第四十四話「土の天賢」
三代目――土の天賢。
目の前にいるこの男――オジエは、そう名乗った。
その直後だった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
突然、コルドが慌てたように声を上げる。さっきまで王族らしく落ち着いていた姿はどこへやら、明らかに動揺していた。
「天賢様は――カーテナ様ではないのですか!?」
「…………」
カーテナ……。
その名前には聞き覚えがある。確か昔、母さんから国について教えてもらった時に聞いた名前だ。
だが、コルドの様子を見る限り、何かがおかしいらしい。
すると、オジエはそんなコルドを見て、ほんの少しだけ笑った。
「……そうか。知らぬのか」
「……?」
コルドは、その言葉の意味が分からないようにオジエを見つめた。
「カーテナは――我の杖の名だ」
「……杖?」
コルドが目を見開く。
「我の名はオジエ。カーテナではない」
「…………」
「お前達が我らの名だと思っているもの。それは、我ら自身の名ではない」
オジエは淡々と告げる。
「――杖の名だ」
「…………!」
コルドの表情が変わった。
俺も、ようやく話が見えてきた。
つまり――俺達がこれまで《天賢》の名前だと思っていたものは、本人の名前じゃない。その天賢が持つ――杖の名前だったということか。
「父様からは、そのようなことは聞いたことがありません! 国宝が杖なのは承知しておりますが……」
コルドが驚きを隠せないまま言った。
どうやらコルドも、杖そのものについては知っていたらしい。だが――その杖の名こそが、自分達が《天賢》の名だと思っていたものだとは知らなかった。
「王となった者には、杖の名と我らの名を伝えるようになっている」
「……王となった者に?」
「ああ」
つまり、王族なら誰でも知っているわけじゃないのか。
コルドは第三王子だ。王宮で育ち、《天賢》の姿も、その杖が国宝であることも知っていた。それでも、本当の名前までは知らされていなかった。
王になった者だけが知ることのできる事実。
だからコルドの父親も、こいつには何も話していなかったということか。
コルドはしばらく黙り込んでいた。そして、何かに気づいたように顔を上げる。
「……ということは、私の国の天賢様も……デュランダル様ではないのですか……?」
「そうだ」
「…………」
コルドは言葉を失った。
《デュランダル》。
それもまた――天賢本人ではなく、その者が持つ杖の名前ということになる。
「知る必要性がないのだ。だから教えていない。我らは姿を表には出さん」
「…………」
姿を表に出さない。だから本人の名前まで広く知られる必要がないということか。
王となった者だけが、杖の名と天賢本人の名を知る。それ以外の者達には、杖の名だけが伝わっている。
だからコルドも今まで、《デュランダル》や《カーテナ》を天賢本人の名前だと思っていたわけだ。
オジエは少し間を置いてから、コルドを見る。
「知りたければ――他の天賢の名も教えてやろう」
「……!」
コルドの黄色い瞳が僅かに見開かれた。
「お前の国の名を冠する杖――《デュランダル》。その杖を使っていた天賢。そいつの名は――ローラン」
「……ローラン……」
コルドが、その名を確かめるように呟いた。
デュランダルではなく――ローラン。それが、コルドの国に伝わる天賢の本当の名前らしい。
「そして――この国。《グラム》の使い手――ジークフリート」
ジークフリート。
それが、この国に伝わる天賢の本当の名前。
「《ジュワユース》の使い手――シャルル」
シャルル。
また一つ、俺達の知らなかった天賢の名が明かされる。
デュランダルの使い手――ローラン。
グラムの使い手――ジークフリート。
ジュワユースの使い手――シャルル。
そして――。
オジエはそこで僅かに間を置いた。これまで淡々と名を挙げていた、その口が一瞬だけ止まる。
「……そして、今は亡きガウェイン」
「…………」
今は亡き……?
