第十一話「初めての授業」
今日から、いよいよ新しい生活が始まる。
朝、目を覚ました俺は制服に着替え始めた。
「…………」
難しい。
いや、制服が特別複雑というわけじゃない。
俺の問題だ。
この世界に生まれて五年ほど。
自分一人で着替えることがほとんどなかった。
今まではベルトが手伝ってくれていたからだ。
ボタンを留める。
服を整える。
たったそれだけのことなのに、妙にもたつく。
一方――。
「よし」
隣を見ると、ギレウスはもう着替え終わっていた。
早い。
……いや。
あれが普通なんだろう。
俺が遅いだけだ。
ちょっと恥ずかしい。
ベルト。
俺、早くもあなたのありがたみを実感しています。
なんとか着替えを終えた俺たちは、部屋を出て一階の食堂へ向かった。
食堂にはすでに多くの生徒が集まっていて、それぞれ朝食を取っている。
俺とギレウスも朝食を受け取り、空いている席に座った。
今日の朝食は、マッシュポテトのようなものに豆。
飲み物は牛乳。
特別豪勢というわけではない。
まあ、家でも朝から豪勢なものを食べることはほとんどなかったし、俺としては特に気にならない。
ほかにも、欲しければスープやパンを自由に取っていいらしい。
俺は追加でパンだけ取った。
十分だ。
だが、向かいに座るギレウスは少し違った。
「…………」
さっきから朝食をじっと見ている。
「どうしたの?」
「いや……人族って、朝はこういうものを食べるんだなって」
「違うの?」
「僕のところだと、魔物の肉を食べることが多かったから」
へえ。
朝から肉か。
どうやら魔族にとっては、魔物の肉などが主な食事になるらしい。
ギレウスにとって、この朝食はかなり違和感があるようだ。
俺にとっては普通に見える朝食でも、種族が違えば食文化も変わる。
当たり前といえば当たり前か。
そのうち、魔族の料理も食べてみたいな。
朝食を終えた俺たちは、そのまま教室へ向かった。
俺が所属するのは一年一組。
ギレウスも同じ一組だった。
一クラスの人数は二十人ほどで、俺たち以外にも同じ学年には四クラスほどあるらしい。
つまり、一学年で百人前後か。
思ったより多い。
教室に入る。
最初に目についたのは、背中に翼を生やした三人の生徒だった。
天翔族だ。
三人とも男で、教室の一角に固まって何かを話している。
もともと知り合いなのだろうか。
ほかを見ると、やはり人族が一番多い。
その中に、角が生えていたり、明らかに人族とは違う特徴を持った魔族らしき生徒もちらほらいる。
本当に色々な種族がいるんだな。
まあ、同じクラスならそのうち話すこともあるだろう。
俺は空いている席に座った。
席は自由らしい。
ギレウスも当然のように俺の隣へ座る。
しばらくすると、教室の扉が開いた。
先生だ。
「皆さん、おはようございます」
先生の声で、教室が静かになる。
どうやら今日は、いきなり本格的な授業を始めるわけではないらしい。
まずは簡単なホームルーム。
それから、生徒同士がお互いを知るための簡単なレクリエーションをするそうだ。
なるほど。
まずは交流からってことか。
こういうところは、前世の学校とあまり変わらないらしい。
異世界の王立魔道学校。
一体どんな授業が始まるのかと思っていたけど。
最初にやることは、意外にも普通だった。
そして、簡単な自己紹介が始まった。
一人ずつ立ち上がり、名前や出身なんかを簡単に話していく。
最初は人族の生徒が何人か続いた。
…………正直に言おう。
あまり頭に入ってこなかった。
いや、これから同じクラスで過ごすんだから、名前くらいは覚えた方がいい。
それは分かっている。
でも、俺には教室に入った時から気になっている奴らがいた。
あの三人だ。
背中に翼を生やした天翔族。
そして、ついにそのうちの一人が立ち上がった。
「リード・デュランダルです。よろしくお願いします」
続いて二人目。
「サリナ・デュランダルです。よろしくお願いします」
そして三人目。
「コルド・デュランダル。よろしく」
…………。
デュランダル。
三人とも?
俺は思わず三人を見比べた。
それに、この名前。
どこかで聞いたどころじゃない。
国の名前にもある。
それに昔、母さんに読んでもらった『天賢伝説』。
確か、天賢に関係する名前にもデュランダルがあったはずだ。
三人の自己紹介が終わったところで、先生が補足するように口を開いた。
「三人とも同じデュランダルの名を持っていますが、兄弟というわけではありません」
あ、違うんだ。
てっきり兄弟か親戚なのかと思った。
「天翔族には、古くから受け継がれている名があります。デュランダルもその一つです。そして、デュランダルの名を持つ一族は、特に風属性の魔術を得意とすることで知られています」
風属性。
やっぱり天賢と何か関係があるのか?
