第四十五話「旅路の果て」
洞窟を抜けると、久しぶりに浴びる日の光がやけに眩しく感じた。
「……眩しいな」
思わず目を細める。暗い洞窟の中に長くいたせいだろう。
俺達はそのまま、グランドを目指して歩き始めた。
「それにしても……とんでもない人だったな」
頭に浮かぶのは、ついさっき別れたばかりの男。
――オジエ。
三代目《土の天賢》。
洞窟で初めて会った時から、明らかに普通じゃなかった。立っているだけで感じる圧。あの覇気を向けられた時なんて、身体が勝手に動かなくなったほどだ。
それに、《エクスカリバー》の話をした時の殺気。俺達に向けられたものではなかった。それでも、全員がその場に腰を抜かした。
思い出しただけでも背筋が寒くなる。
「まさか、天賢の名前だと思ってたものが全部杖の名前だったなんてな」
俺がそう言うと、コルドが小さく頷いた。
俺達が知っていた《デュランダル》も、《グラム》も、《ジュワユース》も、《ガラティーン》も、《カーテナ》も、全部天賢本人の名前じゃない。
――杖の名前だった。
それだけでも驚きだった。けど、俺が一番気になっているのはそこじゃない。
「……転移魔法陣」
思わず口から漏れる。
グランドの転移魔法陣が使えないこと自体は、既に知っていた。だけど、オジエが調べたという近くの遺跡。そこにあった転移魔法陣まで黒くなり、使えなくなっていた。
つまり、異常が起きているのはグランドだけじゃない。
それにオジエは、原因についてある程度の見当がついていると言っていた。なのに、俺達には教えられない、と。
「なあ。俺達も、この転移魔法陣の謎について探すべきじゃないのか?」
真っ先に反応したのはラントだった。
「私は反対」
即答だった。
「やめるべきだよ」
「そこまでか?」
「だって、オジエさんも教えてくれなかったんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「私は、私達が手を出すべきじゃないと思う。そういうのは、大人に任せておくのがいいと思う」
確かに、それは正論だ。オジエほどの人が調べていて、それでも俺達には話せないと言った。なら、子供の俺達が首を突っ込むようなことじゃないのかもしれない。
……一人、鬼人族では成人してる奴がいるけど。
「僕は面白そうだと思うけどな」
ギレウスは逆に興味があるようだった。
「俺も気にはなる」
コルドも同じらしい。
「ほら! 三対一!」
「多数決で決めることじゃないでしょ!」
ラントがすぐに言い返す。
「深入りはせず、少しだけ! 少しだけなら!」
ギレウスが身を乗り出す。
「一旦、最初の遺跡に戻って調べてみようよ!」
「いや、それは遠すぎるから却下だ」
「…………」
一瞬でギレウスの勢いが消えた。目に見えて落ち込んでいる。
いや、さすがにあそこまで戻るのは嫌だ。ここまで来るのにどれだけかかったと思ってるんだ。
「でも、この辺りにも遺跡くらいあるんじゃないか?」
俺達が最初に転移させられた遺跡みたいに、別に隠されているわけでもない古い遺跡なら、この先にもあるかもしれない。
「グランドに行く道中で遺跡を見つけたら、その時は少し調べてみよう」
それくらいなら、わざわざ遠回りする必要もない。
ラントはまだ納得していないようだったが、結局俺達はそのままグランドへ向かうことになった。
しばらく歩き続けると、森を抜けた。そこから先は岩の多い場所が続いていた。大小様々な岩が転がり、場所によっては大きな岩を登ったり、迂回したりしなければならない。
「ここからは魔物が増えるから、注意していこう」
俺の言葉に三人が頷く。
それから数時間。日が傾き始めたところで、俺達は野宿の準備を始めた。
今日の夕食を担当するのはラントだ。魔物から取った肉を焼きながら、持ってきていた調味料を使って味を整えていく。
