第四十六話「南都市グランド」
南都市グランド。
久しぶりだ。
こんなに大きな都市へ来るのは。
周囲には大きな建物がいくつも立ち並び、その造りもどこかエクスカリバーに似ている。
ミリンも十分大きな町だったけど、ここは明らかに規模が違う。人の数も多く、通りを行き交う人々の間を縫うように進まなければならない。
「すごい人だね」
ラントも周囲を見回している。
「ミリンよりずっと多いな」
「グランドは南部でもかなり大きな都市だからな」
そう答えたのはコルドだった。
「へぇ。やっぱり知ってるんだな」
「名前と、大体のことだけだ。来たのは俺も初めてだ」
なるほど。王子だから世界中の都市について勉強でもしてたのかもしれない。
俺達が都市へ入る時、正直少し心配していた。
子供だけで旅をしている俺達を見て、何か言われるんじゃないかと思っていたからだ。
けど、実際には何も言われなかった。
多分、ギレウスとコルドのおかげだ。
ギレウスは今じゃ完全に大人の身体になっているし、コルドも俺よりずっと背が高い。
二人が一緒にいるだけで、俺達だけを見ればそこまで子供だけの集団には見えないのかもしれない。
俺は二人を見上げる。
「……早く俺もそれくらいになりてぇよ」
「何が?」
ギレウスが俺を見下ろした。
「身長だよ、身長」
「ああ」
「ああ、じゃねぇよ。なんか腹立つな」
「僕に言われても……」
ギレウスが困ったように笑う。
「シャウトもそのうち大きくなるよ」
ラントが横から言ってくる。
「お前に言われると全然説得力ないんだけど」
「どういう意味!?」
いや、だってラントも小さいし。
でも、こいつは種族柄だから俺とは違う。
「……まあ、まだ九歳だ。気にする必要はないだろう」
コルドが淡々と言う。
「分かってるけどさ」
早く俺もそれくらいになりてぇんだよ。
そんなことより、今は冒険者ギルドが最優先だ。
「まずギルド行こうぜ。金が本当にない」
「そうだね。このままだとまずいよ」
ラントの言う通りだ。
俺達は街の中を歩き、そのまま都市の奥へと進んでいく。
通りには店が並び、人も多い。行き交う人の数だけなら、ミリンとは比べものにならない。
「お店もいっぱいあるね」
「あれ、何の店だろう?」
ギレウスが通りの向こうを見ている。
「寄るのは後だ。先に仕事を探すぞ」
「分かってるよ」
コルドに言われ、ギレウスが少し残念そうに前を向く。
お前、意外とこういうところ好きなんだな。
しばらく歩いていると、やがて大きな建物が見えてきた。
冒険者ギルドだ。
「やっと着いた……」
思わず声が漏れる。
「長かったね」
「ああ」
本当に長かった。
俺達はそのまま中へ入った。
「…………」
ガヤガヤとうるさい。
冒険者達の話し声、受付でのやり取り、酒を飲んでいる奴らの笑い声。
ミリンの冒険者ギルドより、明らかに人が多い。
「うわぁ……」
ラントが少し圧倒されたように辺りを見る。
「ミリンよりすごいね」
「これだけ人がいれば依頼も多そうだな」
コルドは特に驚いた様子もなく、奥にある依頼掲示板を見ている。
けど、今回は前みたいに俺達へ視線が集まることはなかった。
やっぱり、ギレウスとコルドのおかげだろう。
二人がいるせいで、俺達がそこまで目立たない。
……畜生!
俺だけチビじゃねぇか!
いや、ラントもチビだけど、こいつは種族柄だ!
