第十四話 「剣術の授業」
あれから、一ヶ月の月日が経った。
クラスのみんなも学校生活に慣れ始め、初級魔術を習得できた者もかなり増えてきている。もちろん全員が同じように使えるわけじゃない。すぐに発動できる奴もいれば、何度かやらないと出せない奴、まだ上手く発動できない奴だっている。
それでも、この一ヶ月でそれぞれ自分がどの属性を得意としているのかは、なんとなく分かってきたらしい。
ギレウスもそうだ。やはり鬼人族だからなのか、あいつは火と雷に適性があるらしい。初めて火を出せた時のあいつの目は、今でも忘れられない。あれだけ苦戦していたからな。手のひらに小さな火が現れた瞬間、まるで世界で一番すごい魔術を成功させたみたいな顔をしていた。
それはさておき――今日から俺たちは、剣術を学ぶらしい。
この一か月、先生からは何度も戦闘について説明を受けてきた。この世界において、基本的に戦闘では魔術に勝るものはない。遠くから攻撃でき、広い範囲を狙え、一度に複数を相手にすることもできる。剣で斬るためには相手に近づかなければならないが、魔術ならその必要すらない。
理屈は分かる。分かるんだけど……俺からすると、どうしても剣術の方が強いような気がしてしまう。
前世の記憶があるから仕方ない。剣一本で相手の攻撃を捌き、そのまま一撃。
……やっぱり剣ってかっこいいんだよな。
しかも俺は前世で剣道をやっていた。この世界に来てからまともに剣を握ったことはないが、ようやくその経験が役に立つ時が来たのかもしれない。
正直、かなり楽しみだ。
今日の授業が行われるのは、校舎とは別に建てられた巨大な建物だった。入学した日に見た、体育館みたいな場所だ。
中に入ってみると、やはり実技用の施設だったらしい。広い床に、壁際には木製の剣や盾などが並べられ、少し離れた場所には人の形をしたカカシのようなものまで置かれている。
……なんだあれ。ただのカカシには見えないな。この学校のことだし、あれもマジックアイテムの一種だったりするのだろうか。
「皆さん、集まりましたね」
先生の声で、生徒たちが前を見る。
「今日は予定通り、剣術の練習をしてもらいます。ただし、当然ですが真剣は使用しません。今日皆さんに使ってもらうのはこちらです」
先生が一本の剣を持ち上げる。
木で作られた剣。
要するに――木刀か。
「まず最初に覚えてほしいことがあります。剣術は、ただ強く剣を振ればいいものではありません」
先生は木刀を両手で持ち、俺たちに見えるように構えた。
「基本となるのは、構え、間合い、足運び。そして、剣を正しく振ることです」
構え、間合い、足運び。その言葉を聞いた瞬間、少し懐かしい感覚がした。
やっぱり、その辺は前世と同じなんだな。
「まず構えです。剣を持った時に身体が大きく崩れていては、攻撃にも防御にもすぐ移れません。相手を見ながら、自分が次の動作へ移りやすい姿勢を作ります」
先生は構えたまま、少しだけ足を動かす。
「次に足運び。剣だけを動かしていても、相手との距離は変わりません。前へ出る時、後ろへ下がる時、左右へ動く時。常に身体のバランスを崩さないことを意識してください」
そして先生は近くにあったカカシの前まで移動した。
「そして、間合いです。剣には攻撃が届く距離があります。当然ですが、遠すぎれば当たりません。逆に近すぎても、十分に剣を振ることができません」
先生が一歩踏み込む。
バシッ!
木刀がカカシの胴体を打った。
おお。結構いい音するな。
「自分の剣がどこまで届くのか。そして、相手の攻撃がどこまで届くのか。この距離を把握することは非常に重要です。最後に剣の振り方ですが、最初から力任せに振る必要はありません。まずは正しい姿勢を崩さず、狙った場所へ正確に剣を振れるようになりましょう」
ここまでは、俺が知っている剣術とそこまで変わらない。むしろ剣道をやっていた俺からすれば、かなり馴染みのある話だ。
「剣術にも魔術と同じように段階があります。基本となる技術を身につけ、それを正しく使えるようになることが大切です。ですが、一つだけ勘違いしないでください」
ん?
