第四十二話「成果と夢」
依頼を終えた俺たちは、そのまま酒場で飯を食べた。
初仕事も無事に終わったことだし、今日はもう休むことにする。食事を済ませたあと、近くの宿へ向かい、四人用の部屋を取った。
どうやら冒険者には宿泊料金の割引があるらしい。通常なら一人七銅貨のところを、冒険者なら五銅貨。つまり、二銅貨分安くなる。
しかも、冒険者ランクが上がれば、宿によっては無料で泊まれるような待遇を受けられることもあるらしい。
……凄いな。
冒険者って、思っていたより色々と優遇されているんだな。まあ、それだけ危険な仕事をする職業ということでもあるんだろうけど。
部屋に入る。四人用というだけあって、昨日泊まった部屋よりは広い。
俺たちはそれぞれ荷物を置き、一息ついた。
さて。今日、話しておきたいことがある。
金の使い方だ。
俺たちは今後、グランドへ向かうつもりでいる。ただ、その前にある程度まとまった金を持っておいた方がいい。
旅の途中で何が起こるか分からないし、宿代や食費だけでなく、必要になれば道具を買うこともある。
だから――。
「しばらくは、できるだけ金を貯める方針で行こうと思う」
俺がそう言うと、三人がこちらを見る。
「とりあえず、このミリンの町で大銀貨三枚くらいは稼いでおきたい」
大銀貨三枚。
前世の感覚なら、およそ三十万円ほどだ。四人で旅をすることを考えれば、これくらいは持っておいた方が安心だろう。
すると――。
「……?」
コルドが首を傾げた。
「どうした?」
俺が聞くと、コルドは不思議そうな顔のまま答えた。
「我はそれくらい、国にいた頃は貰っていたぞ」
「…………」
あー。さすが王子様。
金銭感覚が狂ってらっしゃる。
俺が何とも言えない顔をしていると、ラントが大きく息を吐いた。
「はぁ……。いい? コルド」
「なんだ」
「コルドは王子様だから分からないかもしれないけど、私たちは大銀貨なんて簡単に貰える立場じゃないんだよ?」
「そうなのか?」
コルドが目を丸くする。
「我はてっきり、それが当たり前だと思っていたぞ」
「…………」
ラントがもう一度、深いため息をついた。
まあ、生まれた時から王族として暮らしてきたなら、仕方ない部分もあるのかもしれない。金に困ったことなんて、今まで一度もなかっただろうしな。
ラントは額に手を当てながら続ける。
「いい?」
「……なんだ」
「これからは、私達の感覚に合わせてもらうからね?」
コルドの眉がぴくっと動いた。
「何故だ」
「何故じゃないよ! 今は王宮にいるわけじゃないんだから! それに、コルドはお金のこと以外にも知らないことが多すぎるの!」
「…………」
「だから、基本的には私達の言うことを聞いてね」
「…………」
コルドが露骨に嫌そうな顔をした。
分かりやすいな。
すると、ギレウスが二人の間に入るように口を開いた。
「まあまあ。ラントもこう言ってるしさ。今までとは違うんだから、分からないことがあったら俺達に聞けばいいじゃん」
「…………」
コルドは納得していないような顔をしている。だが、何か思い当たることがあったのか、少し考え込んだ。
「……確かに」
お?
