第二十八話「剣の才覚」
今日は久しぶりの模擬戦だ。
しかも今回は、魔術を使ってもいいらしい。
今までの模擬戦では、基本的に剣術だけで戦っていた。だが最近は、剣術の授業でも魔術を組み合わせた戦い方を教わるようになっている。
前回なんて、《ウィンド》で投げた短剣を操作する練習までした。
俺としては未だに「それ剣術なのか?」と思うところはあるが、この世界では剣と魔術を完全に分けて考える方がおかしいのかもしれない。
実際の戦闘なら、剣だけで戦う方が珍しいだろう。
今まで習ってきた剣術と魔術を、実戦形式で使ってみる。
今回はそういう授業なんだろう。
それに――正直、少し楽しみだった。
この世界に来てからも、ギレウスを吹き飛ばした失敗をきっかけに、三ヶ月かけて徹底的に力の制御を練習した。
俺にとって剣術は、今のところ数少ない自信を持てる分野だった。
そんなことを考えていると――。
「それでは、シャウト君」
「へ?」
思わず変な声が出た。
その瞬間、周りから小さな笑い声が聞こえてくる。
…………笑うなよ。
「シャウト君には、皆さんの相手をしてもらいます」
「…………みんな?」
聞き間違いか?
俺は思わず周囲を見回した。
クラスメイトたちが、こっちを見ている。
一人じゃない。
本当に、みんな?
「はい。シャウト君は《筋力の恩寵》を持っていますからね」
先生は当たり前のように続ける。
「もちろん、これまで練習してきた力の制御も含めてです。相手に怪我をさせないよう、きちんと力を抑えて戦ってください」
「…………」
なるほど。
俺の筋力は、普通の人族とはかなり違う。
生体魔力が同程度だったギレウスですら、まともに一撃を入れたら壁まで吹き飛ばしてしまった。
あの時は木剣まで粉々になった。
だからこそ、その力を抑えた状態で色々な相手と戦わせる。
単純に勝つことだけではなく、相手に合わせて自分の力を制御する。
そういう授業らしい。
理屈は分かる。
分かるんだけど。
クラス全員の相手か。
随分と大役を任されたもんだな。
まあ、一斉に戦うわけじゃないだろう。
一人ずつなら何とか――。
「分かりました」
俺は用意されていた木剣へ手を伸ばす。
魔術を使ってもいい模擬戦。
相手は一人じゃない。
それぞれ得意な魔術も、戦い方も違うだろう。
…………面白そうじゃないか。
「それと、今回は真剣を使います」
「…………え?」
今、なんて言った?
真剣?
いやいや、そんなわけないよな。
聞き間違いだろ。
いくら魔術を使っていい実戦形式の模擬戦だからって、まだ子供の授業だぞ?
俺は先生の方を見る。
だが先生は何事もなかったかのように、用意されていた一本の剣を俺へ差し出した。
…………マジ?
恐る恐る受け取る。
ずしりとした重さが手に伝わった。
今まで使ってきた木剣とは、明らかに感触が違う。
鞘からほんの少しだけ抜いてみる。
光を反射する金属の刃が見えた。
「…………」
そんなことはなかった。
本物だ。
俺は今、人を殺せる武器を持っている。
せんせぇ〜。
これ、やり過ぎじゃないの〜?
心の中の俺が、情けない声を上げている。
前世でも剣を振った経験はある。
でも、あれは竹刀だ。
人を斬るための道具じゃない。
今手に持っているものとは、根本的に違う。
しかも今回は魔術まで使用可能。
さっきまで「面白そうじゃないか」なんて思っていた自分を殴ってやりたい。
これ、本当に模擬戦だよな?
「では、最初はナージャさん。お願いします」
「…………」
女の子かよ。
怖いよ、先生。
こっちは真剣だぞ?
いくら力の制御を練習してきたとはいえ、木剣とはわけが違う。
少し力加減を間違えるだけで、大怪我じゃ済まないかもしれない。
俺は剣を握り直し、ナージャと向かい合った。
さっきまで聞こえていた周囲の話し声が、妙に遠く感じる。
…………落ち着け。
これは模擬戦だ。
勝つことより、絶対に相手を傷つけないこと。
それだけは忘れるな。
そう自分に言い聞かせながら、剣を構えた。
すると――。
「……ん?」
冷たい。
頬を撫でる空気が、一気に冷たくなった。
吐いた息が、わずかに白くなる。
ナージャの周囲に水が集まり、それがみるみる形を変えていく。
水が固まり、透明な刃を形作った。
氷の剣。
ナージャはそれを握り、静かにこちらへ向ける。
「…………」
おいおい。
なんだよ、それ。
後から知ったことだが、ナージャはこの半年で、水を凍らせる魔術を覚えたらしい。
…………これ、水魔術なのか?
水を出すところまでは分かる。
でも凍らせたら、それもう氷魔術じゃないのか?
それってありなのか?
