第五十話「思わぬ再会」
ここは――北都市グランド。
海に面した巨大な港町だ。
港には大小様々な渡航船が停泊しており、遠くを見れば海の上を進んでいく船の姿もいくつも見える。
ここから船に乗れば、エクスカリバー王国の南にある《魔大陸》へ渡ることができるらしい。
ようやく、ここまで来た。
長かった旅も、いよいよ終わりが見えてきた。
……そんな感動に浸りたいところなのだが。
「うえええええ……!」
「うっ……おえええ……!」
俺達は現在、揃って吐いていた。
魔力車は既にキューブへ収納してある。
そのすぐ近くで、俺達四人は仲良く地面に蹲っていた。
「うっ……気持ち悪……」
完全に調子に乗った。
込める魔力量で速度が変わる。
それを知った俺は、
『ならば――全速力だ!』
なんて考えたわけだが。
結果がこれである。
確かに速かった。
めちゃくちゃ速かった。
その代わり、乗り心地もめちゃくちゃだった。
アルマ先輩の馬車で散々吐いたばかりだというのに、俺は一体何をやっているんだ。
「もう……出ない……」
一通り吐き終え、俺は力なく呟いた。
しばらくして、ようやく全員の吐き気が落ち着く。
そして――。
「シャウト!!」
「はい」
ラントの怒鳴り声が響いた。
「だから止めようとしたでしょ!」
「……はい」
「魔力を込めすぎだって言っただろう!」
「……はい」
コルドまで怒っている。
「僕もさすがにあれは怖かったよ……」
「……ごめんなさい」
ギレウスにまで言われた。
三人からめちゃくちゃ怒られた。
……次からは、ちゃんと速度を考えよう。
しばらく休んで、ようやくまともに動けるようになった俺達は、転移魔法陣がある広場へ向かった。
ここへ来た目的は船に乗ることだ。
でも、その前に確認しておきたい。
もしかしたら、この都市の転移魔法陣は使えるかもしれない。
そんな僅かな期待を抱いていた。
だが――。
「……やっぱりダメか」
転移魔法陣の模様は黒くなっていた。
光は失われ、これまで見てきたものと同じように使える状態ではない。
ここも同じか。
あの女の声が言っていた。
転移魔法陣から発せられる光が、模様を黒くしている。
でも、なぜそんなことが起きるのか。
それについては何も教えてくれなかった。
「…………」
黒くなった模様を眺めていると、近くに一人の女性がいることに気づいた。
転移魔法陣のそばにしゃがみ込み、黒くなった模様を調べている。
「……ん?」
どこかで見たことがある。
俺はその横顔をじっと見る。
知ってる。
いや。
まさか……。
「……先生?」
「え?」
ラントが俺を見る。
「あの人……先生じゃないか?」
「……え?」
ラントも女性を見る。
数秒後。
「あっ……!」
ラントの目が大きく見開かれた。
その反応で、コルドとギレウスも女性を見る。
二人もすぐに気づいた。
間違いない。
あの日。
学校の授業で俺達と一緒に転移魔法陣に乗った先生だ。
「先生!」
俺達は女性のもとへ駆け寄った。
「……?」
先生が振り返る。
俺達の顔を順番に見ている。
だが、その表情に浮かんでいるのは困惑だった。
「……どちら様でしょうか?」
「え?」
分からない?
