第二十五話「成長魔力の謎」
俺たちはグラウンドに来ていた。
昨日話した通り、今日はギレウスと二人で自主練習だ。
ギレウスは火属性。俺は雷属性。
それぞれが専攻している属性の中級魔術を習得するために、こうして休みの日まで練習しに来たわけだが――正直、俺には魔術の練習以上に確かめたいことがあった。
成長魔力について立てた、あの仮説だ。
中級魔術を発動するためには、成長魔力の上限値がある一定のところまで成長している必要があるんじゃないか。そして、その成長には使った魔術の属性も関係しているんじゃないか。
まだ全部、俺の予想にすぎない。
でも、もしこの仮説が正しかったら――魔術を習得するために何が必要なのかが分かる。
ただ闇雲に何度も挑戦するんじゃなく、必要な条件を理解した上で練習できるようになる。そうなれば、魔術の習得速度は今までより飛躍的に上がるはずだ。
「よし……」
今日はただの自主練じゃない。
俺の仮説が正しいのか。それを確かめるための実験でもある。
まず確かめたいのは、成長魔力が何をきっかけに増えるのかだ。
教本には、魔術を使うことで成長魔力は成長していくと書かれている。だが、それだけじゃ少し曖昧だ。
単純に魔術を使えば使うほど成長するのか。それとも――魔力を枯渇寸前まで使うことに意味があるのか。
ここは判断しておきたい。
もし前者なら、消費の少ない魔術を何度も使った方が効率がいい。逆に後者なら、一度に大量の魔力を使って限界まで減らした方が成長しやすいことになる。
「…………いや、まずはこっちから試すか」
思い出せ。
ラントが初めて《ショックウェーブ》を発動した時、その直前に何をしていた?
俺とラントは、大量の魔力を込めて《ショックウェーブ》を発動しようとした。
結果は失敗。ただ威力の高い《ショック》になっただけだった。
だが、その一発でかなりの魔力を消費した。そしてラントは魔力を少し回復させた後、《ショック》を使った。
その時だ。
偶然、《ショックウェーブ》が発動した。
「やっぱり、こっちだな」
「何が?」
「俺は魔力を限界まで使ってみる」
ラントが成功する直前に大量の魔力を消費していた。だったら、まずは同じ方向から試した方がいい。
少なくとも雷魔術については、枯渇するくらいまで魔力を使ってみよう。それで何か変化が起きるか確かめる。
もし何も起きなかったとしても、その後に別の方法を試せばいい。
「じゃあ僕は、回数でやってみるよ」
「回数?」
「ああ。シャウトは魔力を一気に使って、限界まで減らすんだろ?」
「そのつもりだ」
「だったら僕は逆に、《ファイアーボール》を何回も使ってみる」
なるほど。
俺が枯渇するほどの魔力消費。ギレウスが魔術を使った回数。
それぞれ別の方法を試せば、どちらが成長魔力に関係しているのか比較できる。
「でも大丈夫か? 何回も使ってたら、結局お前も魔力なくなるだろ」
「そこは一回に使う魔力をできるだけ少なくするよ。《ファイアーボール》ならいくらでも出せるからね」
「なるほどな」
完全に条件を分けられるわけじゃない。
魔術を使う以上、どうしたって魔力は減る。
それでも俺は一度に大きく消費する。ギレウスは一回の消費を抑えて、できるだけ回数を増やす。
これなら多少は違いが見えるかもしれない。
「よし。じゃあそれでやってみるか」
「うん!」
俺は雷。
ギレウスは火。
同じ成長魔力を、違う方法で鍛える。
これで何が変わるのか。
検証開始だ。
「《ショック》!」
バヂッ!
いつもより多くの魔力を込めた電撃が前方へ走る。
少し離れたところでは、ギレウスが小さめの《ファイアーボール》を放っていた。
「《ファイアーボール》!」
炎の球が飛んでいく。
そして、またすぐに次の一発。
俺も負けじと魔力を込め直す。
「《ショック》!」
バヂッ!
ギレウスは回数。
俺は消費量。
しばらく休憩を挟みながら、ひたすらそれを繰り返した。
◇ ◇ ◇
気づけば、もう夕方になっていた。
「…………結構やったな」
「うん。まさか夕方までやるとは思わなかったよ」
それにしても。
俺たち、思っていた以上に成長魔力が増えているらしい。
一年生の頃なら、ここまで長時間魔術を使い続けるなんてできなかったはずだ。
特にギレウスは、一回ごとの魔力消費をかなり抑えている。そのおかげか、これだけ《ファイアーボール》を使ったというのに、まだ魔力が枯渇する様子はない。
一方の俺は――。
「…………だるい」
身体が重い。
力が入りづらいというか、全身に妙な倦怠感がある。
これが魔力を使いすぎた時の感覚なのか?
今までここまで意図的に魔力を消費し続けたことはない。
多分、かなり枯渇に近づいている。
「シャウト、大丈夫?」
「ああ……多分」
とは言ったものの、さすがにこれ以上続けるのはまずそうだ。
次で最後にしておこう。
「これ撃ったら終わりにする」
「無理しない方がいいんじゃない?」
「大丈夫だって。あと一回だけだ」
俺は人のいない方向へ右手を伸ばす。
最後だ。
せっかくなら、できるだけ魔力を込めてみよう。
残っている魔力を引き出すように意識する。
手のひらで電撃が弾け始めた。
バチッ。
バチバチッ。
「《ショック》!」
電撃を放った。
その――瞬間だった。
「…………え?」
突然、身体から力が抜けた。
視界が揺れる。
立っていられない。
「シャウト?」
ギレウスの声が聞こえる。
まずい。
そう思った時には、もう遅かった。
視界が真っ暗になり――俺の意識は、そこで途切れた。
◇ ◇ ◇
「…………ん」
目を覚ますと、見慣れない天井があった。
ここは……どこだ?
