第十八話「二人の関係」
どうやら、うちの両親はかなりすごい冒険者だったらしい。
父さんも母さんも元ダイヤモンド。
冒険者のランクは、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、エメラルド、ダイヤモンド、アダマンタイト、オートマタ。
つまり二人とも、上から三番目。改めて考えても規格外だ。
俺もいつか冒険者になったら、ダイヤモンドまで行けたりするんだろうか。そう考えると、少し胸が躍る。
いや。
調子に乗るのはやめておこう。
ギレウスとの剣術の授業で、力を制御できなければ意味がないことは嫌というほど分かった。
強い力を持っていることと、強いことは同じじゃない。
それよりも――さっきから気になっていることがある。
俺は目の前の二人を見る。
元ダイヤモンドの冒険者が二人。今では結婚して、こうして一緒に暮らしている。
でも、この二人ってどうやって出会ったんだ?
「ねえ、父さん、母さん」
「なんだ?」
「二人って、どうやって出会ったの?」
俺がそう聞くと、二人は一瞬顔を見合わせた。
「うーん……」
父さんが珍しく答えに困ったように頭を掻く。
「まあ、今のお前に話すのはあんまり良くないか」
「え?」
何それ。
両親の出会いを聞いただけなんだけど。
「その話は、お前が十六歳になってからにしよう」
「十六歳?」
「ああ。成人してからだ」
この世界では十六歳から成人として扱われる。
とはいえ、なんで両親の出会いを聞くのに成人する必要があるんだ?
「子供には聞かせられないような出会い方だったの?」
「まあ……色々あったんだよ」
父さんが露骨に言葉を濁した。母さんも少し気まずそうに目を逸らしている。
怪しい。
「十六歳になったら絶対教えてよ?」
「ああ。その時になったらな」
あと十年近くもあるじゃねえか。長すぎるだろ。
「でもまあ……」
父さんが少し考えたあと、母さんをちらりと見る。
「これじゃお前も納得しないだろうし、少しくらいなら話してもいいか」
「本当?」
「ああ。ただし、本当に少しだけだぞ」
父さんは少し笑った。
「昔の母さんはな――結構、やんちゃだったんだ」
「ちょっと、シャート」
母さんの声が一段低くなった。
「やんちゃ?」
今の母さんからは、あまり想像できない。
「そうだな。特に――」
「シャート?」
「…………」
父さんの口が止まった。
母さんは笑っている。
笑っているけど、目が笑っていない。
「何?」
「いや……何でもない」
「気になるんだけど」
「シャウト。世の中にはな、子供のうちは知らなくていいこともあるんだ」
「だから十六歳になってからなの?」
「ああ。そういうことだ」
父さんの言い方で、なんとなく分かった。
子供には教えられないこと。それに、母さんのあの反応。
…………まあ、色恋だのなんだの、そういう類いの話なんだろう。
一応、俺も前世では成人している。そのくらいは察せる。
今の俺は子供だし、二人が十六歳になるまで話さないと言っているなら、わざわざ追及する必要もないか。
ここは何も分かっていないふりをしてやろう。
「ふーん。じゃあ十六歳になったら教えてね」
「ああ。その時になったらな」
「約束だからね」
「分かった分かった」
父さんは少し安心したように笑った。母さんも何事もなかったかのような顔に戻っている。
…………にしても。
さっき父さんが『やんちゃ』って言った時の母さんの顔。
怖かったな。
これ以上は聞かない方が良さそうだ。
まあ、馴れ初めについてはいいや。
それよりも、もう一つ気になることがある。
「じゃあさ、冒険者になってからはどうだったの?」
「ん?」
「父さんと母さん、一緒に冒険してたんでしょ? 最初から仲良かったの? それとも仲悪かった?」
俺がそう聞くと、父さんと母さんはまた顔を見合わせた。
今度はさっきみたいな気まずそうな顔ではない。むしろ、二人とも少し懐かしそうに笑っている。
「仲が悪かったかと言われると……」
父さんが母さんを見る。
「どうだ?」
「悪かったんじゃない?」
「やっぱりそうだよな」
「というより、私が一方的にあなたのこと嫌いだったのよ」
「えっ」
一方的に?
今の二人からは全く想像できない。
「なんで?」
「それは……」
母さんが少し考える。
「シャートが、ものすごく生意気だったから」
「おい。それはお互い様だろ」
「私は生意気じゃなかったわよ」
「いやいや、俺が何か言うたびに突っかかってきただろ」
「あなたが余計なことばかり言うからでしょ?」
「ほら、そういうところだよ」
「何?」
「…………何でもない」
父さん。
学習したな。
「じゃあ、本当に最初は仲悪かったんだ」
「ああ。今みたいになるなんて、当時の俺たちに言っても絶対信じなかっただろうな」
「私も信じないわね」
「じゃあ、何がきっかけで仲良くなったの?」
そう聞くと、父さんは少しだけ考えた。
「ある迷宮を踏破した時だな」
「迷宮?」
「ああ。正確には……お互いを意識し始めたのが、その時だった」
母さんが少し恥ずかしそうに父さんを見る。
「そこまで話すの?」
「これくらいならいいだろ?」
「……まあ、いいけど」
父さんは再び俺に向き直った。
「当時の俺はもうダイヤモンドだったんだが、決まった仲間とはあまり組まず、色んなパーティを転々としてたんだ」
「一人だったの?」
「基本はな。依頼の内容に合わせて、誘われたパーティに入ることが多かった」
へえ。
てっきり母さんとずっと一緒に冒険していたのかと思っていた。
「そんな時、大規模な迷宮を攻略する依頼があった。規模が大きくて、一つのパーティじゃ厳しいと判断されてな。二つのパーティが合同で挑むことになったんだ」
「何人くらい?」
「十人だ。俺とウルトもその中にいた」
十人。
それだけの冒険者が必要な迷宮だったのか。
「途中も楽じゃなかったが、全員で最下層までは辿り着いた」
「全員?」
「ああ。十人全員だ」
なんだ。
それなら――。
「ただ、問題はそこからだった」
父さんの表情が変わった。
「最下層にいた魔物が、俺たちの想定を遥かに超えて強かった」
「…………」
「戦いが始まってから、一人、また一人とやられていった」
さっきまでとは違う。
父さんの声から、少しずつ軽さが消えていく。
「十人いたのに、戦いの最中にどんどん仲間が死んでいった。俺たちも必死だった。逃げようにも、そんな余裕すらなかった」
そして――。
「俺も一度死んだ」
「…………え?」
今、なんて言った?
