第四話「俺の住む世界」
二歳になり、普通に歩いて話せるようになったことで、俺の行動範囲は一気に広がった。
今までは家の中や庭が俺にとっての世界だったが、最近では母さんと一緒に街へ出ることも増えている。
そして今日は、母さんと二人で買い物に来ていた。
「シャウト、ちゃんとついてきてね」
「うん!」
俺は母さんの隣を歩きながら、辺りを見回す。
何度か来たことはあるが、やっぱり面白い。
石造りや木造の建物が道の両側に並び、その間を大勢の人が行き交っている。
店先には野菜や果物、見たことのない食材まで並んでいる。
道を走っているのは馬車。
こうして見ると、俺の知っている世界でいう中世の街並みに近い。
ただし。
「…………」
普通に魔術がある。
店先で火を起こす人。
荷物を運ぶために魔術を使っている人。
俺の常識では説明できない物まで、時々目に入る。
見た目は昔の街なのに、魔術だけが当たり前のように生活へ溶け込んでいる。
やっぱり不思議な世界だ。
「母さん」
「なあに?」
「ここって、なんていう街なの?」
そういえば、まだ聞いたことがなかった。
自分が異世界にいることは分かった。
父さんと母さんの名前も分かった。
魔力についても少し知った。
なのに、自分が住んでいる場所の名前を知らない。
我ながら順番がおかしい。
「ここ?」
母さんは少し意外そうな顔をした。
「アレフよ」
「アレフ?」
「そう。アレフの街」
なるほど。
俺が生まれ育っている街は、アレフというらしい。
「大きい街なの?」
「大きい方よ。エクスカリバーの中では、三番目くらいに栄えている街かしら」
「エクスカリバー?」
「私たちが住んでいる国の名前よ」
…………。
エクスカリバー?
いや。
知ってるぞ、その名前。
前世で聞いたことがある。
確か、アーサー王の剣だったはずだ。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
偶然か?
異世界なのにエクスカリバー。
まさか、こっちの世界にもアーサー王がいたとか?
……いや。
さすがにそれはないか。
「エクスカリバーって、どんな国なの?」
「そうね。人族が特に多く暮らしていて、比較的平和な国だと思うわ」
へえ。
人族。
つまり、この世界には人族以外もいるということか。
街を歩いていると、確かに人間とは少し違う姿をした人を見かけることがある。
今の俺には、それぞれ何という種族なのかまでは分からない。
でも、少なくとも人間だけの世界ではないらしい。
「ほかにも国ってあるの?」
「もちろんよ。大きな国なら、エクスカリバーのほかにカーテナ、デュランダル、ジュワユース、グラムがあるわね」
「…………」
待って。
カーテナ。
デュランダル。
ジュワユース。
グラム。
全部どこかで聞いたことあるぞ。
細かい由来までは覚えていないが、確かどれも前世に伝わっていた武器とか剣の名前だった気がする。
エクスカリバーだけじゃないのか?
「母さん、その名前ってどうやって決まったの?」
「どうやって……?」
母さんは少し考える。
「昔からそう呼ばれているから、私も詳しい由来までは知らないわ」
「そっか」
まあ、普通そんなもんか。
日本に住んでいたからって、日本という名前の由来を誰もが詳しく説明できるわけじゃない。
それにしても。
エクスカリバー。
カーテナ。
デュランダル。
ジュワユース。
グラム。
異世界で聞くには妙に馴染みのある名前だ。
何か因果でもあるのか?
よく分からんが。
…………かっこいいからいいか。
母さんと話しながら歩いていると、やがて大きな広場へ出た。
「おお……」
街の中心に近いのだろうか。
今まで歩いていた道よりも遥かに広く、大勢の人が行き交っている。
そして、広場の中央には巨大な円形の模様が描かれていた。
複雑な線と文字のようなものが幾重にも重なっている。
どう見ても普通の模様じゃない。
「母さん、あれ何?」
「あれは転移魔法陣よ」
「転移!?」
思わず声が大きくなった。
転移。
それってつまり。
「別の場所に一瞬で行けるの?」
「そうよ。繋がっている大きな街まで移動できるわ」
マジか。
そんなものまであるのか。
馬車が走っている世界で、いきなり瞬間移動。
文明の進み方がめちゃくちゃだ。
「使ってみたい!」
「ふふっ。でも、とても高いのよ?」
「いくら?」
「一回で金貨一枚くらいね」
金貨一枚。
この世界の金の価値はまだ完全には分かっていない。
ただ、母さんと買い物をしているうちに、なんとなく金銭感覚は掴み始めている。
前世の感覚に無理やり直すなら。
「…………百万円くらい?」
「ひゃくまん?」
「あ、なんでもない」
いやー、高いね。
そりゃ気軽には使えないわ。
俺は転移魔法陣の周りを見る。
そこで気づいた。
やけに人が多い。
利用者という意味ではない。
魔法陣を囲むように、十人ほどの人間が立っている。
そのうち三人ほどは同じ格好をしていた。
装備も整っている。
「母さん、あの人たちは?」
「魔法陣を守っている人たちよ」
「なんで守るの?」
「誰でも好き勝手に使えたら危ないでしょう?」
母さんは当然のように答えた。
「悪いことをした人が逃げるために使うかもしれないし、危険な人が街に入ってくるかもしれないから」
「ああ……」
言われてみればその通りだ。
瞬間移動できる場所を誰でも自由に使えたら、犯罪者にとっては最高の逃走手段になる。
前世でいう駅や空港なんかより、遥かに厳重に管理する必要があるのかもしれない。
同じ服を着ている三人は、国の兵士か何かだろうか。
残りは服装も装備もバラバラだ。
もしかして、父さんが言っていた冒険者とか?
