第十二話「基礎魔術 前編」
学校生活二日目。
昨日は自己紹介やら恩寵やら、魔力についての説明やらで終わったが、今日からはいよいよ本格的な授業が始まる。
そして、最初の授業は――。
「それでは今日は、魔術の基礎について説明します」
来た。
魔術。
この世界に来てから、ずっと楽しみにしていたものの一つだ。
五歳の時に一度だけ、火属性の魔術を使おうとしたことがある。
結果は、火どころか熱すらない、ただ光るだけのよく分からないものが出て終わった。
あれ以来、まともに魔術を使ったことはない。
ようやく、ちゃんと教えてもらえる。
先生は教室を見渡すと、黒板に五つの文字を書いた。
火。
水。
風。
雷。
土。
「まず、現在一般的に知られている魔術の基本属性は、この五つです」
これは知っている。
家にあった本にも書いてあった。
「人によって得意とする属性は異なります。また、種族によっても得意な属性には傾向があります」
先生は黒板に書かれた属性を指しながら説明を続ける。
「例えば魔族には、火属性や雷属性を得意とする者が比較的多いですね」
なるほど。
俺は隣のギレウスを見る。
ギレウスも魔族。
正確には鬼人族だったか。
こいつも火か雷が得意なのかな。
「そして天翔族は、風属性を得意とする者が多いことで知られています。昨日も説明しましたが、デュランダルの名を持つ一族は、その中でも特に風属性を得意としています」
昨日の話だ。
俺は自然と三人の天翔族へ目を向ける。
リード・デュランダル。
サリナ・デュランダル。
そして、第三王子のコルド・デュランダル。
三人とも背中には翼が生えている。
「ですが、種族による得意不得意が、その者の限界をすべて決めるわけではありません。人族のように五属性すべてを扱える可能性を持つ種族もいますし、同じ種族でも個人によって得意な属性は異なります」
ほう。
じゃあ人族は、これといった特化属性がない代わりに幅が広いって感じなのか。
悪くない。
むしろ俺としては、色々使える方が楽しそうだ。
「そして、魔術には習熟度を示す階級があります」
先生は黒板に新しく文字を書いていく。
初級。
中級。
上級。
天導。
天魔。
天賢。
「基本となるのが初級。その上に中級、上級。そして、さらに高度な魔術を扱える者は天導、天魔と呼ばれる段階へ進みます」
天魔。
名前からして強そうだ。
「そして、そのさらに上に存在するのが――天賢です」
教室が少しざわついた。
やっぱり天賢は特別なんだな。
そりゃそうか。
子供向けの本にまで伝説として残っているくらいだ。
「ただし、一つの属性だけを極めても天賢にはなれません。一属性のみを修めた者が到達できる最高位は、天魔です」
え。
一つ極めるだけじゃダメなのか。
「天賢と呼ばれるためには、一つの属性に秀でるだけでなく、複数の属性について極めて高い技術と理解を身につける必要があります」
…………ハードル高っ。
一属性を極めるだけでも大変そうなのに、他の属性まで勉強しないといけないのか。
「もちろん、皆さんが今から天賢を目指す必要はありません」
先生が少し笑った。
「まず皆さんが覚えるべきなのは、初級魔術です」
ですよね。
いきなり世界最高峰を目指せと言われても困る。
「そして、魔術で最も重要なのは、魔力量だけではありません」
先生は自分の手のひらを見せた。
「どれだけ多くの魔力を持っていても、それを正しく扱えなければ意味がありません」
…………なんか俺に言われている気がする。
「魔術を使う際には、自身の成長魔力を使用します。魔力を体内から引き出し、必要な量を動かし、属性へと変化させ、現象として発現させる。これが魔術の基本です」
魔力を動かす。
属性を与える。
そして、発現させる。
五歳の時の俺は、そんなこと何も考えずに火を出そうとしていた。
そりゃ失敗するか。
「また、魔術を使用すれば成長魔力は減少します。減少した魔力は光を受けることで再び生成されますが、どの光を利用できるかは種族によって異なります」
ここは昨日も習ったところだ。
「人族は主に太陽光。月光族であれば月の光。そして魔族には、太陽光以外の光を利用できる者もいます」
同じ魔力でも、種族によって燃料が違うみたいなものか。
「自分がどのような環境で魔力を回復できるのかを理解することも、魔術師にとって非常に重要です」
確かに。
魔力を使い切ったのに、自分が利用できる光がなかったら大変だ。
冒険者なんかは特に重要そうだな。
「そしてもう一つ。大量の魔力を一度に扱うためには、それに見合った制御能力が必要になります。制御できない量の魔力を無理に動かせば、魔術そのものが崩れることもあります」
なるほど。
魔力量と魔術の上手さは別物ってことか。
俺は自分の手を見る。
生体魔力、千。
