俺達が近づくと、そのうちの一人が声を上げた。
「止まれ」
俺達は足を止める。
「お前達は、もしかして調査隊か?」
「そうです」
「なるほど。もしかして、転移魔法陣が少しの間だけ光を取り戻したことに関係する調査か?」
「はい、そうです」
そこで俺は少し疑問に思った。
「……知らないんですか?」
「ああ。我らは不眠族だ。ここでずっと守護を担当している。森の木の実を食べながら暮らしているからな」
「なるほど。じゃあ、まだ連絡が来てないってことですね」
「そういうことだ」
ずっと都市から離れた森の中で古代遺跡を守っているなら、今日起きたことをまだ知らなくても不思議じゃない。
「私達は転移魔法陣を調べるために派遣された調査隊の一つです」
ナージャが改めて説明すると、騎士は頷いて道を開けた。
「分かった。では、入ると良い」
俺達は遺跡の中に足を踏み入れた。




