第四十九話「中央都市グラム」
着いた。
ここが――中央都市グラム。
長い旅の末、ようやく辿り着いた場所だ。
……辿り着いたのはいいんだけど。
「なあ」
俺は三人を見る。
「まず宿で休まないか?」
「うん」
「そうしよう」
「ああ」
速攻だった。
誰一人として反対しなかった。
まあ、当然だ。
ここまでの数日間、俺達はアルマ先輩が引っ張る馬車に乗り続けていた。
しかも、普通の馬車とは比べものにならない速度で。
何度吐いたか分からない。
まともに寝られた記憶もない。
俺達はグラムの街並みを楽しむ余裕すらなく、近くにあった宿へ入った。
部屋を取って、荷物を置く。
そして――寝た。
もう本当に、それだけだった。
ベッドに横になった瞬間、意識がなくなった。
次に目を覚ました時には、窓から明るい日差しが差し込んでいた。
「…………」
身体を起こして外を見る。
太陽はすでに高い。
「昼か……」
まあ、仕方ない。
あんな移動でまともに寝られるはずがないんだ。
むしろ、よくここまで耐えたと思う。
他の三人も順番に起き始める。
俺達はしばらくぼーっとしていたが、ようやく身体も頭もまともに動くようになってきた。
「とりあえず、転移魔法陣を見に行くか」
せっかく中央都市グラムまで来たんだ。
ここの転移魔法陣がどうなっているのかは確認しておきたい。
もしかしたら使えるようになっているかもしれない。
そんな僅かな期待を抱きながら、俺達は宿を出て、転移魔法陣のある広間へ向かった。
そして広間へ入って、最初に目についたのは転移魔法陣ではなかった。
「……なんだ、あれ?」
広間の真ん中。
かなり高い位置に、巨大な板のようなものが浮かんでいる。
見たことのないものだったが、なんというか……文字を映し出す巨大な掲示板のようなものだ。
そこには、いくつもの名前が刻まれていた。
《デュランダル》
《グラム》
《ジュワユース》
《ガラティーン》
《カーテナ》
「これって……」
見覚えがある。
いや、正確には――オジエさんから聞いた名前だ。
世間では《天賢》の名として知られているもの。
本当は、天賢本人の名前ではなく、その者達が持つ杖の名前だけど。
《デュランダル》。
《グラム》。
《ジュワユース》。
《ガラティーン》。
そして、《カーテナ》。
けど。
「……エクスカリバーがない」
あるはずの名前が、一つだけなかった。
オジエさんは確かに言っていた。
《エクスカリバー》という杖は存在する、と。
それなのに、ここにはその名前だけがない。
それだけじゃない。
「ガラティーン……」
《ガラティーン》の文字だけ、他とは明らかに違っていた。
他の名前は光を放っているのに、《ガラティーン》だけは黒くなり、光っていない。
ガラティーンを持っていた天賢――ガウェイン。
あの人は、もう死んでいる。
そのことを聞いた時、オジエさんは俺達に凄まじい覇気を向けてきた。
そして、《エクスカリバー》について聞いた時には――。
俺達全員が倒れるほどの殺気を放った。
「…………」
ガラティーンだけが黒くなっていること。
そして、エクスカリバーの名前そのものがないこと。
……何か関係してるのか?
分からない。
ただの偶然とも思えないけど、今の俺達には確かめようもない。
俺はしばらく掲示板を見上げたあと、視線を転移魔法陣へ移した。
「……やっぱりか」
その紋様は――黒いままだった。
ここも使えない。
中央都市グラムなら、もしかしたらと思ったんだけどな。
「一旦、宿に戻ろう」
三人も頷く。
俺達は転移魔法陣の広間を後にし、再び宿へ戻った。
そして部屋の中で、これからどうするか作戦会議を始めることにした。
まず――金だ。
ここまで来るのに、アルマ先輩のおかげでかなり節約できた。
本来ならグランドからグラムまで馬車を使う予定だった。
そのために一年半も依頼をこなし続け、金貨三枚を目標に金を貯めていたんだ。
結局、金貨三枚には少し届かなかったけど、それに近い金額は残っている。
アルマ先輩が無料でここまで連れてきてくれたおかげで、その金をほとんど使わずに済んだ。
つまり――。
「ここでまた金を稼ぐ必要はなさそうだな」
俺が言うと、ラントが頷いた。
「そうだね。すぐ次に行けそう」
これまでみたいに、一つの街に長期間滞在して冒険者の依頼をこなす必要がない。
それはかなり大きい。
……まあ。
「どうせなら北都市グランドまで送ってほしかったけどな」
「それはさすがに頼りすぎじゃない?」
「分かってるよ」
タダで中央都市グラムまで送ってもらったんだ。
これ以上を望むのは贅沢だろう。
ここから先は、また馬車を使って進めばいい。
そう思っていた。
けど――。
アルマ先輩のあの移動方法を見たことで、俺は一つのことを思い出した。
「そういえば……」
昔の記憶が頭に浮かぶ。
小さい頃。
まだロータス家にいた時に見たことがある。
馬がいないのに動く、馬車のような乗り物。
確か、魔力を流すことで動いていたはずだ。
「なあ、ちょっと相談があるんだけど」
俺がそう言うと、三人がこちらを見る。
「何?」
「俺、小さい頃に見たことがあるんだよ」
「何を?」
「魔力を流すと走る、馬車みたいな乗り物」
「魔力で?」
ギレウスが興味を示す。
「ああ。馬がいなくても走れるやつ」
俺の記憶が正しければ、そんな乗り物が存在する。
今の俺達には、金貨三枚近くの金がある。
それなら――。
もしかすると、買えるんじゃないか?
