第三十話「全勝無敗」
あれからも、同じ形式の剣術の授業は数ヶ月にわたって続いた。
真剣を使い、魔術の使用もあり。
相手も毎回変わる。
火、水、風、雷、土。
剣で正面から挑んでくる奴もいれば、魔術で距離を取ろうとする奴もいる。
魔術を牽制に使って、その隙に斬り込んでくる奴。
逆に、剣で俺の注意を引きつけてから魔術を放ってくる奴。
戦い方は人によって様々だった。
「《ファイアーボール》!」
正面から炎の球が飛んでくる。
俺は横へ跳んで避ける。
その直後、炎の向こう側から相手が飛び出してきた。
「うおおおっ!」
なるほど。
《ファイアーボール》は攻撃だけじゃなく、俺の視界を塞ぐためでもあったのか。
でも――。
見えてる。
振り下ろされた剣を自分の剣で受け流す。
相手の身体が前へ流れる。
その隙に横へ回り込み、剣を持った手を狙う。
「っ!」
相手が慌てて剣を引いた。
そのまま俺から距離を取ろうとする。
でも、遅い。
一気に踏み込み、相手の剣を弾き飛ばした。
カランッ!
剣が地面へ落ちる。
俺は相手の首元で剣を止めた。
「そこまで!」
先生の声が響く。
また、俺の勝ちだ。
別の日には、土属性を使う相手とも戦った。
「《ストーンウォール》!」
地面から土の壁がせり上がり、俺の進路を塞ぐ。
正面から壊すこともできる。
《筋力の恩寵》がある俺なら、全力で叩けば突破できるかもしれない。
でも、それをする必要はない。
俺はすぐに横へ走った。
壁はあくまで正面を塞いでいるだけ。
だったら、回り込めばいい。
そう思った瞬間。
壁の横から相手が飛び出してきた。
「っ!」
剣が迫る。
俺は身体を反らして避け、そのまま相手の懐へ入る。
なるほど。
《ストーンウォール》そのものが目的じゃない。
俺の進路を限定して、回り込んだところを狙っていたのか。
だったら――。
剣を振り上げる。
相手も防ごうと剣を構えた。
俺は直前で力を抜き、軌道を変える。
剣同士をぶつけず、その横を抜く。
そして――。
相手の肩の寸前で剣を止めた。
「そこまで!」
また勝った。
そんな授業が、何度も続いた。
相手が変われば、戦い方も変わる。
最初の頃は、剣だけを見ていればよかった。
でも今は違う。
剣。
身体。
空いている手。
魔力の動き。
相手がどの属性を得意としているのか。
次に魔術を使う可能性はあるのか。
見るものが増えた。
考えることも増えた。
それでも――。
俺は負けなかった。
最初の頃は、一勝するたびに嬉しかった。
ナージャに勝った時。
ギレウスに勝った時。
コルドに勝った時。
自分が剣術で成長していることが分かるのが嬉しかった。
魔術では、中級魔術を一度も成功させられていない。
半年間練習しても、《ショックウェーブ》を使えなかった。
だからこそ、剣術で勝てることが余計に嬉しかったのだと思う。
でも。
勝つ回数が増えるにつれて。
その感覚は、少しずつ変わっていった。
また勝った。
今日も勝った。
次も勝った。
最初は嬉しかったはずなのに。
いつの間にか――。
勝つことが普通になっていた。
相手が誰であっても。
どんな魔術を使ってきても。
最後に勝つのは俺。
そんな感覚が、少しずつ俺の中に出来上がっていった。
そして夏の大型休み。
今年は家には帰らず、学園に残ることにした。
理由は一つ。
中級魔術の練習だ。
俺は未だに《ショックウェーブ》を成功させられていない。
ナージャは《スプラッシュウォーター》を使えるようになった。
ギレウスも《ファイアーストーム》を成功させている。
ラントも《ショックウェーブ》を使える回数が増えている。
それなのに俺は――。
「《ショックウェーブ》!」
バチッ!