まあ、聞いてないから分からないけど。
「これって誰でも作れるの?」
俺が聞くと、母さんは首を横に振った。
「転移魔法陣は駄目よ。国から許可された人じゃないと作れないの」
「許可?」
「十分な実力があって、国のために功績を残していて、信用できると認められた人だけだったと思うわ」
なるほど。
作り方そのものが厳重に管理されているわけか。
考えてみれば当然だ。
犯罪者が好きな場所に転移魔法陣を作れたら、警備も何もあったもんじゃない。
「普通の魔法陣も作っちゃ駄目なの?」
「普通のものなら大丈夫よ」
「違うの?」
「ええ。魔法陣そのものは学校でも習うはずよ。魔力を流すことで、決められた効果を起こすものね」
へえ。
魔法陣の作り方は普通に教えられるのか。
ただ、転移魔法陣ほど高度なものになると話は別。
作成方法自体が、その辺の本に載っているようなものではないらしい。
「難しい魔法陣を作るには、作る人にもたくさん魔力が必要なの?」
「そうね。複雑で大きなものほど、作る人にも相応の魔力が必要だったはずよ」
「じゃあ、使う人も?」
「使うだけなら、そこまで必要じゃないわ」
「へえ……」
作る側には高い技術と魔力が必要。
だが、一度完成してしまえば、使う側に同じだけの力は求められない。
なんだか機械に近いな。
作るのは難しいが、完成したものは一般人でも使える。
もちろん金貨一枚を一般人が気軽に払えるかは別問題だが。
それにしても。
魔法陣か。
学校で教えてもらえるなら、いつか俺も作れるようになるんだろうか。
ちょっと楽しみだ。
広場を離れ、再び母さんと街を歩く。
目の前を一台の馬車が通り過ぎていった。
やっぱり普段の移動手段は馬車なんだな。
転移魔法陣なんてものがあるから忘れそうになるが、こっちの方がこの街並みには似合っている。
そう思っていた時だった。
「…………ん?」
少し先の道を、妙なものが走っている。
形は馬車に近い。
人が乗る箱。
車輪。
そこまでは普通だ。
ただし。
馬がいない。
「…………」
俺は立ち止まった。
それは馬に引かれているわけでもないのに、自力で道を進んでいる。
「母さん」
「なあに?」
「あれ何?」
「ああ、あれ? 魔力で動く乗り物よ」
「魔力で?」
「ええ。魔道具の一種ね。馬がいなくても動くのよ」
「…………」
車輪がある。
人が乗れる。
馬なしで自走する。
…………車じゃん。
「くるま?」
母さんが首を傾げる。
「あ、いや、なんでもない」
どうやらこの世界には「車」というものは存在しないらしい。
いや、目の前にあるんだけど。
名前と仕組みが違うだけで、俺から見ればほぼ車だ。
「よくあるの?」
「普通の馬車ほどは見ないわね。高いし、動かすのにも魔力が必要だから」
なるほど。
金持ち用の魔法自動車みたいなものか。
「どうやって動いてるの?」
「さあ?」
母さんはあっさり答えた。
「私もそこまでは知らないわ」
「そっか」
まあ、そうだよな。
前世だって車に乗っている全員がエンジンの構造を説明できるわけじゃない。
俺は遠ざかっていく乗り物を眺めた。
馬車が走る街。
その一方で、魔力だけで走る乗り物がある。
そして街の中心には、一瞬で遠くの街へ移動できる転移魔法陣まである。
俺の知っている世界では、科学が発展して便利なものが生まれていった。
でも、この世界は違う。
ここでは魔術が、その役割を担っている。
見た目だけなら昔の世界。
でも、中身まで昔とは限らない。
魔術があることで、俺の知っている世界とはまったく違う方向へ文明が発展している。
そして俺が知っているのは、まだ自分が住んでいるアレフの街くらいだ。
この街の外には、もっと知らないものがある。
エクスカリバーという国。
その外には、カーテナ、デュランダル、ジュワユース、グラム。
人族以外の種族。
まだ見たこともない魔術。
まだ知らない場所。
俺がこの世界に来て二年。
最初は、この家だけが俺にとっての世界だった。
でも今、その世界は少しずつ広がり始めている。
もっと見てみたい。
もっと知りたい。
この世界が、一体どんな場所なのか。
そう思うと。
これから先が、少し楽しみになってきた。