その言葉だけ、これまでとは違った。
ローラン、ジークフリート、シャルル。その三人にはなかった言葉。
――今は亡き。
ガウェイン。
その名を口にしたオジエの声が、ほんの少しだけ重く聞こえた。
少し気になった。
俺はオジエを見上げ、尋ねる。
「その方は……どうかしたのですか?」
オジエの視線が、ゆっくりと俺へ向いた。
「死んだ」
「…………」
あまりにも簡潔な答えだった。それ以上でも、それ以下でもない。
ただ一言。
死んだ。
その言葉だけが、静かな洞窟の中に響いた。
「天賢様のようなお強い方でも……亡くなられることがあるのですね」
「我らは別に、不老でなければ不死でもない」
「…………」
そうか。
さっき「ここ数千年」と言っていたから、感覚が狂いそうになっていた。
何千年もの時を生きている。それだけ聞けば、死とは無縁の存在のようにも思えてしまう。
だが、そうじゃない。
天賢も老いる。そして――死ぬこともある。
少なくとも、ガウェインという天賢は既に亡くなっている。
俺は改めて、目の前にいるオジエを見上げた。
もう一つ、気になる。
「どのような形で亡くなられたのでしょうか?」
「…………」
その瞬間だった。
オジエの目つきが――変わった。
「――っ」
鋭い茶色の眼光が、真っ直ぐ俺を射抜く。
そして次の瞬間――。
ズンッ――。
「…………ッ!?」
何だ……これ……。
先ほど感じた覇気とは、比べものにならない。
空気が一瞬で重くなった。
いや。
重いなんてもんじゃない。
まるで洞窟そのものが俺達を押し潰そうとしているような、凄まじい圧迫感。
息が――できない。
「っ……!」
吸おうとしても、喉が締めつけられたように上手く息が入ってこない。身体中から汗が噴き出す。足が震える。指先まで震えている。
動けない。
いや――動きたくても、身体が言うことを聞かない。
目の前にいるのは、たった一人の男だ。武器を構えているわけでもない。魔術を放とうとしているわけでもない。
ただ――俺を見ている。
それだけ。
それだけなのに。
「…………っ」
怖い。
頭で考えるより先に、身体がそう感じていた。
俺は無意識に唾を飲み込む。視線を逸らしたい。
なのに――逸らせない。
あの茶色の瞳に射抜かれたまま、身体が完全に固まっている。
横を見る余裕すらほとんどない。それでも、視界の端で分かる。
ギレウスも。
ラントも。
コルドも。
誰一人として動いていない。
いや――動けないんだ。
さっきまで少し話しやすくなったと思っていた。俺達の質問にも普通に答えていた。
だから、一瞬忘れていた。
こいつと最初に遭遇した時、姿すら見えていないのに、俺達全員が無意識に武器を構えていたことを。
そして――こいつが《天賢》と呼ばれる存在だということを。
やばい。
聞いちゃいけないことだったのか……?
オジエは俺を見下ろす。
その表情に怒りは見えない。声を荒らげることもない。
ただ、その鋭い眼光だけを俺へ向け――低い声で言い放った。
「お前達に教える義理はない」
「…………っ」
その一言と同時に、背筋が凍った。
これ以上聞くな。
踏み込むな。
言葉にされなくても――そう言われていることだけは、嫌というほど分かった。
「も、申し訳……ござい……ません……」
声が震える。うまく喋れない。
ただ謝るだけなのに、喉が締めつけられたように言葉が途切れる。それでも、何とか絞り出した。
「…………」
オジエは何も答えない。ただ、あの鋭い茶色の瞳で俺を見下ろしている。
「…………っ」
怖い。
今まで魔物と戦った時に感じたものとは、まるで違う。
戦えば勝てるとか、逃げればいいとか。そんなことを考える余裕すらない。
ただ――。
この人を怒らせてはいけない。
身体が、そう訴えていた。
しばらく俺を見下ろしていたオジエが、静かに口を開く。
「分かれば良い」
その言葉と同時だった。
「――っ」
ふっと――空気が元に戻った。
さっきまで俺達を押し潰さんばかりに満ちていた覇気が、一瞬にして消え去る。
「はぁっ……!」
思わず大きく息を吸い込んだ。
空気が入ってくる。
身体が動く。
ただそれだけのことに、これほど安心するとは思わなかった。