「剣術を学ぶからといって、剣だけで戦うことを前提にしてはいけません。皆さんがこの一か月で学んできた魔術も、立派な戦闘手段です。遠距離では魔術を使い、接近された時には剣を使う。あるいは魔術で相手の動きを制限してから、武器で攻撃する。実際の戦闘では、一つの手段だけに拘らないことが重要です」
……なるほど。やっぱりこの世界では、剣術より魔術の方が優位という認識なんだな。
先生の言っていることは分かる。でも俺は、壁際に並べられた木刀を見ていた。
前世では何度も握った、見慣れた形。この身体になってからは初めてだ。
筋力の恩寵。人族としては異常に多い生体魔力。そして、前世で身につけた剣道。
魔術ではまだ思い通りにいかないことも多い。でも剣なら――少しくらい、期待してもいいんじゃないだろうか。
「では、一人一本ずつ木剣を取ってください。まずは構えから始めましょう」
待ってました。
俺は少しだけ高鳴る胸を抑えながら、木剣の置かれた場所へ向かった。
一通り構えや足運び、剣の振り方を教わったところで、先生が手を叩いた。
「では次に、二人一組で模擬戦をしてもらいます」
……え? もう戦うのか? 今日初めて剣を握った奴もいるんだけど。
「もちろん、勝つことが目的ではありません。今説明した構え、間合い、足運びを実際に相手がいる状態で使ってみるための練習です。組み合わせはこちらで決めます。できる限り、生体魔力の近い者同士で戦ってもらいます」
生体魔力? 剣術の模擬戦なのに、成長魔力じゃないのか。
「生体魔力は身体能力とも深く関係しています。もちろん種族による違いもありますので、数値が近ければ完全に互角というわけではありません。ただ、身体能力に大きな差がある者同士を戦わせるよりは安全です」
なるほど。特にこの学校には人族だけじゃなく、鬼人族や天翔族までいる。見た目が同じくらいの子供だからといって、力まで同じとは限らない。
先生が最初の二人を呼ぶ。二人の生徒が前へ出て、互いに木剣を構えた。
「始め!」
先生の合図と同時に、二人が動く。
……おお。なんというか、すごく子供の喧嘩っぽい。
お互いに木剣を振り回して、当たりそうになったら慌てて下がる。さっき教わった構えも、開始して数秒でもう崩れていた。まあ、今日初めて習ったんだから当然か。
しばらくして先生が止めに入り、その場で二人に改善点を教える。
次の組。その次の組。
何人かの模擬戦を見ているうちに、少しずつ違いも分かってきた。教わった通りに間合いを取ろうとする奴。怖がって後ろに下がり続ける奴。とにかく先に当てようと木剣を振り回す奴。中には初めてとは思えないくらい動ける奴もいた。
こうして見ると、剣術にもかなり個人差があるんだな。前世で剣道をやっていた俺としては、見ているだけでも結構面白い。
ただ――まだ俺の名前は呼ばれない。
俺の生体魔力は千。人族としては明らかに高すぎる。
もしかして、ちょうどいい相手がいないんじゃ……。
「では、次の二人」
先生が名簿を見る。
「シャウト・ロータス」
来た!
俺は木剣を握り、立ち上がる。
そして――。
「ギレウス・オーガ」
「え?」
思わずギレウスを見る。ギレウスは特に驚いた様子もなく、普通に木剣を持って立ち上がっていた。
ちょっと待て。今、生体魔力の近い者同士で組ませてるって言ったよな?
俺の生体魔力は千だぞ?
「ギレウス……生体魔力って、いくつ?」
「千くらいだよ?」
「千!?」
初耳なんだけど!
そういえば、こいつの生体魔力がいくつなのか今まで聞いたことなかったな。俺が入学試験で千を叩き出した時は、試験官まで驚いていたのに、ギレウスは当たり前みたいな顔をしている。
……これが種族の違いか。
人族の俺にとっては異常な数値でも、鬼人族なら話が違うのかもしれない。
「二人とも、準備してください」
先生に促され、俺とギレウスは向かい合う。
ギレウスが木剣を構えながら笑った。
「シャウト、手加減しないからね!」
「こっちこそ!」
手加減。そんなもの、するつもりはなかった。
相手は俺と同じ生体魔力千。しかも身体能力に優れていそうな鬼人族だ。俺には筋力の恩寵があるとはいえ、最初から手を抜く必要なんてないだろう。
それに――前世で身につけた剣道が、この世界でどこまで通用するのか。
俺はそれを試してみたかった。
「それでは――始め!」
先生の合図と同時に、ギレウスが動いた。
「はあっ!」
速い!