……まあ、無理もないのか。
あれから約二年。
俺達は随分変わった。
俺だって背が伸びた。
ラントも小人族だから体は小さいけど、あの頃より成長している。
コルドも背が伸びた。
そして何より――。
ギレウスだ。
今や身長は二メートル近い。
あの頃と比べれば、一番変わっている。
先生はしばらく俺達を見つめていた。
まず、ラントを見る。
「小人族の女の子……」
次にコルド。
その背中にある翼へ目を向ける。
「天翔族の男の子……」
そして、ギレウス。
「鬼人族……?」
先生はギレウスを見上げる。
明らかに、そこだけ記憶と姿が噛み合っていないようだった。
最後に俺を見る。
人族の少年。
先生の表情が変わった。
「……まさか」
もう一度。
俺達四人を順番に見る。
「シャウトくん……?」
「はい!」
先生の目が大きく見開かれた。
「では……ラントさん?」
「はい!」
「コルドくん……?」
「はい」
そして。
先生がギレウスを見上げる。
「……ギレウスくん?」
「僕です」
「…………」
先生はしばらく固まっていた。
「本当に……?」
俺達は頷く。
次の瞬間。
先生の目から涙が溢れた。
「良かった……!」
声が震えている。
「本当に……良かった……!」
「先生……」
「私のせいで……私のせいで、生徒が行方不明になって……!」
先生は顔を覆った。
俺達は何も言えなかった。
あの日。
転移魔法陣の事故で飛ばされたのは、俺達だけじゃない。
先生もだった。
先生が飛ばされた先は、東都市グランドよりもさらに先。
天翔山脈の奥深くにある遺跡だったらしい。
目を覚ました時。
そこに俺達はいなかった。
それから先生はエクスカリバー王国へ帰る方法を探しながら、俺達のことも探し続けていた。
「ずっと……探してたの」
先生の声が震える。
「もしかしたら、どこかにいるんじゃないかって……」
「先生……」
「ここまで来て、それでも見つからなかったら……あと数ヶ月で船に乗るつもりでした」
先生も俺達と同じだった。
帰るために旅を続けて。
その途中で、俺達を探してくれていた。
「うぅ……先生……!」
ラントが泣きながら先生に抱きつく。
「先生ぇ……!」
ギレウスまで泣いていた。
……見た目だけなら、完全に大人なんだけどな。
俺とコルドは少し離れたところから、その様子を見ていた。
約二年。
長かった。
本当に長かった。
まさか、こんなところで先生と再会するとは思わなかった。
しばらくして。
ようやく落ち着いた先生は目元を拭い、俺達を見回した。
「それにしても――さすがはうちの生徒です」
「え?」
「皆さんだけで、ここまで来たんですよね?」
「はい」
「約二年も……本当によく頑張りましたね」
「…………」
褒められた。
先生に。
なんだろう。
すごく嬉しい。
この二年間。
冒険者になって。
依頼を受けて。
魔物と戦って。
金を貯めて。
いくつもの町や都市を渡り歩いた。
大変なことも、危険なこともたくさんあった。
でも。
先生にそう言ってもらえると、全部報われたような気がした。
その後。
俺達は先生から今後の予定を聞いた。
魔大陸へ向かう船が来るのは、数ヶ月後らしい。
正確な到着日は分からない。
先生は小さな板を取り出した。
大きさは冒険者登録板と同じくらいだ。
「これは《連絡板》です」
「連絡板?」
「はい。船が到着すれば、こちらの《連絡板》に《傷》が現れます」
「傷?」
「はい。船が到着したことを知らせる合図です」
なるほど。
この板に傷が現れたら、船が来たということか。
それまでは自由に過ごしていいらしい。
船が到着したら全員で集まり、魔大陸へ向かう。
先生から説明を受けて。
俺達がそれを聞く。
なんだか懐かしい。
まるで、学校に戻ったみたいだ。
「先生」
俺は持っていた金を確認する。
「これ、使ってください」
「……これは?」
「俺達四人で貯めてた金です。魔力車を買ったから結構減りましたけど、まだ残ってるんで」
先生は俺達が冒険者になったことを知っている。
