第二十話「二学期始動」
一ヶ月の休みは、あっという間に終わった。
早いものだな。
前世の夏休みも、始まった時は「一ヶ月もある!」なんて思っていたのに、気づけば残り一週間。そして、そこから始まる宿題との戦い。
最終日に泣きながら終わらせたこともあったな。
…………今となっては、それもいい思い出だ。
ちなみに、この世界にはどうやら宿題というものがないらしい。
素晴らしい。
魔術が存在することより、こっちの方が偉大なんじゃないだろうか。
まあ、それは置いておいて。
今日は寮へ戻る日だ。
俺は朝から自分の部屋で荷物をまとめていた。着替えを入れて、必要な物を確認する。
忘れ物は……多分ない。
「よし」
支度を終えたところで、部屋の扉が開いた。
「シャウト様、そろそろご準備を――」
「おはよう、ベルト」
俺が振り返ると、ベルトが少し驚いたような表情をした。
「……もう、お支度を?」
「うん。終わったよ」
「左様でございますか」
ベルトは俺の荷物を見る。
おそらく、一人で帰る準備を済ませていたことに驚いたのだろう。
ふっ。
甘く見てもらっては困る。
俺だって、もうこれくらいできるぞ。
ベルト君。
俺は心の中でそう言いながら、少しだけ胸を張った。
半年前までの俺なら、着替え一つ用意するにもベルトに頼っていた。寮生活を始めたばかりの頃だって、自分で服を着るだけで手間取っていたくらいだ。
それが今では、一人で支度までできる。
我ながら成長したものだ。
「シャウト様」
「ん?」
「学校での生活にも、随分と慣れられたようでございますね」
そう言ったベルトは、どこか嬉しそうだった。
「まあね」
「それは何よりでございます」
ベルトは優しく笑った。
なんだか褒められたようで、少し嬉しい。
「それでは、参りましょうか」
「うん!」
荷物を持って、俺たちは部屋を出た。
家を出る前に、父さんと母さんにも挨拶をする。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ。しっかり勉強してこいよ」
「無茶しちゃダメだからね」
「分かってるよ」
「本当に?」
母さんがじっと俺を見る。
…………。
ギレウスを壁まで吹き飛ばした件を話してしまったせいか、いまいち信用されていない気がする。
「本当に大丈夫だから!」
「ならいいけど」
父さんが横で笑っている。
「まあ、次に帰ってくる時には、もう少し強くなってるかもな」
「もちろん!」
魔術も。剣術も。
この一ヶ月、できる範囲では鍛えてきた。
それがどれくらい通用するのか、少し楽しみでもある。
「それじゃあ、行ってきます!」
二人に手を振り、俺はベルトと一緒に家を出た。
そして――一ヶ月ぶりに、俺はアレフ王立魔道学校へ帰ってきた。
◇ ◇ ◇
見慣れた大きな校舎。
広い敷地。
その向こうに見える寮。
初めてここへ来た時は、何もかもが大きく見えた。
どんな授業をするんだろう。
どんな奴らがいるんだろう。
そんなことばかり考えていた。
でも今は違う。
ここには、俺の知っている場所があって、俺の知っている人たちがいる。
そして――初めてできた友達もいる。
寮へ戻ると、ちょうどギレウスも帰ってきたところだったらしい。
部屋の前で、見慣れた赤い髪と小さな角が目に入った。
「あ、シャウト!」
「ギレウス! 久しぶり!」
俺たちはそのまま手を上げて、パチンと軽くハイタッチをした。
一ヶ月ぶりか。
毎日のように一緒にいたからか、もっと長く会っていなかったような気もする。
「休み、どうだった?」
「楽しかったよ! シャウトは?」
「俺も。家でトレーニングしてた」
「えー! 休みなのに?」
「休みだからだよ」
そんな話をしながら、俺たちは部屋へ入った。
今日は昼から始業式がある。
ちなみに、一学期の最後にはちゃんと終業式もあった。校長の話を聞いて、先生から休みについての説明があって――と、内容は前世と大して変わらない。
こういうところは、世界が変わっても同じらしい。
そして始業式も、特に何か起こることなく終わった。
◇ ◇ ◇
夕方。
俺とギレウスは食堂へ来ていた。
「なんか久しぶりだな」
一ヶ月ぶりの食堂。
休みの間はずっと家で食べていたから、こうしてギレウスと並んで食事をするのも久しぶりだ。
今日の夕食を受け取り、席に着く。
そこで俺は料理を見た。
「ん?」
肉だ。
焼かれた肉に、野菜とスープ。
一学期に食べていた料理とは少し違う。
二学期から献立が変わるのか?
そう思いながら、肉を一口食べてみる。
「…………」
普通に肉だな。
少し独特な風味はあるけど。
隣を見ると、ギレウスが嬉しそうに食べていた。
「これ美味しいね!」
「そう?」
「うん! これ、魔物の肉だよ」
「…………魔物?」
俺は口の中の肉を見る。
これ、魔物なの?
