第三十四話「転移魔法陣」
そして、全員の冒険者登録が終わり、俺たちはギルドの外へ出てきた。
これで今回の実戦授業に参加する十二人全員が、正式なブロンズ冒険者になったわけだ。
俺はさっき受け取ったばかりのバッジを手に取り、改めて眺める。
冒険者ランク――ブロンズ。
一番下のランク。
まだ実際に依頼を受けたわけでもなければ、冒険者として魔物を倒したわけでもない。依頼達成数だって当然、零。
それでも、こうして自分の手の中に冒険者の証があると、少しだけ嬉しくなる。
父さんと母さんも、最初はここから始まったのかな。
二人とも最終的にはダイヤモンドまで上がったと聞いている。そこまで行くのに、どれくらいの依頼をこなしたんだろう。
…………まあ、俺は授業で登録しただけなんだけどな。
「それでは、次は転移魔法陣へ向かいます」
先生のその言葉に、俺は顔を上げた。
…………ついに来た。
初めての転移だ。
さっきから冒険者登録のことで頭がいっぱいだったけど、こっちもかなり楽しみにしていた。
「その前に、ここからの行動について説明します」
先生が俺たち十二人を見渡す。
「ここからは、先ほど決めた三つのパーティに分かれて行動してもらいます。それぞれ別の転移魔法陣を利用し、南、西、東にある三つの関所へ向かいます」
…………別々の場所に行くのか。
てっきり十二人全員で同じ関所へ向かうものだと思っていた。
先生はそのまま説明を続ける。
「各パーティには、一人ずつ教員が同行します。ただし、国外へ出てからは基本的に皆さん自身で考え、行動してもらいます」
なるほど。
先生はついてくる。
でも、全部指示してくれるわけじゃないってことか。
考えてみれば当然だ。
十二人全員で固まって行動して、先生が次に何をするかまで全部決めてくれるなら、普段の校外授業と大して変わらない。
今回は冒険者として実際に依頼を受ける。
四人で知らない土地へ行き、自分たちで依頼を選び、どうやって達成するのかを考え、必要なら魔物とも戦う。
魔術や剣術がどれだけ使えるかを見るだけじゃない。
自分たちで考えて行動できるか。
仲間と協力できるか。
おそらく、そういう部分も含めての実戦授業なんだろう。
ここで他の二つのパーティとは別れ、俺たちは四人で行動することになった。
俺。
ギレウス。
コルド。
ラント。
そして、俺たちに同行する先生。
国外へ出た後、どこまで先生が手を貸してくれるのかは分からない。でも、「基本的に自分たちで」と言われた以上、最初から頼るつもりではいない方がいいだろう。
そして出発する前に、学校側からいくつか渡されたものがある。
まずは――お金。
どうやら事前に、それぞれの親族から学校へ預けられていたものらしい。
とはいっても、そこまで多くはない。
宿代。
食事代。
それに旅先で必要になる細かな出費。
そういうものを考えれば、精々一週間程度を過ごせるくらいだろう。
つまり、金があるからといって好き放題使えるわけじゃない。
実際に冒険者として依頼を受けるなら、報酬だって重要になるはずだ。
そして、もう一つ。
武器だ。
今回の実戦授業では模擬戦用の武器ではなく、当然ながら実際に戦うための武器を持っていく。
俺に渡されたのは――。
「…………これか」
片刃の剣。
以前から学校に飾られていて、少し気になっていたものだ。
俺は鞘から少しだけ刀身を覗かせる。
片側だけに刃がついている。
この世界でこれまで使ってきた剣とは、少し形が違う。
…………前からちょっと気になってたんだよな。
前世で剣道をやっていたせいか、こういう形を見ると妙に馴染みを感じる。
もちろん、日本刀そのものと決めつけるつもりはない。ここは前世とは違う世界だ。
ただ、今まで使ってきた剣より、俺には扱いやすそうに思えた。
一方、ギレウスに渡されたのは短剣。
ラントは、その小さな身体に合わせた小さめの杖を受け取っている。
そしてコルドは――。
「…………」
大きめの杖だった。
俺は思わず、その杖を見る。
装飾も細かく、見るからに他の武器とは作りが違う。
…………なんか、こいつのだけ高級じゃない?
さすが王子。
こういうところでも差が出るんだな。
まあ、コルド自身が持ってきた物なのか、学校側が用意した物なのかは知らないけど。
下手なことを言って機嫌を悪くするのも面倒なので、黙っておこう。
それぞれ武器と荷物を確認していると、隣にいたギレウスがやけに落ち着かないことに気づいた。
荷物を見る。
周囲を見る。
短剣を確認する。
また周囲を見る。
…………。
というか。
めちゃくちゃ目、キラキラしてるな。
「ギレウス」
「なに?」
「お前、めっちゃ楽しそうだな」
「そりゃそうだよ!」
即答だった。
「冒険者として初めて本物の依頼を受けるんだよ! それに転移魔法陣も使えるし!」
「ああ。まあ、そうだよな。俺も楽しみだけど」
ギレウスは昔から、冒険者になることを目標の一つにしていた。
いずれ故郷へ戻れば、傭兵団を率いる立場になる。冒険者と傭兵では違うところもあるだろうけど、実際に依頼を受けて戦う経験が無駄になるはずはない。
それを考えれば、今のギレウスにとっては夢に一歩近づいたようなものなのかもしれない。
すると、俺たちの会話を聞いていたラントが笑った。
「二人とも子供っぽいなー」
「いや、お前に言われたくないんだけど」
「なんで!?」
「なんでって……」
俺はラントを見る。
小さい。
相変わらず、小さい。
「何その目!」
「いや、何でもない」
「絶対なんか思った!」
見た目だけなら、この中で一番子供っぽいのは間違いなくラントだ。
…………まあ、全員子供なんだけど。
前世の記憶がある俺が言うのも変な話だな。
そんな俺たちの横で、一人だけ会話に入ってこない奴がいた。
コルドだ。
大きな杖を持ったまま、ずっと不機嫌そうな顔をしている。
「…………」
…………こいつ、大丈夫か?
