↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/87

第三話「この世界の魔力」

それから、さらに半年ほどが過ぎた。


俺がこの世界に来てから、およそ一年。


そしてついに俺は、念願の二足歩行を手に入れた。


「おお……!」


立てる。


歩ける。


自分の足で好きなところへ行ける!


前世では当たり前だったことなのに、今の俺にとってはとんでもない進歩だ。最初こそ何度も転んだが、今では家の中くらいなら普通に歩き回れる。


さらば、ハイハイ。


もう床を這いずり回る生活とはお別れだ。


それだけじゃない。


この一年で、この世界の言葉もかなり分かるようになった。


父さんと母さんが何を話しているのかは、ほとんど理解できる。文字も母さんが何度も本を読んでくれたおかげで、簡単なものなら読めるようになってきた。


いやー、子供の頭ってすごいな。


まるで某掃除機のようだ。


変わらない吸引力で、知識をどんどん吸い込んでいく。


……使い方、合ってるか?


まあいい。


問題があるとすれば、まだまともに喋れないことだ。


頭の中では普通に文章を組み立てられる。相手の言っていることも分かる。


なのに、いざ喋ろうとすると、


「あー」


「うー」


こうなる。


もどかしい。


なので今の俺は、基本的に身振り手振りで意思を伝えている。


欲しいものがあれば指を差す。聞かれたことが合っていれば頷く。違えば首を振る。行きたい場所があれば、自分でそこまで歩く。


そのせいか、父さんと母さんからはかなり賢い子供だと思われているらしい。


「シャウト、お手洗い?」


母さんの声に頷く。


俺は一人で歩いて、便所の扉の前まで来ていた。


「まあ、本当にお利口さんね」


母さんが嬉しそうに俺を抱き上げる。


当たり前だ!


俺の精神年齢はとっくに成人している!


いつまでも寝床に世界地図を描いてたまるか!


ちなみに、あの日の一件はノーカウントだ。


あれは不可抗力。


完全な不可抗力だからな。


「この子、本当に覚えるのが早いわね」


「本もよく見てるしな」


父さんまで感心したように言う。


ふふん。


まあな。


中身は大人だから当然なんだが。


褒められるのは、悪い気はしない。


父さんと母さんは、相変わらず俺をかなり可愛がってくれている。


父さんは暇さえあれば俺を構い、母さんはそんな父さんを見て笑っている。


赤ん坊の身体になってしまったこと自体は大変だ。


自由に動けない。


喋れない。


トイレすら一人ではまともにできない。


だが、この二人の子供として生まれたことについては、運が良かったのかもしれない。


自分で歩けるようになったことで、家の中を探索する機会も増えた。


そこで改めて気になったのが、この家の造りだ。


俺の部屋だけじゃない。


家の多くの場所で、天井がガラスのような透明な素材で作られている。


おかげで昼間はかなり明るい。


最初に目を覚ました時から思っていたが、この世界、プライバシーとかそういうのないの?


……と思っていた。


だが、どうやらちゃんと理由があるらしい。


それを知ったのは、ある本を見つけた時だった。


その日、俺は本棚の前で一冊の本を見上げていた。


この家には結構な数の本がある。


最近は簡単な文字なら読めるようになってきたので、気になる本を見つけては眺めている。


今日も面白そうな本を見つけた。


ただし、一つだけ大きな問題がある。


「…………」


高い。


本棚の上の方にある。


頭脳は成人。


身体は一歳。


どれだけ知能があっても、身長差だけはどうにもならない。


背伸びをして手を伸ばす。


届かない。


もう一度。


届かない。


くそっ。


あと少しなのに!


