第十話「ギレウス・オーガ」
寮の部屋に入ると、俺たちが持ってきた荷物はすでに運び込まれていた。
仕事が早い。
俺とギレウスはそれぞれ自分の荷物を開き、荷解きを始めた。
……と言っても、俺はこういうことに慣れていない。
どこに何を置けばいいのか悩みながら、とりあえず服はこっち、本はこっち、と適当に分けていく。
ベルトなら一瞬で終わらせるんだろうな。
そんなことを考えながら作業を続け、しばらくしてようやくある程度片付いた。
俺たちはそれぞれのベッドに腰を下ろす。
そして、入学式では途中になっていた話の続きをすることになった。
「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったね」
ギレウスが俺を見る。
「改めて、僕の名前はギレウス・オーガ。鬼人族の次期傭兵団長候補として、ここに学びに来たんだ」
「次期傭兵団長候補?」
なんだそれ。
こいつ、父さんのことをすごいすごいと言っていたけど。
お前もなかなかすごそうじゃないか。
「まあ、僕は傭兵になんてなりたくないんだけどね」
そう言って、ギレウスは少し困ったように笑った。
そういえば、こいつは冒険者になりたいって言ってたな。
「傭兵団ってなんなの?」
俺は気になって聞いてみた。
「うーん……」
ギレウスは少し考える。
「人族でいうと、王の側近とか親衛隊に近いのかな? 僕も人族のことにはあまり詳しくないから、正しいかは分からないけど」
「親衛隊?」
「僕の里では傭兵団って呼んでるんだ。里長を守ったり、里に危険があった時に戦ったりする役目を持ってる」
なるほど。
名前は傭兵団だけど、金をもらって色んな場所で戦うようなものとは少し違うらしい。
それにしても、この歳で次期団長候補って相当すごいんじゃないか?
「父さんが今の団長なんだ」
「ああ、なるほど」
「だから僕も強くなって、いつか跡を継がなきゃいけないみたいなんだ」
そう言ったギレウスは、少し遠い目をしていた。
親が団長だから、子供もその跡を継ぐ。
しきたりみたいなものなのだろうか。
前世で例えるなら、家業を継ぐとか。
この世界なら、貴族が家を代々継いでいくのにも近いのかもしれない。
でも、自分のやりたいことが別にあるなら息苦しいよな。
「なんで傭兵になりたくないの?」
そう問いかけると、ギレウスは少し黙った。
そして、ゆっくりと話し始める。
「僕が六歳の頃……」
ふむふむ。
六歳の頃――。
…………。
「六歳!?」
思わず声が出た。
「今、六歳でしょ!?」
「え?」
今度はギレウスが驚いた顔をする。
そして、すぐに何かに気づいたように「ああ」と頷いた。
「そっか。人族とは年齢の感覚が違うんだった」
「どういうこと?」
「僕は今、十二歳だよ」
「十二歳!?」
マジかよ。
めっちゃ先輩じゃん。
見た目は俺とそこまで変わらないぞ。
いや、確かに俺より少し大きいけど。
「鬼人族は人族とは寿命が違うからね。成長の仕方も少し違うんだ」
なるほど。
種族が違えば、寿命も違う。
なら成長する速さが違っても不思議ではない……のか?
「別に気にしなくていいよ。僕たちからすれば、同じくらいのものだから」
「そうなのか……」
いまいち納得しきれていないが、まあいい。
今は話の続きを聞こう。
「それで、六歳の頃に何があったの?」
「ああ。その頃、僕は森で迷子になったんだ」
「迷子?」
「親に子供扱いされたことに腹が立ってさ。薬草くらい一人で取りに行けるって言って、勝手に森に入ったんだ」
あー。
なんとなく想像できる。
「でも、ダメだった」
ギレウスは苦笑する。
「その森には危険な魔物もいる。僕はそこで、カブラサーペントっていう魔物に襲われそうになったんだ」
カブラサーペント。
聞いたことのない魔物だ。
でも、ギレウスの表情を見る限り、少なくとも六歳の子供がどうにかできるような相手ではなかったのだろう。
「逃げようとした。でも、追いつかれて……もうダメだと思った」
ギレウスが一度言葉を止める。
「その時だった」
俺は黙って続きを待つ。
「助けてくれたんだ。君の父さんが」
「父さんが?」
「うん。その時は名前も知らなかったけどね」
俺が生まれるより前の話か。
「『怪我はないかい?』って聞かれて、僕が『うん』って答えたら、『それは良かった』って」
ギレウスの顔が少し明るくなる。
「それから一撃だった」
「一撃?」
「君の父さんが火の魔術を使ったら、カブラサーペントは一発で倒れた」
へえ……。
父さん。
やっぱり本当に強かったんだな。
なんだろう。
自分が褒められたわけでもないのに、ちょっと嬉しい。
うん。
悪くない。
「僕はお礼を言って、せめて名前だけでも教えてほしいって頼んだんだ」
ギレウスは、当時を思い出すように続ける。
「そしたら、『シャート・ロータス。それが俺の名だ』って」
…………。
父さん。
ちょっとカッコつけてないか?
いや。
子供を魔物から助けて、一撃で倒した直後なら許されるか。
むしろ普通にカッコいい。
「それから僕を抱えて、里まで送り届けてくれた」
ギレウスは笑った。
「そこからさ。僕が冒険者になりたいと思ったのは」
なるほど。
ようやく分かった。
どうしてギレウスが父さんの名前を知っていたのか。
どうして俺がシャート・ロータスの息子だと知った瞬間、あんなに嬉しそうな顔をしたのか。
こいつにとって父さんは、自分の命を助けてくれた憧れの冒険者なんだ。
俺もいつか、冒険者というものにはなってみたいと思っていた。
この世界に来たからには、色々な場所を見てみたい。
学校を卒業した後なら、それも悪くない。
だったら――。
「じゃあ、卒業したら僕と冒険者やろうよ!」
俺はそう言った。
一緒に学校を卒業して。
一緒に冒険者になって。
知らない土地へ行く。
結構楽しそうじゃないか。
でも。
ギレウスは笑わなかった。
静かに首を横に振る。
「ダメだよ」
「え?」
さっきまで楽しそうに父さんの話をしていたのに。
その顔は、どこか悲しそうだった。
俺はそれ以上、何も聞けなかった。
ギレウスにはギレウスの事情がある。
まだ出会ったばかりの俺が、簡単に口を出していいことでもないのかもしれない。
それでも。
いつかこいつが、本当に自分のやりたいことを選べる日が来ればいい。
俺は心の中で、そう思った。




