第二十九話「傲慢」
ナージャとの模擬戦を終え、俺は次の相手へと視線を向けた。
次の相手は――ギレウス。
そう、俺の一番の友達だ。
「まさか次がギレウスとはな」
「前は一方的だったけど、今日は負けないからね!」
ギレウスはそう言いながら剣を構えた。
いつもの明るい表情とは違う。
眼光は鋭く、俺を真っ直ぐ見据えている。
思えば、ギレウスと初めて模擬戦をしたのは一年生になって間もない頃だった。
あの時の俺は、自分の力を全く理解していなかった。
生体魔力が同じくらいだから大丈夫だろう。
そんな軽い考えで剣を振って――ギレウスを壁まで吹き飛ばした。
服が破れ、俺が使っていた木剣まで粉々になった。
先生がすぐに治癒魔術を使ってくれたから大事には至らなかったものの、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
あれから一年以上。
俺は力の制御を覚えた。
そしてギレウスも、ずっと剣術を学んできた。
あの時とは、お互いに違う。
「それでは――始め!」
先生の声と同時に、互いに地面を蹴った。
先に仕掛けてきたのはギレウスだった。
一気に間合いへ入り、剣を振るう。
ガキンッ!
俺は剣を合わせ、その軌道を逸らす。
すぐに二撃目。
それも身体をずらしてかわす。
「っ!」
確かに。
前よりは動きが良くなっている。
剣の振り方も、足運びも、以前とは違う。
最初の頃みたいに、ただ力任せに振っているわけじゃない。
攻撃をかわされた後の立て直しも早くなっている。
ちゃんと一年間練習してきたんだと分かる。
だけど――。
正直に言おう。
俺は、かなり手加減をしている。
筋力だけじゃない。
踏み込む速さも、剣を振る速度も抑えている。
ギレウスの攻撃を見てからでも十分に対応できる。
本人は気づいていないだろう。
実際、ギレウスは成長している。
でも、俺からすれば――以前より少し面倒になった程度だった。
「…………」
ナージャの時もそうだった。
相手の動きがよく見える。
足。
肩。
視線。
剣先。
どこから攻撃してくるのか、振り始める前からなんとなく分かる。
前世で剣道を経験していたからなのか。
この世界で一年以上剣術を学んだからなのか。
それとも両方なのか。
少なくとも――。
中級魔術とは、まるで違う。
あっちは半年やっても、一度すら成功しなかった。
何が悪いのかすら分からなかった。
でも剣なら分かる。
相手が何をしようとしているのか。
自分がどう動けばいいのか。
全部、見える。
「じゃあ、これはどうだ!」
ギレウスが大きく踏み込んだ。
さっきより深い。
同時に剣が振り下ろされる。
「――っと」
俺は正面から受けない。
自分の剣を斜めに合わせ、ギレウスの力を横へ逃がす。
ガキンッ!
「っ!」
剣を弾かれたことで、ギレウスの上体がわずかに流れた。
隙。
俺は一歩踏み込む。
その瞬間、一年前の光景が頭をよぎった。
吹き飛んでいくギレウス。
砕けた木剣。
だからこそ――力は込めない。
必要なのは、剣を握れなくする程度。
俺は手首を返し、刃ではなく峰を向けた。
そしてギレウスの腕へ、制御した一撃を入れる。
ガッ!
「いっ……!」
痛みでギレウスの手から力が抜ける。
その瞬間、俺は剣を絡めるようにして相手の武器を弾いた。
カランッ!
剣が地面を転がる。
ギレウスは体勢を崩し、その場に片膝をついた。
俺は追撃しない。
剣先をギレウスの前で止める。
「そこまで!」
先生の声が響いた。
終わった。
俺はすぐに剣を引く。
先生がギレウスのところへ向かい、峰打ちを受けた腕を確認する。
「《ヒール》」
淡い光が腕を包む。
大きな怪我ではなかったようだが、真剣である以上、刃を使わなくても衝撃はある。
だからこそ、今まで以上に力の制御が必要になる。
「いやぁ……やっぱりシャウトは強いな」
治療を終えて立ち上がったギレウスは、腕を軽く動かしながら笑った。
「前よりは戦えると思ったんだけどなぁ」
「まあ、前よりは強くなってたよ」
「その言い方、なんか悔しいな!」
「本当のことだろ?」
「そうだけどさ!」
ギレウスが笑う。
俺もつられて笑った。
だけど――。
その内側で、別の感情が少しずつ膨らみ始めていた。
ナージャにも勝った。
ギレウスにも勝った。
それも、まだ本気を出していない。
中級魔術では、半年経っても一度も成功できなかった。
ラントやギレウスが先に進んでいくのを、俺はずっと見ていた。
でも――剣は違う。
これだけは、誰にも負ける気がしない。
もしかすると。
やっぱり俺は、剣に関してはかなり才能があるんじゃないか?
いや。
かなり、どころじゃないかもしれない。
「次、コルド君」
先生の声で、俺は思考を止めた。
次の相手は――コルド。
「…………あいつか」
そういえば、コルドとは今まで一度も戦ったことがない。
一年以上同じクラスにいるが、最近は俺の方からあまり関わらないようにしている。
何故かって?