「もう少しかな」
料理をしている時のラントは、いつもどこか楽しそうだ。
そういえば、ラントもギレウスと同じ魔大陸の出身だった。魔物の肉にも慣れているらしく、どう調理すれば美味しくなるのかも色々知っている。
実際、
「うまい」
普通にうまい。魔物の肉と言われなければ、気にせず食べられるくらいだ。
夕食を食べ終えた後、俺達はこれからについて改めて話した。
最終的な目的は変わっていない。
――エクスカリバーへ帰ること。
ただ、転移魔法陣が使えない以上、別の方法で帰るしかない。まずはグランドへ向かう。そこで冒険者ギルドの仕事をして、金を稼ぐ。そして馬車を使い、中央都市グラムを目指す。
それが今の俺達の予定だった。
だけど正直に言えば、俺は今、帰ることよりも気になっていることがあった。
転移魔法陣に、一体何が起きているのか。どうして黒くなっているのか。なぜ使えなくなったのか。
オジエは、その原因についてある程度の見当がついていると言っていた。それでも、俺達には教えてくれなかった。
だからこそ気になる。出来ることなら、自分の目で確かめたい。
正直、今の俺は帰ることよりも、そっちの原因を究明したかった。
そして、どうやらそれは俺だけじゃなかった。
コルドもギレウスも、転移魔法陣に何が起きているのか気になっているらしい。
ラントだけは、やっぱり俺達が関わるべきじゃないと思っているようだった。
まあ、無理に危険な場所へ行くつもりはない。今はグランドを目指す。その途中で何か見つけたなら、その時に少し調べればいい。
そうして俺達は、旅を続けた。
ある日。
「ギレウス! そっち行ったぞ!」
「分かった!」
俺達の前には、数体のハイウルフ。
ギレウスが杖を構える。その先に炎が集まり始める。
いつもの《ファイヤーストーム》だ。
――そう思っていた。
次の瞬間。
轟ッ!!
「っ!?」
凄まじい音と共に、巨大な炎が広がった。
「なっ……!」
熱い。
離れている俺の顔にまで熱気が押し寄せてくる。空気が揺らぎ、その向こうの景色が歪んで見えた。
ハイウルフ達の姿は、一瞬で炎の中へ消えていく。
明らかに違う。
《ファイヤーストーム》なんてものじゃない。
「ギレウス!?」
「ぼ、僕は《ファイヤーストーム》を使おうと……」
本人も驚いている。
俺は目の前で燃え盛る炎を見つめた。
その時、ふと頭に浮かんだのはシャートのことだった。
「……もしかして、これ……あの時の魔術か?」
思わず独り言が漏れる。
あの時、シャートが使っていた魔術。
目の前で燃え盛る炎を見ていると、どこか似ている気がした。
――もしかすると、あの時の魔術もこれだったのかもしれない。
そして俺達には、この魔術に見覚えがあった。
実際に見たことがあるわけじゃない。教本だ。
俺達が使っている魔術の教本には、初級、中級、上級、それ以上の魔術まで名前だけは載っている。それが発動すると、どんな現象が起きるのかも書かれていた。
だから分かった。
今、ギレウスが使った魔術。
――上級火魔術。
「……すごい」
ラントが燃え盛る炎を見ながら呟いた。その目が、みるみる輝いていく。
「すごいよ、ギレウス! 上級魔術が使えるようになったんだ!」
まるで自分のことみたいに嬉しそうだ。
「まさか《ファイヤーストーム》を使おうとして、いきなり上級魔術が発動するなんて……本当にすごいよ!」
「僕もびっくりしたよ。まさか使えるなんて思ってなかったから」
ギレウスも照れくさそうに笑っている。
そんな二人を横目に、俺は燃え広がっていく炎を見る。
「……いや、喜ぶのはいいけど、これ」
炎はまだ消えていない。それどころか、周囲へ燃え広がろうとしている。
「先に消した方がいいだろ」
俺は炎へ向かって手を伸ばす。
「《スプラッシュウォーター》!」
大量の水が炎へ向かって放たれる。
ジュウウウウッ!
