第二十三話「ひとまず成功?」
ラント・シルマ。
後で知ったことだが、こいつは一年生の時、クラスで最初に雷属性の初級魔術を習得したらしい。
…………全く知らなかった。
というか、そもそも居たのか? というレベルだ。
いや、さすがにそれは失礼か。
一年間同じクラスだったんだから、顔くらいは見ていた。見ていた……はずだ。
ちなみにギレウスは普通に知っていた。それどころか、ラントに雷魔術を教えたことまであるらしい。
…………だったらあいつ、俺にも教えてくれよ。
まあ、俺が聞かなかったのも悪いんだけど。
そんな雷魔術が得意なラントと、俺は《ショックウェーブ》をどうやって発動するのか考えていた。
「なあ、ラント」
「なに?」
「一回、魔力を全力で込めて撃ってみるってのはどうだ?」
俺がそう提案すると、肩の上に座っていたラントが呆れたように俺を見る。
「それ、先生が違うって言ってたじゃん」
「いや、そうなんだけどさ」
中級魔術は、単純に初級魔術へ大量の魔力を込めればいいわけではない。それはさっきの授業で聞いた。
ナージャだって《スプラッシュウォーター》を発動させようとして失敗している。
でも――。
「実験だよ、実験。先生が違うって言ってたとしても、実際にやってみれば何が違うのか分かるかもしれないだろ?」
成功するとは思っていない。
でも、魔力量を増やした《ショック》がどうなるのか。それを実際に確かめれば、《ショックウェーブ》との違いを考える材料にはなるかもしれない。
ラントは少し考え込む。
「…………なるほど」
お。
納得してくれたか。
「じゃあ私もやる!」
「え?」
「実験なんでしょ? 二人でやった方が分かりやすいじゃん!」
「まあ、それはそうだけど」
さっきまで反対していたのに。
切り替え早いな。
俺はラントを肩から降ろし、二人で人のいない方向へ移動した。少し間隔を空けて並ぶと、それぞれ前方へ手を向ける。
「じゃあ、まず普通の《ショック》からやってみるか」
「うん!」
比較するなら、基準があった方がいい。
「《ショック》!」
「《ショック》!」
バチッ!
二つの電撃がほぼ同時に放たれた。
やっぱりラントの方が綺麗だ。
威力が極端に違うわけじゃない。ただ、電撃が弾ける瞬間というか、魔力が雷に変わる感覚というか――俺より無駄がないように見える。
これが雷を得意とする小人族の差なのか?
「次、全力ね!」
「お、おう」
なんかこいつ、急に楽しそうだな。
「ただし、人がいる方向には絶対撃つなよ」
「分かってるって!」
俺たちはもう一度手を構えた。
今度は――全力。
体内から魔力を引き出す。
いつも《ショック》を使う時よりも多く。
さらに多く。
バチッ。
バチバチッ!
俺の手のひらで激しく電撃が弾け始める。隣を見ると、ラントの小さな手の周囲でも電撃が激しく走っていた。
「いくよ!」
「ああ!」
「《ショックウェーブ》!」
「《ショックウェーブ》!」
バヂィッ!!
二つの電撃が同時に前方へ放たれた。
「おおっ!」
明らかにいつもの《ショック》より強い。
音も威力も、さっきとは段違いだ。
…………でも。
「これ……」
「うん」
ラントと顔を見合わせる。
「ただ強い《ショック》だな」
「ただ強い《ショック》だね」
やっぱりダメか。
魔力量を増やしたところで、《ショック》は《ショック》のまま。《ショックウェーブ》にはならない。
しかも――。
「うわ……結構使ったな」
一気に魔力を持っていかれた。
得られた結果に対して、消費が大きすぎる。完全に燃費が悪い。
「やっぱり先生の言った通りだったね」
「だな……」
まあでも、これで一つ分かった。
魔力量を増やすだけでは、中級魔術にはならない。
失敗ではある。
でも、実験としては成功だ。
…………多分。
さて。
次はどうするか。
俺がもう一度考え始めようとした、その時だった。
すりすり。
「…………ん?」
何かが足に当たる。
すりすり。
「…………」
ラントだ。
何故か俺の足に身体を擦り付けている。
…………なんだこいつ。
変態か?
「…………何してんだよ」
俺は思わず少し引き気味に聞いた。
するとラントは不思議そうな顔をする。
「何って、魔力回復」
「…………は?」
「私たち小人族はね、こうやって身体を擦ったりして発生した力を使って、魔力を回復させることができるのよ!」
ラントは何故か自信満々に胸を張った。
「すごいでしょ!」
「へえ……」
小人族ってそんなことできるのか。
身体を擦ることで発生する力。
前世の知識で考えるなら、静電気みたいなものか?
小人族が雷属性を得意としているのも、こういう性質と何か関係があるのかもしれない。
…………いや。
それはそれとして。
「だとしても俺を使うなよ!」
「だってちょうどいいところにいるんだもん!」
「俺は充電器じゃねえ!」
…………なんて言っても、こいつには充電器が何なのか分からないだろうけど。
「もう回復したのか?」
「ちょっとだけね!」
ラントは俺から離れると、自分の手を見つめた。
「よし! もう一回やってみる!」
「また全力で?」
「違うよ。今度は普通の《ショック》!」
「普通の?」
「うん。さっきいっぱい魔力使ったから、ちゃんといつも通り使えるか確認してみる」
「なるほど」
魔力を大量に使った直後だ。
一度、いつもの感覚に戻してみるのも悪くないか。
「じゃあ俺は見てるよ」
「うん!」
ラントは人のいない方向へ向き直ると、小さな右手を前へ伸ばした。
さっきまでと同じ。
特別大量に魔力を込めているようには見えない。本人も普通の《ショック》を使うつもりなんだろう。
「《ショック》!」
次の瞬間。
バヂィィィッ!!