ギレウスが一気に距離を詰め、木剣を振り下ろしてくる。
けど――見える。
俺は身体をずらし、ギレウスの初撃をかわす。そのまま身体が自然に動いた。前世で何度も繰り返してきたように、相手の攻撃をかわし、空いたところへ――カウンター。
ギレウスの腹へ木剣を叩き込んだ。
その瞬間だった。
ドンッ!!
「――え?」
何が起きた?
気づいた時には、俺の目の前からギレウスが消えていた。
いや、消えたんじゃない。
「ギレウス!?」
声のした方を見る。
ギレウスは――壁際に倒れていた。
俺の一撃を受けたまま、あそこまで吹っ飛んだのか?
運動用に着替えていたギレウスの服も、腹の辺りが少し破れている。
…………嘘だろ。
俺は自分の手を見る。
そんなつもりじゃなかった。本当に。ただ普通にカウンターを入れただけだ。前世でやっていたように相手の攻撃をかわして、空いたところを狙った。
もちろん本気ではやった。
でも――こんなことになるなんて思ってなかった。
「ギレウス!」
先生が慌てて駆け寄り、すぐにギレウスの身体へ手を当てて治癒魔術を使い始めた。
俺はその光景を、ただ呆然と見ていた。
生体魔力は同じ千。だから俺はどこかで、身体能力だってそこまで大きくは変わらないんじゃないかと思っていた。
でも違った。
先生も言っていたじゃないか。生体魔力が近いからといって、身体能力まで同じとは限らないと。
俺には――筋力の恩寵がある。
人族の常人と比べて、およそ十倍の筋力。
数字としては知っていた。父さんから聞いて、すごい力なんだろうとも思っていた。
でも、分かっていなかった。
自分が普通に剣を振っただけで、同じ生体魔力を持つギレウスを壁まで吹き飛ばしてしまう。
これが――恩寵の力なのか。
そして同時に、一つの言葉が頭をよぎった。
手加減。
しておけばよかった。
心の底から、そう思った。
先生の治癒魔術によって、ギレウスの怪我はすぐに治療された。幸い、大きな怪我にはならなかったらしい。
それを聞いて、俺はようやく少しだけ安心した。
本当によかった……。
もしギレウスに何かあったら、さすがに笑えない。
先生たちはしばらく相談した後、その日の模擬戦を中断することにした。
というより――。
「今日の剣術の授業は、ここまでにしましょう」
終わった。
俺のせいで。
クラスのみんなも、さっきまでとは明らかに違う目で俺を見ている。
そりゃそうだ。同じクラスの奴を一撃で壁まで吹き飛ばしたんだから。俺だって逆の立場なら見る。
結局、その日はそれ以上模擬戦をすることなく、剣術の授業は終了となった。
そして――これは後から聞いた話なんだが。
どうやら俺が使っていた木刀。
あれも、木っ端微塵になっていたらしい。
…………。
全く気づかなかった。
ギレウスを吹き飛ばした瞬間、頭の中が真っ白になっていたせいで、周りなんて全然見えていなかった。言われてみれば、あの後の俺は木刀すら持っていなかった気がする。
どこへ行ったんだとは思っていたが――まさか砕け散っていたとは。
ギレウスを壁まで吹き飛ばし、木刀まで木っ端微塵。それをやった本人は、どっちもやるつもりなんてなかった。
俺は自分の手のひらを見つめる。
筋力の恩寵。
人族の常人と比べて、およそ十倍の筋力。
今まではただ、「すごい力を持っている」くらいにしか思っていなかった。
でも今日、初めて分かった。
これはちゃんと扱い方を覚えないと――普通に危ない。
剣術の初授業。
前世の経験がどれくらい通用するのか楽しみにしていたはずなのに。
まさか最初に学んだことが、剣の振り方でも構えでもなく――自分の力加減になるとは思わなかった。




