第三十六話「小さな集落」
コルドを先頭に歩き始めて、小一時間ほど経った。
山道は思っていた以上に歩きづらかった。
平坦な道なんてほとんどなく、足元には大小様々な石が転がっている。少し進めば上り坂になり、それを越えたと思ったら今度は下り坂。
九歳の身体には、なかなか堪える。
ラントなんか大丈夫なのかと思って見てみたけど、小さな身体で普通についてきている。
…………小人族って意外と体力あるのか?
それともラントが元気なだけか?
そんなことを考えながら、ひたすらコルドの後を追っていく。
そして――。
これは驚いた。
本当にあったのだ。
「おお……マジであった」
山々に囲まれた場所に、それほど大きくない集落が見えてきた。
巨大な山々に囲まれているせいか、遠目から見ると余計に小さく感じる。
建物の数も多くない。
総人口百人くらいか?
…………いや、分からんけど。
前世でも、町を見ただけで人口を当てる能力なんて持ってなかったしな。
少なくとも、それほど多くの人が暮らしているようには見えない。
そんな小さな集落だった。
そして、集落が見えてきた瞬間。
一番に声を上げたのはギレウスだった。
「すごい! 本当にあった! コルド、見直したよ!」
…………お前。
さっきまで、
『どっちにあるかも分からないだろ!?』
って食ってかかってたよな?
その態度はどこに行ったんだ。
「当然だ」
コルドは胸を張る。
まるで、分かっていて当然だと言わんばかりの表情だ。
でも――。
…………なんか、ちょっと嬉しそうだな。
口元がほんの少し緩んでいる気がする。
褒められたのがそんなに嬉しかったのか?
普段は偉そうにしているくせに、案外分かりやすい奴なのかもしれない。
「ほら! 早く行こうよ!」
ラントが集落を指さす。
「そうだな」
とにかく、これで人には会える。
現在地についても、俺たちだけで考えているより正確な情報が手に入るかもしれない。
何より。
先生と合流する方法や、帰る方法を探すための手掛かりが得られる可能性がある。
俺たちはそのまま集落へ向かった。
◇ ◇ ◇
集落の入口までやってきた俺たちは、そのまま中へ入ろうとした。
しかし――。
「――――!」
「え?」
入口にいた一人の男に、突然呼び止められた。
背中には翼。
天翔族だ。
男は俺たちの前へ出ると、何かを話し始めた。
「――――、――――?」
…………。
何言ってるんだ?
言葉なのは分かる。
でも、意味が全く分からない。
俺はギレウスを見る。
「…………分かる?」
「全然」
ラントを見る。
「ラントは?」
「分かんない」
…………だよな。
俺も全く分からない。
聞いたことのない発音ばかりだ。
…………天翔語とかか?
そんな俺たち三人をよそに、コルドは普通に男へ返事をした。
「――――」
男が俺たち三人を指しながら、もう一度何かを尋ねる。
「――――?」
コルドは俺たちを一度振り返ってから答えた。
「――――」
「…………何言ってるか全然分からん」
「僕も」
「私も!」
会話の内容はさっぱり分からない。
だが、どうやら男は俺たち三人について尋ねているらしい。
コルドが俺たちを示しながら何かを話した後、少し不機嫌そうに言葉を続けた。
「――――、――――」
すると男は一瞬だけ「あっ」というような顔をした。
そして。
「失礼した。後ろの三人は、お前の知り合いなのか?」
…………急に分かるようになった。
俺が驚いていると、コルドがこちらを見た。
「我のクラスメイトだと伝えた。それと、こやつらには天翔語が通じぬから人語で話せとな」
「なるほど……」
最初からそれで頼む。
男も少し申し訳なさそうに俺たちを見る。
「てっきり全員、天翔語を理解できるものだと思っていた」
「まあ、俺たちは天翔族じゃないので……」
「ああ。よく見ればそうだな」
…………よく見なくても分かる気がするけど。
特にラントなんか、どう見ても天翔族じゃないだろ。
それにしても。
コルドは天翔語も普通に話せるのか。
普段使っている人語も問題なく話しているし、少なくとも二つの言葉は使えることになる。
王子として教育を受けているからなのか。
それとも、天翔族では普通なのか。
その辺りは俺には分からない。
男は改めてコルドを見る。
そして。
その表情が変わった。
「…………待て」
コルドの顔をじっと見る。
「まさか……」
「なんだ?」
「本当に、デュランダルの王子なのか?」
さっきまでとは明らかに声の調子が違った。
驚いている。
というより。
かなり困惑しているように見える。
「そうだ。我はコルド・デュランダル。デュランダル王国第三王子だ」
コルドはいつも通り堂々と答えた。
男は目を見開く。
「第三王子が……なぜ、このような辺境の集落に……?」
…………まあ。
そうなるよな。