「死んだ?」
「ああ。一度な」
「一度なって……」
いやいやいや。
目の前にいるんだけど。
「その時よ」
今度は母さんが静かに口を開いた。
「シャートが倒れたの」
母さんは自分の手に目を落とす。
「すぐに治さなきゃって思った。でも、もう普通の治癒魔術で治せる状態じゃなかった」
「じゃあ……」
「死んでたからな」
父さんがさらっと言う。
いや、本人が一番軽いな。
「私……気づいたら泣いてた」
母さんが少しだけ恥ずかしそうに言った。
「どうして泣いてたのか、その時は自分でも分からなかった。ただ、このままシャートがいなくなるのが嫌だった」
「当時のウルトは、まだエメラルドだった」
父さんが続ける。
「治癒魔術も上級までだった。それでも十分優秀だったんだが、天導級なんて一度も使えたことはなかった」
「でも、あの時だけは使えたの」
母さんが父さんを見る。
「天導級治癒魔術――《ソウルヒーリング》」
「ソウルヒーリング……」
学校で習った。
天導級の治癒魔術。
死亡してから僅かな時間しか使えず、直接身体に触れなければならない。
そして――死者すら救うことができる魔術。
「それで父さんが……」
「ああ。生き返った」
父さんは自分の胸を軽く叩く。
「この通りな」
…………。
なんか急に、母さんを見る目が変わってきた。
父さんを生き返らせたのか。
「ただし、俺を生き返らせた直後、ウルトはその場で気を失った」
「え?」
「初めて使った天導級の治癒魔術だったからな。本人も限界だったんだろう」
母さんが少し気まずそうに笑う。
「そこから先は、私も覚えてないの」
つまり。
十人で最下層まで辿り着き、そこで想定を遥かに超える魔物と遭遇。
戦いの中で仲間が次々と死んでいき、父さんまで一度死んだ。
母さんはそこで初めて天導級治癒魔術を発動。
父さんを生き返らせ、そのまま気絶。
…………。
壮絶すぎるだろ。
「じゃあ、その後は?」
「戦ったさ」
父さんは短く答えた。
「ウルトが助けてくれた命だ。そのまま死ぬわけにもいかないだろ?」
父さんは気を失った母さんを安全な場所まで運び、残った仲間たちと再び最下層の魔物に挑んだらしい。
そして――。
「何とか倒した。本当にギリギリだったけどな」
「……他のみんなは?」
俺が聞くと、父さんは少しだけ黙った。
「迷宮から生きて帰れたのは、四人だ」
「四人……」
「俺とウルト。それから、二人」
十人で最下層まで辿り着いて、帰ってきたのは、たった四人。
しかも父さんは、その四人に入っているとはいえ、一度は死んでいる。
母さんがあの時を使えていなければ――生還者は三人だった。
「……そんなに危険だったんだ」
「ああ」
父さんは今度は笑わなかった。
「冒険者ってのは、そういう仕事でもある。強くなれば安全になるわけじゃない。むしろ、強くなればなるほど、それに見合った危険な依頼を任されるようになるからな」
ダイヤモンド。
父さんの昔のランクを聞いた時は、ただすごいと思った。
俺もいつかそこまで行けるんじゃないか。そんなことまで考えた。
でも――ダイヤモンドだった父さんですら、一度死んだ。
十人の冒険者が挑んで、生きて帰れたのは四人だけ。
冒険者になる。
その言葉の意味を、俺は少しだけ軽く考えていたのかもしれない。
「それでな」
父さんが少し照れ臭そうに頬を掻いた。
「まあ……そこからだな」
「そこから?」
「俺とウルトが、お互いを意識し始めたのが」
母さんが少しだけ顔を逸らす。
「……私は別に」
「俺が死んだ時、泣いてたんだろ?」
「うるさいわね」
「痛っ!」
母さんが父さんの腕を叩いた。
…………。
なるほど。
普段の二人を見ていると忘れそうになるけど、父さんと母さんにも、ちゃんとそういう時代があったらしい。
仲が悪かった二人が、死ぬかもしれない迷宮を一緒に生き延びて。
父さんは母さんに命を救われて。
そこから、お互いを意識するようになった。
そして今では結婚して、俺がいる。
そう考えると、なんだか不思議な感じだ。
…………まあ。
その前に母さんがどんな『やんちゃ』をしていたのかは、十六歳になるまで教えてもらえないらしいけど。
俺はちらりと母さんを見る。
やっぱり聞くのはやめておこう。
さっきの顔、怖かったしな。