「最初に渡された金も、我には少なすぎて意味が分からなかった」
ああ。そういうことか。
こいつ自身、最初から違和感はあったらしい。
今まで自分が当たり前のように貰っていた金額と、実際に外で渡された金額があまりにも違いすぎた。だから、何故これだけしか貰えないのか分からなかったのだろう。
でも今の話で、ようやく少し繋がったわけだ。
コルドにとって少なすぎる金額でも、それが普通の人間にとっては当たり前なのかもしれない。
「まあ、そういうことだな」
俺が言うと、コルドは腕を組んだ。
「……分からぬことがあれば聞けばよいのだな」
「そういうこと!」
ギレウスが笑顔で答える。
コルドはまだ少し不満そうだった。それでも、拒絶はしなかった。
自分の常識が、外の世界では通用しない。そのことを、こいつ自身も少しずつ理解し始めているようだった。
さて。コルドの金銭感覚については、ひとまずこれでいいだろう。
ここからが本題だ。
「それじゃあ、金を貯めるための話をするぞ」
三人が俺を見る。
目標は大銀貨三枚。当然だが、ただこの町にいるだけで貯まるわけじゃない。
「金を貯めるためには、仕事をこなす必要がある」
今日みたいに冒険者ギルドで依頼を受けて、報酬を稼ぐ。それを繰り返していくしかない。
「休日は設けるけど、基本的には毎日働いてもらうつもりだ」
「毎日かぁ」
ギレウスが少しだけ嫌そうな顔をした。
まあ、気持ちは分かる。
「もちろん、毎回四人で同じ依頼を受けるわけじゃない。みんなで行く依頼もあれば、個人で受けられる依頼もあるからな」
ブロンズには一人でできるような依頼も多い。全員で動く必要がない仕事なら、それぞれ別の依頼を受けた方が効率がいいこともあるだろう。
そして――。
「それで、この袋なんだけど」
俺は一つの袋を取り出し、三人に見せた。
「これに、みんなで金を貯めていこうと思う」
「みんなで?」
ラントが首を傾げる。
「ああ。自分で使う金とは別に、旅で必要になる金をここに貯めていく」
宿代、食費、必要な道具。
これから四人で旅をする以上、全員のために使う金は必要になる。だったら、個人の金とは別に、パーティ全体の金を用意しておいた方がいい。
「どうだ?」
俺が三人を見ると、特に反対意見はなかった。
「俺はいいよ」
「私も」
「構わん」
全員、了承してくれた。
よし。これで金の管理についても決まった。
「あ、それともう一つ」
大事なことを忘れていた。
「無駄遣いはしないこと」
「…………」
「何か買いたい物がある時は、事前に相談する。必要かどうか、みんなで決めてから買う」
勝手に高い物を買われて、気づいたら金がなくなっていたなんてことになったら困る。
特に――。
俺はちらっとコルドを見る。
「……なんだ」
いや。何でもない。
「とにかく、何かあったら事前に相談すること。最初に言った報連相だな」
報告、連絡、相談。
旅を始める前に決めた、俺たちのルールだ。
すると――。
「そんなこと分かってるよ」
ギレウスに言われた。ラントも当然といった顔をしている。
「…………」
……言いすぎたか。
まあ、念のためだ。何かあってからでは遅いしな。
これで今日話しておきたかったことは全部だ。
「よし。じゃあ明日から、この町で金稼ぎだ」
大銀貨三枚。まずはそれを目標に、依頼をこなしていく。
「今日はもう寝よう」
俺の言葉に、三人も頷いた。
それぞれ自分のベッドへ向かう。明日からは、本格的に冒険者として金を稼ぐ日々が始まる。
まずは大銀貨三枚。そのためにも、今日はしっかり休んでおこう。
俺もベッドに横になり、目を閉じた。
疲れていたのだろう。眠りにつくまで、そう時間はかからなかった。
そして――。
『絶対に復讐してやる』
「…………?」
声が、聞こえた。
何だ?
誰だ……?
目を開ける。
――いや。開いているのか?
分からない。
何も見えない。
辺り一面、黒い何かに覆われている。
霧……?
いや、違う。
黒いモヤのような何かが、視界を埋め尽くしていた。
上も、下も、右も、左も分からない。自分が立っているのかすら分からない。
何だ、ここ。
俺は――夢を見ているのか?
『絶対に復讐してやる』
まただ。
また、声が聞こえた。
どこからだ?
それに、この声……。
昔、どこかで聞いたことがある。
女の人の声?
いや、女の子か?