最初に冒険者登録をした時、一緒にいたんだから当然だ。
先生は少し驚いたように残った金を見る。
「ここまで貯めたんですね」
「はい。宿代とか、船代とかに使えると思うんで」
だが、先生は首を横に振った。
「必要ありません」
「え?」
「皆さんの宿については、既に用意しています」
「用意してる?」
「はい」
先生は、俺達がいつ北都市グランドへ辿り着いてもいいように、ずっと四人分の宿を確保してくれていたらしい。
「じゃあ、せめて今まで払ってくれてた分を――」
「必要ありません」
「でも」
「宿代についても、返していただく必要はありません」
先生は優しく笑った。
「無事にここまで来てくれた。それだけで十分です」
「…………」
何度か払うと言った。
でも、先生は絶対に受け取ってくれなかった。
結局、俺達が折れるしかなかった。
船が来るまで数ヶ月。
それまでは自由だ。
その日は先生が用意してくれていた宿へ向かった。
そして部屋に着いた瞬間。
「…………」
もう無理。
俺はベッドに倒れ込んだ。
魔力車で全速力。
北都市グランドに着いて。
吐いて。
先生と再会して。
色々な話をして。
体もだけど、精神的にも疲れ切っていた。
俺達はそのまま、ほとんど倒れるように眠った。
翌朝。
目を覚ました俺は先生を探した。
一つ。
前から教えてもらいたいことがあった。
「先生」
「どうしました、シャウトくん?」
「一つ、教えてほしいことがあるんですけど」
俺は剣に手を置く。
「剣に――魔力を纏わせる方法を教えてください」
先生は少しだけ目を見開いた。
「そうですね。本来ならば、もう習っている範囲です」
「やっぱりそうなんですか?」
「はい。いいでしょう。教えます」
「ありがとうございます!」
先生の視線が俺の首元へ向く。
そこには、プラチナランクの冒険者バッジが下がっている。
「シャウトくん」
「はい?」
「上級魔術は、もう使えますか?」
「え?」
俺は驚いた。
「なんで分かったんですか?」
「プラチナランクまで昇格していること。それに、あれから約二年経っています。元々シャウトくんは魔術の扱いも上手でしたから」
「なるほど……」
「使えますか?」
「はい。《ライトニング》を」
「やはり」
先生は頷いた。
「それだけ魔力を扱えるのであれば、剣に纏わせること自体はそれほど難しくないでしょう」
「本当ですか?」
「はい。基本的な考え方は《マジックアーマー》とほとんど同じです」
「マジックアーマーと?」
「自分の体に魔力を纏わせるか、剣に魔力を纏わせるか。その違いです」
先生によれば、剣に魔力を纏わせることで、魔力による干渉を受けにくくなる。
さらに斬れ味も上がるらしい。
「ただ、不思議なことがあります」
「不思議なこと?」
「通常の《マジックアーマー》は、魔術による攻撃には弱いですよね?」
「はい」
「ですが、剣に魔力を纏わせた場合は、むしろ魔術に対して強くなるんです」
「……なんでですか?」
「正確な理由は、私にも分かりません」
先生にも分からないのか。
「原理そのものは《マジックアーマー》とほとんど同じです。ただ、剣の場合は体に纏っているわけではありませんから、何らかの影響があったとしても気づきにくいのかもしれません」
「なるほど……」
「そもそも、剣で魔術を直接受ける機会自体がそれほど多くありません。単純に影響が認識されにくいだけなのかもしれませんね。そんなところでしょう」
あくまで、先生にも正確な理由は分からないらしい。
「では、実際にやってみましょう。剣を貸してもらえますか?」
「はい」
俺は剣を先生に渡した。
先生が剣を持つ。
次の瞬間。
「おお……!」
刀身を黄色い魔力が包んだ。
剣の形に沿って、黄色い魔力が綺麗に纏わりついている。
「これが、剣に魔力を纏わせた状態です」
「黄色……」
「今はシャウトくんに見えるよう、意図的に可視化しています」
「可視化?」
「魔力は本来、そのままでは見えませんから」
確かに。
普通なら魔力そのものを見ることはできない。
