第9話 百花繚乱の不法侵入者
「はあ……はあ……はあ……」
まっしろな妖精の作った《妖精の抜け道》を通って、命からがらシュクレーヌを脱出したエミルは、息を荒げていました。こんなにも必死になって走ったのは、いったい何年ぶりでしょうか。
「エミル、だいじょうぶ?」
あとからいっしょに逃げてきたエイルは、体力にはまだまだ余裕がありそうでした。ですが、それはあくまで体力の話。表情は重くくもっています。
ムリもありません。ここまで完敗したのは、ずいぶんひさしぶりのことです。それに、まだ全身に浴びた苦味の影響も残っているでしょう。
【魔王ビターダム】――そのチカラは、姉妹の想像をはるかに超えていました。
純粋な強さだけなら、エイルのほうに分があったはずです。しかし魔王からは、その強さがまるで通じないような、異質な"なにか"を感じたのでした。
『女王さま……長老さま……みんなあ……』
地面に座り込み、まっしろな妖精はすすり泣いていました。
せっかく勇気を出して外界へおもむき、"雨あがりの聖女"を連れてきたというのに、故郷が救われるどころか、事態はさらに悪化してしまいました。その悲しみと絶望は、計り知れません。
エミルももちろん、その気持ちは痛いほどわかっています。だからこそ、なんとかしたいと思うのです。
さいわい、自分たちは魔王の手にかかっても、こうして生き延びることができました。生きてさえいれば、チャンスは何度でも訪れるはずなのです。
「……いったん、おうちに帰ろう。少し休んで、それからこれからのことを考えよう……」
なんとか言葉をしぼり出し、エミルは立ち上がりました。
シロンも妖精をはげましながら、いっしょにパタパタと宙へ浮かび上がります。
エイルもうなずくと、指輪から大オオカミのシロを呼び出しました。
それからみんなで彼の背中にまたがり、一直線に王都への帰り道を走り出します。
シロも表情は暗いままでしたが、その沈んだ気持ちに足を止められることはありませんでした。むしろ姉妹を一刻も早く家で休ませてあげたい――そんな思いを胸に、月夜の平原を力強く駆け抜けていったのです……
☆ ☆ ☆
時刻は、もう深夜。
王都南地区の住宅街はすっかり寝静まり、人通りもなくなっていました。
……しかし。
「……家のあかりが……ついてる……?」
エミルは違和感に気づきました。
たしかにあわてて家を飛び出しましたが、戸じまりはいつも欠かしていません。
なのに――家の窓から、明かりがもれているのです。
『まさか……ドロボー!?』
シロンはびっくりして声をあげました。
「……かもしれないね。ここは警察に通報して……」
エミルがそう提案した、そのとたん――
「そんなのめんどくさいよ。私がとっつかまえてやる!」
エイルが言葉をさえぎり、ドアノブをひねってさっさと中へ入っていってしまいました。
「あ、お姉ちゃん!」
エミルは制止しようとしますが、もう遅すぎます。
しかたなく、自分もあとを追って家の中へ踏み込みました。
はたして家の中は、玄関もふくめて荒らされた様子はありません。
姉妹はまっすぐ、明かりのついていたリビングルームへ向かいました。
すると――
「やあ、おふたりとも。夜分遅くにもうしわけない。……って、私が言うのもヘンか」
ソファーの上で、一組の男女が優雅にティーカップを傾けていました。
ちなみに、カップもお茶もこの家のものではなく、どうやら彼女たちが持参したもののようです。
こちらに話しかけてきた女性は、エミルと変わらないくらい小柄で、あざやかな黄緑色の髪をみつあみにしています。瞳はピンク色で、どこか幼さの残る顔立ちです。
装飾のほどこされた深緑色のぶかぶかローブをまとい、同色のつば広ハットには色とりどりの花飾り。そして、てっぺんにはなぜか青い鳥が巣を作っていました。
男性のほうは平均的な成人男性の体格で、緑色の短髪と同色のたれ目が、どこかひょうひょうとした印象を与えています。女性とよく似たローブを身につけていることから、同じ組織に所属していることがうかがえました。
「あれ? お花のねーちゃんじゃん。なんで私の家にいるの?」
エイルがたずねました。
この口ぶりからすると、どうやら顔見知りらしく、悪人ではないようです。
「お姉ちゃん、知り合い?」
今度はエミルがたずねます。
すると、小柄な女性はカップをテーブルへ置き、にこりと笑って答えました。
「妹ちゃんのほうは、はじめましてだね。私は魔法使い組合"大樹の図書館"のマスターにして、極星魔法つかいの一人、"百科量覧の知星"――ロウラン・ミルフィオーレだ。よろしくね」
