第二十二話「魔術専攻」
先生の指示に従い、俺たちはそれぞれ選んだ属性の練習を始めた。
火、水、風、雷、土。
属性ごとに綺麗に分かれるのかと思っていたが、実際はそうでもない。
「よし、やってみようぜ!」
「あっち空いてるぞ」
「先に初級から試してみない?」
グラウンドのあちこちで声が上がり、各々が友達同士で集まって練習を始めている。
考えてみれば、俺たちがこの学校に入学してからもう一年だ。最初の頃はほとんど全員が知らない奴同士だったけど、さすがに一年も一緒に過ごしていればクラスの人間関係も固まってくる。
みんな、それぞれ仲のいい奴ができている。
と言っても、そこまでガッチリとグループが分かれているわけじゃない。
決まったグループと言えば、俺とギレウス。それから、コルド、リード、サリナのデュランダル三人組。この辺りくらいだろう。
他の奴らは、その時々で一緒にいる相手も結構違う。
デュランダルの三人は、今日も当然のように一緒にいる。三人とも風を選んだし、あいつらに関しては今までとほとんど変わらなそうだな。
一方、俺は――。
「…………」
一人で立っていた。
いや。
別に友達がいないわけじゃないぞ?
ギレウスはいる。
ちゃんといる。
ただ、あいつは火を選んだ。
今も少し離れた場所で、火属性を選んだ生徒たちと一緒に何やら話している。
…………専攻が違うって、こういうことか。
まあいい。
俺は俺でやってみよう。
雷を選んだのはいいが――。
「《ショックウェーブ》か……」
どうすればいいんだ?
俺は自分の右手を見る。
初級雷属性魔術。
これはもう使える。
《ショック》は、その名の通り一瞬だけ電撃を放つ魔術だ。
ビリッ!
と、本当に一瞬だけ電撃が走る。
もちろん食らえば普通に痛いし、身体も痺れる。ただ、普通に発動するだけなら範囲はそこまで広くない。
狙った場所へ、一瞬だけ電撃を放つ。
それが《ショック》。
対して――。
《ショックウェーブ》。
ウェーブ。
波。
名前から考えるなら、広範囲に電撃を放つ魔術……なのか?
俺はさっき先生が見せた《スプラッシュウォーター》を思い出す。
初級の《ウォーターボール》とは、明らかに規模が違っていた。単純に水の量が増えただけじゃない。広がり方も、勢いも、標的へぶつかった時の威力も違う。
ナージャはそれを真似しようとして、水を弾けるような形で飛ばした。でも先生は、あれを《スプラッシュウォーター》ではなく《ウォーターボール》だと言った。
つまり――。
見た目だけ変えてもダメ。
魔力量を増やすだけでも、多分ダメ。
中級魔術として成立させるには、初級とは違う何かが必要になる。
「…………範囲か?」
俺は小さく呟いた。
《ショック》と《ショックウェーブ》。
この二つを比べた時、一番分かりやすい違い。
おそらく重要なのは――範囲設定。
初級の《ショック》は、普通に使えば範囲が狭い。なら、それを最初から広い範囲へ放つように設定する。
一ヶ所に向けて放つんじゃない。
もっと広く。
前方全体へ。
電撃を――波みたいに。
「…………やってみるか」
考えているだけじゃ始まらない。
俺は周囲を確認して、人がいない方向へ身体を向けた。
さっき先生も言っていた。中級魔術は、正しく発動しただけでも十分に危険だ。
ましてや《ショックウェーブ》。
名前からして、周りに人がいる状態で試す魔術じゃない。
俺は右手を前へ出す。
まず、体内の魔力を動かす。ここまでは一年間で何度も繰り返してきた。
使う魔力量を決める。
そして――雷属性へ。
手のひらの周囲で、小さな電撃が弾けた。
バチッ。
ここまでは《ショック》と同じ。
問題はここからだ。
いつものように一点へ集中させるんじゃない。
もっと広く。
前へ。
左右へ。
一ヶ所ではなく――範囲そのものを狙う。
「…………」
難しい。
一点に魔術を放つのは、もう慣れた。でも範囲を広げようとすると、途端に魔力が散らばっていくような感覚になる。
広げる。
でも、散らさない。
雷属性を維持したまま、一つの魔術としてまとめる。
…………なんだこれ。
めちゃくちゃ難しいぞ。
それでも俺は、なんとか魔力を前方へ広げていく。
手のひらで弾ける電撃が少しずつ大きくなる。
バチッ。
バチバチッ。
お。
いけるか?
さっきまで一点に集まっていた電撃が、少しずつ左右へ広がっていく。
これなら――。
俺は前方へ手を向けた。
「《ショックウェーブ》!」
バチィッ!
電撃が放たれる。
「おおっ!」
出た!
俺の正面へ向かって電撃が広がり――。
…………。
…………あれ?
確かに広がった。
でも、俺が想像していたような広範囲の電撃とは程遠い。
いつもの《ショック》が、ちょっと横に広がったくらいだ。
「…………これ、ショックだな」
範囲を広げるだけじゃダメなのか?
いや、それとも広げ方が足りない?
でも、ただ魔力量を増やして無理やり範囲を広げたところで、それは《ショック》を強くしただけなんじゃ……。
「さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」
「ん?」
誰かに話しかけられた。
俺は声のした方へ振り向く。
「…………?」
誰もいない。
周りを見渡してみる。雷属性を選んだ生徒は何人かいるが、みんな少し離れたところで練習している。
今の誰だ?
