第三十八話「商人の町ミリン」
朝が来た。
正直に言おう。
あまり眠れなかった。
…………そりゃそうだ。
突然、転移魔法陣で全く知らない場所に飛ばされ、先生はいなくなり、帰る方法も分からない。
昨日はなんとか寝床を確保できたとはいえ、こんな状況でぐっすり眠れるほど俺の神経は図太くないらしい。
周りを見る限り、他の奴らもあまり眠れていないようだった。
ギレウスはいつもより少し元気がないし、ラントも眠そうにしている。
コルドは――。
…………まあ、いつも通りに見える。
昨日の夜、一人で外にいたのを見ているから、本当に平気なのかは分からないけど。
とはいえ、動かないことには何も始まらない。
俺たちは荷物をまとめ、泊めてくれたグラムの人たちにお礼を言って、集落を出ようとした。
すると――。
「少し待ってくれ」
一人の男に呼び止められた。
なんだ?
話を聞くと、この辺りにはかなり危険な魔物が生息しているらしい。
俺たちがいくらアレフ王立魔道学校に通っているとはいえ、子供だけでミリンまで向かわせるのは危険すぎる。
ということで、集落の長から俺たちに護衛をつけるよう命令されたらしい。
…………まあ、そりゃそうか。
俺たちは一応、全員魔術を学んでいるし、冒険者登録もしている。
とはいえ、まだ子供だ。
しかも今回は――。
俺はちらりとコルドを見る。
デュランダル王国の第三王子までいる。
もしこいつに何かあったら、かなり面倒なことになりそうだ。
昨日、俺たちが集落に来た時も王族絡みの揉め事じゃないかと警戒されていたくらいだ。
そんな王子を「子供だけで行かせたら魔物に殺されました」なんてことになれば、何を言われるか分かったもんじゃない。
集落としても、余計な揉め事は起こしたくないのだろう。
そして護衛として来てくれたのが、目の前にいる男だった。
どうやら、この集落でもトップクラスに強い魔術師らしい。
…………まあ、そうか。
この世界は魔術が一番だもんな。
それにしても――。
魔術師とは思えない見た目をしている。
体格が良く、見るからに強そうだ。
前世の俺が想像する魔術師とは、かなりかけ離れている。
…………おそらく、この中でそんなことを思っているのは俺だけだろう。
この世界じゃ、これが当たり前なんだから。
男の名前は、ヒース・グラム。
コルドたちデュランダルの天翔族と同じように、この集落ではグラムというファミリーネームが共通して使われているらしい。
俺たちも改めて自己紹介を済ませると、ヒースを先頭に集落を出発した。
「ミリンまでは、どれくらいかかるんですか?」
「歩けば三時間ほどだな。飛べば三十分くらいだ」
「三十分!?」
思わず聞き返してしまった。
歩いて三時間の距離を三十分?
天翔族、やっぱり便利すぎない?
ただ、これはヒースが飛んだ場合らしい。
天翔族なら全員が同じ速度で飛べるわけではなく、人によってかなり差があるようだ。
それでも飛べるだけ羨ましい。
三時間か……。
長いな。
とはいえ、水の心配はしなくていい。
魔術で生成できるからだ。
…………便利だ。
こういう時、この世界に魔術があってよかったと思う。
そんなことを考えながら、俺たちはミリンを目指して歩き続けた。
そして、しばらく進んだ頃だった。
前を歩いていたヒースが突然足を止める。
俺たちも立ち止まった。
「…………?」
なんだ?
そう思った直後。
前方から、何か巨大なものが姿を現した。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
蛇だ。
いや。
蛇みたいな魔物だ。
初めて見る魔物だった。
体長は十メートルくらいあるだろうか。
太さも二メートル近くありそうだ。
…………めっちゃデカい。
こんなのを見たら、「子供だけで行かせるのは危険だ」と言われるのも当然だ。
いくら魔術が使えるとはいえ、こんな化け物を前にしたら――。
「ひっ……!」
横から声がした。
見ると、ギレウスが腰を抜かしていた。
「ギレウス?」
まあ、そりゃ怖いよな。
俺だって怖――。
…………いや、待て。
こいつ、魔大陸出身だよな?
魔物なんて、それこそいくらでも見てきたはずだ。
なのに、なんでこんなに怯えてるんだ?
もしかして……。
「ギレウス。お前、あいつ知ってるのか?」
ギレウスが顔を引きつらせながら頷く。
「…………カブラサーペントだ」
「え?」
カブラサーペント。
その名前には聞き覚えがあった。
ギレウスが子供の頃に襲われ――父さんに助けられた時の魔物。
どうやら、この辺りもカブラサーペントの生息地の一部らしい。
なるほど。
そりゃ、こんな反応にもなるか。
昔、自分を殺しかけた魔物が目の前に現れたんだから――。
そう思いながらギレウスを見ていた、その時だった。
何かが走った。
「…………え?」
次の瞬間。
目の前にいたカブラサーペントの首が――横断されていた。
巨大な頭が地面へ落ちる。
何が起きた?
