第三十二話「パーティ結成」
あの敗北から、一年。
俺は四年生になっていた。
年齢は九歳。
リリス先輩に完膚なきまでに負けてから、俺は自分自身を見つめ直した。
それまでの俺は、自分の力を過信していた。
《筋力の恩寵》がある。
剣術では同学年に負けない。
だから、自分は強い。
いつの間にか、そんな考えに取り憑かれていた。
先生から教わったことも、相手を見ることも、魔術を使うことも。
本当なら使えるはずのものをまともに使わず、力と剣だけでどうにかしようとしていた。
リリス先輩との戦いは、それがどれだけ甘い考えだったのかを、嫌というほど思い知らせてくれた。
俺も、それなりに成長した。
あれだけ苦戦していた中級魔術も、今では雷と土の二属性を使えるようになっている。
土はまだ得意と言えるほどではない。
《ストーンウォール》も使えるには使えるが、まだ発動速度や扱いには改善の余地がある。
一方、雷はかなり扱いやすくなった。
《ショックウェーブ》も安定して使えるようになり、今ではそこから少しずつ応用を試す段階まで来ている。
一年近く、一度も成功しなかった頃を考えると――。
本当に長かった。
剣術の方も、リリス先輩に負けてから同学年には一度も負けていない。
ただし。
以前とは戦い方そのものが違う。
昔の俺は、剣と《筋力の恩寵》だけで相手を押し切ろうとしていた。
今は違う。
必要なら魔術を使う。
《マジックアーマー》も使う。
相手の属性や動きを見て、距離を変える。
無理に正面からぶつかる必要がないなら、そうしない。
それでも。
俺の戦い方の中心にあるのは、やっぱり剣だ。
前世から積み重ねてきた経験もあるし、何より一番しっくりくる。
ギレウスも、この一年で大きく成長していた。
今では火と雷、二つの属性で中級魔術を使える。
特に専攻していた火属性に関しては、すでに中級魔術をそのまま使うだけではなく、状況に合わせた応用まで始めている。
そしてラントは――。
「だから、そこ! もっと魔力を広げる感じ!」
「いや、分かんねえよ!」
「なんで分かんないの!?」
「説明が感覚だけなんだよ!」
今では俺とギレウスに、雷魔術の応用を教えるほどになっていた。
…………すごい。
二年生になったばかりの頃。
偶然を発動させて、本人も何が起きたのか分かっていなかった奴とは思えない。
小人族が雷を得意とするというのは、本当らしい。
そんな俺たちも、今年から四年生。
そして四年生になると、授業の内容にも大きな変化があるらしい。
その日の授業。
先生は教壇の前に立つと、俺たちを見渡しながら口を開いた。
「皆さんも四年生になりましたので、今年から新たに実戦授業が始まります」
実戦授業。
…………名前からして物騒だな。
これまでだって真剣を使った模擬戦はしてきたが、それとはまた違うのだろうか。
「実戦授業では、これまで皆さんが学んできた魔術や剣術を、実際の環境で活用してもらいます。そして今回は――国外へ向かいます」
…………国外?
俺は思わず先生を見る。
いやいや。
ちょっと待て。
俺たち、まだ九歳だぞ?
学校の授業で国外って、いきなり規模がデカくなりすぎじゃないか?
そんな俺たちの反応を予想していたのか、先生はすぐに説明を続けた。
「もちろん、四年生であれば誰でも参加できるわけではありません」
ですよね。
「一定の基準を満たした生徒の中から、本人が参加を希望し、さらに保護者から許可を得られた生徒のみが参加できます」
なるほど。
実力だけじゃなく、本人と親の許可も必要というわけか。
まあ、そりゃそうだよな。
九歳の子供を国外へ連れていって、実戦させます。
親に無断でやったら、学校どころの騒ぎじゃない。
俺も参加したかったので、ベルトを通じて父さんと母さんに伝えてもらった。
正直。
母さん辺りは反対するんじゃないかと思っていた。
でも――。
意外にも、許可はあっさり下りた。
どうやら俺が学校でどう過ごしているのかは、ある程度両親にも伝わっているらしい。
剣術や魔術でどれくらい成長したのか。
その辺も聞いているのだろう。
…………リリス先輩にボコボコにされた話まで伝わっているのかは、知らないけど。
そして後日。
実戦授業への参加を希望し、保護者から許可を得た生徒だけが別の教室へ集められた。
先生は前に立つと、今回の授業について詳しい説明を始める。
「今回、皆さんには冒険者としての活動を模倣した実戦を行ってもらいます」
冒険者。
その言葉に、俺は少しだけ身を乗り出した。
父さんと母さんも、昔は冒険者だった。
父さんはダイヤモンド。
母さんも同じくダイヤモンドまで上がったと聞いている。
そんな二人がやっていたことを、俺たちも体験するということか。
「現地へ到着した後、皆さんには冒険者ギルドで実際に冒険者登録をしてもらいます。その上で、冒険者として依頼を受け、達成してもらいます」
…………なるほど。
前世でいうところの、職場体験みたいなものか?