俺たちは普段から同じ教室で授業を受けているせいで、だいぶ感覚が麻痺している。
偉そうで。
俺に突っかかってきて。
先生に無理やり俺たちのパーティへ入れられて。
今なんか、知らない山道を一緒に歩いてきた。
でも。
こいつ、王子なんだよな。
しかも第三王子。
そんな奴が、何の前触れもなく山奥の小さな集落に現れた。
それも護衛らしい護衛すら連れずに。
一緒にいるのは、俺たちみたいな子供三人。
…………そりゃ驚くわ。
むしろ、俺たちがコルドの立場に慣れすぎているだけかもしれない。
「少々お待ちください」
男はそう言うと、近くにいた別の天翔族へ何かを伝えた。
その相手もコルドを見た瞬間、明らかに驚いた顔をしている。
…………やっぱり、コルドって本当に王子なんだな。
いや。
知ってたけど。
こういう反応を見ると改めて実感する。
しばらくして話を聞いていると、どうやらこの集落に住んでいるのは、ただの天翔族ではないらしい。
――グラム。
天翔族の中でも、古くから続いている一族の一つ。
デュランダルと同じように、その名を代々受け継いできた一族らしい。
デュランダルが風の魔術に秀でた一族なのに対して、グラムは水の魔術に秀でているという。
同じ天翔族ではある。
でも、それぞれ別の国や土地に根付いていて、天翔族全体が一つの国や一つの勢力としてまとまっているわけではないらしい。
そして、ここは――。
そのグラムの一族が暮らす、小さな集落。
「グラム……」
俺は小さく呟く。
デュランダル。
グラム。
どちらも古くから続く天翔族の一族。
そう考えると、コルドがこの辺りの魔力の匂いに覚えがあったのも、その辺りが関係しているのかもしれない。
…………まあ、本人が説明してくれないから分からないけど。
そんな説明を聞いていると、集落の男が改めてコルドに尋ねた。
「しかし、ここはデュランダル王国から遥かに離れた辺境の地です。なぜ第三王子であるあなたが、このような場所にいらっしゃるのですか?」
確かに。
コルドはデュランダル王国の第三王子。
そんな奴が、王国から遥かに離れた山奥の小さな集落へ突然現れた。
しかも俺たち三人を連れて。
事情を知らない側からすれば、意味が分からないだろう。
コルドは少し面倒そうな顔をした。
「我とて、好きでここへ来たわけではない」
「と、申しますと?」
「我らはアレフ王立魔道学校の実戦授業で国外へ向かう途中だった」
コルドは、これまでに起きたことを説明し始める。
俺たちはアレフ王立魔道学校の実戦授業で、冒険者として国外へ向かう予定だったこと。
都市アレフから転移魔法陣を使ったこと。
本来なら、国境付近の関所へ移動するはずだったこと。
そして――。
なぜか別の転移魔法陣へ飛ばされ。
一緒にいたはずの先生まで、いなくなってしまったこと。
話を聞き終えると。
男はしばらく黙っていた。
「…………」
俺たちを見る。
コルドを見る。
そして、もう一度俺たちを見る。
そりゃ、すぐには理解できないよな。
俺だって、実際に体験していなかったら何を言っているんだと思う。
だが。
次の瞬間。
男が驚いたように声を上げた。
「転移魔法陣!? そんなものがこの近くに存在するのですか!?」
…………あ。
そっちか。
先生が消えたことより、転移魔法陣が近くにあることに食いついた。
「知らぬのか?」
「少なくとも、私は聞いたことがありません。この付近にそのようなものがあるなど……」
…………やっぱり知らないのか。
いや。
考えてみれば、知らない方が普通なのかもしれない。
先生も言っていた。
転移魔法陣は国内の様々な場所に設置されている。
でも、その多くは国が管理していて、一般には公開されていない。
存在そのものを知っている人間はいても、具体的な場所まで誰でも知っているわけじゃない。
俺たちが出てきたあの魔法陣も、その一つなのかもしれない。
…………待てよ。
だとしたら。
「…………これ、あんまりベラベラ喋らない方がいいんじゃないか?」
俺は小さな声で呟く。
国がわざわざ隠している転移魔法陣。
その場所を俺たちは知ってしまった。
今は事情を説明するために仕方なかったとしても。
これから出会う人全員に、
『俺たち、あそこの転移魔法陣から来ました』
なんて話して回るのは、さすがにまずい気がする。
俺はギレウスとラントを見る。
二人も俺の言いたいことが分かったのか、少し考えるような表情になった。
コルドにも、あとで話しておいた方がいいな。
今後は必要がない限り、あの転移魔法陣について簡単に口にしない。
少なくとも、俺たちだけで勝手に広めるようなことは避けた方がいいだろう。
何にせよ。
ようやく人のいる場所まで辿り着いた。
ここがどこなのか。
どうすれば先生と合流できるのか。
そして――。
俺たちは、どうすれば帰れるのか。
まずは、それを確かめないとな。