放たれた雷が標的へ直撃する。
…………。
違う。
ただの《ショック》だ。
「はぁ……」
何回目だよ、これ。
一年生の頃なら、魔術が発動しただけでも嬉しかった。
でも今は違う。
俺が使いたいのは《ショック》じゃない。
《ショックウェーブ》だ。
もう何ヶ月も練習している。
それでも、一度も成功しない。
大型休みの間くらい家に帰ろうかとも考えた。
父さんと母さんにも会いたかったしな。
でも、今回は学園に残ることにした。
もし《ショックウェーブ》が成功した場合、どれほどの威力になるか分からない。
先生が最初に見せた《スプラッシュウォーター》は、何も威力を調整していない状態で標的を粉砕した。
そんな中級魔術を家の近くで練習して、万が一成功してしまったら――。
…………家をぶっ壊しました。
では済まない。
学校なら魔術を練習するための場所もある。
何かあった時に先生へ相談することもできる。
だから今年は、学園で練習することにした。
それでも。
結果は変わらなかった。
「《ショックウェーブ》!」
バチッ!
また《ショック》。
「…………」
なんでだ?
魔力が足りない?
いや。
以前、魔力を大量に込めても駄目だった。
しかも、その時は調子に乗って魔力を使い切り、魔力枯渇まで起こした。
そのせいで成長魔力が半分近くまで落ちた。
あれ以来、無茶な試し方はしていない。
魔力量だけの問題じゃない。
それは分かっている。
でも。
じゃあ、何が足りない?
分からない。
何度やっても。
考えても。
試しても。
答えは出なかった。
魔術では、相変わらず駄目だ。
でも――。
剣術では違った。
授業に戻れば、俺は勝てる。
誰と戦っても勝てる。
魔術で上手くいかない日が続いても。
剣を握れば、結果が出る。
だったら。
別にいいんじゃないか?
魔術が苦手でも。
剣術がこれだけ得意なら、それでいいんじゃないか?
そんな考えが、少しずつ俺の中に生まれていた。
そして月日は流れ――。
俺は三年生になった。
この頃には、クラスの中で俺の立ち位置は完全に決まっていた。
剣術なら、シャウトには勝てない。
誰かにそう言われても、もう否定する気にはならなかった。
だって実際――。
俺は剣術の模擬戦で、一度も負けていない。
力を制御できるようになってから。
俺は誰にも負けていなかった。
ナージャにも。
ギレウスにも。
コルドにも。
それ以外のクラスメイトにも。
剣だけで戦う相手にも。
魔術を使ってくる相手にも。
全部勝った。
このクラスで。
剣術において、俺は誰にも負けない。
そんな存在になっていた。
少し前の話をしよう。
俺たちが三年生になる少し前、生徒会長だったアルマ・ガルドが学園を卒業した。
入学式で初めて見た時から、とにかくデカくて目立つ人だったが、もう卒業か。
時間が経つのは早いもんだ。
そして当然、生徒会長が卒業すれば、次の生徒会長が選ばれる。
新しく生徒会長になったのは――。
見覚えのある女だった。
確か、俺たちの入学式の時にもアルマ先輩の近くにいたはずだ。
その女の名前は――リリス・カルワーネ。
…………なんというか、エルフ感のある名前だ。
いや、名前だけじゃない。
よく見ると、耳が人族よりも長く、少し尖っている。
前世の知識で言えば、どう見てもエルフっぽい。
実際、リリスはエルフと人族の混血らしい。
なるほど。
言われてみれば、人族に近い見た目なのに、耳だけは明らかに違う。
そして、そのリリス・カルワーネが、アルマ先輩の後を継いで新しい生徒会長になった。
とはいえ。
この時の俺にとって、生徒会長が変わったことなんて大した問題ではなかった。
俺は生徒会に入っているわけでもない。
授業で関わることもない。
学年だって違う。
だから。
まさか、この人と剣を交えることになるなんて――。
この時は、考えてもいなかった。
三年生になってからも、剣術の授業は続いた。
そして。
俺の連勝も続いた。
「始め!」
先生の合図。
相手が剣を構える。
俺も構える。
少し前なら、相手がどんな動きをするのか考えていた。
どう攻めてくる?
魔術は使う?
どの属性だ?
最初に距離を取る?
それとも接近してくる?
