第二十一話「中級魔術」
あれから半年。
俺は一年生を終え、今日から二年生になる。この世界に生まれてから、もう七年近く経ったことになる。
…………そういえば。
俺、誕生日とか祝ってもらってないな。
前世ならケーキを食べたり、プレゼントを貰ったりしたけど、この世界にはそういう習慣がないんだろうか。父さんや母さんから誕生日について言われた記憶もないし、学校で誰かの誕生日を祝っているところも見たことがない。
別にいいけど。前世では成人してたんだし――。
…………いや。
今は七歳なんだ。ちょっとくらい祝ってほしい。プレゼントとか普通に欲しい。
まあ、それは置いておこう。
この一年で、俺もかなり成長した。
一年生で習った初級魔術は、火属性を除けばかなり使えるようになった。水、風、雷、土の四属性に加え、《マジックアーマー》も問題なく使える。
火だけは、五歳の頃に《ファイアーボール》を使おうとして、よく分からない光を出してしまったことがある。熱くもなく、何も燃やせない謎の光。
あれが何だったのかは、今でも分からない。
それ以来、火属性はほとんど練習していなかった。
ギレウスもかなり上達した。あいつは適性のある火と雷なら、初級魔術を安定して使えるようになっている。
そして二学期からは、治癒魔術の実技も始まった。
治癒魔術には四つの段階がある。
初級治癒魔術――《ヒール》。
中級治癒魔術――《ヒーリング》。
上級治癒魔術――《ハイヒーリング》。
そして最高位、天導級治癒魔術――《ソウルヒーリング》。
母さんが父さんを一度生き返らせた魔術だ。
母さんが天導級まで使えるのだから、もしかすると俺にも才能があるんじゃないかと少し期待していたのだが――。
これが、かなり難しい。
俺は未だに《ヒール》すら安定しない。
自分に使うなら、どこが痛いのか感覚で分かる分まだマシだ。でも他人を治すとなると、相手の状態を見て治す場所を判断し、そこへ魔力を送らなければならない。
魔力が多ければ解決するものでもないらしい。
ギレウスも治癒魔術が得意というわけではないが、それでも俺より《ヒール》は安定している。
…………俺、治癒魔術の適性ないのか?
母さんは天導級なのに。
いや、待てよ。
父さんは治癒魔術を使えないって言ってたな。
…………そっちを受け継いだのか?
いらないところだけ似なくてもいいだろ、父さん。
そんなことを考えながら、俺たちは二年生最初の授業を迎えていた。
二年生から担当の先生は変わるが、クラス替えはない。ギレウスはもちろん、コルド、リード、サリナたちとも引き続き同じクラスだ。
そして二年生から、俺たちはついに中級魔術を習う。
初級魔術と違い、中級は魔術そのものの基礎威力が高い。当然、教室で練習するわけにはいかない。
俺たちは動きやすい服装に着替え、広いグラウンドへ集まっていた。
周囲には授業用らしい標的がいくつも並んでいる。
「中級魔術か……」
楽しみだ。
「シャウト、楽しそうだね」
隣にいたギレウスが笑う。
「そりゃ楽しみだよ。ギレウスは違うの?」
「僕も楽しみ!」
周りの生徒たちも、どこか落ち着かない様子だった。
一年生の頃は、自分に魔術が使えるのかすら分からなかった。でも今は違う。
俺たちは魔術を使える。
その上で、さらに強い魔術を習うのだ。
やがて、一年生の時とは別の教師が俺たちの前に立った。
「それでは、二年生最初の授業を始めます」
先生は全員を見渡す。
「皆さんは一年生の間に、初級魔術を学びました。魔力を動かし、属性を与え、形にして発現させる。初級魔術は、その基礎を学ぶためのものでもあります」
確かに、一年前は魔力を動かすだけで苦戦していた奴もいた。
「ですが、中級以上の魔術は主に実戦で使われます。威力も範囲も初級とは大きく異なります」
先生は離れた標的を指した。
「これから最初に学んでもらう中級魔術は五つです」
火属性――《ファイアーストーム》。
水属性――《スプラッシュウォーター》。
風属性――《ウィンドゲイル》。
雷属性――《ショックウェーブ》。
土属性――《ストーンウォール》。
名前からして初級より強そうだ。
特に《ファイアーストーム》。
絶対に教室で使ってはいけない名前をしている。
「中級魔術は、正しく発動しただけでも十分な危険性があります。二年生からは、発動させることだけではなく、どこへ、どれほどの威力で、どう使うのかも学んでもらいます」
魔術を出すことを覚えた一年生。
ここからは、魔術を扱うことを覚えるということか。
「まずは実際に見てもらいましょう。水属性中級魔術――《スプラッシュウォーター》」
先生が標的へ片手を向ける。
「よく見ていてください。《スプラッシュウォーター》」
大量の水が先生の前に現れ、凄まじい勢いで一直線に放たれた。
――ドゴォンッ!