激しい音と共に、大量の蒸気が立ち上った。一度では完全に消えず、何度か水を浴びせる。やがて炎は少しずつ勢いを失い、ようやく鎮火した。
「……危なかった」
何気なく《スプラッシュウォーター》を使ったけど、そういえば俺もミリンを出た頃は使えなかった。
この旅の間、俺はずっと水分補給係を担当していた。四人分の水を用意するため、何度も何度も初級水魔術を使ってきた。
その経験が積み重なったからなのか、いつの間にか中級水魔術まで使えるようになっていた。
成長しているのは、ギレウスだけじゃない。
最近、ラントは風魔術のコントロールばかり練習している。
理由は単純だ。
――岩場が多いから。
登って、降りて、また登って、また降りて。それを繰り返すのが、相当嫌になったらしい。
ギレウスの身体が大きくなってからは、たまに肩に乗せてもらっていた。けど、ずっと運んでもらうのも悪いと思ったみたいだ。
そこでラントが始めたのが、風魔術を使って自分の身体を浮かせる練習だった。
飛べるわけじゃない。自分から空へ飛び立って、そのまま自由に飛び回れるようなものではない。
風で身体を持ち上げて、ふわりと宙に浮かせる。そんな感じだ。
それでも岩場を越えるには十分らしく、最近は面倒な場所になると普通に浮いて移動している。
そしてコルド。
こいつは、俺達より一足早く上級風魔術を習得していた。
……というか、なんか普通に使ってた。
あいつ、驚かないから分かんないんだよな。
ともかく、旅を続ける中で俺達は少しずつ新しいことができるようになっていた。
ただ、新しい魔術が使えるようになれば、良いことばかりというわけでもない。
「……また一本なくなったな」
俺は空になった青いポーションの小瓶を見ながら呟く。
最近、明らかにポーションの減りが早くなっていた。理由は分かっている。
――魔力の消費が増えたからだ。
コルドは既に上級風魔術を使えるようになっている。そしてギレウスまで、上級火魔術を使えるようになった。
上級魔術ともなれば、それだけ消費する魔力も多い。戦闘で魔術を使った後、魔力を補うためにポーションを飲む機会も自然と増えていた。
ミリンを出発した頃は、まだ十分に余裕があった。あの商人から青いポーションを買えるだけ買っていたから、しばらくは心配ないと思っていたくらいだ。
でも、今は違う。このまま使い続けていれば、いつか底をつく。
それに俺達は既に天翔山脈からもだいぶ離れていた。周囲の景色も、それまでとは少しずつ変わってきている。
そんな中、さらに旅を続けていると、
「あれ、何かあるよ」
ラントが前方を指差した。
「ん?」
目を凝らす。
建物が見える。一つじゃない。いくつかの建物が集まっている。
「……集落か?」
近づいてみると、やはりそうだった。
町と呼ぶには小さい。ミリンとは比べものにならないほど規模も小さく、人の数も少ない。
当然、冒険者ギルドもなかった。
ただ、俺達にとっては十分だった。旅人が立ち寄ることはあるようで、小さな宿もある。それに、必要最低限の物を買える店もあった。
「今日はここで泊まろう」
反対する奴はいなかった。
野宿が続いていた俺達にとって、久しぶりの宿だ。それに、ちょうど補給もしたかった。
まず買い揃えたのはポーション。
残っている本数を確認してから、これからの旅に備えて補充する。
特に最近は上級魔術を使うようになったこともあって、以前より魔力の消耗が激しい。今までと同じ感覚で持っていては足りなくなるかもしれない。
だから今回は、少し余裕を持って買い揃えておくことにした。
そしてもう一つ。
――服だ。
ミリンを出てから旅を続け、魔物と戦い、森を歩き、岩場を越えてきた。当然、服も少しずつ傷んでいる。汚れもあるし、破れているところもある。
ちょうどいい機会だったので、それぞれ新しい服を買うことにした。
そしてギレウス。
改めて見ると、やっぱりデカい。
ミリンを出た頃とは、身体そのものがまるで違う。鬼人族として成人を迎え、一気に大人の身体へ成長したせいで、以前まで着ていた服は当然もう合わない。
ここでようやく、今の身体に合った服をきちんと揃えることができた。
必要な物を買い終えた後、俺達は宿へ向かった。
ここ最近は野宿ばかりだった。地面の上で寝ることにも随分慣れたけど、やっぱり宿で休めるならその方がいい。
そして、宿に入ってから一番喜んでいたのはラントだった。
「お風呂……!」
風呂があると分かった瞬間、ラントの表情がぱっと明るくなる。
「久しぶりにお風呂に入れる!」
「そんなに嬉しいのか?」
