第三十七話「これからの事」
事情を一通り説明すると、ひとまず俺たちが今夜泊まれる場所を用意してくれることになった。
正直、これはかなりありがたい。
転移魔法陣で見知らぬ場所に飛ばされ、先生ともはぐれ、そのうえ帰る方法まで分からない。
最悪の場合、このまま知らない土地で野宿することまで覚悟していたからな。
山の中で九歳の子供二人を含む四人が野宿。
…………いや、普通に嫌だ。
魔物が出る可能性だってあるし、何よりここは俺たちにとって完全に未知の土地だ。
だから、一晩でも安全な場所で休ませてもらえるというだけで本当に助かる。
ただ――。
一つ、問題があった。
「こちらのお金は、この国では使えませんね」
「…………え?」
俺は学校から渡されていたお金を見る。
使えない?
「これ、駄目なんですか?」
「はい。エクスカリバー王国の紙幣ですね。このままでは、グラム王国では使用できません」
…………紙幣が違うのか。
話を聞くと、俺たちが今いる場所は――グラム王国。
そして、国が違えば使われている紙幣も違うらしい。
俺たちが持っているエクスカリバー王国の紙幣も、換金さえすればこの国で使える。
ただ、そのまま店へ持っていっても支払いには使えないという。
…………そういうところは前世と似てるんだな。
国が変われば通貨も変わる。
前世では何も不思議じゃなかったけど、こっちの世界に来てから国を跨いだことなんて一度もなかったから、全然意識していなかった。
そういえば。
俺たちは今回、初めて国外へ出る予定だった。
本来なら関所まで先生と一緒に移動して、その辺りのことも教えてもらう予定だったのかもしれない。
まさか転移先がおかしくなって。
先生までいなくなって。
予定とは全く違う形で知ることになるとは思わなかったけど。
…………まあ。
今のうちに分かってよかった。
問題は。
「この集落で換金はできますか?」
俺が尋ねると、相手は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、この集落には換金所がありません」
「ですよね……」
まあ。
見た感じ、かなり小さな集落だからな。
宿泊できる場所があるだけでもありがたいくらいだ。
「ここから一番近い場所ですと、ミリンという町があります。そこなら換金所もありますよ」
「ミリン……」
町か。
「歩いて行けるんですか?」
「はい。ここからであれば、そう遠くはありません」
それなら、次に向かう場所としては良さそうだ。
そして。
「それと、ミリンには冒険者ギルドもあります」
「冒険者ギルド!」
思わず声が出た。
それなら、ちょうどいい。
俺たちは今日、冒険者になったばかりだ。
まだブロンズになっただけで、一件も依頼なんてこなしてないけど。
ギルドなら換金だけじゃなく、この国についての情報も集められるかもしれない。
現在地。
エクスカリバー王国までの道。
国境を越える方法。
もしかしたら、先生と連絡を取るための何かだって見つかるかもしれない。
少なくとも。
この小さな集落に留まったままよりは、出来ることが増えるはずだ。
今日はもうここで休ませてもらう。
そして明日。
そのミリンという町を目指す。
ようやく――。
これから何をすればいいのかが、少しだけ見えてきた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
俺たちは用意してもらった宿で、これからのことについて話し合うことにした。
四人で向かい合って座る。
昼間までは、先生がいることを前提に考えていた。
知らない国へ行くと言っても、何かあれば先生がいる。
困った時には助けてもらえる。
そんな安心感が、どこかにあった。
でも。
今は違う。
少なくとも先生と合流できるまでは、自分たちだけで考えて動かなければならない。
まず決めるべきなのは――。
俺たちが最終的にどうしたいのか。
「とりあえず」
俺は三人を見る。
「エクスカリバー王国に帰ることを目標にしよう」
ギレウスとラントが頷く。
コルドも反対する様子はない。
ここからエクスカリバー王国まで、どれくらい離れているのかは分からない。
そもそも、どうやって帰ればいいのかも分からない。
でも。
俺たちはアレフ王立魔道学校の生徒だ。
帰る場所は、そこだ。
なら。
ひとまずの最終目標はこれでいい。
「明日はミリンに行く。そこで換金して、冒険者ギルドで情報を集める。それから帰る方法を考えよう」
「うん。それがいいと思う」
ギレウスが答える。
「私も!」
ラントもすぐに賛成した。
「我も異論はない」
コルドも頷く。
…………よし。
一つ目は決まった。
次は――。
「転移魔法陣のことなんだけど」
三人の視線が俺に集まる。
「あれについては、これから簡単に人に話すのはやめておこう」
今日。
俺たちが事情を説明した時、集落の人は近くに転移魔法陣があること自体を知らなかった。
先生も言っていた。
転移魔法陣の中には、国によって管理され、一般には場所を知られていないものがある。