「シャウト様、どの本を読まれるのでしょうか?」


後ろから声がした。


振り返ると、ベルトが立っていた。


助かった。


俺は欲しかった本を指差す。


「おお、こちらですか?」


こくこくと頷く。


ベルトは本を取ると、俺のために開いてくれた。


どうやら魔力について子供にも分かるように書かれた本らしい。


これは気になる。


俺はベルトの隣で本を覗き込んだ。


『魔力とは、この世界に生きるすべての生物が持つ力です』


なるほど。


人だけじゃないのか。


動物や魔物なんかも持っているのだろうか。


『持っている魔力の量には、それぞれ違いがあります』


まあ、そこは予想通りだ。


人によって魔力の量が違う。


いかにもファンタジーらしい。


『魔術を使うためには魔力が必要です。魔術を使えば魔力は減り、減った魔力は光を浴びることで少しずつ回復していきます』


…………光?


俺は思わず顔を上げる。


ベルトはそのまま読み進めた。


『人族は、主に太陽の光から魔力を得ます。そのため、日中に十分な光を浴びることはとても大切です』


俺は透明な天井を見上げた。


なるほど。


そういうことか。


この家の天井が透明なのは、家の中に太陽の光を取り込むためだったんだ。


別にプライバシーを捨てたわけではなかったらしい。


『魔力をたくさん使った後は、すぐに魔術を使えるようになるとは限りません。十分に光を浴びて、回復するのを待ちましょう』


ふむふむ。


つまり魔力は使えば減る。


そして太陽の光を浴びることで回復する。


光合成みたいなものか?


……いや、さすがに違うか。


魔力だし。


『魔力は身体の成長と深く関わっています。また、魔術を使い、魔力を扱う練習を続けることで、扱える魔力も少しずつ増えていきます』


なるほど。


生まれた時から全部が決まっているわけではなく、成長や訓練も関係しているらしい。


俺は頭の中で整理する。


この世界の生き物は魔力を持っている。


魔術を使えば魔力が減る。


減った魔力は光を浴びることで回復する。


そして、成長や訓練によって扱える魔力も増えていく。


今のところは、これくらい覚えておけばいいだろう。


「なるほど……」


と言いたいところだが、


「あー……」


しか出ない。


早く喋りたい。


ベルトが最後まで読み終えると、本を閉じた。


「シャウト様、これで満足でしょうか? それとも、ほかの本も読みましょうか?」


俺は首を横に振る。


「そうですか」


ベルトは微笑み、本を元の場所へ戻した。


俺はもう一度、透明な天井を見上げる。


そこから差し込んでくる太陽の光。


俺にとっては、今までただ明るいだけのものだった。


だが、この世界では魔力を得るためにも必要なものらしい。


この天井にも、ちゃんと意味があったんだな。


それから、一年が経った。


俺は二歳になった。


そして、ついに。


「母さん!」


喋れるようになった。


いやー、長かった。


頭の中ではずっと普通に喋っていたのに、それを言葉にできない生活。


ようやく卒業だ。


「シャウト!」


母さんは目を丸くした。


「もう一度言って?」


「母さん!」


「まあ!」


母さんは嬉しそうに俺を抱き上げる。


その声を聞きつけた父さんまでやって来た。


「どうした?」


「シャウトが『母さん』って!」


「本当か!?」


父さんが俺の前にしゃがみ込む。


「シャウト。父さんは?」


期待に満ちた目。


……圧がすごい。


「父さん」


「おお!」


父さんが満面の笑みを浮かべた。


なんだこの人。


めちゃくちゃ嬉しそうじゃないか。


まあ。


悪い気はしない。


それからというもの、俺は少しずつ普通に喋れるようになっていった。


父さんと母さんからは「覚えるのが早い」と何度も言われる。


もしかして、俺って成長が早い?


異世界転生者だからなのか?


それとも、この世界ではこれくらい普通なのか?


今の俺には分からない。


まあ、そのうち分かるだろう。


それと最近、身体を動かすのが妙に楽しい。


特に走るのが楽しい。


「はははっ!」


俺は庭を走り回る。


「シャウト、転ばないようにね!」


「はーい!」


母さんに返事をしながら、そのまま庭を駆け回る。


いやー、身体が軽い。


それに、なかなか疲れない。


二歳児ってこんなものなのか?