中級魔術の授業が始まってから、魔術の使い方が一気に広がった気がする。
先生も以前、中級以上では一つの属性でも様々な使い方ができると言っていた。
ということは、これも水属性の応用ということなんだろうか。
そう考えている間にも、ナージャは俺から視線を逸らさない。
さっきまでの授業とは空気が違う。
俺の手には、本物の剣。
ナージャの手には、氷とはいえ鋭い刃。
どちらも当たりどころが悪ければ、ただでは済まない。
自然と剣を握る手に力が入った。
静かだ。
誰も喋らない。
俺とナージャの間にある数メートルの距離が、やけに短く感じる。
そして――。
「始め!」
先生の声が響いた。
その瞬間。
ナージャが地面を蹴った。
速い。
――いや。
そう思ったのは、一瞬だけだった。
氷の剣を構え、一直線に距離を詰めてくる。
その切っ先が俺へ向く。
でも。
「…………」
怖くない。
さっきまであれだけ真剣を持つことに緊張していたのに。
不思議なくらい、落ち着いている。
いや――違う。
見えるんだ。
踏み込む足。
肩の動き。
剣を握る手。
刃の向き。
そして、俺との間合い。
全部が見える。
ナージャが弱いわけじゃない。
少なくとも、全く剣を扱えない動きには見えない。
それでも――。
…………遅い。
俺の目には、そう映った。
ナージャの氷の剣が振り抜かれる。
俺は半歩だけ身体をずらした。
冷たい刃が、紙一重で目の前を通過する。
その瞬間――俺の身体はもう動いていた。
考えるより先に足が出る。
相手の攻撃を避けた直後。
無防備になった瞬間へ踏み込む。
前世で何度も繰り返した動き。
この世界に来てからも、何度も練習してきた動き。
俺は剣を振った。
ただし、狙うのはナージャじゃない。
氷の剣。
キィン――!
金属の刃と氷がぶつかる。
一瞬だけ抵抗が手に伝わった。
ここで力を入れすぎるな。
相手を吹き飛ばす必要はない。
必要な分だけ。
氷の刃を砕く、それだけの力。
パキンッ!
澄んだ音とともに、氷の剣が砕けた。
細かな破片が光を反射しながら宙を舞う。
ナージャの目が大きく開かれる。
「…………え?」
だが、もう遅い。
俺は剣を振り抜かなかった。
途中で力を殺す。
軌道を変える。
そして――止める。
俺の剣は、ナージャの首元で止まっていた。
刃と肌の間は、紙一重。
あと少し。
本当に、あと少しだけ動かせば届く距離。
砕けた氷が、遅れて地面へ落ちていく。
カラン。
静かな音が響いた。
誰も喋らない。
「…………」
俺も動かなかった。
剣を止めたまま、ナージャを見る。
そして、一瞬遅れて理解する。
勝負は――もう終わっていた。
「そこまで!」
先生の声が響く。
俺はすぐに剣を引き、ナージャから距離を取った。
「…………ふぅ」
思わず息が漏れる。
ナージャも砕けた氷の剣を見た後、自分の首元へ手を当てていた。
俺は自分の手に握られた剣を見る。
傷つけていない。
ちゃんと止められた。
氷の剣を砕く時も、必要以上に力を込めなかった。
あの頃とは違う。
ギレウスを壁まで吹き飛ばし、木剣まで粉々にしてしまった頃とは。
三ヶ月間、ひたすら力を止める練習をした。
その後も一年以上、剣術の授業を続けてきた。
その積み重ねが、今の一瞬に全部出た。
「…………」
勝った。
しかも、思っていたよりずっとあっさりと。
中級魔術では、半年間どれだけ練習しても一度も成功できなかった。
ラントやギレウスたちが先へ進んでいくのを、ずっと見ていることしかできなかった。
でも――剣を握った瞬間。
そんなことを考える暇すらなかった。
相手の動きが見えた。
どう避ければいいのか分かった。
どこへ剣を振ればいいのか分かった。
そして、相手を傷つけずに止めることもできた。
これは《筋力の恩寵》だけじゃない。
力が強いだけなら、氷の剣ごとナージャを吹き飛ばしていたかもしれない。
俺が今やったのは、その逆だ。
必要な分だけ力を使い、必要な場所へ剣を振り、必要なところで止めた。
それができた。
「…………剣なら」
小さく呟く。
魔術では、ずっと失敗している。
だけど。
俺にも――ちゃんとできることがある。
「では、次の相手です」
先生の声に、俺は顔を上げた。
そうだった。
これで終わりじゃない。
今日は俺が、みんなの相手をするんだった。
ナージャは最初の一人にすぎない。
俺はもう一度、剣を構える。
さっきまで感じていた真剣への恐怖は、完全になくなったわけじゃない。
それでいい。
怖さを忘れたら、本当に相手を傷つけるかもしれない。
だから怖さは残したまま。
それでも――戦える。
次は、誰だ?
気づけば俺は、少しだけ楽しみになっていた。