でも。
この頃には。
そんなことを考える前に、別の感情が浮かぶようになっていた。
…………今回も、俺が勝つだろうな。
実際。
勝った。
次も。
勝った。
その次も。
勝った。
いつの間にか、勝利した瞬間に感じていた喜びも薄れていた。
勝って当然。
そんな感覚になっていたからだ。
むしろ。
少し退屈ですらあった。
もっと強い奴はいないのか?
俺を本気にさせるような奴。
少しくらい、負けるかもしれないと思わせてくれる奴。
そんな相手と戦ってみたい。
そう思うようになっていた。
そんな無敗の日々が続いていた、ある日のこと。
剣術の授業が終わった後。
先生が俺を呼び止めた。
「シャウト君」
「はい?」
「少しいいですか?」
なんだ?
また何かやらかしたか?
最近は力加減もちゃんとしてるぞ。
俺が先生のところへ行くと、先生は少し考えるような素振りを見せてから口を開いた。
「シャウト君は、剣術において非常に優秀です」
「ありがとうございます」
素直に答える。
以前の俺なら、もう少し謙遜していたかもしれない。
でも。
この時の俺は、先生の言葉を当然のように受け取っていた。
だって。
実際に一度も負けていないんだから。
「ですので、ここはひとつ――他の学年の方と手合わせをしてみるのはどうでしょう?」
「他の学年……ですか?」
思わず聞き返す。
「はい。今のクラス内だけでは、シャウト君にとって十分な経験にならない可能性がありますから」
他の学年。
その言葉を聞いた瞬間。
俺の中に、久しぶりに期待が生まれた。
これは――面白そうだ。
正直。
退屈していた。
クラスの誰と戦っても、結果は同じ。
最近では模擬戦が始まる前から、どうせ勝つだろうと思ってしまっている。
でも。
他の学年なら?
四年生。
五年生。
六年生。
もっと上。
俺より長く剣術を学んでいる奴なら、もっと強いかもしれない。
もしかしたら。
少しくらい苦戦できるかもしれない。
「喜んでお受けします」
俺は二つ返事で了承した。
「分かりました。それでは次回、こちらで相手を用意しておきます」
「はい!」
誰だろうな。
上級生なのは間違いないだろう。
剣術が得意な奴か?
それとも魔術と組み合わせて戦う奴?
どちらでもいい。
強ければ。
久しぶりに、本気で戦えるなら。
それだけで楽しみだった。
そして――次の剣術の授業。
俺はいつもより少し早く訓練場へ来ていた。
他の生徒たちも、今日俺が別学年の生徒と戦うことを聞いているらしく、どこか落ち着かない様子だ。
ギレウスが俺の隣へやって来る。
「シャウト、今日なんだよね?」
「ああ」
「相手、誰なんだろうね」
「さあな。でも、先生がわざわざ連れてくるんだから、かなり強い奴なんじゃないか?」
「シャウトでも負けたりして」
「…………俺が?」
思わず笑ってしまった。
「いやいや」
「え?」
「まあ、強いとは思うけどさ」
負ける?
俺が?
…………ないだろ。
少なくとも。
この時の俺は、本気でそう思っていた。
やがて先生が訓練場へ入ってくる。
その後ろには、一人の生徒がいた。
「…………え?」
俺は目を見開いた。
見覚えがある。
長く、少し尖った耳。
人族とエルフ、二つの血を引く少女。
そして。
アルマ・ガルドの後を継いだ、現在の生徒会長。
――リリス・カルワーネ。
まさか。
生徒会長?
先生が俺の相手として連れてきたのは、この学校の生徒会長だった。
周囲の生徒たちもざわついている。
そりゃそうだ。
俺だって驚いている。
でも。
不思議と、怖くはなかった。
むしろ――。
口元が少し緩んだ。
生徒会長。
先生が俺の相手に選ぶくらいだ。
当然、強いんだろう。
だったら。
面白そうじゃないか。
今までの相手とは違う。
ようやく、本気で戦えるかもしれない。
そして――。
もしかしたら。
生徒会長にだって、勝てるかもしれない。
この時の俺は。
本気で、そう思っていた。