「ま……マスターウィザード!?」
エミルとシロンは、びっくり仰天です。
まさか謎の侵入者の正体が、エイルと同じ、王国最高峰の"極星魔法つかい"の称号を持つ人物だったとは、夢にも思っていなかったのでした。
「あ、ジブンは副ギルド長のデックスって言います。よろしくッス」
男性のほうも、ついでとばかりにへこへこと自己紹介をしました。こちらもこちらで、どこかつかみどころのない人です。
『マスターウィザードが、どうしてドロボーなんてしてるの!?』
シロンは抗議するようにまくしたてました。
「あっはっはっは。ドロボーかあ。たしかに私たちは、りっぱな不法侵入者だからねえ」
ロウランはカラカラと笑い飛ばしました。
「無断で家に入ったことはあやまるよ。君たちにどうしても早く伝えたい用事があったんだが、留守にしているじゃないか。だから、こうして待たせてもらったんだよ。朝になったら、いったん帰るつもりだった」
(留守だってわかった時点で、帰ってくれればいいのに……)
だんだん冷静になってきたエミルは、心の中でそっとツッコミを入れました。
「じゃあ早く、用事を言えよ。そしたら、さっさと帰れ」
エイルは露骨にイライラしながら言いました。
「ああ、そうしよう」
そんな態度も気にすることなく、ロウランとデックスはそろってソファーから立ち上がり、背筋を伸ばしました。
その空気が一変したことに、エミルは思わず緊張します。
「このたびは、うちの団員がキミたちに迷惑をかけた。マスターとして、ここに謝罪させてもらう」
二人は姉妹に向かって、深々と頭を下げました。
「え? え? どういうことですか?」
エミルは、わけもわからずあわてふためきます。
だって、極星魔法つかいに頭を下げられる理由なんて、まったく思いつかなかったのですから。
「私たちのローブに、見覚えはないかい?」
ロウランは、自分のローブの左胸にある、大樹と本があしらわれたエンブレムを指し示しながらたずねました。
「あ! これって……」
『わたしを捕まえたひとたちと、同じ服!』
まっしろな妖精は、エミルといっしょになっておどろきました。
それは、自分を保護すると見せかけ、魔法までかけて捕まえていた男性二人組が着ていたものと同じローブだったことを思い出したのです。
つまり彼らは、"大樹の図書館"のメンバーだった、ということでしょう。そういえば、決闘を見ていたギャラリーも、彼らをそう呼んでいました。
「キミが例の妖精ちゃんか。ウチの者が、もうしわけないことをしたね」
ロウランは、妖精にも深く頭を下げました。
『い、いえ……もう、いいですから……』
妖精は恥ずかしそうにうつむき、小さく首を横に振ります。
「……さてと。これで用事は済んだ。帰るよ、デックス」
「はい」
そして二人は、そのまま姉妹の家をあとにしようとするのですが――
「ちょ、ちょっと待ってください! 用事って、それだけなんですか!?」
あまりにもあっけなさすぎて、エミルは思わず呼び止めてしまいました。
「え? それだけだけど? 極星魔法つかいで、ギルドマスターたるもの、礼儀はしっかりしないとね」
じゃあそもそも不法侵入なんてするなよ、そう言いかけたエミルでしたが、ロウランもまた極星魔法つかい特有の威圧感をまとっています。その見えない迫力に押され、結局その言葉は飲み込んでしまいました。
「待てよ」
今度はエイルが呼び止めました。
「用事、それだけじゃないだろ。ホントのこと言わないと、ケーサツにドロボーしたことバラしちゃうぞ」
極星魔法つかいの威圧感も、同じ極星魔法つかいであるエイルには通じません。堂々と脅迫まがいの宣言をしました。
ロウランは一度、意味ありげににやりと笑うと、観念したようにため息をつき、両手を上げます。
「やれやれ。キミってやつは、ホントにカンがするどいねえ。わかった、わかった。話すから、ケーサツ沙汰にはしないでおくれ」
(マスターってば、その気になれば、いくらでももみ消せるくせに……)
デックスは心の中で、そっとツッコミを入れました。
そして二人はふたたびソファーに腰かけ、静かに話を始めます。
まさかその内容が、妖精国シュクレーヌに関係するものだなんて――
このときの姉妹と、まっしろな妖精には、まだ想像もつかなかったのです。
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