「魔物って食べられるの?」
「食べられるよ?」
ギレウスは、何を当たり前のことを、という顔をしている。
そういえば、魔族は魔物の肉をよく食べるって言ってたな。
「全部の魔物が美味しいの?」
「ううん。美味しくないのもいるよ」
そりゃそうか。
魚だって全部同じ味じゃない。魔物にも種類があるんだから、当然と言えば当然だ。
「美味しい魔物って何か違うの?」
「うーん……」
ギレウスは肉を食べながら少し考える。
「住んでる場所の魔力が関係してるって聞いたことがあるよ」
「場所の魔力?」
「うん。魔力が濃い場所にいる魔物は、肉の味が変わることがあるんだって」
魔力の濃い場所。
そんなものまであるのか。
この世界の生き物は、光から魔力を生み出す。
だとしたら、日光の強さとかが関係しているんだろうか?
日差しの強い場所ほど、生き物が生み出す魔力も多くなる。その影響で、周囲の魔力も濃くなるとか。
……いや、分からないけど。
「じゃあ、魔力が濃い場所にいる魔物ほど美味しいの?」
「そういうわけでもないよ」
「違うんだ」
「魔力が濃い場所だと、すごく凶暴になる魔物もいるから」
「へえ……」
「強くなりすぎて、手に負えなくなることもあるんだって」
なるほど。
魔力が濃ければ美味くなる。
そんな単純な話でもないらしい。
「でも、これは美味しいよ!」
ギレウスはそう言って、また肉を頬張った。
相当気に入ったらしい。
俺ももう一口食べる。
「…………まあまあかな」
「えー! 美味しいじゃん!」
「いや、美味しくないとは言ってないよ」
普通に食える。
むしろ美味しい方だとは思う。
ただ――俺は休みの間に家で食べた料理を思い出す。
帰ってきた日に、家族みんなで食べたあの丸焼き。
あっちの方が美味かった気がする。
「シャウトって贅沢だね」
「そうかな?」
まあ、家の飯と学校の食堂を比べるのも違うか。
俺はそう思いながら、もう一口肉を食べた。
◇ ◇ ◇
夕食を終え、俺たちは部屋へ戻った。
荷物を整理している途中、俺はふと思い出す。
そういえば――この前のあれ。
休みの間、魔力切れ寸前まで魔術を使った翌朝。
ほとんど日光を浴びていないはずなのに、思っていた以上に魔力が回復していた。
あの違和感。
結局、筋力の恩寵が関係しているんじゃないかと考えて、それ以上は調べていなかった。
でも、ギレウスなら何か知ってるかもしれない。
魔族は人族とは魔力を回復できる光が違う。俺より、そういう話に詳しい可能性はある。
「なあ、ギレウス」
「なに?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「うん」
「魔力ってさ、寝てるだけじゃ回復しないよな?」
ギレウスが不思議そうに俺を見る。
「しないよ?」
やっぱり。
「人族なら、日光を浴びないと回復しないよな?」
「そうだと思うよ。僕たちはちょっと違うけど」
「じゃあさ――」
俺は休み中にあったことを話した。
一日中、魔術の練習をしていたこと。十回以上魔術を使い、立っているのもつらいくらいまで魔力を消耗したこと。
そのまま家に戻り、夕食を食べて、風呂に入って眠ったこと。
そして翌朝。
「起きたら、結構回復してたんだ」
「どれくらい?」
「完全じゃないよ。もう一回同じトレーニングをやれって言われたら無理だったと思う。でも、普通に動けた」
ギレウスが首を傾げる。
「朝までずっと日光を浴びてたの?」
「いや。普通に部屋で寝てた」
「じゃあ、変じゃない?」
「やっぱり?」
「うん」
即答だった。
…………やっぱり変なのか。
「僕も詳しくは分からないけど、光を浴びてないなら魔力は回復しないと思うよ」
「だよな……」
筋力の恩寵。
それで説明できると思っていた。
いや、今でもその可能性はある。
恩寵については、まだ分かっていないことが多い。
でも――本当にそれだけなのか?
入学してから半年で、倍近くまで増えた成長魔力。
そして、魔力切れ寸前まで使った翌朝の妙な回復。
一つ一つなら、何か理由をつけられる。
身体が成長したから。
魔術をたくさん使ったから。
筋力の恩寵を持っているから。
でも、こうして改めて考えると――やっぱり何かがおかしい。
「先生に聞いてみたら?」
ギレウスが言った。
「先生?」
「うん。先生なら何か知ってるかもしれないよ」
「…………確かに」
それが一番早いか。
俺一人で考えていても、答えは出ない。学校には魔術を専門に教えている先生がいる。
恩寵についてだって、俺たちよりは詳しいはずだ。
「そうだな。また今度、先生に聞いてみるよ」
「うん!」
筋力の恩寵。
入学してから半年で、倍近くまで増えた成長魔力。
そして、魔力切れ寸前まで使った翌朝の妙な回復。
何か関係があるのか。
それとも――別の理由があるのか。
今の俺には、まだ分からない。
まあ、急ぐことでもないか。
また今度、機会があれば先生に聞いてみよう。
こうして俺の一ヶ月の休みは終わり――。
二学期が始まった。
休日編終了!
次回から二学期!中級魔術編です!