話していると嫌な気持ちになるからだ。
初めて会った時から、コルドは人族である俺を露骨に見下していた。
サリナが俺に負けた時だって、同じデュランダルの名を持つ者が人族に負けたことを気にしていた。
正直、相性がいいとは思えない。
俺とコルドは互いに距離を取り、向かい合う。
コルドも剣を構えた。
風魔術を得意とする天翔族。
しかもデュランダル家の一人。
剣術だけならともかく、今回は魔術も使用できる。
さすがにナージャやギレウスと同じようにはいかないかもしれない。
…………まあ。
負けるつもりはないけどな。
「始め!」
先生の声が響く。
俺はすぐには動かず、剣を構えたまま相手の出方を見る。
コルドも動かない。
数秒。
互いに距離を保ったまま、睨み合う。
来ないのか?
そう思った瞬間――コルドが剣を持っていない方の手を俺へ向けた。
「《ウィンド》!」
次の瞬間。
凄まじい風が、正面から俺を襲った。
「うおっ!?」
足が地面から離れた。
そのまま身体ごと後方へ吹き飛ばされる。
「くっ……!」
速い。
剣で来ると思っていたところに、いきなり魔術。
いや。
魔術を使っていいんだから、当然の選択だ。
前回の授業でも、剣と魔術を組み合わせる戦い方を習ったばかりじゃないか。
むしろ俺が、剣での勝負に意識を寄せすぎていた。
風に押され、身体が止まらない。
背後には壁。
このままいけば叩きつけられる。
だが――。
壁へ激突する直前。
俺を押していた風が弱まった。
「…………!」
今だ。
俺は身体を捻る。
背中から壁へぶつかるのではなく、両足を前へ。
ダンッ!
靴底が壁を捉える。
膝を曲げ、衝撃を吸収する。
そして。
そのまま――蹴った。
ドンッ!
筋力の恩寵。
今度はその力を、相手を殴るためじゃなく、自分自身を加速させるために使う。
身体が一気に前へ飛び出した。
「なっ!?」
コルドの表情が変わる。
さっきまでの余裕が消えた。
一瞬で距離が縮まる。
コルドは慌てて剣を構えながら、もう一度空いた手を俺へ向けた。
「《ウィンド》!」
風が生まれる。
だが。
遅い。
発動する瞬間が分かる。
俺は真正面から風を受ける前に、僅かに軌道をずらした。
同時に剣を振るう。
ガキンッ!
俺の剣が、コルドの剣を下から弾き上げた。
「っ――!」
カランッ!
剣が宙を舞い、地面へ落ちる。
コルドの視線が、一瞬だけ飛ばされた剣を追った。
それが決定的な隙になった。
俺はさらに一歩踏み込み――。
止める。
剣先が、コルドの目前で静止した。
コルドは動けない。
「そこまで!」
先生の声が響いた。
俺は剣を下ろす。
「…………ふぅ」
これで三人目。
ナージャ。
ギレウス。
そしてコルド。
全員に勝った。
コルドは何も言わずに立ち上がった。
その顔には、はっきりと苛立ちが浮かんでいる。
「…………」
何か言ってくるかと思ったが、コルドは俺を睨んだだけで、そのまま離れていった。
まあ、あいつからすれば相当悔しいんだろう。
人族を見下しているあいつが、その人族に負けたんだからな。
俺はそんなコルドの背中を見ながら、剣を握り直した。
ナージャにも勝った。
ギレウスにも勝った。
コルドにも勝った。
しかも、どの勝負も本気を出したとは言い難い。
「…………」
やっぱり。
俺、強いんだな。
中級魔術ではあれだけ苦労したのに、剣を握れば負ける気がしない。
相手の間合いも分かる。
動きも見える。
剣の軌道も読める。
どこへ踏み込めばいいのかも分かる。
そして筋力の恩寵がある。
技術だけじゃない。
身体能力だけでもない。
その両方を俺は持っている。
純粋な剣の技術でも、俺はこいつらより上だ。
身体能力なら、比べるまでもない。
だったら――。
「…………もしかして」
一つの考えが浮かんだ。
このクラスに。
俺に勝てる奴なんて、いないんじゃないか?
以前の俺なら、すぐにそんなことを考えなかったかもしれない。
ギレウスを吹き飛ばした時、自分の力が怖くなった。
中級魔術では何度挑戦しても失敗した。
俺にだって、できないことはある。
そんなことは嫌というほど分かっている。
でも。
だからこそ。
久しぶりに自分が圧倒的に上手くできるものを見つけたことが、嬉しかった。
半年間ずっと味わっていた劣等感を、一気に取り返しているような感覚。
一人倒すたびに。
勝つたびに。
自信が戻ってくる。
いや――。
戻りすぎていることに。
この時の俺は、まだ気づいていなかった。
剣なら負けない。
俺には剣の才能がある。
それも、少し得意なんて程度じゃない。
このクラスで俺に剣で勝てる奴なんて――。
いない。
いつの間にか俺は、それを疑わなくなっていた。