「はぁ……はぁ……」
全身から力が抜ける。額には汗が滲み、剣を握っていた手もまだ僅かに震えていた。
周りを見ると、ギレウス達も同じように息を吐いている。
「…………」
何だったんだ、今の。
オジエは俺達に何もしていない。
ただ覇気を放った。
それだけだ。
それだけで――俺達四人は、まともに動くことすらできなかった。
これが……《天賢》。
しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてきた。
さっきのことを考えれば、もう余計なことは聞かない方がいい。
そう思う。
思うんだけど――まだ、聞きたいことがある。
ただ、さすがに今度は勝手に聞く気にはなれなかった。
俺は恐る恐るオジエを見上げる。
「……もう一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
「構わん。答えられる範囲ならば答えてやろう。何でも聞くが良い」
「…………」
……意外と優しい。
さっきは本気で殺されるんじゃないかと思ったけど、どうやら何でも聞くなというわけではないらしい。
答えられないことには答えない。ただ、それだけのことなのだろう。
少なくとも――基本的には優しい人らしい。
なら、聞いてみよう。
「ガウェイン様は《ガラティーン》。ジークフリート様は《グラム》。ローラン様は《デュランダル》。シャルル様は《ジュワユース》。そして、オジエ様は《カーテナ》」
俺は今まで聞いた名前を、一つずつ確認するように口にする。
「これは分かったのですが……一つ、気になることがあります」
「何だ?」
「《エクスカリバー》という王国があるのですが……それは、どういうことなのでしょうか?」
その瞬間――。
ゾッ――。
「――ッ!?」
全身の毛が逆立った。
さっきとは違う。
さっきオジエが俺に向けた覇気とは――明らかに違う。
――殺気。
凄まじい殺気が、オジエから放たれた。
だが――俺達に向けられたものじゃない。
「…………っ!?」
分かる。
オジエは俺達を見ている。なのに、その殺気は俺達に向けられていない。
もっと別の――ここにはいない何か。
何なのかは分からない。
ただ、《エクスカリバー》という名前を聞いた瞬間、オジエの中からそれが溢れ出した。
「う……っ」
足から力が抜けた。
ドサッ、とその場に尻をつく。
俺だけじゃない。
ラントも、ギレウスも、コルドも。全員がその場にへたり込んでいた。
自分達に向けられてすらいない。
なのに――立っていられなかった。
「…………」
だが、それは一瞬だった。
オジエから溢れ出していた殺気が、嘘のように消える。洞窟の中に静寂が戻った。
「……すまない」
オジエが俺達を見る。
先ほどとは違い、その表情には僅かに申し訳なさそうなものが浮かんでいた。
「殺気を出すつもりはなかった」
「…………」
出すつもりはなかった……?
じゃあ、今のは――無意識に出たのか?
俺達四人が腰を抜かしたほどの殺気を?
オジエは俺を見つめる。
そして、先ほどまでより少し強い口調で問いかけてきた。
「お前は、ただ気になった。それだけだな?」
「…………っ」
何だ?
さっきとは違う。
怒鳴っているわけじゃない。殺気だって、もう消えている。
それなのに――その問いだけは、妙に重かった。
「もちろんです……」
俺はすぐに答えた。
しばらくオジエの茶色い瞳が、俺を見つめる。
そして――。
「ならば良い」
オジエはそれ以上追及しなかった。
ただ、続く言葉には明確な線が引かれていた。
「だが、《エクスカリバー》について教えることは出来ん」
「…………」
「一つ言えるとするならば――《エクスカリバー》という杖が存在する」
エクスカリバーという――杖。
「ただ、それだけだ」
オジエの目が僅かに鋭くなる。
「これ以上は聞くな」
「……はい」
それ以上、俺は何も聞かなかった。
いや――聞けなかった。
《エクスカリバー》。
王国の名でありながら、同じ名を持つ杖が存在する。
そして、その名前を聞いただけで――オジエは無意識に殺気を放った。
一体、何があるんだ……?