「え?」
電撃が――広がった。
今までの《ショック》とは明らかに違う。
ラントの正面から放たれた電撃が、一点ではなく、まるで波のように左右へ広がっていく。
「うわっ!?」
そして。
その範囲には――俺もいた。
「ちょ、待っ――」
バヂッ!!
「いだだだだだだだだッ!?」
全身に電撃が走る。
身体が勝手に跳ね、足から力が抜けた。
「シャウト!?」
「ビリッ……じゃ、ねえ……」
なんだ今の。
痛い。
というか、痺れる!
威力そのものはそこまで高くなかったのかもしれない。でも、まともに巻き込まれた俺の身体は言うことを聞いてくれない。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫に……見えるか……?」
「ご、ごめん! 普通の《ショック》を使ったつもりだったの!」
「普通の《ショック》で……俺がこんなことになるか……」
「だからごめんって!」
少しして、ようやく身体の痺れが弱まってくる。
俺は地面に座り込んだまま、さっき電撃が走った範囲を見る。
待て。
今の――。
「ラント」
「な、なに?」
「今の……《ショックウェーブ》じゃないか?」
「…………え?」
ラントも今になって気づいたらしい。
二人でさっき電撃が走った場所を見る。
一点ではなく、広い範囲へ放たれた電撃。
しかも、俺まで巻き込むほどの範囲。
どう考えても、さっきまでの《ショック》とは違う。
「多分……《ショックウェーブ》?」
「だよな……」
できた。
いや。
俺はできてない。
ラントも狙ってやったわけじゃない。
というか、発動した本人が一番驚いている。
「なんで今できたんだ?」
「…………分かんない」
「だよな……」
魔力を大量に込めた時は失敗した。
ただ威力の高い《ショック》になっただけだった。
なのに今、ラントが普通の《ショック》を使おうとしたら、突然が発動した。
偶然とはいえ、何かが違ったはずだ。
でも、その何かが分からない。
「何かいつもと違うことした?」
「してないよ。普通に《ショック》を使おうとしただけ」
「魔力量は?」
「いつもと同じくらい」
「範囲を意識したとか?」
「してない」
「…………」
「…………」
分からん。
なんで成功したんだ?
「とりあえず、もう一回やってみてくれ」
「うん!」
ラントは再び人のいない方向へ手を向ける。
「さっきと同じ感じでいいんだよね?」
「多分」
「多分って……」
「俺も分かんないんだから仕方ないだろ」
「じゃあ、やってみる」
ラントが集中する。
そして――。
「《ショックウェーブ》!」
バチッ!
小さな電撃が前方へ走った。
「…………」
「…………」
「ショックだな」
「ショックだね」
やっぱり。
さっきの《ショックウェーブ》は再現できなかった。
「もう一回」
「うん!」
ラントが再び手を向ける。
「《ショックウェーブ》!」
バチッ!
「…………」
「…………」
また《ショック》。
「なんで!?」
「俺に聞くなよ!」
さっきは確かにできた。
広範囲に電撃が走って、俺まで巻き込まれた。
なのに、再現しようとするとできない。
中級魔術。
思っていた以上に訳が分からない。
「じゃあ今度は俺がやってみる」
「できるの?」
「分からん。でも、さっき見たからな」
俺は人のいない方向へ右手を伸ばす。
ラントが偶然発動させた時の電撃を思い出す。
一点じゃない。
もっと広く。
最初に考えた範囲設定も意識してみる。
魔力を動かし、雷属性へ変える。
バチッ。
「…………よし」
なんとなく。
なんとなくだけど、いけそうな気がする。
「《ショックウェーブ》!」
バチッ!
「…………」
「…………」
「ショックだね」
「言うな」
普通の《ショック》だった。
結局その後も、俺とラントは何度か試してみた。
魔力量を変える。
範囲を意識する。
電撃の広がり方を変えてみる。
ラントが成功した時の状況を、できるだけ再現してみる。
それでも――。
バチッ!
「《ショック》だな……」
「うん」
《ショックウェーブ》は発動しなかった。
一度だけ。
本当に一度だけ、ラントが偶然成功した。
でも、どうして成功したのかは分からない。
そして、その理由を突き止められないまま――。
「はい、今日はここまでにしましょう!」
先生の声がグラウンドに響いた。
周囲で練習していた生徒たちが、一斉に手を止める。
どうやら今日の魔術の授業は終わりらしい。
「結局できなかったね」
「一回できただろ」
「偶然だけどね」
「…………」
否定できない。
俺は自分の右手を見る。
中級雷属性魔術。
今日分かったこと。
魔力を増やすだけではダメ。
ただ範囲を広げようとするだけでもダメ。
そして――ラントは一度だけ成功した。
ただし、その理由は二人とも全く分かっていない。
しかも俺は、成功した本人ですらない。
…………これ、成功って言っていいのか?
まあ。
ひとまず成功ってことでいいか。