俺は普通に人族だから、ただの子供にしか見えない。
「シャウト、どうしたの?」
「なんでもない」
「変な顔してるよ?」
「ほっとけ」
そんなくだらないことを考えながら、俺達は依頼掲示板の前へ向かった。
「……すごいな」
思わず声が出る。
ミリンとは大違いだ。
貼られている依頼の量が、比べものにならない。
魔物の討伐、素材の納品、護衛、採取。
依頼の種類も多いし、何より報酬が高い。
「これ全部依頼なの?」
「みたいだな」
ラントと一緒に掲示板を見上げる。
「どれにする?」
「ちょっと待って。今探してる」
やっぱり都市になると物価が違う。
なら当然、依頼で得られる金も多いってことか。
俺は掲示板を眺めながら、今の俺達でもこなせそうな依頼を探す。
「……これでいいか」
見つけたのは、この辺りに出るハイウルフの討伐と、その素材の納品依頼だった。
「ハイウルフ?」
ギレウスが紙を覗き込んでくる。
「ああ。これなら何度も倒してるだろ」
「僕はいいと思うよ」
「私も」
ラントも頷く。
「問題ないだろう」
コルドも異論はないらしい。
「じゃあ、これにしよう」
俺は依頼の紙を掲示板から取り、受付へ向かった。
受付で依頼書と冒険者登録板を渡す。
確認を済ませ、そのまま無事に受注できた。
そして報酬を改めて確認した俺は、思わず目を見開いた。
「……大銀貨二枚?」
大銀貨二枚。
一人で大銀貨二枚なら、四人で――。
「大銀貨八枚!?」
思わず声が大きくなる。
「えっ!?」
ラントが俺の手元を覗き込んできた。
「一人、大銀貨二枚だって!」
「一人で!?」
「じゃあ四人で大銀貨八枚ってこと?」
ギレウスまで目を丸くする。
「ああ!」
高すぎる!
ありがたい!
ミリンで似たような討伐依頼を受けても、せいぜい銀貨一枚程度だった。
それがここでは一人につき大銀貨二枚。
文字通り桁が違う。
「やっぱ都市はすげぇな……!」
「これならすぐお金貯まるね!」
「何回か受ければ、グラムまでの旅費も――」
「ちょっと待ちなさい」
突然、知らない声が割って入った。
「ん?」
声のした方を見る。
そこには、魔導士らしい格好をした女の冒険者が立っていた。
どうやら近くで俺達の会話を聞いていたらしい。
女は俺達が持っている依頼書をちらりと見ると、呆れたように言った。
「それ、パーティ全体での報酬額よ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
俺達四人が黙る。
「……え?」
俺はもう一度依頼書を見る。
大銀貨二枚。
「だから、その依頼を四人で達成しても、貰えるのは大銀貨二枚。それを四人で分けるの」
「…………」
ということは。
大銀貨二枚を四人で分ける。
一人――銀貨五枚。
「……大銀貨八枚じゃない?」
ラントが恐る恐る聞く。
「ならないわよ」
即答だった。
「…………」
さっきまでの喜びは何だったんだ。
「そ、そうだよね……」
ギレウスが少し恥ずかしそうに笑う。
「普通に考えれば、そうだろうな」
コルドは冷静に言った。
「お前もさっき何も言わなかっただろ!」
「俺も勘違いしていた」
「お前もかよ!」
女の魔導士が俺達を見ながら小さく笑った。
……恥ずかしい。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
とはいえ、一人あたり銀貨五枚。
ミリンで似たような依頼を受けた時と比べれば、それでもかなり高い。
「……まあ、それでも十分か」
「うん。今の私達にはありがたいよ」
ラントの言う通りだ。
大銀貨八枚だと思った直後だから少なく感じるだけで、十分な報酬だ。
俺達は受注を済ませると、次にアイテムを補充するため商店街へ向かった。
ポーションも減っているし、食料も必要だ。ここで一度、しっかり揃えておきたい。
……そう思っていた。
「高っ……」
値段を見て、俺は固まった。
「……高いね」
ラントも横で固まっている。
「ポーションもこんなにするの?」
ギレウスが商品と値札を交互に見る。
高い。
何もかも高い。
ポーションも、食料も、その他の道具も。
ミリンや途中の集落と比べても明らかに高い。
「さっき大銀貨八枚だと思った時は余裕だと思ったんだけどな……」
「本当は大銀貨二枚だからね……」
ラントが遠い目をしている。
依頼の報酬が高い理由が、少し分かった気がする。
都市は稼げる。
でも、その分使う金も多い。
「どうする?」
ギレウスに聞かれ、俺は残っている金を確認した。
「……駄目だな。今日はやめとこう」