気にはなる。
ものすごく気になる。
だけど――これ以上は聞くな。
そう言われた以上、今はそれ以上踏み込むことはできなかった。
しばらくの間、洞窟の中に静寂が流れた。
すると、今度はオジエの方から口を開いた。
「我からも聞いて良いか?」
「え?」
突然こちらに質問が返ってきて、少し驚く。
「はい、なんなりと」
俺がそう答えると、オジエは俺達を順番に見渡した。
「なぜ、このような場所に子供三人でいる?」
「…………」
子供三人?
俺達は四人だ。
俺、ラント、コルド、ギレウス。
確かに今のギレウスは、昨日までとは比べものにならないくらい大きくなった。見た目だけなら完全に大人だ。
でも、身体が成長しただけだろ?
「子供は四人ですが?」
俺がそう聞き返すと、オジエは僅かに眉を動かした。
「人族のお前は知らんのか?」
「……何をですか?」
オジエは俺から視線を外し、隣にいるギレウスへ目を向けた。
「そこの鬼人族は、既に成人しているぞ」
「…………」
……え?
俺はゆっくりとギレウスを見る。
ラントも、コルドも同じだった。
三人の視線が、一斉にギレウスへ集まる。
「…………え?」
思わず、間の抜けた声が出た。
成人?
ギレウスが?
昨日まで俺とさほど変わらないくらいの身長だったのに?
確かに今朝、身体が一気に大人のように成長した。
でも――あれって、そういうことだったのか?
俺は百九十センチ近くまで成長したギレウスを見上げる。
「お前……成人してたの?」
俺がそう尋ねると、ギレウスは少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめんね、説明足りてなかったよね」
そして、いつものような柔らかい表情を浮かべる。
「僕はもう、大人の仲間入りみたいだよ。種族的にはね」
「…………」
大人の仲間入り……。
今朝、突然身体が大きくなったとは聞いていた。
でも、それが成人した証でもあるなんて聞いてないぞ。
「まだまだ分からないことも多いから、心はまだ子供だけど」
そう言って、ギレウスは苦笑いを浮かべた。
「…………」
なるほど。
だからオジエは最初から「子供三人」と言ったのか。
俺達はギレウスの身体が急激に成長したとしか思っていなかった。
でも、鬼人族にとっては――あの変化そのものが、大人の仲間入りを意味していたらしい。
……種族が違えば、成長の仕方だけじゃなく、成人する時期まで全然違うんだな。
そんなことを考えていると、オジエが口を開いた。
「話を戻しても良いか?」
「あ、はい。もちろんです」
そうだった。
元々オジエが聞いていたのは、ギレウスが成人しているかどうかじゃない。
――なぜ、こんな場所に俺達がいるのか。
俺は少し考える。
どこまで話していいものか。
俺達がここにいる理由を説明するなら、転移魔法陣のことも話すことになる。
本来なら、誰にでも簡単に話していいことじゃない。
でも――。
俺は目の前のオジエを見る。
《土の天賢》。
それも、俺達なんかでは想像もできないほど昔から生きている人物だ。
さっきだって「ここ数千年」なんて言っていた。
……この人なら、転移魔法陣の存在を知っていてもおかしくない。
むしろ、俺達より遥かに詳しい可能性だってある。
だったら、隠す必要もないだろう。
そう判断して、俺はここに至るまでの経緯をオジエに説明することにした。
俺達が転移魔法陣によって遠く離れた場所へ飛ばされたこと。
そこから元いた場所へ帰るために旅をしていること。
その途中でミリンの町に辿り着き、冒険者として活動していたこと。
そして今は、グランドを目指してこの道を進んでいること。
一通り説明し終えるまで、オジエは口を挟まず、静かに俺の話を聞いていた。
やがて、オジエは少し考えるように目を細める。
「……なるほどな」
そして、静かに口を開いた。
「詳しいことは言えんが、我も転移魔法陣について調べているところだ」
「……え?」
思わず聞き返す。
オジエも――転移魔法陣を?