「ですが、練習の度に魔力を可視化するのも面倒です。ですから先に、魔力を見る方法を教えましょう」
「そんなことできるんですか?」
「できますよ。目に魔力を集中させてください」
「目に……」
俺は意識を集中する。
両目へ魔力を集めていく。
少し変な感覚だ。
「……こんな感じですか?」
「では、確認してみましょう」
先生の体を魔力が覆った。
《マジックアーマー》。
「どうですか?」
「……見えます」
黄色い魔力。
先生の体全体を覆っている。
「先生の体に、黄色い魔力が纏ってます」
「成功ですね」
おお。
こんな簡単にできるのか。
先生は《マジックアーマー》を解除した。
「では、もう一度剣を見てください。今度は可視化しません」
先生が俺の剣を持つ。
魔力が流れる。
普通なら見えないはずのそれが、今の俺には見えた。
先生の手から剣へ。
黄色い魔力が流れ込み、刀身全体を覆っていく。
「見えますか?」
「はい!」
「では、やってみてください」
剣を返してもらう。
自分の魔力を剣へ流す。
《マジックアーマー》と同じ。
自分の体じゃなく。
剣へ。
「…………」
ゆっくりと。
剣に魔力が纏わりついていく。
「できた……!」
「はい。できていますよ」
一発だ。
でも。
「……難しいな」
先生の時とは違う。
魔力が均等じゃない。
濃いところもあれば、薄いところもある。
少し意識を逸らすだけで、形が崩れそうになる。
「制御が難しいです」
「当たり前です」
先生がそう言った。
「シャウトくん。以前、あなたが負けた上級生を覚えていますか?」
「……リリス先輩?」
「はい。彼女が使っていた《マジックアーマー》を覚えていますか?」
忘れるわけがない。
完全に負けた相手だ。
「あの時、彼女は《マジックアーマー》を全身に展開していたわけではありません」
「……あ」
「必要な場所にだけ展開していました。攻撃を受ける場所を判断し、その部分だけに魔力を纏わせる」
先生が俺の持つ剣を指す。
「剣に魔力を纏わせるのは、その応用です」
「応用……」
「通常の《マジックアーマー》は、自分の体を覆う。そこから、必要な部位だけを覆うように制御する。そしてさらに応用し、自分が持っている剣へ魔力を送り、剣の形に沿って纏わせる」
なるほど。
だから制御が難しいのか。
「逆に言えば、この制御を身につければ、《マジックアーマー》を必要な場所だけに展開する技術にも繋がります」
「なるほど……」
俺はもう一度、剣に意識を集中する。
「ですが」
「はい?」
「初めてでそこまでできれば十分ですよ」
先生が笑う。
「この二年で、随分と魔力制御が上手くなりましたね」
「……ありがとうございます!」
やっぱり。
先生に褒められると嬉しい。
「まずは、意識しなくても剣に魔力を纏わせ続けられるようになることを目標にしましょう」
「はい!」
俺はそのまま練習を続けた。
魔力を剣へ流す。
纏わせる。
崩れたら整える。
また崩れる。
その繰り返し。
しばらくすると。
「何してるの?」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
ラント。
その後ろにはギレウスとコルドもいる。
「剣に魔力を纏わせる練習」
「えっ」
ラントが剣を見る。
「ずるい!」
「何が!?」
「シャウトだけ先生に教えてもらってる!」
「そうだよ。僕達にも教えてよ」
「俺も興味があるな」
三人まで先生を見る。
いや。
「だったら先生に頼めばいいだろ!」
「それもそうだね」
ラントがあっさり納得した。
なんなんだ。
俺は苦笑しながら、もう一度剣を見る。
その時。
ふと、思い出した。
「……あ」
「どうしました?」
先生が俺を見る。
「先生。一つ、聞いてもいいですか?」
「はい」
「俺達、転移魔法陣のことを自分達で調べてみたいんです」
先生の表情が少し変わる。
「転移魔法陣を?」
「はい」
ここまで何度も、使えなくなった転移魔法陣を見てきた。
理由は分からない。
だから、自分達でも調べてみたい。
先生は少し考え込んだ。