「こっちだよ」
また声がした。
近い。
すぐ近くから聞こえる。
でも――。
「どこだ?」
右。
左。
後ろ。
誰もいない。
なんだ?
俺、ついに幻聴まで聞こえるようになったのか?
そう思った、その時。
ちょん。
何かが俺の足に触れた。
「うわ!」
思わず声が出た。
「うわ! って酷くない!?」
「え?」
声は――下からだった。
恐る恐る視線を落とす。
そこにいたのは、一人の女の子。
小さい。
いや、小さいなんてもんじゃない。
俺だってまだ七歳だぞ?
その俺が、完全に見下ろすほど小さい。
そこでようやく気づいた。
この子――。
「小人族……?」
「そうだけど?」
女の子は腰に手を当て、不満そうに俺を見上げていた。
そうだ。
この学校には人族や魔族、天翔族だけじゃない。
小人族もいる。
もちろん存在自体は知っていたし、学校でも見かけている。
というか――同じクラスだ。
ただ、まともに話したことがなかった。
それにしたって、真横から話しかけられて普通に見失うとは思わなかったけど。
「いや、ごめん。悪気はなかったんだ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「足元にいるのに全然気づかなかったじゃん」
「…………それについては、本当にごめん」
女の子はまだ少し不満そうだったが、突然両手を俺に向かって伸ばした。
「とりあえず不便だから、肩に乗せてよ」
「…………肩?」
「そう。ずっと見上げて話すの疲れるんだよね」
随分と遠慮がないな。
というか。
「俺、男だけどいいのか?」
「何が?」
「いや……何でもない」
考えてみれば、俺たちはまだ子供だ。
前世の感覚が残っているせいで一瞬変に意識してしまったが、この年齢なら気にするようなことでもないか。
それに、この身長差だ。このまま話していたら、俺もずっと下を向くことになる。
「分かった。ほら」
俺がしゃがむと、女の子は待ってましたと言わんばかりに俺の肩へよじ登った。
軽っ。
小人族って、こんなに軽いのか。
俺がゆっくり立ち上がると、女の子は俺の肩に座ったまま周囲を見渡した。
「おー! やっぱりこっちの方がいい!」
「お前はいいだろうけどな」
「シャウトなら平気でしょ?」
「…………なんで俺の名前知ってるんだ?」
女の子は一瞬きょとんとしたあと、呆れたような顔で俺を見た。
「一年も同じクラスなんだけど!?」
「…………あ」
そうだった。
当然、こいつだって一年間ずっと同じ教室にいたわけで――。
「もしかして、私の名前知らない?」
「…………」
「ちょっと!?」
「いや、待て! 顔は知ってる! ちゃんと見たこともある!」
「名前は?」
「…………」
「知らないんじゃん!」
肩の上から頭を軽く叩かれた。
痛くはない。
「悪かったって。一年間ずっとギレウスと一緒にいることが多かったからさ」
「まあ、私もシャウトと話したことなかったけど」
「じゃあお互い様じゃないか?」
「私はシャウトの名前知ってたもん」
「…………それを言われると弱いな」
女の子は少し得意げに笑った。
「じゃあ、改めて自己紹介ね」
俺の肩に座ったまま、女の子は胸を張る。
「私の名前はラント。ラント・シルマ」
「ラントか」
「そう!」
ラント・シルマ。
これで覚えた。
さすがに肩に乗せた相手の名前を忘れるほど、俺も薄情じゃない。
「改めて、俺はシャウト・ロータス」
「それは知ってるって!」
「一応だよ、一応」
これでようやく、お互いの自己紹介は終わった。
それにしても、一年間同じクラスにいたのに、まともに話したのは今日が初めてか。
専攻が分かれなかったら、もしかすると卒業までほとんど話さなかった可能性だってある。
そう考えると、こういうのも悪くないな。
「それで、ラント」
「なに?」
「さっき俺に話しかけてきたってことは、お前も雷を選んだんだよな?」
「そうだよ」
やっぱりか。
確か小人族は、風と雷の魔術を得意とする種族だったはずだ。
だったら雷を選んだのも納得できる。
それに――。
もしかすると、こいつなら。
「なあ、ラント。《ショックウェーブ》ってどうやるか分かるか?」
俺が尋ねると、ラントは俺の肩の上から手元を覗き込んだ。
「さっきやってたやつ?」
「ああ。俺なりに考えて、範囲を広げればいいんじゃないかと思ったんだけど……」
「うーん」
「どうだ?」
ラントは少し考え込む。
そして――。
「分かんない!」
「…………」
おい。
俺は思わず肩の上のラントを見る。
「分かんないのかよ!」
「だって今日初めて習ったんだから、分かるわけないじゃん!」
「いや、それはそうだけど!」
てっきり何か知ってるような雰囲気だったじゃないか!
「でも!」
ラントはそう言うと、俺の肩の上から右手を伸ばした。
その小さな指先に――。
バチッ。
電撃が弾ける。
「雷なら得意だよ!」
「…………なるほど」
《ショックウェーブ》の使い方は知らない。
俺と同じ。
でも、雷属性そのものの扱いは得意。
なら、一人で自問自答を続けるよりはマシか。
「じゃあ一緒に考えるか」
「うん!」
俺は肩にラントを乗せたまま、もう一度前方へ視線を向ける。
《ショック》と《ショックウェーブ》。
同じ雷属性。
だけど、ただ範囲を広げただけでは中級魔術にはならない。
なら――何が違う?
俺とラントの雷魔術の練習が始まった。