「何も買わないの?」
「ああ。下手に買ったら宿代までなくなる」
それだけは困る。
ここまで来て、また外で寝るなんて絶対に嫌だ。
「私も野宿はもう嫌だな……」
ラントが即座に同意した。
「昨日まで普通にしてただろ」
「グランドまで来て野宿するのと、何もない場所で野宿するのは違うよ!」
「まあ、それは分かる」
目の前に宿があるのに、金がなくて外で寝るのは嫌だ。
「依頼は明日でいいだろう」
コルドが言う。
「ああ。今日は休もう」
俺達は買い物を諦め、宿を探すことにした。
しばらく歩いて一軒の宿を見つけ、中へ入る。
「一泊、お一人様大銅貨五枚です」
「…………」
俺達四人が黙った。
「た、高いね……」
ラントが小声で言う。
「ああ……」
ミリンの宿の十倍だ。
しかも、一人で大銅貨五枚。
四人なら大銅貨二十枚。
銀貨二枚だ。
一晩寝るだけで銀貨二枚が飛んでいく。
さすが南都市。
何もかも高い。
「どうする?」
ギレウスが俺を見る。
「……泊まる」
ここで外に戻るという選択肢はない。
「俺もそれでいい」
「私も」
コルドとラントも同意する。
「仕方ない。払おう」
俺達は宿代を払い、部屋を借りることにした。
ここの宿は、中で飯も食えるらしい。
「ご飯もあるんだ」
「今日はここで食おうぜ」
「賛成!」
ラントの返事がやたら早い。
「お前、飯になると元気だな」
「いいでしょ別に!」
せっかくだから、そのまま宿で夕食を済ませる。
久しぶりにちゃんとした場所で食べる飯はやっぱりうまい。
「おいしい……」
ラントが幸せそうに食べている。
「この一ヶ月、簡単なものばかりだったからね」
ギレウスも満足そうだ。
「ラントの料理もうまかったけどな」
俺がそう言うと、ラントがこっちを見る。
「ほんと?」
「ああ」
「……ならいいけど」
なんでちょっと嬉しそうなんだ。
食事を終えた俺達は、そのまま部屋へ向かった。
部屋に入ると、どうやら風呂も備え付けられているらしい。
「お、風呂あるぞ」
その言葉にラントが反応した。
「ほんと!?」
「ほら」
「やった!」
やっぱり風呂好きだな、こいつ。
ラントはすぐに風呂へ向かおうとしたが、途中でぴたりと止まった。
そして俺達三人を見る。
「……絶対覗かないでよ!」
ものすごい勢いで念を押してきた。
「分かってるって」
「本当に?」
「覗かねぇよ」
「絶対だからね!」
「何回言うんだよ……」
ラントはまだ疑うような目で俺達を見ている。
「ギレウスも!」
「えっ!? 僕!?」
「コルドも!」
「……分かっている」
二人とも、なぜか少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
というか、不思議と俺はそういうのに興味がない。
思春期がまだ来てないからなのか。
ラントにそこまで言われても、特に覗きたいとは思わない。
それより気になるのは、ギレウスとコルドだ。
二人とも妙に恥ずかしそうにしている。
……お前ら。
年下に欲情とかするなよ。
普通に気持ち悪がられるぞ。
「……シャウト、何だその目は」
コルドが気づいた。
「いや、別に」
「絶対何か考えてるよね?」
ギレウスまでこっちを見る。
「なんでもねぇって」
まあ、多分そういうわけじゃないんだろう。
単純に、女子と同じ部屋で過ごすこと自体に慣れてないだけだ。
多分。
各々風呂を済ませた後、俺達は部屋の中央にあるテーブルを囲んだ。
さっぱりしたところで、今後についての作戦会議だ。
俺は三人の顔を順番に見る。
「さて……まずは一つ目の目標達成だな」
「グランドに着くこと?」
ラントが聞いてくる。
「ああ」
ミリンを出てから長かった。
途中でオジエと出会ったり、ギレウスが上級魔術を使えるようになったり、色々あったけど、俺達は無事、南都市グランドに到着した。
なら、次の目標を決めないといけない。
「まずは金だ」
今の俺達に一番必要なもの。
それは間違いなく金だ。
「今日見ただろ? この都市、何するにしても高い。今の俺達の金じゃ、まともに買い物もできない」
「宿に泊まるだけでも、四人で銀貨二枚だからね……」
ラントが苦笑する。
「ああ。だから、しばらくはこの都市に滞在して依頼を受ける。ここでかなり稼いでから、次は馬車で移動しよう」
さすがに、ここまでの旅で分かった。
徒歩は時間がかかりすぎる。
それに、ここを越えれば中央都市までの道は、これまでほど危険ではないらしい。
だったら、金さえあれば馬車を使った方がいい。
「馬車がいくらかかるかは、また後日聞いてみよう」