パーティを組むことになった時から、ずっとこんな調子だ。
先生に言われたから仕方なく一緒にいる。
顔にそう書いてある。
でも、これからしばらくこの四人で行動するんだぞ?
戦闘になれば、お互いに背中を預けることだってあるかもしれない。
さすがに、その時までこの調子じゃ困る。
…………まあ。
今ここで何か言っても、余計に機嫌を悪くするだけか。
そんなことを考えていると、同行する先生が俺たちに声をかけた。
「準備はできましたか?」
「はい!」
一番大きな声で答えたのはギレウスだった。
「それでは、転移魔法陣へ向かいます」
その瞬間、ギレウスの目がさらに輝いた。
…………俺も人のこと言えないけどな。
俺たちは先生の後について歩き出した。
◇ ◇ ◇
しばらく歩き、やってきたのは街の外れだった。
人通りも中心部に比べればかなり少ない。
こんなところに転移魔法陣があるのか?
辺りを見回しても、それらしいものは見当たらない。
アレフの広場にある巨大な魔法陣とは違い、一般には公開されていない。
先生がそう言っていたのを思い出す。
なら、目立つ場所にあるわけがないか。
俺が周囲を見回していると、先生が懐から何かを取り出した。
「…………笛?」
見たことのない、小さな笛のようなものだった。
先生はそれを口元へ運ぶと――。
吹いた。
音は聞こえる。
でも。
「…………?」
何も起きない。
俺は周囲を見る。
ギレウスもラントも、何が起きたのか分からないような顔をしている。
コルドだけは特に興味もなさそうだった。
すると先生が言った。
「これで、周囲の人から私たちの姿は見えなくなりました」
「…………え?」
見えなくなった?
俺は反射的に自分の身体を見る。
普通に見える。
手も。
足も。
隣にいるギレウスたちも見える。
「俺たちには見えてますけど……」
「お互いの姿は見えます。見えなくなっているのは、周囲の人たちからです」
なるほど。
透明人間になったわけじゃないのか。
俺たち同士では普通に見えるけど、他の人間からはこちらが見えない。
つまり――。
これで転移魔法陣の場所を隠しているのか。
…………すごいな。
どういう原理なんだ?
笛そのものに何か仕掛けがあるのか。
それとも、笛を合図に何らかの魔術が発動したのか。
周囲を見ても、俺には何が変化したのか全く分からない。
今の俺には、仕組みまで理解できそうにないな。
先生はそのまま歩き出した。
俺たちも後を追う。
しばらく歩いていくと――。
やがて、古い遺跡のような建物が見えてきた。
「…………多分、あれだな」
わざわざ聞かなくても分かった。
明らかに普通の建物じゃない。
入口には、黒い鎧を身にまとった二人の人間が立っている。
転移魔法陣を管理している人間だろうか。
先生が二人の前まで行き、何かを見せながら短く言葉を交わす。
内容までは聞こえなかったが、すぐに道を開けてくれた。
俺たちは先生に続いて、遺跡の中へ入った。
「…………おお」
思わず声が漏れる。
中はかなり古い。
石造りの壁。
ところどころ欠けた床。
壁には、何かを描いた壁画のようなものまで残っている。
「…………なんだこれ」
何が描かれているのか、俺にはよく分からない。
ただ、この建物がかなり昔から存在していることだけは分かる。
さらに奥へ進む。
そして、少し開けた空間へ出たところで――。
それは現れた。
「…………!」
転移魔法陣。
アレフの広場にあるものほど巨大ではない。
でも、俺たち四人と先生。
五人が同時に乗るには、十分な大きさがある。
床には複雑な模様が描かれ、いくつもの円が重なっている。
広場のものは何度も見ていた。
でも、こうして間近で見るのは初めてだ。
「これが……転移魔法陣」
思わず呟く。
ギレウスも隣で食い入るように見ている。
ラントも興味津々で魔法陣を覗き込んでいた。
「それでは、皆さん。魔法陣の上へ」
先生に言われ、俺たち四人は先生と一緒に魔法陣の上へ乗った。
…………いよいよか。
一体どんな感じなんだろう。
俺が足元を見ていると――突然、身体が白い光に包まれた。
「うおっ――」
思わず目を閉じる。
そして、次に目を開いた時には――。
俺たちは、もう別の場所に立っていた。