そんなことを考えていると、コルドが口を開いた。
「それなら、俺も王宮にいた頃に乗ったことがある」
「お前、乗ったことあるのか?」
「ああ」
コルドは少し記憶を辿るように考える。
「名前は確か――《魔力車》だったはずだ」
「魔力車……」
やっぱりあるんだ。
それなら話は早い。
しかし。
「王子様はほんと、なんでもありだな」
俺が笑いながら言うと、コルドはこちらを見る。
昔なら、こういうことを言えばすぐ怒っていた。
顔にも分かりやすく出ていた。
でも――。
「貧乏人が」
「…………」
言い返してきやがった。
「誰が貧乏人だ!」
「違うのか?」
「今は金持ってるわ!」
「金貨三枚にも届いていないだろう」
「お前なぁ……!」
横でラントとギレウスが笑っている。
昔のコルドなら、こんなふうに冗談を返してくることなんてなかった。
一緒に旅を始めた頃と比べれば、本当に変わった。
……成長したな。
まあ、俺達はもう一年半以上も一緒に旅をしている。
これくらいの冗談を言い合えるようになっていても不思議じゃない。
「でだ」
俺は話を戻す。
「とりあえず、その魔力車を買おうと思う」
今の俺達の所持金なら、買える可能性はある。
ここから先も長距離を移動することを考えれば、毎回馬車を使うより、自分達で移動手段を持っていた方がいい。
「それでいいか?」
三人を見る。
「私はいいよ」
ラントが真っ先に頷く。
「僕も賛成!」
ギレウスも続いた。
「ああ。俺も異論はない」
最後にコルドも頷く。
全員賛成。
なら、決まりだ。
俺達は《魔力車》を買うことにした。
そして俺達は、《魔力車》を買うために商店へやって来ていた。
「……なんか高そうな店だな」
店内へ入って最初に思ったのは、それだった。
綺麗に整えられた内装に、並べられている商品もどれも高級そうなものばかり。
恐らく、上澄みの冒険者や貴族、それ以外にも金を持っている人達が利用する店なのだろう。
少なくとも、昔の俺達なら入ることすら躊躇していたと思う。
店内を見回していると、一人の店員がこちらへ近づいてきた。
「本日はどのようなご要件でしょうか?」
「あ、魔力車が欲しいんですが」
「魔力車ですね。こちらへどうぞ」
店員に案内され、俺達は店の奥へ向かう。
そこには――。
「おお……」
何台もの魔力車が並べられていた。
大きさも形も様々だ。
四人程度で乗れそうなものもあれば、それより遥かに大きなものもある。
見た目からして高級そうなものまであった。
……あれは絶対高い。
いくら一年半かけて金を貯めたとはいえ、全部使ってしまうわけにはいかない。
これからも食費や宿代、ポーション代なんかは必要になる。
だから、魔力車に使えるのは――。
「この中で、金貨二枚で買える物を教えてください」
俺がそう伝えると、店員は少し考えた。
「そうですね。それでしたら、こちらになります」
案内された先にあったのは、他の魔力車と比べれば比較的普通の大きさのものだった。
小さすぎず、大きすぎず。
俺達四人なら十分に乗れそうだ。
「これくらいならちょうどいいな」
俺は三人を見る。
「これでいいか?」
「私はいいよ」
「僕も!」
「問題ない」
特に異論はないらしい。
俺もこれで十分だと思う。
「じゃあ、これでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員はそう言うと、魔力車へ近づいていった。
「……?」
何をするんだ?
見ていると、店員は魔力車の外側――車体の先端部分にある、エンブレムのようなものへ手を伸ばした。
そして、その中央を押す。
次の瞬間――。
「えっ?」
目の前にあった魔力車が、一瞬にして形を変えた。
大きな車体が急速に縮んでいき――。
あっという間に、小さなキューブへと変わってしまった。
「…………」
俺達四人は、そのキューブを見つめる。
「小さっ!」
さっきまで四人が乗れるほどの大きさだったんだぞ?