身体を起こそうとすると、すぐ横から声が飛んできた。
「シャウト!」
「うおっ」
ギレウスがものすごい勢いで駆け寄ってくる。
「大丈夫!? 気分悪くない!? どこか痛くない!?」
「お、おう。大丈夫だから落ち着け」
「本当に!? 急に倒れたんだよ!?」
お前が焦ってどうする。
……なんて思ったが。
こいつ、本当に優しい奴だな。
周囲を見る。
ベッドがいくつか並び、薬らしきものが置かれた棚がある。どうやら学校の医務室らしい。
そして、ギレウスの隣には先生もいた。
「目が覚めましたか、シャウト君」
「はい……」
そうだ。
俺はギレウスとグラウンドで魔術の練習をしていた。
成長魔力についての仮説を確かめるために、意図的に魔力を大量に消費して――最後に《ショック》を使った瞬間。
そこから記憶がない。
「ギレウス君から事情は聞きました」
どうやら俺が倒れた後、ギレウスが先生を呼んでくれたらしい。
先生は俺の様子を確認すると、少し真剣な表情になった。
「シャウト君。あなたは魔力枯渇を起こしたのですか?」
「多分……そうだと思います」
気絶する直前、身体はかなりだるかった。最後の《ショック》を撃った直後に意識を失ったことを考えれば、おそらく魔力を限界まで使ってしまったんだろう。
「そうですか……」
先生の表情が曇った。
…………なんだ?
その反応。
何かまずいことでもしたのか?
「シャウト君」
「はい」
「今から言うことは、少し驚くかもしれません。ですが、冷静に聞いてください」
先生の声色が明らかに変わった。
さっきまでとは違う。
真剣な顔で俺を見ている。
…………おいおい。
なんだよ。
急に怖くなってきたぞ。
俺は思わず固唾を飲む。
「あなたは魔力が枯渇するまで魔術を行使し、その結果、意識を失いました。今はこうして目を覚ましていますが――」
先生が一度言葉を止める。
「あなたの身体には、ある変化が起きています」
ある変化?
なんだそれ。
教本に載ってたか?
いや、まだ二年生では習わない内容なのかもしれない。
俺は黙って先生の次の言葉を待つ。
「魔力枯渇を起こすと――成長魔力は半減します」
「…………は?」
一瞬。
何を言われたのか理解できなかった。
成長魔力が――半減?
「今……なんて言いました?」
「魔力枯渇を起こした場合、それまで成長させてきた成長魔力は、およそ半分まで減少します」
「…………」
おい。
嘘だろ。
成長魔力が半分になる。
その言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。
入学した時、俺の成長魔力は五百だった。
それから一年以上。
授業を受けて、魔術を覚えて、何度も何度も使ってきた。
最近では、自分でも分かるくらい魔力量が増えていた。
それが――半分?
「…………今までの努力が、水の泡じゃないか」
思わず、そんな言葉が漏れた。
中級魔術を早く習得する方法を見つけるつもりだった。
成長魔力の仕組みが分かれば、魔術の習得速度だって上げられると思っていた。
その結果がこれかよ。
むしろ減ってるじゃねぇか。
「シャウト君」
先生が優しく声をかけてくる。
「安心してください。失われた成長魔力も、また魔術を使い、成長させていけば元に戻ります」
「…………はい」
「時間はかかるかもしれませんが、これまで積み重ねてきた経験まで失われたわけではありません。また頑張ればいいんです」
きっと励ましてくれているんだろう。
それは分かる。
分かるんだけど――今の俺には、全く励ましの言葉には聞こえなかった。
また頑張れば元に戻る。
つまり。
また同じところまで頑張らないといけない。
頭が真っ白だった。
何も考えたくない。
そんな俺を見て、隣にいたギレウスが口を開いた。
「大丈夫さ!」
「…………え?」
「まだ僕たちは成長途中だよ!」
ギレウスはいつもの調子で笑っていた。
「シャウトなら、またすぐ増えるよ。それに僕もいるんだからさ。一緒に頑張ろ!」
「…………」
一緒に、か。
そうだ。
何をそんなに絶望してるんだ、俺は。
前世の感覚があるせいで忘れそうになるけど――今の俺は、まだ七歳だ。
この世界では、まだまだ子供。
これから何年も魔術を学んでいく。
だったら、半分になったくらいで全部が終わったような顔をしてどうする。
「……そうだな」
不思議だった。
先生から「また頑張ればいい」と言われた時には何も感じなかったのに、ギレウスに同じようなことを言われただけで、少しだけ気持ちが軽くなった。
「ありがとう、ギレウス」
「うん!」
この世界に来て、初めてできた友達。
まだ出会って一年ちょっとしか経っていない。
それでも――こいつとは、これからも長い付き合いになりそうな気がする。
おそらく。
ギレウスは、俺の親友になるんだろうな。