そういえば、あの本には人族は太陽の光から魔力を得ると書いてあった。


俺は空を見上げる。


今日もいい天気だ。


太陽の光を浴びる。


魔力が回復する。


だから疲れにくい。


…………なるほど。


たぶんそういうことなんだろう。


この時の俺は、それで納得していた。


それからしばらくして、俺には新たな疑問が生まれた。


この家。


そこそこ広い。


本もたくさんある。


そして召使いのベルトまでいる。


当然、これだけの生活をするには金がかかるはずだ。


じゃあ、その金はどこから来ている?


俺は以前から、うちは貴族か何かなんじゃないかと思っていた。


もし本当に貴族なら、土地を持っていたり、そこから金が入ってきたりするのだろうか。


つまり。


何もしなくても金が入る!


……最高じゃないか。


気になった俺は、父さんに聞いてみることにした。


「父さんって、何のお仕事してるの?」


「父さんか?」


父さんは少し考えてから答えた。


「今は、この辺りの安全を守る仕事をしてるな」


「安全?」


「ああ。悪い奴を捕まえたり、危険な魔物を倒したりな。何か危ないことが起きた時に呼ばれることもある」


へえ。


思っていたより物騒な仕事だ。


そういえば、父さんが何日か家を空けることがある。


帰ってきた時には、酷く疲れた顔をしていることもあった。


そんな時は、母さんが父さんの食事を用意したり、心配そうに声をかけたりしている。


父さんも母さんには弱いらしく、「大丈夫だ」と言いながら結局言われた通り休んでいる。


なんだかんだ、仲のいい夫婦だ。


俺もいつか結婚するなら、こんな関係がいいな。


……まあ、二歳児が考えることじゃないけど。


「それでお金もらってるの?」


「ああ。王家からな」


「王家!?」


思わず声が大きくなる。


やっぱり!


王家から直接金をもらっている。


これはもう、ほぼ確定じゃないか?


「じゃあ、父さんって貴族なの?」


「いや?」


「…………え?」


「父さんは貴族じゃないぞ」


…………。


待って。


召使いがいる。


そこそこ大きな家に住んでいる。


俺は「シャウト様」と呼ばれている。


父さんは王家から金をもらっている。


なのに。


貴族じゃない?


俺の頭の中で、優雅な貴族生活が音を立てて崩れていく。


「じゃ、じゃあ……父さんは何なの?」


「今の仕事をする前は、冒険者だったんだ」


「冒険者?」


来た。


異世界定番職業!


「どんなことするの?」


「依頼を受けて、魔物を倒したり、人を護衛したり、危険な場所を調べたりだな。他にも色々ある」


なるほど。


俺の想像している冒険者と大体同じらしい。


ということは、父さんは元冒険者。


そこから今は、この辺りの安全を守る仕事をして王家から金をもらっている。


なるほどな。


貴族ではなかった。


さらば、俺の優雅な貴族生活。


さらば、何もしなくても勝手に金が入ってくる夢。


「父さん、強かったの?」


俺が聞くと、父さんは少し笑った。


「まあ、それなりにな」


「へえー」


それなり、か。


俺はまだ、この世界の冒険者についてほとんど知らない。


だから、その言葉も特に気に留めなかった。


ただ、危険な魔物を倒したり、人を守ったりできるくらいには強かったんだろう。


その程度にしか思っていなかった。


この時の俺はまだ知らなかった。


父さんの言う「それなり」が、一体どれほどのものなのかを。

2026/9/12 改稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
3話まで拝読させていただきました! ガチの赤ちゃんスタートで、主人公はなかなかの苦労人ですね…! 今現在は主人公だけは大変そうですが、幸せそうな家庭でとてもほっこりしました。 魔力が「太陽の光で回復…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。