一瞬、本当に分からなかった。
俺がギレウスを見ていた、ほんの僅かな間。
それだけだった。
「…………倒した?」
ヒースが水魔術を使ったらしい。
それでカブラサーペントの首を一瞬で切断した。
…………早すぎる。
魔術を使った瞬間すら、まともに見ていなかった。
俺たちは学校で魔術を学んできた。
剣術も学んだ。
俺だって、同学年との模擬戦ではほとんど負けなくなった。
でも――。
実戦で本当に強い奴は、こんなにも違うのか。
目の前に転がる巨大なカブラサーペントの頭を見る。
俺たちはまだまだ未熟だ。
嫌でも、それを痛感させられた。
その後は大きな問題もなく、俺たちは歩き続けた。
数時間ほど進んだところで、険しかった周囲の景色が少しずつ変わっていく。
視界が開けてきた。
「ここから先は比較的安全だ」
ヒースがそう言った。
確かに、コルドも周囲を確認している。
「この辺りは魔力の匂いも少ないな」
やっぱり分かるのか。
俺にも魔力の匂いという感覚自体はある。
でも――。
…………なんというか、分かるようで分からない。
近くに強い魔力を持った奴がいれば何となく感じることはある。
でも、コルドみたいに周囲の魔力を嗅ぎ分けるような感覚は、いまだに掴みづらい。
これも慣れなのだろうか。
そんな道をさらに進んでいく。
そして――。
「おお……」
町が見えた。
ここが――。
商人の町、ミリンか。
ヒースが一緒だったおかげなのか、入口では特に何かを聞かれることもなく、そのまま町へ入ることができた。
中に入って、まず目についたのは店の多さだった。
建物だけじゃない。
道のあちこちに出店のようなものが並んでいる。
人も多い。
おそらく、色々な場所から行商人が集まる町なのだろう。
「ほら、あそこだ」
ヒースが指を差す。
「あっちが換金所。あれが冒険者ギルドだ」
見ると、少し離れたところにそれぞれ建物がある。
「俺の案内はここまでだ。あとは冒険者ギルドで何とかしてくれ」
「ありがとうございました」
まあ、ヒースの仕事は俺たちをミリンまで護衛することだからな。
ここまで来れば、とりあえず目的は達成だ。
ヒースは俺たちに背を向ける。
そして――。
バサッ!
背中の翼を大きく広げた。
次の瞬間、一気に地面を蹴り、空へと飛び上がる。
「うお……」
速っ。
そのままヒースの姿は、もの凄い速度で遠ざかっていった。
…………なるほど。
そりゃ三十分で着くわ。
俺たちは少し町を見ながら、換金所と冒険者ギルドへ向かうことにした。
道の両側には、色々な商品が並んでいる。
マジックアイテムらしきもの。
魔石。
武器や防具。
魔物の肉。
魔物の皮。
他にも――。
…………なんだこれ?
俺が見たこともないものが、そこら中に並んでいる。
さすが商人の町と呼ばれるだけはある。
できればゆっくり見て回りたい。
でも、今は観光に来たわけじゃない。
まずは換金所だ。
俺たちは教えてもらった建物へ入り――。
「…………ん?」
入った瞬間、何か妙な感覚がした。
なんだ?
ヌワッとしたというか。
フワッとしたというか。
…………なんて説明すればいいんだ、これ。
何かに触れられたような。
でも、別に身体に異常はない。
まあ、いいか。
俺たちはそのまま受付へ向かった。
まずは、持っているエクスカリバー王国の通貨をグラム王国で使えるものに換えてもらわないといけない。
「この通貨を換金したいんですけど――」
そう言いながら、俺は金の入った袋から通貨を取り出そうとする。
すると。
「そのまま袋ごとお渡しください」
「え?」
袋ごと?
何かあるのか?
少し不思議に思いながらも、言われた通り袋を渡す。
受付の人はそれを受け取ると――すぐに、同じくらいの大きさの別の袋を差し出してきた。
「こちらが換金後の通貨になります」
「…………え?」
もう?
袋を受け取り、中を確認する。
確かに、中にはさっきまでとは違う通貨が入っている。
…………待てよ。
俺、まだ袋を渡したばっかりだぞ?
というか、この人。
最初からこの袋を用意してなかったか?
そこで、さっき建物に入った瞬間の妙な感覚を思い出す。
…………なるほど。
あれか?
俺が何をしに来たのか。
持っている通貨が何なのか。
いくら持っているのか。
それを何らかの魔術か何かで確認して、俺が受付に来る前から準備していた?
どこまで読み取られたのかは分からない。
思考そのものまで読まれたのか、それとも持ち物だけなのか。
仕組みは全く分からないが――。
…………すげぇ。
「ありがとうございます」
俺たちは換金所を出た。
「すごかったね、今の!」
「どうなってるんだろ!」
ギレウスとラントが早速盛り上がっている。
まあ、そりゃそうなるよな。
俺も普通に気になる。
「俺も全然分からなかった。入った時、なんか変な感じしなかったか?」
そのまま俺も二人の話に加わる。
コルドだけは相変わらずだった。
特に驚いた様子もなく、いつもの態度を崩さない。
…………こういうのも王族なら見慣れてるのか?
まあいい。
換金はできた。
これで、この国でも金が使える。
次は――。
俺はヒースに教えてもらった建物を見る。
冒険者ギルドだ。