それとも男の子……?
分からない。
声すら、はっきりと聞き取れない。
ただ――何故か、その言葉だけが頭の中に響いてくる。
『絶対に復讐してやる』
何だこれは。
誰なんだ?
何に復讐するっていうんだ?
黒いモヤの中で、俺は周囲を見渡す。けれど、何も見えない。
誰もいない。
それなのに――。
『絶対に復讐してやる!』
「――っ!」
大きな声が響いた瞬間、俺は勢いよく飛び起きた。
「はぁ……っ、はぁ……」
目の前には宿の部屋。
俺はベッドの上にいた。
「…………」
夢……?
今のは……夢か。
「シャウト?」
声がして、顔を上げる。
みんながこちらを向いていた。突然飛び起きた俺を、不思議そうに見ている。
「どうしたの?」
ラントが心配そうに聞いてきた。
「……悪い夢を見た」
とりあえず、そう言っておく。実際、悪い夢だった。
何だったんだ、あれ。
「凄い汗だけど……」
「え?」
ラントに言われて、自分の身体を見る。
「……本当だ」
凄い汗だ。服も肌に張り付いている。
ただ夢を見ただけなのに、ここまで汗をかくものなのか?
気持ち悪い。
「ちょっと水浴びてくる」
そう言って、俺はベッドから降りた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
心配するラントにそう答え、俺は部屋を出る。
扉を閉める直前、みんなが心配そうな目で俺を見ていた。
水浴びを終え、俺は部屋へ戻った。
「ふぅ……」
さっぱりした。あの気持ち悪い汗も流せたし、少しは気分も落ち着いた。
それにしても――さっきの夢。
何だったんだろうな。
昔聞いたことがあるような声。そして、あの言葉。
『絶対に復讐してやる』
……分からない。
考えたところで答えが出るわけでもないか。
俺は部屋の扉を開ける。
「…………」
あれ?
誰もいない。
さっきまでいたはずのギレウス、ラント、コルドの姿がなくなっていた。
一瞬、不思議に思ったが――。
「あ、そうか」
今日から、この町で金を稼ぐんだった。
みんな、各々依頼を受けに行ったのか。昨日話したばかりだもんな。
俺が水を浴びている間に、それぞれ準備を済ませて冒険者ギルドへ向かったらしい。
「俺も支度して行かないとな」
いつまでも夢のことを考えている場合じゃない。
まずは大銀貨三枚。
その目標に向けて、今日から依頼をこなして金を貯めていくんだ。
俺も出かける準備を始めた。
――それから。
俺達は毎日のように仕事に明け暮れた。
依頼を受けて、仕事をこなし、報酬を受け取る。そして次の日になれば、また新しい依頼を受ける。
そんな日々を繰り返した。
一日、また一日と過ぎていき――気づけば、三ヶ月もの月日が流れていた。
そして、その頃には。
俺達の四人全員が、ゴールドランクへと昇格していた。
冒険者のバッジも、今では全員が金色に変わっている。
ちなみに、バッジの身につけ方は人それぞれだ。服につける者もいれば、別の場所につける者もいる。
俺の場合は、紐を通してネックレスのように首から下げている。
三ヶ月前までは、冒険者になったばかりだった俺達。それが今では――全員、ゴールドランクの冒険者だ。
そして今日。
ついに、もう一つの目標も達成した。
「……やっと貯まったな」
俺は、三ヶ月前に用意した共有の金袋を見る。
中に入っているのは、この三ヶ月で俺達が少しずつ貯めてきた金だ。
その総額は――大銀貨三枚分。
最初に目標として決めた金額に、ようやく届いた。
ただ、一つ問題がある。
「……パンパンだな」
袋がとんでもなく膨らんでいる。
大銀貨三枚分とはいっても、実際に大銀貨が三枚入っているわけじゃない。