ギレウスが頷く。
「それがいいと思う。四人分だと結構かかりそうだしね」
「だろうな」
俺は三人を見回す。
「それで、次の目標地点は――中央都市グラムだ。それはみんな分かってるよな?」
「もちろん」
ラントが答える。
「もちろんだよ」
ギレウスも続く。
「ああ」
最後にコルドが頷いた。
全員、異論はない。
南都市グランドの次は、中央都市グラム。
そこは変わらない。
問題は、いつ出発できるかだ。
「多分、俺達はこの都市に一年近く滞在することになると思う」
「一年?」
ギレウスが少し驚いたように聞き返す。
「ああ。なんせ、さっき見た物価だ。生半可じゃない」
宿代だけじゃない。
食料も、ポーションも、装備も、何もかもが高かった。
ここで生活しながら金を貯めるとなると、少し依頼をこなした程度じゃ足りない。
それに、次は馬車代も必要になる。
「できれば――金貨三枚分くらいは欲しいところだな」
「金貨三枚……高いね」
ラントが目を丸くする。
金貨三枚。
金額にすれば、かなりの大金だ。
けど、それくらい貯めておけば、これから先の旅にも余裕ができる。
「まあ、すぐに貯める必要はないさ。どうせしばらくここにいるんだ」
明日から依頼をこなして、少しずつ貯めていけばいい。
俺達の次なる目標は決まった。
この南都市グランドで金を稼ぐ。
目標は――金貨三枚分。
そして十分な金が貯まったら、今度こそ徒歩じゃない。
馬車に乗って、次の目的地へ向かう。
中央都市グラムへ。
「よし。明日に備えて今日は寝よう!」
俺がそう言うと、三人も同意してくれた。
作戦会議はこれで終わりだ。
明日から依頼をこなし、まずは金を稼ぐ。
やることは決まった。
俺達はそれぞれベッドに入り、その日は眠ることにした。
そして――。
俺は、また夢を見た。
いや。
最初は夢だと思っていた。
以前にも聞いた、あの声。
だけど今回は、前とは違うことを言っていた。
『ねえ』
「誰だ?」
『私の声聞こえてる?』
「ああ、聞こえてる」
『なんで私の声が聞こえるの?』
「知らないよ、そんなの。てか、お前は誰だ?」
『私? 私の名前は――』
何かを言っている。
でも、聞こえない。
「だからなんだよ。聞こえないよ」
『だから、私の名前――』
まただ。
名前から先だけ、不気味な音を立てて聞こえなくなる。
なんだこれ。
俺の知らない言語でも喋ってるのか?
「とにかく! 聞こえないんだよ!」
『じゃあ、私の名前は知らなくてもいいね』
「まあ、とりあえずはいいだろう」
名前は気になるけど、聞こえないものは仕方ない。
「で、お前誰なんだ。俺がこの世界に来る時、なんか言ってただろ。復讐がどうのって」
『そう、復讐。復讐したいの』
「怖いこと言うなよ。俺は手伝わないからな」
『いいよ別に。自分でやるから』
「自分でやる?」
だったら、なおさら分からない。
「なんで俺の夢なんかに出てくるんだ?」
『これは夢じゃないよ』
「……夢じゃないのか?」
『そうだよ。説明はできないけど、私は君に直接話しかけてる』
直接?
「テレパシーみたいな感じか?」
『まあ、そんな感じでいいよ』
「なんだよ。面倒くさがったみたいにしやがって」
「まあいい。それで、何の用なんだ?」
『用というか……転移魔法陣のこと、気になるでしょ?』
「……なんでそれを知ってる?」
『それは秘密』
「クソ、なんでだよ」
『私にだってプライバシーはあるもん』
「分かったよ……。で、教えてくれるのか?」
『うーん……あれって、なんで黒くなってると思う?』
「質問を質問で返すなよ! 教えるか教えないかどっちなんだよ!」
『怒らないでよ。怖いなー』
「誰のせいだよ……」
『そうだねー。あれは、転移魔法陣が放つ光のせいなんだ』
「……そうなのか?」
転移魔法陣が放つ光。
それが、転移魔法陣が黒くなっている原因?
「なぜなんだ?」
『それは言えないよー』
「なんでだよ!」
『プライバシー、プライバシー』
「うざいな……」
なんなんだ、こいつ。
肝心なところになると何も教えてくれない。
『でも、私が話しかけたのは、それを少し調べてほしくて』
「なんで俺が調べなきゃいけないんだよ」
『気になってそうだったからさー』
「…………」
確かに気になってる。
オジエから転移魔法陣について聞いてから、ずっと頭の片隅に残っていた。
俺達が元の場所へ帰るためにも、無関係な話じゃない。
「あー、はいはい。分かりましたよ」
『ほんと?』
「グランドにあるのだけは見に行ってみるよ」
『ありがとう』
そう言って、彼女は消えた。