「嬉しいに決まってるよ! ずっと野宿だったんだよ?」
そう言われれば、確かにそうだ。
旅の途中では、身体を綺麗にすることはできても、ゆっくり風呂に浸かるなんてことはできなかった。
ラントは相当楽しみにしていたらしく、風呂から戻ってきた時には見るからに満足そうな顔をしていた。
そして、そのまま部屋へ入ると、
「ベッドだ……!」
今度はベッドを見て目を輝かせる。そのまま駆け寄り、勢いよく身体を倒した。
「ふわぁ……柔らかい……」
「…………」
随分幸せそうだな。
「やっぱりベッドが一番だよ……。もう今日はここから動きたくない」
さっきまで風呂で喜んでいたと思ったら、今度はベッドか。
でも、その気持ちは分からなくもない。俺だって久しぶりに地面じゃない場所で眠れるのは嬉しい。
長いこと野宿を続けていると、風呂に入れて、柔らかいベッドで眠れる。そんな当たり前のことが、随分贅沢に感じるようになっていた。
今日はしっかり休もう。そして明日から、またグランドを目指す。
――そう思っていたのだが。
翌日。
目を覚ますと、部屋の中が妙に明るかった。
「…………ん?」
寝ぼけたまま身体を起こす。窓から差し込んでいる日差しが、どう考えても朝のものじゃない。
嫌な予感がして、窓の外を見る。
太陽は、既に高いところまで昇っていた。
「昼じゃねぇか!」
俺の声で、三人が次々と目を覚ます。
「……んん……なに……?」
ラントが布団から顔だけを出す。
「もう昼だぞ!」
「…………え?」
しばらく固まった後、ラントが窓の外を見る。
「…………ほんとだ」
「寝すぎた……」
ギレウスも身体を起こしながら呟く。コルドも珍しくまだ眠そうな顔をしていた。
結局、誰一人として朝に起きなかったらしい。
久しぶりの風呂。久しぶりのベッド。それに、ここ最近ずっと続いていた旅の疲れ。
自分達が思っていた以上に、身体には疲労が溜まっていたみたいだ。
「……まあ、たまにはいいか」
一日くらい出発が遅れたところで、大した違いはない。それに、これだけ眠れたということは、それだけ休息が必要だったということだろう。
俺達は遅めの食事を済ませ、荷物を確認する。
新しく買った服。補充したポーション。必要な物は揃っている。
そして昼。
「よし、行くか」
俺達は小さな集落を後にした。
予定より随分遅い出発になってしまったが、久しぶりにしっかり休めたおかげで身体は軽い。
そして俺達は、再び南都市グランドを目指して歩き始めた。
――それから、一ヶ月。
俺達はひたすら旅を続けた。
道中で集落を見つければ、そこで寝泊まりをする。宿があればベッドで身体を休め、食料やポーションなど必要になった物を補充してから再び出発する。
もちろん、都合よく毎日集落が見つかるわけじゃない。
何日歩いても何もない時は、そのまま野宿だ。適当な場所を見つけて火を起こし、飯を食べて、眠る。そして朝になれば、また歩き始める。
時には集落で寝泊まりをし、時には野宿をし。
魔物が現れれば戦い、必要な物が減れば補充する。
そんな日々を繰り返しながら、俺達は少しずつ南都市グランドへと近づいていった。
ただ、旅が長引けば当然減っていくものもある。
「……まずいな」
俺は手元に残った金を確認しながら呟いた。
ミリンで三ヶ月かけて貯めた、大銀貨三枚分。
出発した頃は、これだけあればしばらく困らないと思っていた。
だけど、四人分の食費。宿代。ポーション。服。
その他にも、旅を続けるためには何かと金がかかる。
特にこの一ヶ月は、集落を見つけるたびに必要な物を補充してきた。
気づけば、あれだけあった金もほとんど底を尽きかけていた。
「グランドに着いたら、すぐ仕事探さないとな……」
さすがにこのまま旅を続けるのは厳しい。
グランドに着いたら、まず冒険者ギルドへ行く。そこで依頼を受けて、もう一度旅費を稼がないといけない。
そんなことを考えながら、さらに歩き続けたその日のことだった。
「あれ……」
前を歩いていたラントが足を止める。
俺達もつられて立ち止まり、その視線の先を見る。
一瞬、言葉が出なかった。
ようやくだ。
本当にようやくだ。
ミリンを出てから、随分と長い道のりだった。
森を抜け、洞窟を通り、岩場を越え。《土の天賢》オジエとの思いがけない出会いもあった。
新しい魔術を使えるようにもなった。
いくつもの集落を通り、何度も野宿をして、ミリンで貯めた金まで、もうほとんど残っていない。
それでも歩き続けて、ようやく俺達の前に目的地が姿を現した。
「……やっと着いた」
長かった。
本当に長かった。
――俺達は南都市グランドに到着した。