依頼で受け取った硬貨をそのまま入れ続けてきたから、まだ両替していないのだ。
そのせいで、共有の金袋は今にもはち切れそうなくらいパンパンになっていた。
「やったな! シャウト!」
ギレウスが嬉しそうに俺の肩を叩いてくる。
「三ヶ月かぁ……長かったなー!」
「そうだな」
ほとんど毎日のように依頼をこなしてきたからな。
ギレウスはパンパンになった金袋を見ながら、満足そうに笑っている。
「でも、こうやって見ると頑張ったって感じするよな!」
確かに。
両替してしまえば大銀貨三枚で終わりだが、こうして大量の硬貨が詰まった袋を見ると、三ヶ月間働いてきた実感はある。
「本当に貯まったんだね……」
ラントは金袋を見つめながら、どこか感慨深そうに呟いた。
「最初に大銀貨三枚って聞いた時は、すごく遠く感じたけど」
「俺もだよ」
「でも、毎日少しずつ貯めてたら、本当に届いたね」
ラントはそう言って、小さく笑った。
そして――。
「…………」
コルドは黙って金袋を見つめている。
「どうした?」
俺が声をかけると、コルドは少し間を置いて口を開いた。
「……三ヶ月か」
「ん?」
「以前の我なら、この程度の金額を貯めるために三ヶ月も働くなど、理解できなかっただろうな」
確かに。
三ヶ月前のこいつなら、大銀貨三枚を貰うことが当たり前だった。それを俺達が必死に貯めようとしていると知って、本気で不思議そうにしていたくらいだ。
コルドはもう一度、パンパンに膨らんだ袋を見る。
「だが……今なら、この金の重みも少しは分かる」
「おお……」
思わず声が出た。
「何だ、その反応は」
「いや、成長したなと思って」
「我を子供扱いするな!」
そうだった。
こいつ、俺よりずっと年上だった。
「ふふっ」
ラントが笑い、ギレウスもつられて笑い始める。
「何がおかしい!」
そんなコルドを見ながら、ふと思う。
この三ヶ月で、俺達の仲も随分深まった気がする。
毎日のように一緒に依頼を受けて、飯を食って、同じ宿に泊まる。そんな生活を三ヶ月も続けていれば、当然なのかもしれない。
特に変わったのは、やっぱりコルドだ。
最初に会った頃のこいつは、王族としての誇りもあって、俺に対してかなり刺々しい態度を取っていた。
でも、今は違う。
あの頃のような態度を取ることはほとんどなくなった。
普通に話して、時にはくだらないことで言い合って、一緒に依頼をこなす。
今では俺のことも、普通の友達のように接してくれている。
まあ、環境が環境だ。
突然知らない場所に飛ばされて、帰る方法も分からない。その中で三ヶ月もの間、毎日のように一緒に過ごしてきたんだ。
そうなって当然なのかもしれない。
ギレウスも、ラントも、コルドも。
三ヶ月前よりずっと近い存在になった。
俺達はもう、ただ一緒に行動しているだけの四人じゃない。
少なくとも俺は――そう思っている。
そんな話をしたあと、俺達は明日の予定を確認することにした。
「それじゃあ、明日からグランドに向けて出発するぞ」
当初の目標だった大銀貨三枚分の金も貯まった。
ここミリンでやるべきことは、ひとまず終わりだ。
次の目的地は――グランド。
俺達がこの町に来た時から決めていた場所だ。
「いよいよか!」
ギレウスが楽しそうに声を上げる。
「三ヶ月もこの町にいたもんね」
ラントもどこか感慨深そうだ。
「異論はない」
コルドも当然のように頷いた。
「じゃあ、決まりだな。今日はもう寝よう。明日から移動になるし」
三人が頷く。
三ヶ月間、毎日のように依頼をこなし続けたミリンでの生活も、今日で最後だ。
明日からは、グランドへ向けて出発する。
俺達はそれを改めて確認し、それぞれのベッドへ入った。
そして、その日はそのまま眠りについた。