「……そうですね」
そして、俺達を見る。
「本来、学校で行う冒険者としての実習期間は、およそ半年です」
「半年……」
「はい。その後は学校へ戻り、次の授業へ進む予定でした」
俺達はその途中で転移事故に遭った。
だから。
「皆さんは、その後に学校で受けるはずだった授業を受けていません」
「…………」
やっぱりダメか。
そう思った。
学校の授業を長い間受けていない。
そんな状態で勝手に調べるなんて言っても、先生としては認められないよな。
「ですが」
「え?」
先生が続ける。
「現在、皆さんは学校では行方不明者として扱われているはずです」
「行方不明……」
「はい。恐らく、学校での扱いも休学のような状態になっているでしょう」
まあ。
これだけ長い間帰ってないんだから、そうなるよな。
「私が学校へ戻り、皆さんが無事であることを正式に報告すれば、行方不明という状態は解消できます。その上で、休学という形を取ることも可能だと思います」
「じゃあ……」
先生は俺達を見る。
「どうしますか?」
俺達は先生の言葉を待つ。
「プラチナランク冒険者のあなた達であれば、この辺であれば大丈夫でしょう」
そして。
「やりますか?」
「俺は……やりたいです」
すぐに答えた。
「僕もかな」
ギレウスも続く。
「俺もだ。ここまで来たんだ。調べられることは調べておきたい」
コルドも同じだった。
三人とも意見は一致している。
でも――。
「私は反対」
ラントだけは違った。
「……ラント?」
「もう帰ろうよ」
ラントは真っ直ぐ俺達を見る。
「転移魔法陣のことが気になるのは分かるよ。でも、それって今じゃなきゃダメなの?」
「それは……」
「学校を卒業してからでも調べられるでしょ? 今すぐ調べなくたって、遅くないと思う」
「…………」
言い返せなかった。
ラントの言っていることは正しい。
俺達は元々、帰るために旅をしていたんだ。
転移魔法陣の謎を解くためじゃない。
学校に戻って。
ちゃんと授業を受けて。
卒業して。
それから調べたって遅くない。
分かってる。
分かってるんだけど……。
なんだろう。
上手く言葉にできない。
ただ気になるから、というだけじゃない。
調べなきゃいけない。
俺達が調べるべきなんじゃないか。
そんな感覚が、ずっと頭のどこかに残っている。
転移魔法陣のことを調べたい。
いや。
――調べなきゃいけない。
そんな気がしてならなかった。
俺達の話を黙って聞いていた先生が、ラントへ視線を向ける。
「では、ラントさんは帰宅しますか?」
「……え?」
ラントが先生を見る。
「シャウトくん達が調査を続けるのであれば、ラントさんだけ先に帰るという選択肢もあります」
「私だけ……?」
「はい。コルドくんがいれば、帰ること自体は大丈夫でしょう」
先生はそう言ってから、少しだけ表情を引き締めた。
「ですが、ラントさんが抜ければ、シャウトくん達三人は冒険者としての依頼を受けられなくなりますよ?」
「…………」
ラントが黙り込む。
俺も何も言えなかった。
ギレウスも、コルドも口を開かない。
ラントが帰りたいと言っているのに、俺達のために残ってくれなんて言えない。
でも、ラントが抜ければ、俺達三人は冒険者として依頼を受けられなくなる。
旅を続けるなら、それはかなり大きな問題だ。
先生も答えを急かさない。
ただ、ラントの返事を待っていた。
「…………」
沈黙が続く。
ラントは俯いたまま、何かを考えている。
俺達も何も言わず、その答えを待っていた。
その時だった。
遠くの方から、大勢の声が聞こえてきた。
「……ん?」
俺は顔を上げる。
一人や二人じゃない。
何人もの声が重なっている。
何かに驚いているような。
いや。
歓声?
「なんだ?」
コルドも声の聞こえた方を見る。
ギレウスも、ラントも。
先生もそちらへ視線を向けた。
何があった?
耳を澄ませる。
その中で――。
耳を疑うような言葉が、はっきりと聞こえた。
「転移魔法陣が復活したぞ!!」
「…………え?」
今。
なんて言った?