成長魔力、五百。
さらに筋力の恩寵。
数字だけ見れば、かなり恵まれている。
でも、それだけで強い魔術師になれるわけじゃない。
「ですから、皆さんが最初に身につけるべきなのは、魔力を正確に制御する技術です」
魔力の制御。
「自分の魔力を感じ、それを必要な場所へ集め、必要な量だけ動かす。これができなければ、その先の魔術はありません」
先生はそう言うと、俺たちを見渡した。
「とはいえ、説明だけでは分かりにくいでしょう。実際に見てもらった方が早いですね」
お。
いよいよか。
先生は教室を見渡し――。
「そうですね。コルド君、君が実演して見せなさい」
「我が?」
コルド。
昨日、俺の魔力を散々気持ち悪いだの忌々しいだの言ってきた、あの嫌な王子だ。
「ええ。初級魔術で構いません」
「まあよい。我の魔術を見せる良い機会であるからな」
うわぁ。
やっぱり嫌な奴だ。
でも、先生がわざわざこいつを指名したということは、それなりの理由があるんだろう。
天翔族は、もともと風属性を得意としている。
その中でもデュランダルの一族は、特に風属性に秀でているらしい。
そして、こいつはデュランダル王国の第三王子。
性格はともかく、魔術の才はあるのだろう。
コルドは教室の前へ出ると、右手を前へ伸ばした。
「皆さん、コルド君の魔力をよく感じてください」
先生の言葉に、俺も意識を集中する。
目には見えない。
けれど、なんとなく分かる。
コルドの魔力が、伸ばした右手へ集まっていくような感覚。
これが、魔力を動かすってことなのか。
「まず、自分の成長魔力から必要な量を動かします。そして、その魔力に使用する属性を与え、現象として発現させます」
先生が説明する中、コルドが口を開いた。
「――《ウィンド》」
次の瞬間。
ブワッ!
教室の中を風が吹き抜けた。
「おお……!」
俺の髪が大きく揺れ、窓際のカーテンが膨らむ。
机の上に置かれていた紙もパラパラと音を立てた。
これが魔術。
「今、コルド君が使用したのが、初級風魔術です」
初級魔術。
これで初級なのか。
「《ウィンド》は風を発生させる、風属性の最も基礎的な魔術の一つです。同じ《ウィンド》でも、使用する魔力量や術者の制御によって、発生する風の強さは変化します」
なるほど。
同じ魔術なら、誰が使ってもまったく同じ威力になるわけじゃないのか。
コルドは得意げな顔でこちらを見渡している。
…………腹立つ顔だな。
でも。
魔術の腕は本物らしい。
天翔族。
そして、風を得意とするデュランダルの一族。
昨日先生が説明していたことが、ただの肩書きじゃないことはよく分かった。
「ありがとうございました。コルド君、席へ戻っていいですよ」
「ふん。この程度、我にとっては造作もない」
そう言ってコルドは席へ戻っていく。
…………。
最後の一言がなければ、ちょっと格好良かったのにな。
「今コルド君が使用した《ウィンド》は、風属性の代表的な初級魔術です」
先生はそう言いながら、黒板に五つの魔術名を書いていった。
火――《ファイアーボール》
水――《ウォーターボール》
風――《ウィンド》
雷――《ショック》
土――《ストーンキューブ》
「これらが、皆さんが最初に学ぶ五属性の代表的な初級魔術です」
なるほど。
名前からして、どんな魔術なのか大体想像できるな。
「《ファイアーボール》は火球を作り出す魔術。《ウォーターボール》は水の球を作り出す魔術。そして先ほどの《ウィンド》は風を発生させる魔術です」
先生の指が次へ移る。
「《ショック》は雷を発生させ、対象へ電撃を与える魔術。《ストーンキューブ》は土や岩を固め、石の塊を作り出す魔術です」
火。
水。
風。
雷。
土。
これが、この世界で知られている五つの属性。
そして今、黒板に書かれているのが、それぞれの入り口となる魔術ってことか。
「もちろん、初級魔術はこれだけではありません。今紹介した五つは、あくまで基礎を学ぶ際によく使用される代表的なものです」
なるほど。
初級だから《ファイアーボール》しか使えない、とかではないわけか。
「まずは自分の得意な属性を知り、その属性の初級魔術を安定して発現できるようになること。それが皆さんの最初の目標です」
先生はそう言って、俺たちを見渡した。
「では次に――皆さん自身に魔術を使ってもらいましょう」
来た。
俺は思わず自分の手を見る。
五歳の時。
火属性の魔術を使おうとして、俺が出したのは火でもなんでもない、ただ光るだけの何かだった。
あの時は失敗したと思って、それ以来魔術には手を出していない。
でも、今は違う。
魔力を感じる。
必要な量を動かす。
属性を与える。
そして、発現させる。
ちゃんと基礎を教えてもらった。
今度こそ――。
俺にも、ちゃんと魔術が使えるはずだ。




