第十六話「久しぶりの我が家」
入学してから、半年が経った。
思えば早いものだ。朝起きて飯を食い、授業を受ける。剣術と魔術を習い、座学を受け、また飯を食って風呂に入り、寝る。休みの日にはギレウスと遊んだり、座学の復習をしたり。最初こそ慣れないことばかりだった寮生活も、今ではすっかり日常になっていた。
我ながら、かなり充実していると思う。
そんなある休日。どうやら今日から、一ヶ月ほど学校が休みになるらしい。
一ヶ月か。結構長いな。何して過ごそうかな。
そんなことを考えていた時だった。
「シャウト様」
聞き覚えのある声がした。
…………ん?
振り返ると、そこに立っていたのはよく知っている顔だった。優しそうな顔をした老人。俺がこの世界で物心ついた頃から、ずっと家にいた人。
「ベルト!」
「お久しぶりです、シャウト様」
ベルト・バーグ。久しぶりに見るその顔に、思っていた以上に嬉しくなる。
「久しぶり!」
「はい。お元気そうで何よりでございます」
相変わらずだ。半年ぶりだというのに、話し方も表情も何も変わっていない。
「今日はどうしたの?」
俺が聞くと、ベルトは少し不思議そうな顔をした。
「おや。まだお話をお聞きになっていないようですね」
「話?」
「では、私からご説明させていただきます。本日からの一ヶ月の休暇期間中、希望する生徒はご自宅へ帰省することができます。シャート様とウルト様からも、シャウト様がお戻りになるのであれば迎えに行くよう申しつけられております」
「帰れるの?」
「はい」
おお。そういう休みだったのか。
そういえば入学した時、家に帰ること自体はできると聞いていた。ただ、学校生活が思っていた以上に楽しく、授業や訓練もあったせいで、結局まともに帰る機会を作らないまま半年も経ってしまった。
ここに残るのも悪くない。ギレウスと遊ぶのも楽しいし、魔術や剣術の練習だってできる。
でも――。
「帰る」
俺はすぐに答えた。
たまには父さんや母さんにも会いたい。半年も離れていたんだ。二人がどうしているのかも気になる。
それに――父さんには、聞きたいことがある。
ギレウスから聞いた話。俺が生まれる前、父さんが冒険者だった頃のこと。あいつは父さんに助けられたと言っていた。危険な魔物を、火の魔術一発で倒したとも。そして何より、ギレウスは父さんのことを知っていた。
俺は今まで、父さんが昔冒険者だったということしか知らない。本人に聞いた時だって、『まあ、それなりにな』なんて言っていた。
…………それなり、ね。
半年間この学校で魔術や戦闘について学んだからこそ、以前より分かる。
あの父さん。絶対、ただの『それなり』じゃないだろ。
「それでは、帰る準備をいたしましょうか」
「うん!」
一ヶ月の休暇。久しぶりの我が家。
父さん。今度こそ、ちゃんと聞かせてもらうからな。
◇ ◇ ◇
家に着いた。
「…………」
半年ぶりの我が家。たった半年しか離れていなかったはずなのに、なぜか少し懐かしく感じる。毎日当たり前のように過ごしていた場所なのにな。
学校での生活が、それだけ濃かったってことだろうか。
「ただいまー!」
家の中へ入る。
…………返事がない。
「あれ?」
誰もいない。いや、ベルトは隣にいるけど。
「ベルト。父さんと母さんは?」
「ウルト様はお買い物へ。シャート様はお仕事に出ておられます」
「そっか」
まあ、そうなるか。俺が帰ってくるからって、二人とも一日中家で待ってるわけじゃないよな。
それにしても、帰ってきたはいいけど暇だな。
…………そうだ。
せっかくベルトもいることだし、学校であったことでも聞いてもらおうか。
俺はベルトと一緒にリビングへ向かい、入学してからの出来事を話した。初めて友達ができたこと。その友達がギレウスという鬼人族で、同じ部屋で生活していること。魔術の授業で《マジックアーマー》を覚えたこと。そして剣術の授業で、ギレウスを吹き飛ばしてしまったこと。
「ほう。それはまた……」
「いや、本当に焦ったんだよ。木刀まで粉々になってたらしいし」
「シャウト様らしい、と申し上げるべきでしょうか」
「どこが!?」
そんな話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
しばらくすると、玄関の方から扉の開く音が聞こえた。
「ただいまー」
この声は――。
俺はリビングから顔を出す。
「おかえり!」
「えっ?」
母さんが少し驚いた顔をした。手には買い物袋を持っている。一瞬こちらを見つめた後、その表情が柔らかくなった。
「……ただいま、シャウト」
嬉しそうに笑っている。その顔を見ていると、俺までなんだか嬉しくなった。
帰ってきてよかったな。
それから少しして、今度は父さんも帰ってきた。
「ただいまー……」
「おかえり、父さん」
「おお、シャウト! 帰ってたのか!」
父さんは俺を見るなり笑った。
それにしても――汗すごいな。服までかなり濡れている。まあ、外は暑いからな。
…………ん?
そういえば、この家、全然暑くないな。
外はあれだけ暑かったのに、中に入った瞬間からかなり過ごしやすい。魔力で温度でも調整してるのか?
今まで当たり前すぎて気にしたこともなかった。学校で魔術について学ぶようになってから、こういうところまで気になるようになったな。
今度ベルトにでも聞いてみよう。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
食卓には、いつもより明らかに豪華な料理が並んでいた。そして、その真ん中。
「おお……」
豚によく似た動物の丸焼きが、ドンと置かれている。
でかい。
いや、歓迎してくれるのは嬉しいけど、気合い入りすぎじゃないか?
「今日はシャウトが久しぶりに帰ってきたからね」
母さんが嬉しそうに料理を並べていく。
父さん、母さん、ベルト、そして俺。久しぶりにみんなで食卓を囲んだ。
食事をしながら、父さんと母さんにも学校での出来事を話した。ギレウスという友達ができたこと。魔術を習っていること。剣術の授業のこと。そして、寮での生活にもすっかり慣れたこと。
母さんは楽しそうに聞いてくれたし、父さんも何度も頷きながら話を聞いていた。
一通り話し終えたところで、俺は父さんを見る。
「父さん」
「ん?」
「あとで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「俺に?」
「うん」
父さんは少し不思議そうな顔をした。
「別にいいぞ。何でも聞け」
「じゃあ、飯食べた後で」
今はせっかくの食事だ。聞くのは後でいい。
俺は再び目の前の料理へ手を伸ばした。
久しぶりの家。久しぶりの家族との食事。
学校での生活も楽しい。
でも――やっぱりここも、悪くないな。