標的が粉々に砕け散る。
「…………」
水だぞ?
ただの水が、あの威力で飛んでいった。
《ウォーターボール》とは明らかに違う。
「今の魔術ですが、威力は特に調整していません」
…………え?
「先生、それが普通の威力なんですか?」
誰かが尋ねた。
「はい。中級魔術として普通に発動しただけです」
危険すぎるだろ。
あれを人がまともに食らったらどうなるんだ?
「では、一人やってみましょう。ナージャさん」
先生に呼ばれ、一人の女子生徒が前へ出た。
ナージャ・カルア。
人族の女の子で、水属性の扱いならクラスでも特に上手い。一年生の時、《ウォーターボール》を一番早く習得したのも彼女だった。
それにしても――青い髪が綺麗だ。
陽の光を受けて僅かに輝いて見える。
別に恋情とか、そういうものじゃない。
単純に綺麗だと思っただけだ。
うん。本当にそれだけだぞ。
「先ほど説明した通りにやってみてください」
「はい」
ナージャが標的へ手を伸ばす。
「《スプラッシュウォーター》!」
水が現れ、勢いよく標的へ飛んだ。
――バシャッ!
「…………あれ?」
標的が少し揺れただけだった。
先生の魔術とは威力がまるで違う。
「ナージャさん。今のは《スプラッシュウォーター》ではありません」
「え?」
「魔術として成立していたのは《ウォーターボール》です。《スプラッシュウォーター》を意識したことで形は変化していますが、中級魔術にはなっていません」
なるほど。
中級を使おうとしただけでは中級にならない。
きちんと一つの魔術として成立させなければならないのか。
「いきなりでは、あなたでも難しいですよね」
「……申し訳ありません」
「謝る必要はありません。これから覚えていけばいいのです」
「はい!」
水属性が得意なナージャでも、一度では成功しない。
どうやら中級魔術は、威力だけでなく習得難度も初級とは比べものにならないらしい。
ナージャが戻ると、先生は再び全員を見渡した。
「今の例でも分かったと思いますが、中級魔術は簡単には習得できません。そこで、これから皆さんには一つの属性を先行して学んでもらいます」
一つの属性。
「選んだ属性以外を学んではいけないという意味ではありません。まず得意な属性を一つ決め、その中級魔術の習得を目指してください」
なるほど。
五属性全てを同時に覚えるのではなく、一つに絞って先に伸ばすということか。
「それと、一つ補足しておきましょう」
先生は先ほど砕いた標的へ目を向けた。
「紹介した五つは、あくまで各属性で最初に覚える中級魔術です。中級からは、魔力の扱い方次第で一つの属性を様々な形で使えるようになります」
水なら飛ばす、広げる、押し流す。
風なら吹き飛ばす、集める、一定範囲へ留める。
同じ属性でも、使い方は一つではないらしい。
「それらには名前のついた魔術もあれば、特に名前のない使い方もあります」
名前のない魔術?