冒険者体験。
なんか響きだけなら楽しそうだ。
「ただし」
先生の声が少し低くなる。
「これは模擬戦ではありません。依頼によっては、実際に魔物と戦うこともあります」
…………。
職場体験なんて可愛いもんじゃないな。
失敗したら普通に怪我するやつだ。
先生もそこは強く意識しているらしく、普段より真剣な表情をしている。
「そのため、今回の実戦授業では一人での行動は認めません。必ず四人一組でパーティを組んでもらいます」
四人パーティか。
冒険者の活動を模倣するとは聞いていたけど、そこまで本格的にやるわけだ。
なら――。
俺の中で、一人目は最初から決まっている。
「ギレウス」
俺が横を見る。
「一緒に組もうぜ」
「もちろん!」
即答だった。
まあ、こいつはそう言うと思っていた。
ギレウスもすでに実戦授業への参加許可をもらっている。
ギレウスは将来、故郷の傭兵団を率いる立場になる可能性が高い。
本人も団長になるつもりでいるし、家族としても実戦経験を積ませたいのだろう。
これで。
俺とギレウス。
二人。
残りは二人だ。
誰にしようかと周囲を見る前に、先生が再び口を開いた。
「それから、パーティを組む際には一つ条件があります」
条件?
「各パーティには、治癒魔術を得意とする生徒を最低一人は入れてください。可能であれば、治癒魔術を使える生徒が二人いることが望ましいです」
なるほど。
魔物との戦闘がある以上、当然か。
俺もこの一年で、ようやく《ヒール》を使えるようにはなった。
ただし――。
未だに自分にしかまともに使えない。
自分の身体なら、痛い場所も怪我の位置も感覚で分かる。
でも他人を治すとなると、相手の状態を把握して、必要な場所に適切な量の魔力を送らなければならない。
俺はそこがどうにも苦手だ。
治癒要員として数えるには、正直頼りない。
「ギレウス」
「ん?」
「お前って《ヒーリング》使えたか?」
「いや。《ヒール》だけだよ」
「だよな」
ギレウスも治癒魔術に関しては、そこまで得意ではない。
俺よりは他人に使える分マシだが、それでも使えるのは初級の《ヒール》まで。
俺とギレウスだけでは、明らかに心許ない。
最低でも一人。
できれば《ヒーリング》を使える奴が欲しい。
誰を誘うべきか。
そう考えていた時だった。
先生が参加者全員を見渡す。
「今回の参加者は十二人ですね」
十二人。
「四人ずつに分かれれば、ちょうど三つのパーティになります」
確かに。
人数的にも綺麗に分かれる。
先生は少し考えるように視線を動かした後――。
一人の生徒を見る。
「そうですね……コルド君」
「…………我か?」
嫌そうな声が聞こえた。
先生はその反応を気にする様子もなく続ける。
「君はシャウト君たちと組みなさい」
「…………は?」
思わず声が出た。
俺はコルドを見る。
コルドもこちらを見ていた。
ものすごく嫌そうな顔で。
…………。
おい。
そんな露骨に嫌な顔するなよ。
俺だって複雑だぞ。
「コルド君は《ヒーリング》が使えます。シャウト君たちのパーティなら、治癒役としてちょうどいいでしょう」
「…………我が?」
「そうです」
「なぜ我が、こやつらと……」
…………こっちのセリフだ。
とはいえ。
先生の判断自体は分かる。
コルドは《ヒーリング》が使える。
それに剣術では風魔術を組み合わせた戦い方をしているし、戦力として見ても弱くない。
性格さえ気にしなければ、むしろかなり優秀だ。
…………性格さえ気にしなければ。
「まあ、よろしくな」
「…………ふん」
なんだその態度。
でも、拒否はしないらしい。
これで三人。
俺。
ギレウス。
コルド。
あと一人。
俺は教室の中を見回した。
すると。
少し離れた場所から――。
ラントがこちらを見ていた。
目が合う。
「…………」
ラントは何も言わない。
でも。
ずっと見ている。
「…………」
まだ見ている。
分かりやすいな。
俺は思わず笑った。
「ラント!」
「!」
名前を呼ぶと。
ラントの表情が、ぱっと明るくなる。
「俺たちと組むか?」
「うん!」
即答。
よし。
これで決まりだ。
俺。
ギレウス。
コルド。
そしてラント。
剣術を中心に戦う俺。
火属性を得意とするギレウス。
風属性と《ヒーリング》を使えるコルド。
雷属性を得意とするラント。
…………。
こうして見ると、意外とバランスは悪くないんじゃないか?
一人だけ。
ものすごく不満そうな顔をしている奴がいるけど。
「…………なぜ我が……」
「まだ言ってるのかよ」
「当然であろう!」
「まあまあ!」
ギレウスが笑いながら間に入る。
ラントも楽しそうに俺たちを見ていた。
これから国外へ行く。
冒険者として登録して。
実際に依頼を受ける。
そして――。
場合によっては、本物の魔物とも戦うことになる。
正直。
少し怖い。
でも。
それ以上に。
楽しみだった。
俺、ギレウス、コルド、ラント。
こうして――。
俺たち四人のパーティが結成された。