それが今では、手で持てるほどのキューブになっている。
店員はそれを手に取り、俺達へ見せた。
「こちらの中央にあるボタンを押していただければ、いつでも展開することができます」
「いつでも?」
「はい。周囲に展開できるだけの空間があれば、どこでも問題ございません」
「へぇ……」
それは便利だ。
「では、収納する時は?」
「展開後、先ほど押しました車体先端のボタンを押していただければ、再びこの状態へ収納されます」
「なるほど……」
つまり。
使いたい時はキューブのボタンを押す。
そうすれば魔力車が展開される。
使い終わったら、車体先端にあるエンブレムのようなボタンを押す。
すると、またキューブに戻る。
「めちゃくちゃ便利だな……」
これなら、わざわざ魔力車を置いておく場所を探す必要もない。
旅の途中で使わない時だって、キューブにして持っておけばいい。
場所を取らないというのはかなりありがたい。
「これ、本当に金貨二枚なんだよな?」
「はい。金貨二枚となります」
高い。
間違いなく高い。
けど、これからの移動手段としてずっと使えることを考えれば、買う価値はある。
俺達はそのまま会計を済ませた。
金貨二枚。
一年半かけて貯めてきた金が一気に減ったのを見ると、さすがに少し心が痛む。
それでも――。
俺は受け取った小さなキューブを見る。
これ一つで、これからの旅が随分楽になるはずだ。
「ありがとうございます」
店員に礼を言い、俺達は店を出た。
こうして俺達は、自分達の《魔力車》を手に入れた。
店を出た俺達は、早速買ったばかりの《魔力車》に乗ってみることにした。
「よし、やってみるか」
俺は手の中にある小さなキューブを見る。
中央にあるボタンを押すと――。
一瞬でキューブが展開され、さっきまで店の中にあった魔力車が目の前に現れた。
「おお……」
何度見てもすごいな、これ。
収納して持ち運べるだけでも、金貨二枚を払った価値はある気がする。
……いや。
まだ実際に走らせてもないのに判断するのは早いか。
「それで……」
俺は魔力車の中を覗き込む。
「これ、どうやって運転するんだ?」
馬車なら御者が馬を操る。
けど、当然こいつには馬なんていない。
すると、コルドが何でもないことのように答えた。
「運転ではない」
「え?」
「この魔力車には、あらかじめ行ける場所が記録されている」
「記録?」
「ああ。大まかな都市や町などは、最初から登録されているはずだ」
コルドの説明によると、魔力車には最初から主要な都市や町の場所が記録されているらしい。
そこから目的地を選び、魔力を流せば自動的に目的地まで走ってくれる。
「じゃあ、小さい町とか集落は?」
「そういった場所は、魔力を流した本人が一度行く必要がある」
「一度?」
「ああ。一度行った場所なら、その場所が魔力車に記録される」
「……なるほど」
つまり、最初から何処へでも行けるわけじゃない。
主要な都市や町なら最初から行ける。
けど、それ以外の小さな町や集落なんかは、一度自分でそこまで行かなければ登録されない。
「つまり、最初は自分で行かなきゃいけないってことか?」
「そういうことだ」
「なるほどな」
それでも便利なのは変わらない。
一度行ってしまえば、次からは魔力車だけで向かえるんだから。
「まあ、とりあえず乗ってみようぜ」
全員で魔力車に乗り込む。
中は四人で使うには十分な広さだった。
俺達はそれぞれ座席に座り、ベルトをつける。
「よし」
俺は三人を見る。
「準備はいいか?」
ラント、ギレウス、コルドが頷く。
それを確認して、俺は行き先を設定した。
目的地は――北都市グランド。
まずはそこまで行ってみよう。
「じゃあ、行くぞ」
俺は魔力車に魔力を込めた。
次の瞬間――。
「うおおおおおおおおおおお!?」
ものすごい勢いで魔力車が走り出した。
「きゃああああああああ!?」
「速っ!?」
一瞬で景色が後ろへ流れていく。
いやいやいやいや!
「速すぎるだろこれ!!」
俺は慌てて魔力車を止めた。
勢いが落ち、ようやく完全に停止する。
「…………」
車内に沈黙が流れた。
ラントとギレウスが目を見開いている。
俺だって同じ気持ちだ。
「お、おいコルド!」
「なんだ」
「これ速すぎないか!?」
するとコルドは、俺を見て一言。
「魔力を込めすぎだ」
「……え?」
「込める魔力量で速度が変わる」
「…………」
なるほど。
そういう仕組みなのか。
込める魔力が少なければ遅く。
多ければ速く。
つまり、さっきは何も知らずに大量の魔力を流したから、いきなりあんな速度になったわけだ。
「なるほどな……」
俺は少し考える。
魔力を込めれば込めるほど速くなる。
ということは――。
「ならば――全速力だ!」
「えっ」
三人の顔が一斉にギョッとした。
「ちょ、ちょっと待ってシャウト!」
「やめた方が――」
「行くぞおおおおお!!」
止めようとする声が聞こえた気がする。
だが、そんなものはお構いなしだ。
俺は魔力車へ一気に魔力を込める。
そして――。
魔力車は凄まじい勢いで、北都市グランドへ向かって走り始めた。




