第十三話 「基礎魔術 後編」
授業はそのまま続いていく。五属性の初級魔術について一通り説明を受けた俺たちは、次の基礎魔術を教わることになった。
「では次に、《マジックアーマー》について説明します」
マジックアーマー? 名前からして、防御系の魔術だろうか。
先生は黒板に大きくその名前を書く。
「《マジックアーマー》は、自身の魔力を身体の周囲に纏わせることで、物理的な攻撃から身を守るための基礎魔術です。剣や槍、打撃などに対して高い防御効果を発揮します。魔術師にとって、自分の身を守るために欠かすことのできない技術の一つです」
なるほど、魔力の鎧。名前そのままだな。
「魔術師同士の戦いでも、相手の魔術だけを警戒すればいいわけではありません。魔力が尽きれば武器を使うこともありますし、魔物の中には身体能力を利用して襲ってくるものもいます。そのため、物理攻撃に対する防御手段も必要になります」
剣を使うつもりの俺からすると、かなり厄介そうな魔術だ。でも俺には筋力の恩寵がある。普通の人族と比べて、およそ十倍の筋力。それに前世では剣道もやっていた。いくら魔力の鎧といっても、所詮は基礎魔術。本気で剣を振れば、それなりに通るんじゃないか?
「ただし、《マジックアーマー》にも弱点があります。身体の周囲に魔力を纏わせている間、その部分は外部からの魔術に対して通常よりも干渉を受けやすくなります」
物理には強くなるけど、魔術には弱くなるってことか。
「つまり、《マジックアーマー》は常に使用していれば安全、という魔術ではありません。相手が剣を振るうなら使用する。魔術を放ってくるなら解除する。その判断が重要になります」
なるほど。剣にはマジックアーマー、マジックアーマーには魔術。だったら逆に、魔術を警戒して解除したところへ剣を叩き込むこともできる。思っていたより駆け引きがありそうだ。
「初めのうちは全身に纏わせることから練習します。慣れてくれば、必要な瞬間だけ発動することもできるようになります。そして、さらに高度な制御ができるようになれば、身体の一部分だけに《マジックアーマー》を集中させることもできます。ただし、部分的な使用は全身を覆うよりも精密な魔力制御を必要とします。そのため、皆さんが今すぐ練習する必要はありません」
攻撃が来る場所だけを守るってことか。基礎魔術って言っても、極めれば結構奥が深いんだな。
「では、説明はこのくらいにして――実際にやってみましょう」
え? いきなり実践するのか?
横を見ると、ギレウスはそこまで動揺している様子もない。むしろ「次はこれか」とでも言いたげな顔で先生を見ている。魔族にとって《マジックアーマー》はそこまで珍しい魔術じゃないのか? まあ、ギレウスだけを見て判断するのも早いか。
「それでは……リード君。前に出て、皆さんに見本を見せてください」
先生がそう言うと、三人の天翔族のうち、リード・デュランダルが立ち上がった。
「分かりました」
リードは特に驚く様子もなく、教室の前へと歩いていく。
「他の皆さんにも分かるように、魔力を可視化させてください」
「はい」
……魔力を可視化? そんなこともできるのか。
リードが静かに目を閉じると、身体の輪郭に沿うように薄い緑色の魔力が現れ、膜のように全身を包んだ。
「これが《マジックアーマー》です。今は皆さんにも分かるよう、リード君にあえて魔力を可視化してもらっています。ちなみに、可視化した際の魔力の色は人によって異なります。リード君の場合は、この薄い緑色ですね」
へえ。魔力には匂いだけじゃなく、色にも個人差があるのか。俺の魔力は何色なんだろう。
それにしても、リードは先生に言われてからほとんど迷うことなく《マジックアーマー》を発動させた。昨日のコルドもそうだったし、やっぱり天翔族は俺たちとは魔力に対する理解度が違うんだろう。
……ていうか、こいつら学校に入学する意味あるのか? もう基礎魔術くらい普通に使えるじゃん。
いや、あるか。魔術だけを学ぶ場所じゃない。読み書きや歴史もあるだろうし、人との付き合い方だって学ばなきゃならない。
俺は少しだけコルドの方を見る。
特にあいつには、そういう授業が一番必要かもしれない。
「では次は……そうですね。シャウト君!」
「はい!」
俺!? まさかこんなに早く呼ばれるとは思っていなかった。
俺は席を立ち、少し緊張しながら教室の前へ向かう。大丈夫だ。入学試験では生体魔力が千、成長魔力だって五百あった。魔術の才能自体はあるはず。