やっぱり、この人は転移魔法陣の存在を知っていた。
それどころか、現在進行形で何かを調べているらしい。
「ちょうど我はこの近くにいた。そして、近くにある遺跡の転移魔法陣を使おうとしたのだが――使えなかった」
「遺跡の転移魔法陣が?」
「ああ。転移魔法陣が黒くなっていた。本来の状態ではない。当然、転移することもできなかった」
黒くなっていた……?
俺達が使った転移魔法陣は、そんな状態じゃなかった。
「我は、それがその遺跡だけで起きていることとは思えなかった。故にグランドへ向かい、あちらの転移魔法陣も確認した」
「グランドの……」
「ああ。やはり使えんかった」
「…………」
グランドの転移魔法陣が使えなくなっていることは、俺達も既に知っている。
だが――グランドだけじゃない。
この近くにある遺跡の転移魔法陣まで、同じように使えなくなっている。
しかも、オジエの話では転移魔法陣そのものが黒くなっていたらしい。
「オジエ様」
「何だ?」
「もしかして……何が原因なのか、分かっているんですか?」
「…………」
オジエはすぐには答えなかった。
僅かに目を細め、何かを考えるように黙り込む。
そして――。
「原因については、ある程度の見当はついている」
「……!」
やっぱり。
オジエは何か知っている。
「では、その原因というのは――」
「だが、教えることは出来ん」
俺の言葉を遮るように、オジエが告げた。
「…………」
「今のお前達に話せることではない」
「……そうですか」
ここまでハッキリと言われてしまえば、それ以上聞くわけにもいかない。
それに、さっき《エクスカリバー》について聞いた時のこともある。
この人が話せないと言ったことに、無理に踏み込むべきじゃない。
原因について、オジエにはある程度の見当がついている。
だけど――俺達には教えられない。
結局、転移魔法陣に何が起きているのかまでは分からないままだった。
そんなことを考えていると、オジエが俺達の横を通り過ぎようとする。
「我は先を急ぐ。お前達も頑張るのだ」
「あ……はい」
もう行くのか。
聞きたいことはまだある。
でも、オジエにも何か目的があるらしい。転移魔法陣について調べていると言っていたし、これ以上引き止めるわけにもいかない。
「ありがとうございました」
俺が頭を下げる。
そのままオジエは歩き出す――かと思った。
だが、俺の横を通り過ぎる直前、その足が止まった。
「それと――人族のお前」
「……俺ですか?」
オジエの茶色い瞳が、真っ直ぐ俺を見る。
さっきまでとは違う。
殺気もない。
覇気を放っているわけでもない。
ただ――俺を観察するような目だった。
「その禍々しい魔力」
「…………っ」
禍々しい……?
オジエは俺の魔力を感じ取るように、僅かに目を細めた。
そして――。
「恩寵持ちだな」
「……!」
その言葉に、思わず目を見開く。
オジエは確信しているようだった。
「何の恩寵を持っている。言ってみろ」
「…………」
俺の――恩寵。
まさか、オジエの方からそれについて聞かれるとは思わなかった。
とはいえ、別に隠すようなことでもない。
「《筋力の恩寵》です」
そう答えると、オジエは俺をじっと見つめた。
「…………」
何だ?
何かおかしなことでも言っただろうか。
だが、オジエはそれ以上何かを尋ねてくることはなかった。
「そうか。ならば良い」
それだけ言うと、今度こそ俺達の横を通り過ぎていく。
コツ……コツ……。
洞窟の中に、オジエの足音が響く。
俺達はその場に立ったまま、遠ざかっていく背中を見送った。
大きな翼。
高級そうなローブ。
そして、あの圧倒的な存在感。
コツ……コツ……。
足音は次第に小さくなっていく。
やがて、その姿は暗闇の向こうへと消え――足音も完全に聞こえなくなった。
「…………」
オジエ。
三代目――《土の天賢》。
ほんの少し話しただけなのに、とんでもない人に出会ったということだけは分かる。
そして俺達は、しばらくオジエが消えていった暗闇を見つめていた。