じゃあ、自分で新しい使い方を考えることも――。
「ですが、名前がないからといって、すぐに自分だけの新しい魔術だとは考えないように」
…………先に言われた。
「魔術には長い歴史があります。皆さんが思いつく使い方の多くは、過去に誰かが既に試しています。そして現在知られている魔術のほとんどは、かつて天賢様方が発見されたものだと言われています」
天賢。
幼い頃に読んだ『天賢伝説』に登場する五人。
火、水、風、雷、土。
世界を守ったとされる彼らは、魔術の歴史にも深く関わっているらしい。
…………天賢様、働きすぎじゃない?
「本当に誰も使ったことのない魔術を生み出すというのは、それほど難しいことなのです」
なるほどな。
魔術がある世界だからって、思いついた者勝ちではないらしい。
さて。
専攻する属性を決めないとな。
火、水、風、雷、土。
本来なら一番得意な属性を選ぶべきなんだろう。
父さんは火魔術が得意そうだったし、俺も同じなら火が向いている可能性はある。
でも――火はなあ……。
あの妙な光のこともあって、今でも少し抵抗がある。
なら風か?
いや。
風にはコルドたちデュランダル一族がいる。あいつらは一族として風魔術が得意だ。
わざわざそこで張り合う必要もない。
水は――。
俺はナージャを見る。
水なら既にナージャがいる。俺より扱いが上手く、おそらく水を専攻するだろう。
残るのは土と雷。
土の中級魔術は《ストーンウォール》。
…………地味だな。
いや、絶対便利だとは思う。
でも壁だもんな。
それに比べて雷は《ショックウェーブ》。
…………うん。
雷にしよう。
それに、ギレウスも雷に適性がある。分からないところがあれば聞けるかもしれない。
「なあ、ギレウス」
「なに?」
「何を専攻するんだ?」
「ああ、もう決めたよ。僕は火!」
早いな。
「雷じゃなくて?」
「そりゃ、シャウトの父さんに助けられた時に使ってたのが火魔術だったからね! 僕もあのレベルまで行きたいよ!」
やっぱりか。
ギレウスにとって父さんは、命を救ってくれた憧れの冒険者だ。
その父さんがカブラサーペントを倒した時に使ったのが火魔術。
なら、火を選ぶのも当然か。
「じゃあ俺は雷にするよ」
「雷?」
「ああ。ギレウスも得意だから、分からないところ聞けると思ってたんだけどな」
「火を専攻しても雷が使えなくなるわけじゃないよ。分からなかったら聞いて!」
「お、それもそうか」
よし。
俺は雷。
ギレウスは火。
しばらくして、先生が一人ずつ選んだ属性を確認していった。
予想通り、ナージャは水。
コルドたちデュランダル一族は――。
「風だ」
「僕も風かな」
「俺も風で」
三人とも風だった。
まあ、そうなるよな。
そして俺の番。
「シャウト君は?」
「雷にします」
「分かりました」
続いてギレウス。
「ギレウス君は?」
「火です!」
全員の確認が終わると、先生が記録から顔を上げた。
「今日決めた属性は、今後最も重点的に練習する属性になります。では、それぞれ属性ごとに分かれてください」
生徒たちが動き始める。
火。
水。
風。
雷。
土。
一年生の頃は、全員が同じ初級魔術を習っていた。
でも、ここからは違う。
自分で選んだ属性を伸ばしていく。
俺は雷属性を選んだ生徒たちの方へ歩いていった。
これから俺が習うのは、中級雷属性魔術――《ショックウェーブ》。
《スプラッシュウォーター》は、何も威力を調整せずに標的を粉砕した。
なら、《ショックウェーブ》はどれくらいの威力なんだろう。
…………楽しみだ。
いや。
楽しみではあるんだけど。
粉々になった標的を思い出す。
…………ちゃんと制御できるようになってから使おう。
ギレウスみたいに人を壁まで吹き飛ばすのは、もう勘弁だからな。