「ではシャウト君。まずは自分の魔力を身体の周囲に纏わせてみてください」
「はい!」
目を閉じ、自分の中にある魔力を意識する。それを身体の外へ出し、全身を覆うように――。
「……あれ?」
確かに魔力は出ているはずなのに、身体を覆わせようとするとあちこちへ散っていく。右腕に集めようとすれば肩から抜け、身体を包もうとすれば足元から漏れる。
なんだこれ。全然まとまらない。
「力を入れすぎです」
突然、横から声がした。リードだ。
「え?」
「一度に全部を動かそうとしない方がいいですよ。最初は身体の表面をなぞるように魔力を動かしてみてください。押し出すのではなく、身体から離れないように沿わせるんです。それと、今のシャウト君は魔力を出しすぎています。もっと少なくて大丈夫です」
マジか。しっかり防御しようと思って多めに出していたんだが。
「魔力量を増やすより、まず形を安定させることを意識してください」
俺はもう一度、さっきより少ない魔力を動かす。身体の表面から離さないように、押し出すんじゃなく――沿わせる。
すると、あちこちに散っていた魔力が少しずつ身体の周囲に留まり始めた。
「そうです。そのままです。次は、その魔力を見ようとしてください」
「見る?」
「はい。魔力は普段、目には見えません。でも自分の魔力なら、意識して形を与えることで可視化できます。目で見るというより……そこにある魔力を、自分で見える形にする感じです」
難しいな。でも、さっきよりは分かる。
身体の周囲にある魔力を意識する。そこにある俺の魔力を――見える形にする。
「……おお」
少しずつ身体の周囲に色が現れ始めた。
リードのような薄い緑色ではない。黒……いや、違う。黒というより――かなり暗い紫色だ。
「これが……僕の魔力?」
思わず自分の腕を見る。初めて見る自分の魔力。もっと赤とか青とか、分かりやすい色を想像していたんだけど。
なんというか……思ったより、だいぶ禍々しい色してないか?
「チッ」
その時、教室のどこかから舌打ちが聞こえた。
音のした方を見ると、コルドがものすごく嫌そうな顔で俺の魔力を見ている。
「……またかよ」
昨日も『気持ち悪い魔力の匂いを発している人族』とか言ってたな。もしかして魔力を外に出しているせいで、匂いも強くなってるのか?
……悪かったな。俺だって好きで臭くしてるわけじゃない。
暗い紫色の魔力に、嫌われるほどの匂い。
……俺の魔力、大丈夫だよな?
少しだけ不安になった。
「よくできました、シャウト君。最初は魔力が散ってしまっていましたが、初めてでここまで形にできれば十分です」
「ありがとうございます!」
よかった。途中どうなるかと思ったけど、一応成功ってことでいいらしい。
俺が《マジックアーマー》を解除すると、暗い紫色の魔力が消え、コルドもようやく嫌そうな顔をやめた。
……そんなに嫌か、俺の魔力。
「リード君もありがとうございます。席に戻って大丈夫ですよ」
「はい」
俺もリードと一緒に席へ戻る。
「ありがとう、リード君。助かったよ」
「いえ。少しコツを掴めば、すぐにできていましたから」
やっぱり天翔族は魔力の扱いに慣れてるんだな。
「では残りの時間は、二人一組になって初級魔術の練習をしてもらいます。危険ですので、必ず先生の指示に従ってくださいね」
二人一組。俺が隣を見ると、ギレウスもこっちを見た。まあ、そうなるよな。
俺たちはそのまま二人で組み、教室の中に用意された練習場所へ移動した。
「よし! 僕からやってみるよ!」
ギレウスが張り切って手を前に出す。さっき《マジックアーマー》の説明を聞いていた時も余裕そうだったし、魔族ならこういうのは結構簡単に――。
「…………」
何も起きない。
ギレウスがもう一度、手に力を込める。
「…………」
やっぱり何も起きない。
「……出ないね」
「……出ないな」
ギレウスは自分の手のひらをじっと見つめた。
「おかしいなあ……もう一回やる!」
再び集中するが――何も起こらない。
「なんで!?」
知らん。俺に聞かれても困る。
どうやら、さっき余裕そうに見えたのは魔術に慣れていたからではなかったらしい。
その後もギレウスは何度か挑戦したが、魔力をうまく属性へ変化させられず、なかなか魔術として形にならなかった。先生に助言をもらい、俺も一緒になって考え、途中でギレウスが「今度こそ!」と叫んでは失敗する。
まあ、焦る必要はない。ここは魔術を学ぶための学校なんだから。
そうして俺たちは、それぞれ慣れない魔力操作に苦戦しながら練習を続け――その日の授業は終わった。