俺たちが飛ばされた先にあったものが、どういう扱いなのかは分からない。
でも。
少なくとも、近くに住んでいる人間すら存在を知らなかった。
なら、勝手に話して回っていいものとは思えない。
「今後、誰かにどうやってここまで来たのか聞かれても、必要がない限り転移魔法陣のことは言わないようにしよう」
「でも、じゃあ何て言うの?」
ラントが尋ねる。
「俺たちは冒険者。それで、エクスカリバー王国へ向かってる。それくらいでいいんじゃないか?」
実際、冒険者なのは嘘じゃない。
今日登録したばかりだけど。
エクスカリバー王国へ向かいたいというのも本当だ。
わざわざ、
『学校の実戦授業中に転移魔法陣で変な場所へ飛ばされて先生も消えました』
なんて説明する必要はない。
そんなことを言えば。
説明する度に質問攻めにされそうだ。
「なるほど」
ギレウスが頷く。
「その方が余計な騒ぎにはならなそうだね」
「私もそれでいいよ」
ラントも賛成する。
「コルドは?」
「好きにすればよい。我もあの魔法陣について言い触らすつもりなどない」
「じゃあ、それで決まりだな」
これで二つ目。
そして。
もう一つ。
俺はコルドを見る。
「あと、コルド」
「なんだ」
「お前、なるべく前に出ない方がいいと思う」
「…………なぜ我がそのようなことをせねばならん」
やっぱりそう言うと思った。
「今日のこと思い出せよ」
「…………」
集落へ着いた時。
コルドがデュランダルの第三王子だと分かっただけで、かなり驚かれた。
当然だ。
王国から遠く離れた土地に、他国の王子が護衛もなく突然現れたんだから。
俺たちにとっては、普段から同じ学校に通っているクラスメイト。
偉そうで。
不機嫌で。
たまに面倒くさい奴。
でも。
外から見れば、デュランダル王国の第三王子だ。
「行く先々で『王子がなんでここに!?』って騒ぎになったら面倒だろ」
「…………」
コルドは何も言わない。
「別に隠し通せってわけじゃない。ただ、わざわざ自分から王子だって名乗るのはやめて、できるだけ普通の冒険者として動こうってこと」
コルドが腕を組む。
明らかに不満そうだ。
でも。
今日の経験があるせいか、完全に否定することもなかった。
少し考えた後。
「…………仕方あるまい」
「お?」
「今は我が身分を示すことより、帰還を優先すべきであろう」
「分かってるじゃん」
「貴様に言われずとも、それくらい理解している!」
「あ、はい」
…………おお。
一応、素直に了承した。
こういう状況になれば、コルドもちゃんと話は通じるんだな。
今日だって、あの遺跡から出た後。
俺たちが何も分からず困っている中で、この辺りが天翔山脈だと気づいたのはコルドだった。
集落がある方向を見つけたのも。
入口で天翔語を話してくれたのも。
結局、コルドだ。
…………なんだかんだ。
今日一番助けられてるの、こいつかもしれないな。
こうして。
まずは明日、ミリンへ向かう。
そこで換金をして、冒険者ギルドで情報を集める。
そして最終的には――エクスカリバー王国へ帰る。
その間、転移魔法陣のことはなるべく他言しない。
コルドも、必要がない限り王子として前には出ない。
俺たちはあくまで、
『エクスカリバー王国へ向かう冒険者』
として行動する。
ひとまず。
これからの方針は決まった。
◇ ◇ ◇
話し合いが終わると、それぞれ自由に過ごすことになった。
そのまま寝る準備をする奴。
身体を洗いに行く奴。
一応、身体を洗える場所も用意されているらしい。
ただ、俺たちが普段使っているような風呂ではなく、簡単に水浴びができる程度のものだそうだ。
…………まあ。
泊めてもらえるだけで十分だ。
俺はなんとなく寝る気になれず、少し外の空気でも吸おうと思って立ち上がった。
宿の外へ出ようとして――。
足を止める。
「…………コルド?」
外に誰かいた。
コルドだ。
少し離れた場所に一人で立ち、空を見上げている。
声をかけようとして。
やめた。
いつもの偉そうな態度はない。
不機嫌そうな表情もない。
ただ静かに。
一人で夜空を眺めている。
…………そうだよな。
今日。
俺はコルドに何度も助けられた。
こいつがいなかったら、天翔山脈だと気づくまでにもっと時間がかかったかもしれない。
集落を見つけることも出来なかったかもしれない。
言葉だって通じなかった。
だから、つい。
コルドなら大丈夫なんじゃないか。
そんなふうに思いそうになる。
でも。
違うんだよな。
突然、知らない場所へ飛ばされて。
先生もいなくなって。
帰る方法も分からない。
それはコルドだって同じだ。
王子だからって。
俺たちより何でも知っているからって。
不安にならないわけじゃない。
俺やラントと同じ――。
まだ九歳の子供なんだ。
…………今は。
一人にしておくか。
俺は声をかけず、静かに宿の中へ戻った。
明日から、どうなるかなんて分からない。
それでも。
四人で帰る。
今は、それだけ考えておこう。
俺はそのまま寝床へ向かった。