先生はさらに三人について簡単に説明した。
どうやら三人のうち一人は、デュランダル王国の第三王子らしい。
第三王子ということもあり、王位継承権はそこまで強くないそうだ。
…………王子。
いや、待て。
デュランダルって国の名前でもあるよな?
天賢に関係する名前。
その名を受け継ぐ天翔族。
風属性を得意とする一族。
さらに、その名を冠した王国。
…………。
てか。
天賢って王なのか?
昔の天賢が国を作ったとか?
だからその名前が国名として残っている?
それなら一応、辻褄は合う。
でも『天賢伝説』には、そんなことは書いてなかった気がする。
子供向けだから省かれていただけか?
それとも、俺が何か勘違いしている?
…………分からん。
この世界、知れば知るほど疑問が増えていくな。
そんなことを考えていると――。
「おい、お前!」
突然、大きな声が教室に響いた。
誰だ?
そう思って声のした方を見る。
一本の指が、真っ直ぐこちらへ向けられていた。
…………俺?
「シャウト君、何かしたの?」
隣のギレウスが小声で聞いてくる。
「いや、何もしてないよ」
少なくとも、こいつとは今日初めて会ったはずだ。
「何をコソコソしている! 我が呼んでいるというのに! 我を愚弄する気か?」
うわぁ……。
出たよ。
嫌な貴族のテンプレみたいな奴。
まさか異世界に来て、本当にこんな喋り方をする奴と出会うとは思わなかった。
しかも王子。
テンプレにテンプレを重ねるな。
すると、先生がすぐに間へ入った。
「そのような言い方はやめなさい。あなたはこの学校では一人の生徒です。それに、その言葉遣いについては、お父様からも直すよう厳重に言われていますよ」
「…………」
「もう少し言い方を変えなさい」
王子は露骨に不機嫌そうな顔をした。
「チッ」
舌打ちしたぞ、こいつ。
本当に王子か?
先生も大変そうだな。
「……まあいい」
全然よくなさそうな顔で、王子は再び俺を見る。
「そこの、気持ち悪い魔力の匂いを発している人族」
…………は?
気持ち悪い?
「お前、名をなんという」
なんだろう。
ものすごく腹が立つ。
でも、ここで喧嘩しても仕方ない。
「シャウト・ロータス」
「なるほど。シャウト・ロータスと申すか」
王子は俺をじっと見つめる。
まるで何かを探るような目だ。
「お前、何か特別なものを持っていると言われたことはないか?」
特別なもの?
…………恩寵のことか?
入学試験の時に言われたことを思い出す。
「それって、恩寵のこと?」
聞き返した瞬間。
王子の顔が露骨に歪んだ。
え。
何その顔。
さっきより嫌そうなんだけど。
「……忌々しい魔力の持ち主だ」
「え?」
「我にあまり寄るでないぞ」
そう言うと、王子は俺から視線を外し、そのまま席へ座った。
…………。
なんなんだ、あいつ。
急に呼びつけられて、気持ち悪いだの忌々しいだの言われたんだけど。
ものすごく嫌な気分だ。
ただ――。
少し気になる。
あいつは俺の魔力を感じただけで、何かに気づいた。
俺の魔力に、何かあるのか?
隣を見ると、ギレウスも少し怯えたような顔をしている。
「……大丈夫?」
「う、うん」
そう答えたものの、どこか落ち着かない様子だ。
先生はそんな俺たちを見て、やれやれといった顔をした。
「まったく……。せっかくですから、今の話にも出てきた『恩寵』について少し説明しておきましょうか」
恩寵。
入学試験の時、父さんも多少は知っていると言っていた。
ようやく詳しく聞けるのか。
先生によれば、恩寵とは、生まれながらにしてごく一部の者が持つ特別な性質のことらしい。
決して悪いものではない。
むしろ、その者に与えられた特別な才能や恵まれた性質として考えられているそうだ。
確認されているものの中には、筋力に恵まれるものや、知力に恵まれるものなどがあるらしい。
ただ、恩寵についてはまだ分かっていないことも多いという。
俺の場合は、入学試験で言われた通り、筋力に関係する恩寵を持っている可能性が高い。
なるほど。
じゃあ、さっきの王子の反応はなんだったんだ?
恩寵そのものが嫌われているわけではない。
だったら、あいつが言っていた俺の魔力の匂いに何かあるのか?
先生の説明は、そのまま魔力についての授業へと移っていった。
生体魔力。
成長魔力。
魔力が身体とどう関わっているのか。
魔術を使えば何が消費され、そして光によってどのように回復していくのか。
入学試験や家の本で知っていたこともあったが、初めて聞く話も多かった。
やっぱり、ちゃんと学校に来た意味はありそうだ。
そうして俺の学校生活最初の一日は、魔力についての基本的な説明を聞いて終わった。
…………ただ。
授業の内容以上に、俺の頭には一つの言葉が残っていた。
――忌々しい魔力。
あの王子は、一体俺の魔力に何を感じたんだ?