「転移魔法陣が……復活?」
ラントが呟く。
先生も驚いた表情をしている。
聞き間違いじゃない。
俺達全員に聞こえていた。
「行ってみよう!」
俺達はすぐに広場へ向かった。
そして――。
「……本当に」
思わず足が止まった。
転移魔法陣が光を取り戻している。
さっきまで黒くなっていた模様に、確かに光が戻っていた。
「本当に復活してる……」
ラントが呟く。
転移魔法陣の周囲には大勢の人が集まっている。
その中心では、何人かの人達が何度も転移魔法陣を使っていた。
恐らく、本当に問題なく使えるのかを確かめているんだろう。
一度。
二度。
何度かテストが繰り返される。
転移して。
戻ってきて。
また別の人が試す。
でも、何も問題は起きない。
本当に使えるようだ。
「…………」
俺達は顔を見合わせた。
さっきまで、転移魔法陣の謎を自分達で調べるかどうか話していた。
俺は調べなきゃいけない。
そんな気がしていた。
でも。
転移魔法陣は復活した。
もう問題なく使える。
だったら、俺達が転移魔法陣の謎について調べる必要もない。
そもそも俺達がここまで旅を続けてきたのは、帰るためだ。
転移魔法陣が使えなかったから。
だから冒険者になって。
依頼を受けて。
金を貯めて。
いくつもの町や都市を渡り歩いてきた。
それが今。
使えるようになった。
ならば話は早い。
「帰ろう!」
誰も反対しなかった。
転移魔法陣が使えるなら、もう何ヶ月も船を待つ必要はない。
ようやく帰れるんだ。
「一度、宿へ戻りましょう」
先生の言葉に、俺達は頷いた。
荷物が残っている。
まずはそれを取りに行かないと。
広場を離れ、宿へ向かう途中。
俺は隣を歩いていたラントを見る。
「ラント」
「ん?」
「さっきは、ごめん」
「何が?」
「調べたいって言ったこと」
ラントが俺を見る。
「ラントは帰りたいって言ってたのに、俺達三人が調べたいって言ったら、決めづらくなるだろ」
しかも、ラントが抜ければ俺達三人は冒険者として依頼を受けられなくなる。
あんな状況じゃ、余計に決めづらかったはずだ。
「だから、ごめん」
すると、ラントは少し笑った。
「謝らなくていいよ」
「でも」
「シャウト達が気になるのも分かるから」
「……ラント」
「私だって気にならないわけじゃないし。ただ、私は帰った方がいいって思っただけ」
「そっか」
「うん」
そう言ってくれたことに、少しだけ安心した。
宿へ戻った俺達は、すぐに荷物をまとめた。
ここで数ヶ月も船を待つつもりだったのに。
まさか、こんなに早く帰れることになるなんて思ってもいなかった。
荷物を持ち、再び広場へ向かう。
広場へ戻ると、先生は転移魔法陣の近くで、鎧を身につけた騎士のような人と話していた。
「先生」
俺達が近づくと、先生が振り返る。
「皆さん、準備はできましたか?」
「はい」
「こちらも話は済みました」
どうやら、俺達が荷物を取りに行っている間に先生が事情を説明してくれていたらしい。
アレフ王立魔導学校の授業で転移魔法陣を利用していたこと。
その授業中に転移事故が起きたこと。
そして俺達が、本来とは全く違う場所へ飛ばされてしまったこと。
事情を聞いた騎士は軽く頷いた。
「今回は事故ということですので、料金は必要ありません」
「本当ですか?」
「はい」
助かった。
魔力車を買ったせいで、金もかなり減ってるからな。
すると、騎士が尋ねた。
「それで、どちらへ向かわれますか?」
「都市アレフへお願いします」
先生が答える。
「分かりました」
騎士が転移魔法陣を操作する。
すると――。
「おお……」
転移魔法陣の光り方が少し変わった。
淡い青色の光。
その中に、薄い黄色の光が混ざっている。
青と黄色。
二つの色が重なり合うような、不思議な光だった。
「これで大丈夫です」
騎士が俺達を見る。
「このまま乗れば、都市アレフの広場に到着するはずです」
「…………」
都市アレフ。
その名前を聞いて、急に実感が湧いてきた。
帰れる。
本当に。
あの日。
学校の授業で転移魔法陣に乗って。
気づけば、知らない場所へ飛ばされていた。
先生とも離れ離れになった。
そこから俺達四人だけで旅を始めた。
冒険者になって。
依頼を受けて。
魔物と戦って。
金を貯めて。
いくつもの町や都市を渡り歩いた。
何度も転移魔法陣を見つけた。
でも、どれも使えなかった。
ずっと。
帰るために旅をしてきた。
それが今。
目の前にある。
「行きましょう、皆さん」
先生が転移魔法陣へ足を踏み入れる。
「はい!」
俺達も続いた。
ラント。
コルド。
ギレウス。
そして俺。
四人揃って、先生と一緒に転移魔法陣へ乗る。
淡い青色と薄い黄色の光が、俺達の足元で輝いている。
約二年。
長かった。
本当に、長かった。
でも。
ようやく――。
俺達は帰るための転移魔法陣に乗った。
冒険者編終了!
次回調査編です!




